国際結婚・上海人の妻と暮らして ―― by 劉昂さん
☆ 上海人の妻と暮らして(5) 飛んで、上海生活 ――― 2003/09/05
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引越し荷物は問題なく順調に済んだのですが、、、

その後、ドンドン問題が発生。

留学早々、まず問題になったのが住まいの件。
当時としては、たぶん珍しい校外通学。
なので、妻の実家に両親と我が家族4人の計6人では狭く、一時的な寄寓のつ
もりで別の新しいマンションを準備していたのですが、、、、、、

知らなかったんです。
上海(中国)の新しいマンションは内装が全くされていない!?
なんて・・・。

そうなんですよ〜。130個もの引越し荷物は内装が仕上がるまで荷解きがで
きない。そして、その内装期間が3ヶ月間!!さらにこの3ヶ月間は、なんと
毎日毎日内装工事の状況を自分で確認しに行かなくてならない。

そうしないと内装屋は、
手を抜く、材料を抜く、仕事しない、ど〜しよ〜もない!

もちろん建築材料は自分で探して、仕入れて、現場まで運ぶ。
設計も自分がする。
というのも、今でもそうですが、中国設計のほとんどはトイレとお風呂が同室
(ホテルのユニットみたいなの)。

これでは、ゆっくりお風呂に浸かりたい純日本人体質の自分は我慢できない。
よって自分で設計して、間取りや配管も変更してトイレとお風呂を別々に。

玄関も、靴を脱いで上がる為に、扉を外空き兆番に変更。
下駄箱も作ってみたり。

と、当時の中国設計と大きく異なる部分の意味を施工業者に説明するが、なか
なか理解してもらえず、さらに無駄な時間を費やさなければならない羽目に。

(中国の)施工の人にいわせると「妙にスペースが無駄で、仕切りの多い設計」
ということになるそうで、ホントに疲れました。トホホ。

また、子供の小学校通学も大きな問題、
当時、上海日本人学校は桂林路にあり、通学方法はバス以外は難しく、そして
当時はバス路線が少なかったので、子供を近くのバス停まで朝晩、自分で送迎
しなければなりませんでした。

これが結構の手間で、朝は大学登校前に送り届け、夕方再び迎えに。
お金もないので(無職なので)、子どもを自転車の後ろに乗せて通ってました。
そうすると、よく交差点でお巡りさんに止められて二人乗りを怒られました。

この頃は、小中学校全体で生徒が200人もいませんでした。

各学年1クラスしかなかったんですよ!

それが今では1000人を超えるマンモス校になっているそうで、新しい学校
敷地に新校舎を追加建設しているとか。バスも、当時は5〜10路線程度だっ
たですが、今では何十台というバスが子どもたちを運んでいるそうです。
すごい増加量です。

留学が始まったばかりで、いきなり問題が連続で発生し、勉強どころではない
状況でした。
・・・という言い訳をワザワザしないといけないぐらい大学の成績も悪くて、
これも(も、じゃなく、これは特に)大きな問題でした (T^T)

まだ始まったばかりだというのに・・・。

                           = つづく =
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