神農さんの中国紀行記 ――― by 群馬の神農さん
☆ 市井人のあこがれ、南通紀行(1) ―――――――― 2003/09/08

「アジアの街角から」というメールマガジンを読み始めてずいぶん時間が経つ
ような気がする。

もとより三〇代で東洋医学の道をたどりはじめ、漢方のルーツである中国に対
する親近感と一種のあこがれから1977年に初めて漢方薬の研修で中国を訪
れ、それから何回か中国へ渡った。

特に上海へ行った回数が一番多く親近感も強いが、その上海に近くてちょっと
田舎っぽい----(▼▼メ)----南通に対する興味とある種の憧憬感を抱いたの
は OJIN さんの筆力に負うところ大であろう。(^o^)v

しかし、行くにしてもキッカケは無理にこじつけないと中々行けるものではな
いが、 OJIN さんの企業訪問記事で何となく「ホホー、南通って繊維産業の盛
んな街なんだなァー」という印象があったところへ、知人のあるひと言がキッ
カケで南通へ行くハメ(?)となった。(^o^)v

もとより私の住む街は「西は西陣、東は桐生」(群馬県)といわれた千年の歴史
をもつ「きものと帯(和服)の産地」であった。和服が斜陽産業となり衰退して
今は産地としての形をなしてないが、昭和40年代には縫製・刺繍に転業した
会社も多くあり、現在でも継続している業者が未だに残っている。

中には数百人の従業員を擁し、ワイシャツやブラウスを縫製する会社もあった
が、開放路線に乗って中国製の製品が怒濤のごとく輸入されるようになると、
何時の間にか姿を消している縫製・刺繍のアパレル・メーカーも多い。

そんな中で今も健在で気を吐いてる高級ブラウス・メーカー、Tファッション
のK会長「提携できる中国のアパレルメーカーがないかなアー」というひと言
で♪ピピ−ッ!と第六感。直ちに OJIN さんにメ−ルをしたところ「沢山ある
よ〜、何時でもどうぞ〜♪」というふたつ返事で、旧盆も過ぎたころK会長と
一緒に早速の南通行きと相成ったわけでございます。

冷夏で涼しい日本から上海の浦東国際机場に降り立った最初の一言は「わぁー
やっぱり暑いネー」に「エーッ、これでも(33℃ぐらいか)今日は涼しくなっ
たのよーッ」というのが初対面のあいさつ。

わざわざお出迎えの OJIN さんと、同行の容姿端麗な女性は案の定「海鮮山鮮
クラブ」のママであった。

いきなりのご対面に恐縮しながらも、以後、八面六臂の大活躍でお世話になる
など夢にも思わず車上の人となった。

ちょっと遠回りだけど長江を渡る橋を通って南通へ行きます、と走り出した。
けれど、そのちょっとの距離・時間感覚が日本と違うのが中国。

車が上海郊外の新しい道を走行中、といっても上海の郊外は新しい道だらけで
大体の方向はわかるが通りの名前も読めないほど激しい驟雨のお出迎え。上州
名物の雷雨と違いカミナリが鳴らないので何となく違う感じ、ただバケツの底
が抜けたような大雨が窓を叩きつける。

何となく上海を通過して蘇州方面の道をたどる頃には小降りとなった。無錫の
手前と思しき所から、反対の右方向に道を辿って、上海から2時間以上経過し
たころ長江を渡る橋の手前で一休み。

ドライブインの中にある殆どの店は、24時間営業のガソリンスタンドを除い
て閉店していた。河幅の狭いところに橋を架けたのであろうが、やはり長い。

中国式のイルミネ−ションで明るい照明の橋を渡り切ると、道路の照明は急に
少なくなる。

以前の中国では考えられない道路網の発達ではあるが、舗装技術は今だしの感
がある。一路、南通に向かう自動車専用道路で、日本の高速道路では考えられ
ない不思議体験・・・。

真っ暗な中、はるか先方に対向車のヘッドライトが見える。かすかな点の段階
からどんどん大きくなって来る。ますます近づいて来ると、対向車が一直線に
こちらに向かってくる感じである!!

「おかしいなァ−?確か対向車線を走っているはずなのに、どうして真正面に
向かって来るの?・・・」と思うまもなく、「ありゃ、ぶつかりソーッ!!」
・・・という瞬間、ライトは一瞬のうちに消え、車は間違いなく対向車線を通
り過ぎて行く。何台すれ違っても同じ現象が起こる。

地形の問題なのか?中央分離帯の植木が低いせいなのか?道路曲線の造り方の
問題なのか?何ともハヤ不思議なことではある。
・・それとも、半日半華人さんのいう通り、この辺も呉越の昔、古戦場の跡か
処刑場の跡?の怪奇現象なのか?

やっぱり中国へ来ると不可思議が不思議でなくなるのは面白いところだなあー
というのが南通へ向かう初印象ではあった。

出発してから4時間半で南通の市内へ。

開発区と思しき郊外を通過して街の中心街へと向う。夜のこんな時間帯に人も
車も多いこと。南通の人は寝ないのかネ、と思いつつ東京のお掘り端のような
所を通過する。

水に城郭風の建物の電飾が映え、ライトアップされた大きな噴水が見える。水
の蘇州というけれど、南通のほうが水の都だなあーと、いう感じ。後で地図を
見ると、南通の中心街は、長方形の大きな堀に囲まれ、中に官庁や銀行などの
ビジネス街や大きなレストランなどが配置されているようだ。

堀の外郭からは見えにくいが街の中に広い水辺があり、しだれ柳の木がたたず
む風情はとても情緒があって好きな光景である。(^^)
街中の公園らしきところを通過してホテルに到着。さすがに空腹を覚え、夜の
街へ夕食に繰り出す。

まだ、営業中のレストランへ突入。

早速ビ−ルで「乾杯っ!!」の後、迎えの車を運転して下さった方は、ナント
「海鮮山鮮クラブ」ママのお兄さんと紹介され、

しかもアパレル関係のコーディネーターとして会社を経営しているとのことで
ビックリ・・・。

道理で OJIN さんがふたつ返事で
「どうぞ、いらっしゃい!」と言ったわけが判明。加えてママも昼間の顔は、
アパレル・コーディネーターとして一緒に仕事をしているとあって、
「なァんじゃ〜〜そうだったのォ〜〜!!」と二度びっくり。

それにしても中国の女性はよく働くネェというのがいまさらながらの感慨。

夕食は「南通田舎風家庭料理」のメニューが多かった。

名物という「アサリと空芯菜や竹の子の炒めもの」は、お初にお目にかかった
が素朴な味わいで、江南ならではの料理と云える。

                           = つづく =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
◇ (^^) OJIN の茶々(^^)

「舗装技術は今だしの感」
・・これは"舗装技術"じゃなくて、、その、、まあその、うーーーー、そっち
のほうの問題なんですけど・・・。

「出発してから4時間半で南通の市内へ」
ホントは3時間強なんですが、今は工事だらけなので余分な時間が懸ります。

「加えてママも昼間の顔はアパレル・コーディネーター」
中国御当地では、飲み屋のママったってそれは夜の顔。昼間はまったく別の顔
で他の仕事をしているなんてことも珍しくありません。相手が、どちらの顔を
より知っているかというだけのことです。(中国全部じゃないですよ!)

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