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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 甦れ!日本外交、頑張れ!外務省(討論編2)―――― 2005/01/07

―― gosakuさんの答復:冒頭に

野太郎さん、丁寧なご意見ありがとう御座います。ーーまず答復が遅れたこと
をお詫びいたします。あまりおざなりな返事も却って失礼かと思いましたので
遅くなってしまいました!ーー固定観念に縛られている僕にとって、野太郎さ
んの論理は、じつに新鮮で目を見張るばかりでございます。

今朝、年始に訪れた友人に見せたところ、「うーん、良く勉強している方です
ね、こういう発想もあるんだね〜〜。ちょっと枝葉末節に囚われているところ
もあるが、姑の嫁イビリ、、いや、今じゃ〜嫁の姑イビリといったところかな
〜」と、酒の入った勢いで冗談を言って笑っていました。

僕を目の前にしては、正月早々僕を批判する訳にもいかず、こんな言葉になっ
たのでしょう..(^^) いずれにしても、僕の常識からはかなり距離のある部分
もありますけれど、できる限りのお応えをさせて頂きます。

―― 僕の「甦れ、外務省・・・」

「甦れ・・・」とは、本来は失っていた元気を取り戻すという意味ですが、僕
が"甦れ"といったのは、何も戦前の外務省に戻れといっているわけではありま
せん。
元総理大臣の娘ということでメディアの寵児として華やかに登場した田中真紀
子外務大臣は、正に「白馬の騎士」が外務省という汚れ果てた組織を一刀両断
に改革するために乗り込んだかの如き、、一部無責任なテレビのワイドショー
の報道で、あたかも国民に、あたかも外務省は伏魔殿であるかの如き印象を植
付け..逆に、省員はプライドや自信を失い、省全体が惨めな状態になったわけ
です。

聞くところによれば、外務省幹部は、東大卒が60%・京大卒20%・その他
一ツ橋大卒・慶応卒・早稲田卒・上智卒・東京外語卒で20%といった日本の
超エリート集団です。
保身に走らず、出世主義を排し、何事も穏便にという事なかれ主義から脱却す
れば、必ずや世界をリードする外交が期待できると「激励」のエールを送って
いるのです。

明治時代の陸海軍は融通無碍でしたと述べましたが、もちろん薩長閥はあり、
また熾烈な葛藤もあったと思われます。が、その他の人材も採り入れ、外務省
との連絡もよく機能していたという記録もあります。それに加えて、元老と呼
ばれた人たちの「負けるイクサはすべきでない」という判断が適確だった。

それに比べて、今次大戦の開戦を決意した時の陸海軍は、全く硬直化していま
した。重複しますが、近衛首相(当時)が日米開戦の是非に関する最後の決断を
下す為に、山本五十六連合艦隊司令長官を密かに呼んで海軍の本音を尋ねたと
きの有名な挿話で
「一年やそこらは十分に暴れてみせましょうが、それから後のことは、なんと
もいえません」と山本大将は答えたというのです。当時、陸軍は既に中国大陸
の内陸部に戦線を拡大しており、連合国側から要求されている日本軍の中国か
らの撤兵は、「既に中国戦線で散っていった16万の英霊に対して申し訳が立
たない」という、東條英機陸相の頑強な反対で、開戦に消極的だった海軍とは
真っ向から対立していたのです。

あの時....「アメリカと戦争すれば、絶対に敗れます。私は軍人ですから、死
ぬのはもちろん覚悟のうえです。しかし、近衛首相もただでは済みませんよ。
また、天皇ですらどのようなことになるか保証の限りではありません。それで
もかまわぬというのであれば、どうぞ日米戦争でも勝手にお始めください」と

山本五十六さんが答えていたならば、いかに近衛公が物分りの悪い公卿育ちの
お坊ちゃんでも、日米戦争はやるべきでないと考えたに違いないでしょう。
それを、あのような格好いいことを言うものだから、お人好しの近衛さんは、
何とかなると思ってしまったのではないか?ーー結果、山本長官の発言が日本
の歴史を左右したことになったといえます。

更に言うならば....外交というより、日本政治の指導者の「先見の不明」と、
その人を選んだ人たちの資質が、明治時代と違っていたということでしょう。

┌--------「野太郎さんの反論より」
「外交とはあまり関係ない」とgosakuさん自身が言っておられるのに、gosaku
さん自身は(1)で以下のようにニッツェ氏の発言を提示し、戦前の日本外交を
非難しておられます。
└--------「引用終了」
昭和十六年の開戦時には、日本の外交努力は限界にきていました。東條英機を
はじめとして、近衛文麿や元老といわれた西園寺公望などの先見力と胆力のな
さが、無謀な勝算のない開戦に傾れこんでいったので、僕は戦前の日本外交を
非難しているのではありません。
軍部が外交(?)の実権を握り、外務官僚の出る幕はもうなかったのです。

┌--------「野太郎さんの反論より」
また(2)においては、以下のように外務省の免罪符となるべき発言もしておら
れるのですが、肝心の、1930年までに「ワシントン軍縮条約(日英同盟の
廃棄)」「パリ条約(ケロッグ・ブリアン条約)」「ロンドン海軍軍縮条約」が
締結され、適用されている(と、gosakuさん自身が述べられている)事を考える
と、戦前の日本外交は「軍に主導権を奪われる」前から滅茶苦茶だった事にな
ります。
└--------「引用終了」
「戦前の、外務省主導の外交ができたのは1930年までだった」と述べまし
た。従って、1930年に日英同盟が破棄されるまでは、軍部の圧力はあった
ものの、日本外交はほぼ正常に機能していたわけです。「軍に主導権を奪われ
る前」から滅茶苦茶だったわけではありません。

日本は、以前も今も対米従属の外交に専念しているとは考えられません。アメ
リカは、現在の日本の国益上から見ても最も重要な同盟国です。確かに日本は
国際的に無力だった時期はありましたが、米英の子分ではありませんでした。

やむを得ず不平等な条約を結ばざるを得なかったときもありましたが、一方的
に国富を吸い上げられ、牛耳られていたわけではありません。もしそれが事実
なら、世界第二位という経済大国の実現はなかったでしょう。ーー現在の日本
の繁栄は、国益に従ってアメリカの軍事的庇護の元に、世界と「等距離外交」
「全方位外交」を続けてきた外交努力の成果です。

┌--------「野太郎さんの反論より」
戻るべき場所は、「1920年以前(日英同盟)」と「1946−1981(東
西冷戦)」だと解釈します。それはいずれも、日本にとって「英米という主人
のいた時代」です。
‥‥外交は、そして外務省の任務は、このような「主人」を放逐することであ
ると私は信じます。
└--------「引用終了」
「‥‥外交は、そして日本外務省の任務は、このような「主人(米英)」を放逐
することである」と、野太郎さんは信じておられる!?そして、日本が彼らに
取って代わることですか?
ーーだとするならば..放逐された米英は何処へ行けばいいのでしょうか?
世界百数十カ国....あの国が親分であの国が子分という関係は聞いた事があり
ません。

戦後の日本には、国際政治、国際情勢の厳然たる現実の主要因たる「軍事」と
いう事柄が認められません、見られません。見ないで回避していくことを宿命
付けられていたということです。
軍事がらみの事象については、回避の外交、逃げの外交だったという事です。

この点を遡[さかのぼ]ると、戦後の憲法にまで突き当たります。もう一つは、
戦後の日本が、独自の政治的価値観を外交の中で打ち出して行くことができな
かった点です。普遍的に受け入れられている、民主主義や人権や自由について
でさえ、対外的にはハッキリ語ってはならないとされてきました。

民主主義の概念が統治の中に組み込まれていない北朝鮮や中国などの体制に対
してさえ、基本的な自由とか人権について発言することを一切、避けてきまし
た。この、軍事の忌避と政治的価値観の表明の回避によって、日本の外交はど
うしても自主的な駆動力のない外交にならざるを得なかったのではないかとい
うことです。

しかし、東西冷戦のなかでは、日本はそれなりに旗色を鮮明にせざるを得ない
状況が続きました。アメリカという大きなリーダーがいて、安全保障、つまり
軍事はそのリーダーに任せ、民主主義とか自由という基本的な価値観も、その
リーダーと共有したため、アメリカと歩調を共にすることは日本の国益に合致
したのです。

――「出ない杭は打たれないのか?」について:

今は、アジア人も欧米人もアフリカの人々も皆平等、、という考え方が普通に
なっています。どの人種が優れていて、どの人種が劣っているという差別的な
見方をする人がいたとしても、それはほんの一握りに過ぎないでしょう。

しかし、大戦前後までは、欧米では白色人種は優秀で、有色人種は家畜同然で
劣悪などという人種差別がオオッピラにまかり通っていました。有色人種とし
て初めて、白色人種であるロシアと戦ってこれを破った日本人の台頭を不気味
に感じはじめた欧米人が、こんな状況が全有色人種に拡がったら..という危機
感から日本人の進出を抑えにかかったのが大東亜戦争の発端です。

十九世紀から二十世紀にかけてのアメリカなど新興国家の台頭は正しく「出る
杭」ですが、宗主国との独立戦争はあったものの、世界中から「打たれる」と
いうことはありませんでした。それは、彼らが皆白色人種だったからです。
すべての「出る杭」が打たれたわけではなかったということです。

イスラエル問題は、野太郎さんの仰る通りです。僕が反論する余地はありませ
ん。
┌--------「野太郎さんの反論より」
戦後、君臨しているユナイテッド・ネーションズ(UN)とイスラエル。日本の
独立を阻害しているのはこのような組織です。これらを骨抜きにし、その牙を
抜き日本の国益を追求する為、外務省(など)の「目に見えない努力」に応援を
惜しまない、そういう話ならば私も賛成します。
└--------「引用終了」
ユナイテッド・ネーションズ=国際連盟―アメリカ主導の国際連合)と、イス
ラエル(?)が、戦後の世界に君臨している!
ーー浅学非才の僕は、初めて聞く話です。日本ってまだ独立していなかった?
‥‥うっかりしてました。日本外務省に問い合わせてみます。

また、ユナイテッド・ネーションズを骨抜きにするため、日本外務省が「目に
見えない努力」をしているのですか?ーーどうも常識が邪魔をして随いて行け
ません。ゴメンナサイ!

┌--------「野太郎さんの反論:政府開発援助を拠出する理由」
これは、米国や他の西側諸国の圧力によって、日本が政府開発援助を「自国の
国益に反して」拠出させられたという事です。これがどうして「正当な」理由
になり得るのか?ーー私、野太郎には理解できません。
└--------「引用終了」
アメリカや、その他の諸国から全く圧力がなかったとはいえませんが、先にも
述べましたように、日本は軍事的な寄与で出来ることといえば防衛費を増やす
ことぐらいで、直接な軍事的貢献は出来ません。その空白を埋め合わせるため
に非軍事費での貢献を、という自らに課した要請が大変強くなり、その結果O
DAの金額が増える事態へと繋がっていったのです。

また現在、確かに、ODAを何故出すのかという理論的なパラダイムというも
のがほとんど消えてしまいました。環境問題の改善に拠出するODAなどは、
やがてプラスとして日本にも戻ってくるものですから「正等な」理由といえる
でしょう。

戦争に負け、或は戦争で傷ついたヨーロッパの国々と日本に対して、アメリカ
は戦後、マーシャルプランなどで援助をして非常に感謝され成功しました。
その延長としてODAがあるのですが、最近は、貧富がこれ以上広がらないよ
うにという考え方です。ーー貧困がテロの源になる、だからテロを根絶するた
めに貧困をなくそうというものです。

アフガンはアメリカが破壊したのだから、アメリカが再建の責任を負うべきだ
とはいわれますが、戦争で破壊される以前からアフガンは、産業といえばケシ
の栽培ぐらいで、貧困に喘いでいた国です。
麻薬撲滅の観点からも、ODAによって経済成長を促さなければならないと思
います。ーー日本の国益ばかりに拘っていては世界の仲間入りは出来ません。

――「野太郎さんの反論:裏切りの傷跡」

「暗号の解読よりも、組織的な裏切り者が日本の軍部内にいた」という仮説を
僕は信じたくありません。野太郎さんの....推理の飛躍ではないでしょうか?

当時、日本外務省が使用していた外交上の暗号電報は、一年前からアメリカの
「暗号解読班」の手によって徐々に解読され、1941年(昭和16年)の4月
頃からは「暗号書」を「暗号解読機」で解読して、駐米日本大使館よりも早く
その内容をすべて入手していました。

この、解読された「暗号電文」はマジックと呼ばれ、大統領以下、国務長官、
それぞれの軍の長官ら、極限られた小数の者たちの間に配布されたいました。
これに対し日本海軍の「D」にあたる最高の極秘暗号は、アメリカでは「JN
−25」と呼ばれていましたが、日米開戦以前には、ついにこれを解読するこ
とは出来なかったようです。

しかし、電信の内容は不明であっても、各艦船より電波が発信すればその艦船
の発信位置だけは特定できます。更に各艦船に設置されている無線機にはそれ
ぞれ個性があって、主要旗艦の特徴が分かれば、その電波をオシログラフにか
けることにより山本長官のいる「長門」や機動部隊の旗艦「赤城」の発信位置
を知る事が可能でした。

                  = この稿つづく:次の記事へ =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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