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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 甦れ!日本外交、頑張れ!外務省(4) ―――――― 2004/12/03

武力を持たない日本が、強力な武器として用いてきたのがODAです。ーー今
までの日本の外交を語るとき、避けて通れない問題がODA(政府開発援助)と
言えるでしょう。
日本政府は、1970年代から80年代末にかけて、ODAを大幅に増加させ
ていきました。例えば、三、四年間で倍増というウナギのぼりのペースで80
年代はODAが日本外交最大の柱のような時代となりました。

なぜそういうことになったのか、という理由は二つあります。

一つは、やはり東西冷戦で日本がアメリカをはじめとする西側の自由主義陣営
に自らを組み入れて、ソ連の脅威に備える必要があったことから派生した理由
でしょう。ソ連を中心とする共産主義陣営は、軍事増強をしながら、自分たち
の影響力を広め、支配圏を拡大していきました。

その背後には、全世界が共産主義となることこそ人類至上の幸福だとするイデ
オロギーが存在しました。

この東西冷戦の構図のなかで日本は、軍事的な寄与でできることは防衛費を増
やすことぐらいで、直接の軍事的貢献はできません。その空白を埋め合わせる
ために非軍事での貢献を、という、自らに課した要請が非常に強くなり、その
結果、ODAの金額がドッと増えました。

もう一つの理由は、日本が急速な経済成長を達成した結果、貿易黒字が非常に
大きくなったことによります。経常収支も同様です。1980年代はじめに、
経済面での「日本ひとり勝ち」ということが頻繁に言われました。その結果、
日本はなんらかの形で世界に黒字を還元しなければならないとされるに至った
のです。

実際に日本は当時、アメリカをはじめとする西側陣営の他の国から非難を浴び
ていました。----日米経済摩擦でも日本は稼ぎ過ぎていると批判されました。

経常収支の黒字のなかで、とくに貿易黒字が巨額だという指摘がありました。
日本は、なにかの措置を打つことを自ら課しました。その結果の、黒字還元の
措置がODA大増額だったのです。
しかし、
ODAを推進したこの二つの最大の理由は、2002年の現段階ではいずれも
すっかり消えてしまいました。
まずソ連の脅威は完全になくなりました。さらに日本の黒字還元という必要性
もなくなりました。むしろ中国との貿易では、日本が年間280億ドルという
赤字を累積して、基本的な構図が変化したのです。

ですから、ODAの最大要因が消えると同時に、なぜODAを出すのかという
理論的なパラダイムというものがほとんど消えてしまいました。ーーもちろん
新たな規範や必要性はあるのですが、それらは最初の二つの要因に比べると、
非常に小さいし、曖昧なのです。

1980年代の、ODA倍々ゲームを生んだ当時と今とでは、日本を取り巻く
国際情勢も、日本の内部の経済状況も変わってしまったのです。なのにODA
を出すシステムは変わっていません。金額もほとんど変わっていません。

そもそも日本の予算制度は、前年額の支出を基本的に全部踏襲していって、そ
れに少しずつ上乗せしていくというものです。

外交は本来、国際情勢の変化に合わせて、柔軟に対応していくべきものです。

その現実を考えると、外務省が唱える「ODA外交」というのはそもそも矛盾
です。英語で言えば Oxymoron(矛盾語法)「雨が降っている天気の良い日」と
いうようなものです。なぜなら日本のODAには、たとえば年次供与国の指定
という制度があります。毎年11乃至12ヶ国で、中国やインドネシアなどが
年次供与国とされます。

これらの国々には、原則として前年比と同額のODAが自動的に拠出されるの
です。そこには、外交のうねりや国際情勢の動きに合わせて、ODAを増減し
ていくという発想がありません。そんな発想が介入する余地が制度的にないの
です。ーー遅きに失していますが、このへんを併せて再検討すべき時期に来て
いると感じます。

日本が世界第二の経済大国といっても、

その地位を明渡すのは時間の問題です。いうまでもなくそれは中国です。その
中国に、累計3兆円、それ以外の輸銀援助で3兆円、と、合計6兆円を越える
公的資金の援助をを与えているのです。----6兆円といっても一般の国民には
その実感が湧かないでしょう。例えば、今度中国で計画されている上海・北京
間の新幹線に費やす総額は日本円換算で約1兆5千億円といわれていますが、
その四倍もの金額が今までに行われた対中援助の総額なのです。

ーーその中国は、自らからは他の国に援助を出し、毎年2桁の軍備増強をして
います。「そういう国に、今までと同じような援助は止めるべきだ」というの
が国民の共通認識い近いものでしょう。

そもそも日本の世論が変わったきっかけは、1998年に江沢民主席が訪日し
た時に、当時の小渕恵三首相が、第4次後期円借款として3900億円を官邸
で提示したら「評価する」といったのです。ーー「ありがとう」ではなくて。
さらに「日本の円借款は中国の近代化に積極的な影響を与えてきた」と、こう
いう態度だったのです。

中国語では「高度評価」という表現をします。高い度合いの評価をするという
意味で、上から下を見ているという感じなのです。中国は、日本からの援助を
援助とは呼ばず、経済協力と称しています。その結果「中国政府は日本の経済
協力を高く評価する」という声明が、極くたまにでることになります。

この3900億円というのは、日本人にとって、あるいは日本国家にとっても
少ない金額ではありません。これを高いところから「評価してやる」とうよう
な態度は面白くない、ということで中国へのODAに対する世論の傾向が大幅
に変わっていったわけです。

対中ODAの捉え方として、中国側には「戦争中の賠償なのだから当たり前」
という考え方が根底にあります。しかし、外務省のチャイナスクールや政界は
どうか分かりませんが、日本人一般にはそういうつもりはありません。

普通、世間一般の常識では、金銭の貸し借りは借用書を書いて記録に残してお
きます。これが対中ODAでは、ずるずると曖昧なまま、キチンと整理されな
いまま現在に至ってしまったということです。

ですから単なるODAではなくて、日中間の歴史観の隔たりを、曖昧な日本の
体質や国柄で埋めようとした訳です。――ODAを正面に捉えて、これで国際
貢献を免除してもらうという竹下三原則はその最たるものだと思います。

・「ODA」
・「国際文化交流」
・「平和のための協力」

ーーこういうもので、国際的に交際ができるのか?

きっかけを掴んで基本方針を整理していかないと、日中間のODA問題はなか
なか簡単には解決しないと思います。

対中ODAに対する考えの一部を述べて来ましたが、世界戦略援助という概念
もあります。東西対立関係を背景とする援助の必要性は最早なくなったにして
も、最近のパキスタン、あるいはアフガンのような国に対しては、国際情勢を
睨みながら援助を行っていく必要はあると思います。

もちろん、年次供与システムの見直し、またかつてのインフラ中心から、目標
に応じて、人道援助、難民や災害・飢餓・それにエイズのような特殊な病気や
結核などで何千万人という人々が苦しんでいる訳ですから、それに対する援助
に切り替えが必要です。

同時に、世界的規模の問題として環境問題があります。

地球温暖化防止のためにも、途上国には自らの力で二酸化炭素排出を削減する
一方で、木を植えるなどして酸素を生む努力が求められますが、そのため十分
な資金と技術がないわけです。環境問題というのは人類全体の問題でもあるし
やがてプラスとして日本にも戻ってくる話ですから、これは当然考えなければ
いけないと思います。

ーーこれからは、ODAを拠出する対象国と、対象分野を絶えず見直していく
ことが必要でしょう。

ODAで一番条件のいいのは無償と技術協力です。ただ与える。
円借款も、非常に有利な条件です。さらにOOF(other officizl flow) と呼
ばれている、旧日本輸出銀行(199*年10月より日本国際協力銀行)が貸し
出している、ODAよりは条件が若干厳しい日本からの借款を大いに活用して
いる途上国があります。

それから、民間投資の役割がきわめて重要になってきています。

日本の現状は、今年になって少し景気が持ち直してきていますが、国家財政は
大赤字ですから、日本国民は、なんとなく余裕がないように感じてしまいます
が、国家として世界からみれば、日本国はいまだに金融大国なのです。

それは、経済の規模が大きくて、しかも国民の貯蓄率が高いからです。個人の
金融資産が1400兆円とかいわれていますが、貯蓄は国内で使われなければ
外へ出ていきます。国際的な力という点から、軍事・技術・経済と分けてみて
いった場合、金融力はおそらく今後の2、30年後でも、依然として日本が持
つ最も大きい国際政治上の武器だと思います。

ですから、広く日本のこれからの国際的な役割として、引き続きODAを含む
資金全体のフローを捉えるべきでしょう。その場合、ODAに関しては、戦略
的な配慮というのもまた一つ必要です。現在のODAは、慈善事業ではないの
ですから、日本の国益を踏まえた上でODAを配分する戦略戦術が必要ではな
いでしょうか。

フランスもイギリスもドイツも、国益を考えてODAを出しています。日本は
アジア偏重といわれていますが、これは日本の国益を考えた場合、当然のこと
でしょう。今後は、ODAをただ漫然とばら撒くのではなくて、短期・中期・
長期と分けて、外交の一つの武器として配分を考えてもらいたいものです。

しかし、ODAの目的や性格は幾つかあります。

援助というのは、本来の形としては貧しくて弱い国の人たちを、富んでいて強
い国の人たちが支援するというのが趣旨です。=慈善の要素。慈善の動機から
発しているといえます。人道的な援助だともいえるでしょう。ODAの本質は
そういうところから発しているものでもあるのです。

しかし一般的に社会の中で、他人同士で一方が他方にお金を贈るというのは、
病気見舞いとか、交通事故の見舞いとか、あくまで臨時の措置であるように、
国際社会でも、皆が対等の主権国家の間では同様でしょう。
国と国同士も人間同士のように、一方が他方にカネをあげるというのは、あく
まで暫定的な措置、臨時の措置であるはずです。

ところが、主権国家が対等な他の主権国家に、未来永劫いつまでもお金を上げ
る事が恒常的状態になっているのが日本のODAの現状なのです。
日本のODA政策では、一体何を具体的な目標としているのかが明確になって
いないことが深刻な問題点ではないかと感じます。

                  = この稿つづく:次の記事へ =
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