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天津出張日記 ―――――――――――― by DAN NAさん
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☆ 2003年7月(1)初3日間 ―――――――――― 2003/07/28
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│社命で長期中国出張を命じられた途端にSARS騒ぎが勃発!足止めされて
│待機しながら、でもその間、≪ WEB 熱線 ≫≡アジアの街角から≡でシッカ
│リと中国市井事情を勉強し続けていた中国初体験初上陸のDAN NAさん。
│
│ようやく禁足も解け、晴れて、中国の“巨大なる田舎町”と謂われておりま
│す天津市へとやってまいりました。
│
│さて、初めて中国という象の尻尾(の毛の先)にぶら下がった1个日本人が、
│どんなふうに感じ、どんなドタバタ劇を繰り広げるものか、皆様と共に楽し
│ませて頂こうと思います。(^^)
│
│それでは「天津出張日記」の、はじまり!!はじまりぃぃ〜〜〜〜〜ッ!!
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■―2003年7月某日
あいにく天候が悪く、予定時間に少し遅れて北京に到着した。遅れたといって
も十分程度で気にするようなものではない。
日本の航空会社を使ったせいか、他国にやってきたという感覚が全然しない。
機内では中国語はおろか英語を使う機会もなかった。
もっとも、いまだに中国語は挨拶すらろくにできない状況なので、何を言われ
ても「我是日本人、不知道中文」と、思いっきり変な発音で言わなければなら
ない状況なのだが....。
SARSの影響なのか?入国時の健康質問表の様式が変更になっていて、日本
で用意してきたものが使えず、新しい用紙に書き直さなければならなかった。
内容はそれほど変わっている訳ではなく、中国での滞在先等少し項目が増えて
いただけだったが、どこにも要領の悪い人間はいるらしく提出に手間取り時間
がかかってしまった。
日本で、天津行きのバスを手配してきていたのだが、その待ち合わせ時間まで
の余裕がなくなってきて内心あせりながら入国チェックの列に並んだ。
結局、待ち合わせ時間には十分に間に合ったのだが、またまた問題が起こる。
バスの予約者リストに私の名前がない!?航空会社が手配してくれたバスなの
で、エアチケットの半券を見せ確認をお願いする。
----いろいろ手間取るなぁ。これが今回の出張の先行きを暗示するものでなけ
ればいいんだけどなぁ。などと考えながらガイド(?)さんの返事を待つ。
「確認してもらったら、名前がありました。」
ホッとして、
「タバコを吸う時間はありますか?」
「もう時間がありません。すぐに行きます」
仕方なくガイドさんについて歩き始めた。
僅かずつのロス時間の累積とドタバタの為に、大失敗をしていたことに気が付
いたのはバスに乗って一時間も経った頃だった。
私は両替をしていなかった!!のである。
中国は現在、通貨の流入・流出を厳しくチェックしており、大金を持ち込むこ
とも持ち出すことも制限されている。
それと関係あるのかどうかは知らないが、成田空港では人民元への両替はして
いなかった。その事は前もって調べていたので、北京に着いたら真っ先に両替
をしなければならないと注意していたはずなのにケロッと忘れてしまった。
まあ仕方がないやと、生来の開き直り体質(?)で完全に開き直り♪
「ちゃんとしたホテルなら、英語ぐらい通じるだろう。そこで両替してもらえ
ばいいや」と自分を納得させる。
実はこの考えも間違いであることに、その時は気がつかなかった。
しかし救いがなかった訳ではなかった。私は日本の航空会社を使い、その航空
会社が手配したバスに乗っていた。つまり、周りは日本人ばかりである。
ホテルの前にバスが着いた時、私は、中国駐在者が出迎えに来ている乗客をに
声をかけた。
「すいません、日本の方ですよね。実はこのホテルに着いたらここに電話する
よう言われていたんですが、空港で両替が出来なかったので助けて頂けません
か?」
「あぁ。時間がギリギリでしたからね。」
「出来ればこのホテルで両替したいのです。電話もかけられないので。」
「ホテルは宿泊客しか両替してくれませんよ。」
「え!?」
途方に暮れていてもしょうがない、ここは日本ではない。
「では申し訳ないのですが、ここに電話してもらえませんか?」
「良いですよ。」
駐在の方はイヤそうな顔ひとつせず電話をかけてくれた。しかし、話し中なの
か電話は繋がらなかった。
日本出発前、出張先の電話番号・近辺の地図等はしっかり準備はしてきたもの
の、こうなってくるとさすがに不安が大きくなってくる。
親切な方にめぐり合えたのは救いではあったが、心の中では万策尽きる寸前の
心境になりつつある。せめて現地のお金さえ持っていればなんとなるのだが、
今は文無し....同然。
「それでは地図のここまで、日本円で乗せていってもらえるようにタクシーと
交渉して頂けませんか?」
もう最後の手段と思えるお願いをして、日本から持ってきた地図を見せた。
後になって考えたら、その方にいくらか両替してもらうなり、最悪、カードを
使って一日だけホテルの宿泊客になるなり、いろいろ方法を思いつくのだが、
その時は焦っていたためか本当にそれしか思いつかなかった。
ところがその駐在員の方は、正に救いの神であった。
「あぁ、ここなら私の会社から近いですから、一緒に乗って行きましょう。」
その人の会社と私が出張で行く会社は500mも離れていない所だった!!
相乗りさせて頂いて無事目的地に到着することが出来た時に、お礼を言っただ
けで、せめて千円札の一枚なり渡すべきだったと、出張先の会社でお茶を飲み
ながらやっと気づいた私は、健康質問表の提出にモタモタしていた人達以上に
要領の悪い人間なのかもしれない。
2名の副総経理・部長格の数名・Hさんなどと食事をして、就寝。
■―7月某+1日 朝
会社が手配してくれた車に乗って出社。
まだ状況があまりよく飲み込めていないが、きっと車が迎えに来てくれたのは
副総経理と同じマンションに住んでいるからだろう。
中国の会社に長期出張が決まった時、
「ホテルではなく、普通のマンションか何かを準備して下さい。」
と申し入れた。
“お客さん”ではなく、仕事をしにいくのだから特別扱いは必要ない。現地で
普通の暮らしをしながら普通に仕事をすればいいと思って当たり前の事を言っ
たつもりだった。
しかし車が迎えに来るというのは、日本人的な感覚からすれば、かなりの重役
の扱いにも思える。
お客さん扱いされているのかな?・・些か気になる。
昨日の夕食はかなり豪勢なものだった。
私と別行程で出張してきた営業のHさんもいたから歓迎してくれたのだろう。
まぁ日本でも、初日の食事は歓迎の意味で良い所に接待したりするから、こん
なものか?慣れていないので困らないようにと手配してくれたのだろう。
馴れて一人で歩けるようになったら、差し障りのない断り方を考えよう。
昨日、気がついたことだが、中国の信号機は日本のものより新しいのではない
だろうか?大きさは日本の信号機と変わらないが、日本で赤・黄・緑の大きな
ライトが付いている部分に、小型のライトがたくさん並んでいて、全体の色が
変わる様になっている。
しかもその発光部分が、左右から徐々に短くなって“カウントダウン”をする
ようになっている。ちょっと面白かった。
日本と同様“右折可・直進可・左折可”用の信号ももちろんあり、矢印で示す
ことも同じだが、いつも点灯している点が異なる。大丈夫なときは緑で、駄目
なときは赤が点灯するようになっている。
歩行者用信号機もあるのだが、守っている人はいない。
天津では、自転車や歩行者は全く信号を守っていない。
出社中の車から眺めていたが、公安の警官がいるのに平気で渡っている。
「中国では自転車は信号を守らないのですか?」
副総経理に質問してみたら、
「免許が要らないから、減点しようがないからね〜」
う〜ん、確かにその通りだけど、それじゃ信号の意味ないんじゃないか?
中国の信号は、車対車の安全を確保する為にあるものでしかないのだろうか?
それともこれが OJIN さんの言っていた、「上に政策あり、下に対策あり」の
表れなのだろうか?
現在天津では、建設・工事ラッシュ。市内のいたるところでビルの建築や道路
工事が行われている。
これは今の中国は天津に限らず何処でも同じかもしれない。
そんな状況なので、まだまだ信号機は少ない。
大通りの、しかも最近工事したと思われる場所にはしっかり信号機が設置され
ているのだが、それでもまだ十分な量ではない。
そしてさらに気が付いたことは、十字路や三叉路には信号機があるのに、何故
か五叉路以上になると信号機が設置されていない??
設置が遅れているだけかなのかなぁ??
■―7月某+1日 午後
昨日の経緯の通り、日本円しかもっていない私の為に「両替に行きましょう」
とJiangさんが声をかけてくれた。
まずは近くの銀行に行ってみたものの、外貨両替はしていないとの事で、社用
車でちょっとはなれた銀行に行くことになった。
中国の交通マナーは正直なところ良くない。
急速に発展して来たせいか、堂々と道路の真ん中を歩く人や自転車。反対車線
でも平気で突っ走って行く車も結構見かける。
こっちがお行儀良く運転していれば、プープービービーとクラクションを鳴ら
される。当然、社用車の運転手もそんな事情の中で、お客さんや重役の送り迎
えをしている訳だから、おとなしい運転のわけが無い。
車線をまたいで走り、自転車を右へ左へよけながら、ブッブーっとクラクショ
ンを鳴らして突っ走る。
でも、これでもおとなしい運転だったんだと思わさせられたのは、夕食の後に
乗ったタクシーの中だった。
今日は私たちではなく、お客様の接待に行くことになり、四つ星ホテル横の酒
家にて夕食。
それなりにワイワイとやったものの、話に聞くほどの酒盛りにはならず。
私のいる公司は、出張中で不在の総経理含めて幹部クラスは全て在日経験があ
り、内数名は私と同じく日本の本社(で雇用されている中国人)の人間なので
日本的にやってくれているみたい。
食事の後は、日本式のクラブで軽く一杯&一人一曲づつカラオケ。
ママは日本人で、総経理は中国人。ご夫婦で経営されているそうです。
海鮮山鮮もこんな感じなのかなぁ?
で、件のタクシー。
表現に困りますが、とにかく荒っぽい。
ビュンと飛ばしては、信号無視の自転車の手前で急ブレーキ。
片手は常にハンドルの真ん中にあって、クラクションの準備OK。
こっちは手すり(?)から手が離せませんでした。
シャワーを浴びて就寝。
■―7月某+2日 午前
マンション下で副総経理と待ち合わせ。
社用車で公司へ。特に何もなし。
■―7月某+2日 午後
「必要なものがあればリストアップして置いてください、一緒に買い物に行っ
てもらいますから」
とのありがたい申し入れに、昨日私が作って渡したリストは以下の通り
・手機 (携帯電話)
・天津的地[冬に囲い](天津の地図)
・茶杯 (マグカップ)
・茶叶=葉) (お茶の葉)
・ 鞋 (スリッパ)
・電灯泡25W (25Wの電球)
・抹布 (雑巾)
・上貼身 衣 (肌着のシャツ)
到着当日に、飲料水と洗剤・シーツは準備してもらっていたので、当面の生活
に必要なものだけお願いすることにした。後で必要なものがあれば自分で買い
に行くつもり。
シャツは日本で準備していたものを荷物に入れ忘れたためで、些か恥ずかしい
限りだ。
その他として、ケーブルテレビとADSLの契約もお願いした。
日本と中国を行ったり帰ったりするものの、年の半分はこちらで暮らすことに
なるので、中国語学習の重要な教材になるテレビと、日本とのやり取りで使う
インターネット環境は欠かせない。
一緒に買いに行っていただくjiang さんの都合が付いたので、社用車でGO!
うん?jiang さん、そちらの可愛い女性はどなた?
「日本人が携帯電話契約するのには、保証人が必要だから彼女になってもらい
ます。」
そうなんですか。よろしくお願いします。
10分ほど例のごとくの危なっかしい運転を我慢していると「中国移動通信」
の看板がある建物に到着。
と、jiang さんやおら冊子を持って、「どの番号がいいですか?」
そうでした。中国では電話番号が選べるんでした。
しかし、いい番号“〜000888”なんかはとても高い!
副総経理のjiさんから聞いた話では、電話番号に8万元(120万円)払った人
までいるとか....。
ちなみに私が住むことになったマンションは8階建てですが、8階は(値段が)
高いのでしょうか?・・今度聞いてみよう。
番号の良し悪しなんて、日本人の私にとっては関係ないことなんですが、そち
らの意向もおありでしょうし、ここは同行の漂亮に決めていただくとしましょ
う。
えーと後は携帯電話本体ですね。
日本とは事情が違い、携帯電話本体は別売となっている。まぁその程度のこと
はちゃんと調べてきました。
が、えーとお値段はっと。三千元?日本円なら4万5千円!?高いぞ!?
携帯電話の勧誘激戦の結果、本体価格がほとんど無くなってしまった日本にな
れていたため、ショック大きいよ〜。
にしても、ほんの2週間ほど前に日本で買い換えたFOMAの結構新しい型の携帯
でも、2万円だったのに...。
三千元なんてこっちの平均的な所得者層の何か月分だぁ?
日本から持ってきた携帯用の端末とこっちでの電話用の端末2台分を買う予定
だったけどちょっとこの値段では....。
結局、色々見て日本から持ってきた携帯のカードが使えた千二百元の携帯一台
を買い、もう一台は会社にある中古の携帯を六百元で引き取らせていただくこ
とになりました。
ADSL+CATVのお金が○○元だから...。
結構な金額を両替していたのに、わずか二日で足りなくなった!
携帯電話ッ!高いぞ!お前!
まぁ仕方ないね..必需品だし。
そろそろ次の必需品買いに行きましょうか?
次は地図、本屋さんです。
本屋さんで地図を探してもらったんですが、ないんですよ地図が。
いや、一応あるにはあるんですが、天津市全てがA1用紙一枚に印刷された大
雑把なものしかない。
私の期待してたのは、“東京都区分地図”みたいな本になった詳細な地図なの
に、このA1版地図ときたら大雑把すぎて、天津市街地の上にマグカップ置い
たら全部隠れてしまう。
こんなのもって街をウロついたら確実に迷子になってしまう。
Jiang さん、なんとかなりませんか〜?
Jiang さんが売り場の小姐とゴニョゴニョ交渉をして下さって、ようやく天津
市街地がA2用紙に印刷された地図が出てきました。
それでも期待していたものとはかなり違いますが、まぁまぁOK。
これで休みの日に外をうろつけるぞっ!と。
車に向かって歩いていると、Jiang さんと漂亮がゴニョゴニョ。
「さっき買った携帯の番号が何番だったか賭けたんですよ。負けました。」
「何を賭けたのですか。」
「水です。」
「飲料水ですか。」
天津も七月になると結構暑い。ちょうど時間も3時だし、ティータイムといた
しましょう。本屋の横のスタンドで、八歳ぐらいの小姑娘が十歳ぐらいのお兄
ちゃんと冷やした飲料水を販売していました。店番かな?
私は、お茶にしましょうかな。“緑茶”と書かれたペットボトルを「これで」
ふぅ、確かに暑いな。ゴクリ。ん?甘いぞ?もう一口、ゴクリ。
・・やっぱり甘い?
「Jiang さん、お茶が甘いですよぅ〜」
「うん。中国のは甘いんです。」
中国では、緑茶も紅茶もこういった飲料水として買うと甘いそうです。
期待を裏切ることにかけては期待を裏切らない国、中国。見事!
あとの小物は超市にて漂亮まかせ。ホイホイホイッと選んでもらって、買い物
終了。今度日本から来るときには、お礼に日本のお菓子でも買ってこなきゃ。
■―7月某+2日 夜
別便で出張してきていたHさんが、明朝帰国されるので、
「北京ダック食べに行きませんか?」と提案してみました。
私もHさんも中国語が話せないので副総経理のJiさんに案内をお願いして、
「今日は割り勘でお願いします。」
私も別にタダ飯が嫌いなわけではないのですが、どうもお客さん扱いされるの
は苦手で、それに既に2日間結構豪勢な食事をさせていただいたのですから、
もう十分です。
3人の慎ましやかな宴会のお会計は一人35元≒525円)。
やっぱり安いですね、中国は。北京ダック食べて、黒ビールをジョッキで飲ん
で、あれこれそれでこの値段とは。
高い買い物と接待の食事しかしていなかったので実感ありませんでした、今ま
で。
朝食と昼食は公司の中の食堂で食べて、1ヶ月月分を一括清算ですし、今日の
昼の買い物は漂亮にお金を預けてましたから、今までタクシー代以外でお金を
出したことなかったんです。
安さの実感と共に、携帯電話の高さの実感もより一層増してしまったのは悲し
いですが。
タクシーにもチョット慣れたかな?
ーーで帰って、シャワー浴びて就寝。
= つづく =
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┃ ┃ この記事にお便りを頂きました。
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┌──────────「tokoma75さん」男性@五十代@北海道
中国出張でのドタバタ劇…拝読。
東京帝大を出て勤務したのが満鉄。
兵隊として従軍したのは北支…河南省温県。
良き付けに悪しきにつけ中国とは縁が深かった父が3年前に86歳で他界。
子供の頃古いアルバムの写真で見た、中国での父の姿が目に浮かびました。
当時とは変わっているだろうと想像していますが、意外と変わっていない中国
の姿も残っているのでしょうね。
いつの日かハルピン・瀋陽・長春等々、訪問してみたいです。
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┌──────────「DAN NAさんさんから」
ご感想をいただきまして、ありがとうございます。
私はまだ天津しか知らないのですが、休日にブラブラと歩いていますと、まだ
まだ古い建物も残っております。
知り合いに聞きましたところ、太平洋戦争以前の日本の関連施設もまだたくさ
ん残っているそうですが、急速な発展で取り壊される日も近いようです。
中国初心者の最後尾にやっと並んだばかりですが、こちらに来てから、出来れ
ば色々な町に行ってみたいと思うようになりました。
tokoma75さんも、いつの日とおっしゃらず、訪問してみてください。
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┌──────────「johnさん」男性@五十代@会社員@奈良
DAN NAさん、頑張って!
私も9年ほど前に2年間天津に駐在したことがあります。
故に大変懐かしくワクワクしながら読ませていただきました。DAN NAさんの日
記を読みながら当時のことを思い出し、何度「そう、そう。そうだった。」と
うなづいたことかわかりません。
これからも楽しみにしていますので頑張ってください。
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┌──────────「DAN NAさんさんから」
先輩からの声援、痛み入ります。
実は国内で天津の情報がほとんど手に入らなかったため、チンプンカンプンな
ことを考えたり、行動したりしていて恥ずかしい限りです。
今回の出張日記はおおむね OJIN さんの手元にお送りしてあります。
ご期待に副える内容になるかどうかは分かりませんが、これからも精一杯行動
だけはしてみたいと思います。
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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