神農さんの中国紀行記 ――― by 群馬の神農さん
☆ 市井人のあこがれ、南通紀行(2) ―――――――― 2003/09/15

翌日は、本命の縫製・刺繍メーカーの会社訪問である。

まず南通市内の開発区と思しき工場の門をくぐる。門外漢である私には先ず目
についたのが、工場の設備より「コレ、学校の給食センタ−?」というほどの
厨房と食堂の存在感である。やっぱり「食は江南に在り」がホントかね。

3、4階建ての建物が立ち並ぶがそれぞれ違うメーカーという。

そのどれをとっても一階には厨房・食堂が目に入る。上の階に昇るとミシンが
ズラーッと並ぶ生産部門、数えきれない多くの従業員が働いている。その途中
には裁断室やらデザイン室・材料置き場らしき部屋がある。

最初の1社目、2社目の工場ではK会長の顔が冴えない。
「う−ん、このレベルではウチの製品は無理だなぁー」
とつぶやく。

どうやら、ここはマスプロ大衆製品の縫製工場で、技術的にちょっと思惑が違
うようである。

次に立ち寄ったのが南通の繁華街かは不明だか、結構にぎやかな街並みの中。
 OJIN さんの説明によると、日本・中国の合弁アパレルメーカーだか、早い頃
から進出し、日本では東京にたったひとつの販売店舗しかなかった無名の会社
だったが、20年前にこちらに進出して、今では有名なファッションメーカー
に成長しているという。

長い間苦心惨憺の末、今の名声を掴んだという合作企業の魁みたいな会社だそ
うで、規模も前の2社よりずっと大きい。早速サンプル展示室に招き入れられ
る。いろいろな製品がしゃれた感じで展示してある。

ディスプレーの仕方が垢抜けているのが素人でもわかる。

と、とたんにK会長の顔色が変わり、ハンガーにかかったものや、マヌカンが
着ているものを外してきて、ママの通訳で交渉が始まる。

どうやら、アプリケーションに使うレースの入手や縫製の技術的なことが話題
らしい。日本から持参したサンプルや型紙、写真を手にして話し合いが続く。
門外漢にとっては暇を持て余す時間ではある。

長い話し合いの末、K会長の満足そうな顔があった。次の予定時間の関係上、
ゆっくり工場内を見て回ることは出来なかったが、製品を見れば工場の技術的
なレベルは問題ない事であろう。

また、いろいろな要求に応えられるだけのアウト・ソーシングも可能と思われ
る。内心、「やれやれ、来た甲斐があった」という思いであった。

続いて、アポの都合でK会長の知人がスカウトされ勤めているという通州市の
縫製メーカーへ向う。南通の西の隣町だがアパレルメーカーの多いところと聞
いた。畑や小さな田んぼなど人家と農地の混在する道を車で20分くらいのと
ころにそのアパレルメーカーはあった。

工場移転、新築中という周囲が工事中だらけの大きな建物に入ると、K会長の
知人がお出迎え。ところが、なんといいましょうか?!「海鮮山鮮」へも顔を
見せたことのある御仁だそうで、 OJIN さんともママともお知り合いだったと
いうから世間は狭いというべきか。

それにしても、この工場の大き
さには驚いた!

従業員1,500人というから
4階建ての工場は体育館なみの
床面積で、それが何棟もある!

すでに秋冬物の生産に入ってい
て、キルティングなども一貫生
産で出来るらしい。


それに昼食は400〜500人に別けて時間差で昼食を摂るという。工事中の
ため、裏の入り口から入ったので「給食センタ−」は見えなかったが、大きな
ラインが休憩に入ると一斉に電気を消して、ゾロゾロ移動を始めるさまは圧巻
である。

面白いことに、昼食が済んだ組は、思い思い作業台にもたれかかって昼寝をす
る習慣があるという。電気を消した暗い作業場は昼寝に格好の場ではある。
「親が死んでも食休み」という諺があるがここが発祥地かなぁというほど見事
である。

明るい管理事務室でも、我々が立ち話中、職員がお昼寝で「白川夜船」ピクリ
とも動かない。

この会社の中に管理スタッフ2名、技術スタッフ4名の日本人がいるそうだが
単身、家族は別にして、南通行政区内だけでもどれくらいのこうした駐在員が
頑張っているのだろうか?

通州市を後にして南通に戻り、遅い昼食を摂りちょっと空いた時間に南通観光
と相成った。 OJIN さんは留守中に溜まった用事を片づけるため中座。
徐ママのご案内で「CHINACHIPSサイト」でおなじみの狼山へと向う。

見渡す限り平地の中で、揚子江
の河岸に聳える山?丘?狼山は
山頂にお寺の塔が建っている。

ケーブルカーで頂上へ昇ること
が出来るというが、余り時間が
ないので揚子江の景色を眺めに
行く。





連れて行かれたのは「龍爪園」というところ。

庭園の中を進んで行くと広い広
い揚子江が視野の中に入ってく
る。

途中に龍が爪を立てたような大
きな絶壁があり、その先に唐招
提寺「鑑真和上」が船出をした
という記念塔が建っていた。





その先は岬のような突端で、見はるかす限
り揚子江である。1250年前に此の地点
から扶桑の国(日本)へ何度も渡航を試みた
という。

5回失敗し、盲目になりながらも6度目に
日本へ渡り奈良の唐招提寺を建立した。

第2次、3次、5次の船出は此処から出て
いったとあるが、そこまで扶桑の国へ彼を
駆り立てた思いは一体なんだったのだろう
か。




唐招提寺にある木像は頬がこけて盲目の像であったが、斜め前にある記念亭に
彫られた鑑真の顔は丸くて穏やかで若い。中日友好のサンプルみたいな和上で
はあるが、 OJIN さんが和上に劣らず南通で日中友好の実を挙げているのもま
た奇遇ではなかろうか。

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
◇ (^^) OJIN の茶々(^^)

「OJIN さんが和上に劣らず南通で日中友好の実を挙げているのもまた奇遇」

いやその、、、なんともその、、、こんなふうに持ち上げられますとなんと申
し上げていいものか、、、たははは、、、

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る神農さんの会社です。
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