転載記事 メルマガ「頂門の一針」より転載 by 馬場伯明さん
☆ 終末治療の中止を求める意思表明書 ――――――― 2009/01/26
後期高齢者医療制度の「後期終末期医療相談支援料」とは、医師が回復の見込
みがないと判断した75歳以上の患者や家族と、延命治療を行わないことなど
を文書で確認すると、医療機関に2千円を支払うというものである。

ところが、

「75歳過ぎたら治療を止め『早く死ね』というのか」「事実上の延命治療打
ち切りを迫るもの」「高齢者を差別」などと多くの国民の反発を招き、200
8年7月1日から一時凍結となっている。ーーー実施凍結は異例である。

高齢者という理由で医療の差別をしてはならないが、いま通常行われている延
命治療は、はたして妥当なものなのだろうか。

正月、田舎で自活する母(90歳)を「お母さんの百歳への第一歩!」と私は鼓
舞した。本来、人間はユズリハ[譲り葉]が古い葉から落ちるように、高年齢順
に死ぬのが自然の摂理である。そして、

かつ、人間の尊厳を失うことなく穏やかに死にたい。

意識がなくなり、自分では飲食もできない状態で「生命」だけが残っている、
そんな状態は多くの人が望まないであろう。

「コロッと死に、スッと逝きたい」「安らかに消えるように死にたい」と誰し
も思う。人工呼吸器・血管に点滴チューブ・鼻からの栄養注入や胃瘻[いろう]
なども、単なる延命措置のためだけなら疑問が残る。

だが、開始したら、家族が中止を要求しても、医療側はその延命措置を途中で
やめることができない。犯罪=殺人罪)になってしまうからだ。

ただし、たった一つ例外がある。

自分がまだ元気で理性的な判断ができるときに、文書(自署)で「無駄な延命治
療はしないでください」と意思表示をすることだ。これが「リビングウィル」
である。

誰からも強要されない。自分の意思で潔い人生を全うする最良の方法であると
思う。私は「リビング・ウィル」を宣言している。(恥ずかしながら)ご参考ま
でに一つの事例としてご紹介する。

┌───────「参考例文この下から」

     終末治療の中止を求める意思表明書=リビング・ウィル

私はこれまで、私なりに生きてきました。しかし、いま私の人生が終っても決
して悔いはありません。

いま私は、意識を失うような状態になっているでしょう。または呼びかけには
少し応じても、意識は朦朧としていると思います。ということは、私はいま自
分の力での飲食はできていないでしょう。自発呼吸ができないために人工呼吸
器に依っているかもしれません。

もしも、人工呼吸器をつけてから72時間経っても、私の自発呼吸が戻らない
ときは、人工呼吸器を外してください。たとえ自発呼吸があっても、意識がな
くなってから72時間経っても意識が戻らなかったときは、点滴も栄養補給も
やめてください。

意識の有無の判定は、厳密なものでなくてもかまいません。普通の声の呼びか
けに、私が声を出して答えなくなったら、意識はなくなっていると判断してく
ださい。

また、点滴と栄養補給をやめた後、私が自分の力で飲み食いできる状態になけ
れば、無理に飲ませたり食べさせたりしないでください。そうなったら昇圧薬
も輸血も人工透析も血漿交換などもやめてください。

もしも私が苦しいように見えたら、その状態が緩和されるような治療は喜んで
受けます。しかし、単なる延命のための治療はやめてください。

今、私の命を維持する努力をされている、お医者さんや看護師さんなどの病院
・医院の医療スタッフの人達(以下、医療スタッフ)、そして家族や縁[ゆかり]
の人たちに心から感謝しています。

せっかく努力してくださっている皆さんには申し訳ありませんが、どうか私の
願いを聞き入れてください。決して悔いはありません。お願いいたします。

私はこの「終末治療の中止を求める意思表明書(リビング・ウィル)」を、健全
な意識の下で、その内容を十分理解し得る正常な状態で書きました。(妻子ら)
家族をはじめ、(親・兄弟姉妹ら)およびその他の縁[ゆかり]の人たちにお願い
します。

この「意思表明書」を、このとおりに実行してください。医療スタッフの人た
ちに異議を申し立てず、そのまま委ねてください。

また、医療スタッフの人たちにお願いします。

たとえ家族などの誰かが、この「意思表明書」に反対しても、私の意思を尊重
し実行してください。私がいう72時間は短いかもしれませんが、悔いはあり
ません。私の人生最後の願いを聞いてください。

この「意思表明書」でお願いしたことを忠実に実行してくださった人たちに、
心から深く感謝するとともに、実行された行為一切の責任は、実行された人た
ちにではなく、私自身にあることを念のためにここに附記いたします。


以下、年月日、住所、氏名:自署、押印をし、

手続きとしては家族等に渡しておけばよい。(=大野竜三(案)を参考にした)

└──────────「参考例文この上まで」

ある友人は意識がなく、飲食・嚥下も自力ではできない。所謂「植物人間」の
まま入院2年を越えた。同様の人が彼の隣のベッドにもいる。実は病院にとっ
ては「いい患者」らしい。何も文句をいわないし、治療のリスクも少ない。

ーーーそして(何より)安定した売上がある。

でも、それでいいのか。ーーー邪推すれば、人間を「生き物」としてベッドに
繋ぎ、死なせず飼育しているともいえる。高齢者などの年齢に関係なく、医師
の「終末期医療相談」は、この状態との関連で語られなければならない。

そこから「リビング・ウィル」の考えが出てくる。

映画「楢山節考」は、昔の山村を題材に、今では不条理な「棄老伝説」を描い
て、人間の愛と哀しみ、そして人間の尊厳と運命観を克明に表現した。緒方拳
と坂本スミ子による、息子と母の絶妙な演技が光っていた。

作者深沢七郎が「楢山節考(今村昌平監督)」で言いたかったのは何か。

昔の時代や、貧困な農家の実態などではなく、人間の死に際の覚悟、を説いた
のではないか。「人は、人間の一分[いちぶん]を持て」と・・・。

人間は最後の最後まで生きなければならないのか。細胞の最後の一片まで生き
たいのか。ーーー死に際の判断指標の一つが「人間の一分」であろうと思う。

後期高齢者医療制度に伴う、後期終末期医療相談支援料については、医療費削
減(だけ)という制度設計をした役所の浅い意図が見透かされたような気もする
が、終末期医療のあり方が「人間の尊厳」との関連で問われることになる。

また、政府や医療機関側だけではなく、終末期医療を受ける私たちの側でも、
同じように、自らの「人間の尊厳とは何か」を自らに問うことになるのではな
いか。

そういう意味で、通常の終末期や不測の事態に備え「リビング・ウィル」につ
いて静かに考えてみることもいいのではないか。

しかし、これは私の考えと行動であり、もちろん他人に強要する気はない。

                        = この稿おわり =
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▽
【リビング・ウィル】=終末治療の中止を求める意思表明(書)=これは、大野
竜三氏↓による定義である。

「自分で選ぶ終末期医療:リビング・ウィルのすすめ」
(大野竜三著、朝日新聞社、¥1100 189頁

愛知県がんセンター名誉総長・愛知淑徳大学医療福祉学部教授・日本学術会議
第20期会員「終末期医療分科会」副委員長
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本書は、白血病の専門医である大野先生が、リビング・ウィルなどについて、
じつに丁寧に、謙虚に、分かりやすく解説された著作である。ご一読をお薦め
する。(2009/01/19 千葉市在住馬場伯明)

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転載元:メルマガ「頂門の一針1429号」

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