☆ 1980チベット偵査雑記(4) ――――――――― 2008/06/23
by リー将軍さん(70才男性)
ダライラマ13世の独立宣言以後37年の時間が経過したが、チベットはあい
も変わらずの、ラマ教特権貴族とラマ僧侶支配と、農奴となったチベット人。
・・ラマ教神権国家は 思想・哲学の宗教組織ではなく、主[あるじ]たるラマ
教と僕[しもべ]たる農奴との統制機構関係であった。チベット人民はこのラマ
の僕であり、土地はラマの財産である。
農奴となったチベット人民は、生活費以外にもすべての生産物がこのラマ所有
である。チベット人民の女性すらラマの所有物である・・チベットは封建制度
の清朝が倒れ、37年の近代国家建設の期間がありながら、人民隷属システム
を改革する手を何も打たなかった。
1933年のダライ・ラマ13世の崩御以後は、ダライ・ラマ14世は未だ幼
児であり、レティン・リンポチエ第一(上級)個人教授が執政となり独裁権をふ
るい、
やがて他の僧院・貴族ら特権階級の猛批判をうけて、タクタ・リンポチエ第二
個人教授に執政権を譲り引退する。
だが、このタクタ・リンポチエが政治・外交の無能者であり、失政の連続であ
り、その不器用な外交は、共産党に侵略される以前に国民党にも侵略されかけ
ていた。
毛沢東にやられなければ蒋介石に侵されたであろう・・そしてこの事態に復権
を狙うレティン・リンポチエとの間に、血で血を争う内部権力抗争をおかす。
ーーーチベットの政治と社会は堕落していた。
前執政と現執政の争い。政府高官たちの常軌を逸した行動。チベット国民は澱
んでいた。権力欲に堕落が加わった為、政者もまた混乱していた。チベットは
苦しんでいた。チベット人は窮地に陥っていた――――。
各特権貴族はこの権力空白を利用し私腹をこやし、人民を圧政・・群臣は少年
のタンジン・ギャンツオの君主即位を望み・・タクタ・リンポチエ執政の辞職
を求める。ーーーこの騒然とした世情、国論の分裂、
まさにこのような時、先のパンチェンラマ十世チューキ・ゲルツェンの青海省
への脱出と中共軍への人民解放要請がなされ・・中共軍のチベット侵略がおき
た。ーーー「救援要請によりチベット人民を解放する」との名目で。
ジルヴァン・グラスドルフの『ダライラマ、その知られざる真実』河出書房新
社【フランスの著名なチベット学の世界的専門家。ダライラマとの会話を通し
チベット関係の著書が12冊ある】…これを参考とする。
今チベット亡命政府では、このパンチェンラマ十世の中共への支援要請は国家
を売った卑劣人間としての評価である。…だがこの暴挙に至った彼の心情にも
思いを致さなければ・・
当時のチベットは相当に病んでいたことも・・そして、私は本当の真実は知ら
ないが・・ラサを除けば、地方でのパンチェン・ラマへのチベット人民の信仰
と尊愛の念はとても強いと感じられた・・だがもう20年以上も前のことでは
ある。
私は今、ダライ・ラマ14世の考えとその言葉を信じるのが一番のチベット問
題解決方法とは思うが・・今、日本はそれに構っている余裕はない・・だが、
ダライ法皇の考えなどもういい、と、尚チベットの独立を求めるならば、どの
ようなチベット国家を、、立憲君主制なのか共和制の大統領・議院内閣制なの
か、宗教や思想・信条の扱いは?
細かなところは独立してから定めればよかろうが、チベット崩壊の元となった
こうした基本ラインを見定めて「独立云々」を叫ばねば・・その主張の説得性
はとても薄いと思われるが如何がであろうか?
「あとのことはどうでもいい。いま俺が独立だと思うから独立させるべきだ」
ーーーとの考えもあることはありましょうが..それだけではドウモね〜〜〜
= おわり =
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(^^) OJIN です(^^)
リー将軍さん、京都(の)大学の某教授先生より→「1980チベット偵査雑記
面白いですね〜」と、エールがまいっておりますですよ〜♪
連載ありがとうございました! ちょっとお休みしてから次の「狐憑き」まい
りましょう〜〜
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転載元:せいろん談話室:
http://ez.st37.arena.ne.jp/cgi-bin/danwa/top_display.cgi
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