「娘と私の正しい北京生活」第107号より転載 by 浅井裕理さん
☆ 過激な夜 ―――――――――――――――― 転載 2004/08/23
       ―― 「娘と私の正しい北京生活」第107号 2004/08/20
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転倒しても大丈夫なようにジーンズを履いた。すぐに逃げられるようにスニー
カーを選んだ。所持品はカメラとチケットのみ。カメラ用バッグをたすきがけ
にした。財布は持たずに200元(約3000円)と小銭をポケットに入れた。
途中でトイレに行かなくてもいいように、半日ほど水分を控えた。

鏡に映る自分の姿をもう一度チェックした。
自分でも緊張しすぎだと少しおかしかった。

―――― 2004年8月7日。

北京・工人体育場でサッカー・アジアカップの決勝戦が行われた。
――日本対中国――

重慶で行われた予選リーグや準々決勝で、日本人サポーターに罵声が浴びせら
れたり、ペットボトルが投げられたりする事態が発生したらしい。
決勝戦を前に、北京の日本国大使館がホームページを通じて

「大勢の人が集まる場所に近寄らない」
「興味本位で群衆に近づかない」
「目立つ服装や日本代表のユニホームなどシンボル的な物の装着は、会場以外
 ではなるべく避ける」

など注意を呼びかけた。
アジアカップ事務局からは、日本人は日本人観客用のブロックに座って観戦す
るよう指導があった。マスコミ関係者にも「取材席以外では日本語を話さない
ように」と通達が出た。

――スタジアムの周囲300メートル内は車の立ち入りが禁止されていたため
途中でタクシーを降りた。歩いていると「おい、日本人(の蔑称)も来てるぜ」
など、悪意のある声が飛んできた。
??どうして日本人と分かったのか。ーー周囲の中国人女性を観察した。

ジーンズ姿の女性はひとりもいない。
素材がデニムでも、スカートか丈の短いパンツ。
スニーカーは皆無。かかとの高いサンダル。
少しガニ股気味。
お買い物バッグを肩にかけている。
ある女性は、緑色に黒の水玉模様のTシャツ。ある女性は黒のタンクトップに
黄色のオーガンジー素材の透け透けカーディガン。

ーーわたしが持っていない物だらけだ。

やはりどう転んでもわたしは日本人。注意した分だけ、いつもより更に日本人
化してしまったと反省する。

予想通り、スタジアム前は気勢(奇声?)を上げる中国人で賑わっていた。
武装警官やら機動隊やらが、重装備で列を成していた。ヘルメット、プロテク
ター、透明の盾の3点セットを身に付け、ずらりと並んでいた。

隣に座った女性が彼氏に「この子、日本人じゃない?」と呟くのを聞いて焦っ
たわたしは、わざと肘鉄を食らわせ、さも彼女が悪いかのように
「あんた、ちょっと気をつけなさいよ!」と、喧嘩っ早い北京女性を装った。

日本にチャンスが回ってくると、何人ものサポーターが立ち上がり、「xx」
「○○」と選手に罵声を浴びせる。その都度私服警官や運営係が駆け寄って、
「今、なんて言った!」「座れ!」と威圧的な声で注意する。

わたしが座るVIP席(←知恵と苦労とコネと圧力でゲットした)からは、日本
人サポーター2000人が座る1号ブロックがよく見えた。うねりながら翻る
赤一色の視界の中で、そこだけが青かった。
――中国のゴールが決まると、6万人の歓声でスタジアムが揺れた。

日本が2点目を入れると、中国人サポーターが少し静かになった。
3点目が入ると、半分以上が笛や紙コップをグラウンドへ投げ入れ、席を立っ
た。ロスタイムに入ると、さらに多くの人が会場を後にした。
試合が終わると中国人選手までもがさっさと退場してしまった。

誰もいないグラウンドに日本人サポーターたちのお行儀のよい歓声。
選手が抱き合い、ジーコが胴上げされる。

私服警官に追い立てられてスタジアムを出ると、外には過激な世界が広がって
いた。
紙に書かれた日の丸が焼かれ、何かを叫びながら投石する人たちがいた。
機動隊が一列になり人々を解散させようとする。飛んできた石が盾に当たる。
赤い旗を振り、笛を吹き、歌をうたい、日本を罵倒しつつ、黒い頭の行進が始
まる。

誰かが、路線バスを指差し「日本人が乗っているぞ」と叫んだ。

数人の男がバスによじ登り、窓から手を突っ込み乗客の髪の毛を引っ張る。
警官が男を引き摺り下ろす。転げ落ちた男を5〜6人の警官が押さえつける。
バスに向かってブロックや石や紙や、いろいろな物が投げつけられる。
ーー乗っていたのは帰宅途中の普通の北京市民なのに。

何かあったときに守ってもらえるように機動隊の盾と一緒に移動した。

あちこちで人が暴れ、小競り合いが繰り返された。異常な興奮を誰も抑えるこ
とができないのだ。

怖かったのは、反日行動が過激であればあるほど、口にする言葉が下品であれ
ばあるほど「英雄気分」が味わえるということだった。試合前の会見でジーコ
監督に「B級チームだから負けても言い訳ができますね」「ラッキーは続かな
いといいますが」と嫌味たっぷりの質問をした程度の低い記者たち。
ーー彼らの顔に浮かんだ、英雄気取りのゆがんだ笑顔は、私をゾッとさせた。

スタジアムに残された日本人サポーターが帰宅を許されたのは、それからおよ
そ2時間後。真夜中だった。

―― 2日後の月曜日。

中国人スタッフが「サッカー、見に行ったんですよね」と聞いてきた。
わたしが無言でうなずくと、彼は間延びした声でこう言った。
「いいなあ、僕も見たかったな」
ーー彼は何も知らないのだ。

あの夜、北京市の中心部で起こったおぞましい出来事や、人々の口から発せら
れた下品な言葉を、ーー中国のテレビや、ほとんどの新聞は報道しなかった。

                        = この稿おわり =
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┃┃ この記事にお便りを頂きました。
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┌──────────「toshirouさん」男性@七十代@福岡

ーーサッカー当日の生々しい状況をお話いただき、何が彼らをそこまで過激な
行動に走らせるのか、改めて考えこんでしまいました。

中国が好きで、定年後中国語を学び、中国旅行を余生の楽しみとし、多くの中
国人の友達も得ました。幾度も一人旅をし、現地ツアーに参加したりして見知
らぬ中国人たちと接してきました。

彼らの殆どが親切で友好的であり、私を日本人と知って、むしろいろんな面で
積極的に私に協力してくれました。これらの人々と、西安事件に続いて今回の
過激な行動に走る若者達とのギャップがあまりに大き過ぎるので戸惑っていま
す。
一部の煽動に乗ったとか、日頃の鬱憤を晴らすためとか、いろいろな説があり
ます。中国人は、砂を掴むようなもので手を開けばバラバラになるとか、個人
の力は強いが集団の力は弱いとかの評も聞いていました。

反日教育が彼らの底流に深く住み着き、集団の力でそれらが一気に噴出したの
であれば全く残念なことで、将来を憂慮せざるを得ません。反日を材料にして
騒ぎを大きくして鬱憤をはらすのであれば、このような選択肢しかない彼らに
同情する必要があるかもしれません。

でも、集団の力に頼り付和雷同し、自己制御がきかなくなる民族性であれば又
悲しくなります。今もって何がそうさせたかは疑問ですが、今回の事件は永遠
の謎として私の心に残るでしょう。

└──────────
 
┌──────────「ライター:浅井裕理さんから」

感想をお寄せいただいて、ありがとうございます。
北京に移住してから8年間--。
中国の良い部分も悪い部分も受け入れる努力をしてきました。

あの暴動の背景には、いったいどんな闇があるのでしょうか。
toshirouさんのおっしゃるとおり、永遠のなぞです。ただ、

あの夜の映像が世界中に流れてしまったことは、中国の人たちにとって本当に
残念なことでした。

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