┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
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┃ 満州青春録 :―――――――――――――――― by 松本進さん

☆ 錦州七五一部隊 ―――――――――――――――――― 2003/10/03
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―――― 七五一部隊

我々を乗せた列車は七五一部隊の中まで入っていた。長い旅がやっと終り、今
夜から畳の上で寝ることができる。みんなやれやれといった表情になった。

軽い手荷物だけを持って車外に降りる。そこは幹部の人達の言葉が、今まで聞
いていた雰囲気とは全然違いピリピリとした緊張感に満ちていた。三百五十人
ぐらいの者が疲れ切って体でホームの前の広場に整列した。

大串中尉から「みんな大変に疲れただろう。ここがお前達が訓練を受ける養成
隊、すなわち七五一部隊である。」と四、五分の短い挨拶があった。それから
約三百五十名が、三つの小隊に編成されるため名前が読み上げられた。

一小隊から名前が呼ばれるたび「はい!」「はい!」と大きな声で返事をして
指定された列に並ぶ。一小隊、ニ小隊と順番に呼ばれていくが、なかなか私の
名前が呼ばれない。少し不安になってきた。三小隊の終りが近づく。

終いまで自分の名前が呼ばれないのではないかとさらに不安が大きくなてきた
ころ、やっと最後になって「松本進!」と呼ばれた。私は三小隊第五班となっ
た。

各小隊付きの下士官には、一小隊浮辺曹長、ニ小隊山岡軍曹、三小隊坂上軍曹
がいた。やがて小隊ごとに前進した。もうすっかり辺りは暗くなっている。
夜道をしばらく行くと大きな門をくぐった。長い城壁に囲まれた建物は、一目
で大きな古い城とわかった。ここが錦州城である。

広い広場を囲むように建物があり、三小隊は門のすぐ南側だった。三小隊の五
班となった私達愛媛県出身者二十五名に、「ここがお前達の宿舎だ」と説明し
てくれたのが佐貫班長だった。

「自分は、一年間お前達の班長となる八期の佐貫である。長旅で随分疲れたこ
とだろう。食事が終ったら風呂にでも入ってゆっくり休んでくれ。明日また指
示をする」

言葉の柔らかな、優しい感じの人だった。みんな自分の割り当てられた寝床に
戻り、荷物の整理を始めた。寝床は畳ではなく、ごつい板張りであった。

「こんな部屋でいつまでも寝れるもんかのう」
「そらそうよ、闘牛じゃあるまいし、なんぼなんでもねや」

宇和島出身の者が愚痴をこぼす。ガヤガヤ騒いでいたが、先輩が金バケツのよ
うなものをかついで入ってきた。一期先輩であったが、すごく年上に見えた。
先輩は金の食器を並べ、それに赤飯、味噌汁を入れると「食べなさい」と言っ
た。私達は一斉に食べ始めた。腹を空かした食べ盛りの二十五名、あっという
間に食べ終る。

誰かが「すみません、おかわりください」と小さな声で言った。

「バカ野郎!部隊におかわりがあるか!軍隊は一膳飯じゃ、覚えておけ!」

大きな声で怒鳴られた。全員空の食器を金バケツの中に入れながら、これから
はずっと一膳飯なのか......と思うと情けなかった。この一膳飯は帰国するま
で続くのである。風呂に入り、その日はぐっすりと眠った。

翌朝、班長が起しにくる。顔を洗い掃除を済ませると、宿舎前に集合。点呼を
とると食事になる。大食堂までは駆け足だ。ほとんど隊内での移動はかけ足で
ある。

広い食堂に着くと、五百人も入れる大きな建物だった。そこには全員の飯が盛
られ、きれいに並べられていた。初めてそんな大勢の食事が並べられているの
を見て「すごいなあ!」と圧倒された。

「食事始め!」の号令でみんな一斉に箸をつける。腹が空いていると食事はど
んな時でもおいしく食べられる。朝食は約三十分、昼食、夕食は一時間であっ
た。その頃は食事の時間が我々十一期生にとって唯一のくつろげる時間であっ
た。

しかし数日後、その食事時間も儘ならぬようになってくるのである。

朝食を終え宿舎に戻ると班長が、「今日は一日ゆっくりしなさい。家族が心配
しているだろうから手紙と書くように」と言って葉書を配ってくれた。ほとん
どの者が手紙を書いた。私も家族や先生宛に、故郷のことを思いながら一生懸
命書いた。書き終えると班長が検査をする。

居場所や戦況に関わることがあれば書き直しを命じられる。最後に検印が押さ
れて内地に届けられるのである。

愛媛県出身の二十四名の名前を、覚えている限り記しておこうと思う。

清水久彌・兵頭三郎・菊地梅太郎・山下保・佐々木卯三郎・山村三郎・上甲勉
・松本務・川端義雄・玉井利照・松田憲二・兵頭義夫・橋本積・広田邦夫・界
原清光・菊地正一・田村重治・水治慎一・高木茂・阿部・山本・神野・大野・
松本進・

―――― 十一期生の涙。

部隊に着いて三日目の夕方、班長が「全員集合!」と言いながら入ってきた。
「よく聞け。日本よりここにいる九期のHがお前達と一緒に生活して、面倒を
見ることになった。班付殿と呼べ。どんなことでも遠慮せずに相談せよ、わか
ったな」

次に紹介されたH班付が挨拶をした。

「自分がいま紹介されたHです。一年間の訓練が終わるまでお前達と共に暮ら
す。頑張ってくれ。終わり!」

その後、それぞれ自分の寝床に戻って自分の用事をしていた。班付も自分の荷
物の整理を始めた。班付はニ歳年上だけだったが、随分と大人に見え、なんだ
か恐そうで近寄りがたかった。

同期の他の者も同じように感じたらしい。小声でなにかコソコソ言っているの
が聞こえる。その班付の寝床は運悪く私と松山の溝辺からきている橋本積君の
真ん前である。班付のすることも、自分たち二人のすることもお互いに全部わ
かってしまう。冗談ひとつ言えない距離だ。

班付の様子をちょっと見てみると、なんだか不機嫌そうに荷物を投げつけるよ
うにしている。僅かニメートルほどしか離れていないのに、一言も話さない。

私も「手伝いましょうか」と言った方が良いものがわからない。橋本君も班付
の様子をギョロギョロ見ている。彼の目は細くて横長い。大きく見開くと白目
勝ちの大きな目に代わる。それが面白くて、今度は橋本君の目を観察した。

橋本君もそれに気づいて舌をペロッと出すと、唇を横になめるようにして引っ
込めた。

夕食の時間まで一時間程である。私は外の広場の落ち葉が気になり、一人で掃
き掃除をした。掃除を済ませ宿舎に戻ると班付がみんなに「外の掃除をせよ」
と言っている。みんな外に出たが、外は今私が掃除いたばかりのできれいなも
のだ。みんな何もすることがない。

すると班付が「何をグズグズしているのか!」と怒鳴りつける。仕方なしに私
の掃除したあとをもう一度掃いている。私は用が済んだと思っているので、一
人で宿舎の中で手紙を書いた。

「こら!貴様何している!他の者が何しているのかわからんのか!」

あまりの怒声に驚いて、私は「はい!」と答えるのがやっとだった。いきなり
パンパンと殴られた。「外の掃除は先に自分が一人でやりました」と言う間も
なく殴られる。自分の手が痛くなったのか、セルロエドでつくった物差しのよ
うなもので殴り続ける。顔が熱くなり情けなくて涙が落ちた。

「バカ野郎!今後気をつけろ!」と怒鳴ってようやく止めた。

掃除を終えて外から戻った同僚も、その様子に随分驚いた。私が殴られたこと
でみんな度肝を抜かれたようだった。班付も私が一人で先に掃除をしたことを
知っていれば、きっと殴らなかっただろう。

しかしそんなわけで、七五一部隊の十一期生で一番最初に殴られたのは、きっ
と私だっただろうと思う。

その後は毎日殴られた。殴る方も殴られる方もだんだん慣れてくる。そのうち
殴られるとスッとしてくるようになる。殴る方もそうだったに違いない。

運良く殴られずに済んだと思った日も寝ているとやってきて、何かと理由をつ
けて殴るのだ。だからそのうちに、殴られると今日の勤めは済んだ、というよ
うな妙にスッキリとした気分になり、落ち着いて寝れた。

他にも罰則はいろいろあり、太鼓ビンタをはじめ腕支え、早駆けなどあらゆる
罰則を経験した。この厳しさは私の班だけのことでなく、当時どこの小隊も班
もみな同じであった。

自分史を書くにあたり、H班付と連絡をとることができいろいろと教えて頂い
た。私達十一期生はH班付に鍛えられたが、班付(九期生)も八期生に同じよう
に鍛えられたそうだ。班付は鹿児島県出身だが、鹿児島弁を使うと夜は制裁が
待っており、おかげて鹿児島弁は全然出なくなったそうだ。

生れてから使い続けてきた方言を止めるのは大変なことだ。毎日のように殴ら
れて、奉山線を走る汽車が鍾を慣らしながら通過する音を聞き、故郷を思い布
団の中でよく泣いたものだというお話をうかがった。

班付の想いも我々と全く同じであったのだと、今さらながら気づかされた。

ここでの生活はラッパに始まりラッパに終る。夜眠る五分前に消灯ラッパが鳴
る。電灯を消してみんな眠る。緊張の連続の我々はまずホッとするが、また反
対に寂しい人ときでもある。一番故郷を思い出す時間だからである。

朝は(六時頃)起床ラッパでみんな飛び起きるが、ラッパの聞こえない者がいる
ので、不寝番が「起床!起床!」と起して回る。同期で同姓の松本君がラッパ
当番のときは、仲良しであったのでよく先に起してくれた。

早く起きて整列しないと大変だ。着替えてゲートルを巻いて、隊全体が宿舎前
に集合し整列する。赤線の入ったたすきをかけた日直士官が前に立つと、とて
も格好よく見えた。

朝の点呼が済むと洗面をして朝食になる。初日はそれから隊内の生活のありと
あらゆろことを説明され、また健康診断もしてくれた。新しい服(制服・作業
服・体操服)帽子(制帽・作業帽)靴、シャツ、タオルなども支給された。
白い靴下は何足も渡された。

はじめの十日間は、団体生活や内務班の規則、それに言葉遣いなどを班付から
指導された。起床ラッパに始まる一日は、点呼、食事、掃除、午前と午後の各
種訓練、夕方に食事、入浴、点呼、消灯(午後九時〜十時)と忙しい毎日であっ
た。
                           = つづく =
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