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┃ 満州青春録 :―――――――――――――――― by 松本進さん
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☆ 昭和18年4月3日・旅立ち ―――――――――――― 2003/09/19
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昭和六年九月十八日、柳条湖の鉄道が関東軍に爆破され満州事変がぼっ発し、
十五年戦争といわれる日中戦争へと発展していった。同十二年、芦溝橋事件で
ついに日中全面戦争へと突入、同十五年九月、日独伊三国同盟が締結されると
それは日中戦争と欧州戦争が連動そたこととなり英米の対日姿勢は硬化した。
また日本軍による南部仏印進騅もあり、それはABCD[米・英・支・蘭]包囲
陣による日本への厳しい経済制裁へと踏み切らせた。ABCD包囲陣にたいす
る危機感を深めた日本は、やがて同十六年十ニ月八日真珠湾奇襲に始まる大平
洋戦争へ突入していくのだった。
戦争は、真珠湾攻撃をはじめとして、マレー、シンガポール・フィリピン・ビ
ルマ・蘭印攻略と順調に成果を上げていったが、翌十七年ミットウェー作戦に
惨敗した頃からだんだんと不利に転じていった。
しかし大本営は日本側損失や、敵側に与えた損害の正確な公表をさけ、日本軍
の勝利ばかりを伝えたため、国民は敗北の事実全く知らなかった。そして私が
満州へと旅立つことになった昭和十八年四月は、聯合艦隊司令長官山本五十六
大将が戦死をした頃であった。
松山駅を出発し、私は生れて初めて家族と離れた心細さを実感していった。
同じように旅立った他の者も、そんな不安を感じていたかもしれない。列車に
乗り込んだ時から、兵頭三郎という人が目に付いた。背が高くなかなかの男前
で、何かと同僚の面倒を見ている様子から私より二、三歳年上に見えた。
互いに顔を見て「よろしくたのむよ」「こちらこそ」と挨拶を交わした。
はじめに話かけたのは隣村の広田邦夫君だった。
他の者ともすぐに仲よくなった。
列車は粟井駅に近づいた。窓を開けて外を見ると、中年の男の人と女の子ニ人
そして私の弟と同じ年頃の男の子一人が、路線の横を駅の方に向かって走って
いた。「粟井、粟井」駅員の声がして列車は止まった。さっき見た親子と松山
から一緒に乗ってきた私達の同僚が汽車の乗降口で別れを惜しんでいる。
この駅を通るのに会わせて、別れを惜しんできたのだろう。「利照、元気でや
れよ」父親が力強く優しく声をかけている。どちらもとでも辛そうで、男の子
は泣いていた。
列車が動き始めた。女の子が「兄ちゃんさよなら!元気で早く帰ってよ!」と
叫んでいる。「うん、おまえも元気でやれよ」そう答えると、駅のホームから
見えなくならまで見つめていた。
やがて彼は私たちのところに来ると、さっきの様子は打って変って「お願いし
ます!」としっかりとした声で挨拶をした。彼は玉井利照君と言い、さっき「
早く帰って」と見送っていた彼の妹はそれから十年後、私と生涯苦楽を共にし
今日を築き合う妻となるのである。
列車は小さな駅を次々と過ぎていく。昼食の弁当を食べる者、話をする者、窓
の外に見入る者、様々に時を過ごす。どこを見ても初めての景色ばかり、楽し
いような、それでいて寂しいような妙な心持ちである。
今治や新居浜に列車が着く度に私達と同じような人が乗ってくる。私も広田君
や松山から一緒に乗った五人と話し込んだ。寂しさや不安を忘れるひとときで
あった。
何時間かが過ぎ、高松に近づいた。真っ赤な太陽が海に沈もうとしている。
初めて見る香川の海に、何人かがすっかり見とれている。ゴトンゴトン、ゴト
ンゴトンと列車の音が新地よいリズムになってウトウト寝っている者がいる。
兵頭君が乗り換えを心配して寝っている者を次々に起している。そのうちの一
人が「いいんだよ。連絡船だから船の中に列車が入るけん」そういってまた眠
り込んだ。そういえばそうだ。
しかし初めての者は少し緊張気味になって、列車が連絡船に入るのを待った。
船に乗ると夕食用の弁当が配られた。弁当はみんなで一緒に食べた。なんだか
不思議な味がした。母が作った弁当の味じゃなかったからかもしれない。船は
もう動き初めている。夕日はすでに沈んで、わずかな光が海面や雲をポツと小
さく照らしていた。
食事をしながら考えた。船は四国を離れてしまった。私は一途な思いでとうと
うここまできでしまった。これで本当に良かったのだろうか。ふと遠くに目を
やると、海の向うに家々の明りがキラキラと光ってみえる。
漁船のトントン、トントンという力強いエンジン音を聞いていると、なぜかよ
けいに寂しくなってきた。今頃兄たちは食事をしているかな、私のことを話し
ているかな......そんなことを考えてしまった。
係員が「食事は済みましたか。明日十時頃には岐阜につきます。疲れていると
思いますのでゆっくりと休んでください」と言うと幾つか注意事項を説明して
くれた。いろいろな想いの交錯する慌しい一日だった。
列車は岡山を過ぎ`疲れのためかいつのまにか私が眠りについた。
翌朝、みんな六時前後には起き出した。朝食を済まし、急いで荷物をまとめて
降りる支度を始めた。予定通り午前十時に岐阜駅に着いた。
= つづく =
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│●│お便りで頂きました感想。
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┏━━━━━━━━━━「井口君夫さん」
松本 進様
自分史を綴るために中国語を学び、現地を歩いて確かめられた由、
大きな思いを抱いた人間は強いと感じました。
これからもお話を続けてお聞かせください。
有難うございます。どうぞお元気で。
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。

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