寄稿転載記事 ――――――――――― by 岡崎溪子さん
☆ 暑い時はヒマラヤの麓のお話でも ―――――――― 2004/08/02

――――「カシミール決死行」第17話より

チベットからの亡命僧、私がチャーターしたタクシーで、2人の男を乗せてホ
テルに帰ってきた。ーー応接間で日本茶を飲みながら語り合った。

ウシ(仮名)はチベットから亡命してきたという。仲間の僧侶と4人で1998
年、冬ヒマラヤを越えた。命がけである。見つかって中国軍に逮捕されたら、
彼自身が獄に繋がれてしまうのは当然だが、家族や親戚も甚大な被害をこうむ
る。"犯罪者の親族"という烙印を押され、社会生活がほとんどできなくなる。
ーーつまり、村八分になる。

中国政府は、チベットから逃亡する者があとを絶たないので、亡命者を出さな
いように眼を光らせている。国際世論の手前、チベット自治区をうまく掌握し
ていることを誇示したい。だから特にインドとの国境警備は厳重で、人民解放
軍の監視は日夜怠りない。

ウシは、チベットでは仲間の僧たちはみんな別々の寺で修行しており、顔を合
わすことがあっても決して親しそうに話さない。短く相手の顔を見るだけ。言
いたいことがあるか、気持ちがグラついていないか、眼を見れば分かった、と
淡々と語る。

逃亡の季節は迷わず冬に決めた。確かにヒマラヤの冬は寒い。しかし、雪は危
険な谷にも道を作ってくれる。おまけに飲料水には不自由しない。あとは食料
が確保できるかだが、そこは修行僧、腹ペコには慣れている。22歳という若
い肉体も武器だ。

1998年の冬、2ヶ月間雪のヒマラヤ山中を彷徨って、ようやくネパールに
出た。逃走経路は、彼の身の安全のため、あえてここには書かない。とにかく
インドのダラムサラに着いた。彼らが命がけで亡命したのは、その前年に16
歳のカルマパ17世が亡命したことも当然影響している。

ーーダライラマに教えを請いたい。もっと仏教の勉強がしたい。

いまや、チベットに尊敬できる師はいない。自由になりたい。宗教を毒だと思
う中国政府とは水と油、ことごとく干渉を受ける。一例を挙げると、『風葬』
問題がある。

チベットでは、人が死ぬと遺体を山に運び、ある程度の大きさにナタで割って
放置する。禿鷹に食べてもらうためである。一週間ほど経って再びそこを訪れ
る。きれいに禿鷹に食べてもらった人ほど、早く天国に行き、幸せな転生がで
きると信じられている。この風葬は、なにも異様ではない。

紀元前7世紀、イラン全土で広まった最初の宗教といわれているゾロアスター
教では『鳥葬』といって、同じように死者を鳥に食べさせた。この宗教は拝火
教ともいわれ、火を神聖なものとし、また土も水も大切なものであるから、火
も土も水も使わずに遺体を処理するために鳥を選んだ。

こちらの祭壇はとても合理的に作られており、死体を載せる石台が真ん中から
パカッと開くようになっていて、鳥葬が終わった人骨の残りが下に落ちる仕組
みになっている。下には、多くの死者の骨がうずたかくたまっており、満杯に
なると、新しい祭壇をまた作る。したがって王族以外の墓はない。

古来より人間は、鳥が大空を羽ばたくのをみて、自分が死んだらあの大空の遙
か彼方に行くのだろうと誰でも考えた。翼を持たない人間では、天国に行くの
にどうしたらよいか?そうだ!大きな鷹にお願いしよう。その願いと引き換え
に死肉を与えよう。と、まあ、自然な思考であり、私はいいことだと思う。

私自身は海に散骨してくれるように遺言状を書いているが、海から世界で一番
遠いチベットだもの、「一度、土(自然に)に還る」はごく自然である。しかし
中国政府は気に入らない。禿鷹に人間の肉を食べさせるとは野蛮だという。

『葬式』というぐらいだから、何らかの文明的な儀式をせよ、迷信やまじない
に惑わされてはならん!ときついお達しである。そこで、1千万円かけて火葬
場をつくった。「人が死んだらここで焼くのだ!」と。

この話を、中国人から自慢話として聞いて私は大笑いした。

「全くチベットの連中ときたら野蛮なんだから…」

「違う、違う。私は中国政府を笑ったのよ。いつまでも中華思想が抜けないの
ねえ。あんな高度なところの山は、岩山が多くて木は貴重品ですよ。遺体を焼
くのに使うよりも、生きた人間の家を建てたり、橋を作ったり、いくらでも生
活に木材は必要でしょう?それとも中国本土の東北地方から石炭を運んでくる
のかしら?燃料のこと考えてから計画しなきゃ。所詮、農耕民族は山岳で暮す
人たちの心が理解できないのよ」

「そうか…燃料か…、でも土に埋めるとか何とか他の方法があるでしょ?」

「あなたねえ、一度高度4000メートルの場所で穴堀りをして御覧なさい。
とてもじゃないが、しんどくってぶっ倒れますよ」

さて、亡命僧ウシは、当然ながらパスポートがないので、1年間、じっとダラ
ムサラで息を潜めていた。インド国内も歩けない。悪名高きインドの警察官に
逮捕されたら、死ぬよりもつらい目にあうだろう。ダライラマにも迷惑がかか
る。パスポートは闇でも買えるけれどべらぼうに高い。

それでも、せっかく自由になれたのだから、せめてインド国内を一度歩いてみ
たい。やっとのことで、ここラダックならいいだろうとへミスゴンパの大祭に
やってきた。私は、橘瑞超の崑崙山脈を越えてチベット入りを試みたものの、
想像を絶する厳しさに従者は逃亡し、ヤクはバタバタと死んでゆき、ラクダは
テントを齧る(かじる)、彼も意識を失うという苦労話を思い出した。

ウシも同じような思いをしたのだなあと思うと涙が出てきた。私も新彊のイリ
の暴動を取材した時、人民解放軍の兵士6人に取り囲まれた。機関銃6挺の銃
口が私に向けられたときにはさすがにビビッた。スパイ容疑か、外国の協力組
織の人間だと思ったのか、そんなことより事情を聞く前にまず、銃でおどす、
というのが怖い。度胸のない人ならシドロモドロになり、即監獄行きだろう。

ウシの闇のパスポート代、6000ルピーを鞄から取り出して与えた。
「これで、必ずパスポートを買うのですよ。インドも広いのだから大いに旅を
して見聞を広めなさい」
ウシは大喜びで何度もありがとうと私に頭を下げた。私だって貧乏、おまけに
したいことがいくらでもある。そのためにはお金が要る。しかし、自分の目の
前に、お金さえあれば自由になれる人がいて、たまたま私がそのお金を持って
いた。そのお金が彼に移動した。ただ、それだけのことだ。それでいい。

日本に帰れば耐乏生活が待っているが、ケセラセラ。なんとかなるさ。
‥‥いつもこんな調子なんです。ハイ。

※この続きを読みたい方は、以下の私のHPから読者登録できます。
岡崎けい子のホームページ http://www12.ocn.ne.jp/~okazaki8/シベリア決死行」/岡崎溪子 出版:アルファポリス

                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
寄稿転載記事集の目次に戻ります

みなさまからのご寄稿をお待ちしています!!
詳しくはこちらを覗いて下さいね〜。







SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO