「国際戦略コラム」No.2426より転載 ―― by Fさん
☆ 次世代産業は江戸時代から探せ1 ――――― 転載 2006/08/30
      ――「国際戦略コラム」No.2426号掲載 2006/08/13
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┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」

産業の空洞化、石油需給の逼迫による恒常的価格上昇、これから日本はどうな
るの?と案じておりましたら、おや?探せば道はあるんじゃないの?と元気が
湧いてくるような記事がありました!

2006/08/13 発行の「国際戦略コラム NO.2426」から転載させて頂きました。

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┏━━━━━━━━━━「転載記事ここから」

省エネの技術を探っている間に、江戸時代に行き着いた。―――― Fより

江戸時代は、鎖国をしていたが欧州の進んだ技術が少し進入して、それを日本
文化が独自な形態で発展させた。日本文化のあり方を探るのに、非常に参考に
なる。

――― エネルギー

とうとう、世界の石油は、中国やインドの発展で不足し始めているし、それに
輪を掛けて中東地域がキナ臭くなってきて、石油価格が高騰している。1バー
レル100ドルになるのも近い。ブラジルはエタノールをサトウキビから作り
自動車燃料に使い始めている。

日本でも、ガイアックスが天然ガスから自動車燃料を作り、売りだしたが、先
の見えない経済産業省の役人が潰してしまった。石油の代替策を準備していな
いから今頃になって慌てふためいている。

日本は川が急で、そして水量もある。この天然資源を利用しない手はない。マ
イクロ発電機を川に設置するだけで、無尽蔵に発電ができる。しかし、山沿い
の町や村でしかこの発電はできない。江戸時代も水車の設置していた所は、都
市ではなくて田舎であった。

田舎に精米所や機織や研磨があったが、その理由が水力を使った工場しかでき
なかったからでしょうね。

日本の江戸時代を見ると、風車を利用した工場施設がない。日本では風力は船
にしか利用しなかった。この理由も分かってきた。日本では雷が多く、高い建
物には落雷が落ちる危険があるためで、風が強い地域が落雷も多い地域になっ
ている。

船では北廻船が日本を縦断していた。これが物資流通の背骨を作っていた。日
本海を航行していた。大量の物流は船しかない。風の利用は船でしょうね。

――― 商業・工業

中国やイスラム地域を見ると工業より商業が発達している。これはシルクロー
ドという交易ルート上にあるために、工場より商業のほうが儲けが多いためな
のでしょうね。この交易に欠かせないのが手形ですが、この手形のためにイス
ラム教が必要だったのです。

イスラム教を信じる商人は、手形を神に誓って、イスラム教商人に渡したので
イスラム教がシルクロード沿いや、アラビア商人が船の交易をした地域にイス
ラム教が発展した。手形のために信仰したのですね。現世利益のためです。

江戸時代は商業が日本的に発展したのですが、ここにも手形が登場します。こ
の手形は神に誓いません。日本は多神教で、相手の信仰を限定できないし、も
し限定すると、お客を逃してしまいます。

日本は相手を信頼して、手形やつけを認めていたのです。人と人が信頼すると
いう社会ができていたのです。この時期に世界的にもこのような仕組みがあっ
たことは驚異的なことです。

日本は信頼社会ですから米相場で先物という制度もあり、現代を先取りしてい
ます。この先物を、明治時代に英国の商人が真似をして英国で始めるのですか
ら、日本の先端性は大変なものでした。

そして、日本はシルクロードの末端ですから、どうしてもユニークな製品を作
らないと商売の相手にされません。このため、江戸時代は各藩が競ってユニー
クな物を作りました。その中で伊万里焼きが出てくるのです。

大きな置物の伊万里の壷が、欧州で1億円もするのですから、伊万里と同等品
として、マイセン陶器ができた時のザクセン国王は大変な喜びようだったそう
ですね。しかし、現在有田焼きよりマイセンのほうが高価ですし、日本人はそ
れを大量に買っている。どうなっているのでしょうね。

この伊万里の陶工たちを、秀吉が朝鮮から連れてきたのですが、朝鮮では工人
を大切にしていないが、日本は工人国家ですので、この陶工たちは恵まれた社
会的な位置になりました。工人の東郷家は鍋島家の武士になり、明治政府でも
要職に就き、今でも外務省では重要な位置を占めている。

この工人が青と赤の伊万里焼きを生むのです。この陶工たちの元々の出身地は
朝鮮ではなくて、景徳鎮ですが、南宋が元に攻められたときに、朝鮮に逃げ出
したのです。

日本はどちらかというと、最初から発見したものより改良が得意のようで、そ
の仕入先が古くは中国で、現在は欧米、特に米国になっているのでしょうね。
この事例は明治政府にも引き継がれる。

欧州から高給で先生を連れてきて、日本人に各技術を教えてもらった。このよ
うな方法を取った途上国はなかったように思う。技術の習得は人から人に手渡
しで教えてもらうしかないことを工人文化の伝統で知っていたのですね。世界
に面白い物があれば、連れてきて、教えてもらうことが重要なのでしょうね。

――― 農業

各藩が競ったのは農作物の改革に繋がります。この基礎が生態系を綿密に調査
して各種の本になっている。二宮金次郎ではないが、農学者、農経営学者、農
生物学者などが江戸時代には多くいた。この学者を各藩は召抱えている。

このため、いろいろな品種改良や特殊な農産物を争って生み出しているが、こ
の中でリサイクルシステムが出来上がったのでしょうね。江戸時代の農業は、
人間が必要としている作物以外は畑に再度、返している。都市から出る生ゴミ
や糞などと藁を堆肥にしていた。

蜂の幼虫なども農家では食していた。タンパクが豊富で栄養食になる。このよ
うな生態系を利用した仕組みを構築すると、省エネルギーなリサイクル社会を
構築できることになる。

もう少し、江戸時代の日本独自文化を研究する必要を痛感するこの頃である。

┗━━━━━━━━━━「転載記事ここまで」

                           = つづく =
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