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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 私見:韓国・朝鮮論(8) ―――――――――――― 2004/08/20

―― 朝鮮人は強制連行されたのか?

いわゆる「朝鮮人強制連行」は、韓国・北朝鮮に関連する問題が持ちあがる度
に、日本非難の材料として持ち出されてきました。教科書問題や政治家の歴史
認識はいうまでもなく、在日韓国・朝鮮人の指紋押捺、地方参政権・公務就任
権をめぐる問題では「強制連行」が「在日」のルーツとして主張されたし、

「北朝鮮外交では、日本が過去に彼らを強制連行して酷い目にあわせた事実を
踏まえて対処しなければならない」と発言した自民党の政治家までいました。

さらに2002年9月、北朝鮮が「数百万の強制連行」なるものを持ち出し、
「日本人数人の問題」つまり日本人の拉致問題とは比較にならないと強調した
りもしました。また、わが国の中学・高校の殆どの歴史教科書にはこの「強制
連行」が登場します。

一方、「強制連行」という語感どおりのイメージも流布されています。

例えば、平成13年度まで使用されていた中学歴史教科書には
「家で寝ているところを、警察官と役場の職員に徴用令状を突きつけられ、集
結地まで手錠をかけられたまま125名の朝鮮人同胞とともに連行された」
△△ 教育出版

とか、
「町を歩いている者や田んぼで仕事をしている者など手当たりしだい、役に立
ちそうな人は片っ端から、そのままトラックに乗せて船まで送り、日本に連れ
てきた。徴用というが人攫いですよ」
△△ 大阪書籍

という「証言」が掲載されています。つまり、朝鮮人に対する「強制連行」は
疑うべからざる「人攫い」同然の悪逆非道が行われていたとして語られていま
す。
「強制連行」という言葉は、昭和40年に出版された朴慶植著(朝鮮人強制連
行の記録)が初めで、戦前・戦中にはありませんでした。

何を指して「強制連行」というのかというと、一般的には国家総動員法に基づ
いて昭和14年に策定された「朝鮮人内地移送計画」によって、朝鮮人労働者
が朝鮮半島から日本内地へと集団的に移送されたことを指します。
その総数は、米国戦略爆撃団調査報告で引用されている厚生省統計で66万7
千6百84人、内務省統計では63万5千余とされています。

これに、徴兵や軍属などの動員を加える場合や、戦時に限らず朝鮮半島から内
地への渡航はすべて「強制連行」であるとして、総数を2百万(終戦時に内地
に在住したと推定される朝鮮人の総数)とする主張もあります。

また、総数を「6百万余」とする北朝鮮による根拠不明の「強制連行」説もあ
ります。(北朝鮮では最近さらに数を増やし8百40万余と言い始めています)
しかし多くの場合、昭和14年以降に行われた戦時の労務動員が「強制連行」
と呼ばれているといってよろしいでしょう。

―― 朝鮮半島での最初の動員は、

昭和14年9月から「自由募集」という形で始まりました。これは、炭鉱や鉱
山などの内地の事業主が、厚生省の認可と朝鮮総督府の許可を受け、総督府が
指定する地域で労務者を募集し、それに応じた人たちが内地に集団渡航すると
いうものでした。

当然のことながらこの「募集」方式では、動員計画数はほとんど達成されませ
んでした。(厚生省統計によれば、「募集」による昭和16年までの動員達成
率は58%程度)

そこで昭和17年2月以降に採られたのが、「官斡旋」ともいう方式です。
これは、事業主が朝鮮総督府に必要とする人員の許可申請を出し、総督府が道
を決定し、道は郡、府を通じて邑、面に人数の割り当てを行うという、行政機
関の斡旋のもとで募集するというシステムでした。

さらに、昭和19年9月から「徴用」が始まりました。徴用は、道知事が発行
する徴用令書によって、指定された職場で働く義務を伴う、いわば徴兵に準じ
た動員方式です。

朝鮮半島ではこのように、自由募集、斡旋、徴用と三段階の動員が行われたの
であり、この三段階すべての動員を「強制連行」だとするのが今日の「朝鮮人
強制連行」論です。しかしこのうち、法的強制力をもつのは徴用のみでした。

もちろん、朝鮮ばかりでなく、内地(現在の日本国内)でも昭和18年1月から
徴用が始まり、50才以下の自由業の職人、サービス業者、女子学生まで軍需
工場に動員されていました。徴用を忌避すれば懲罰があり、国家総動員法(第
36条)により、1年以下の懲役または千円以下の罰金に処せられました。
これに対して、

自由募集は無論のこと、斡旋を断ったとしても処罰されることはありませんで
した。
雇用関係も、徴用の場合は「国家から命ぜられた職場で働く義務があり、その
工場なり事業主とは、使用関係には立つが、直接の雇用関係は立たず、あくま
で国家との公法関係にある」とされました。
△△「朝鮮総督府監修「国民徴用の解説]

その意味で、徴用はまさに強制力を伴った国家による動員でしたが、「朝鮮人
強制連行」論は、徴用は勿論、強制力のなかった募集も斡旋も全て「強制」だ
というのであるから、明らかに動員の性格を踏まえていない暴論といえます。

またこの論理からすれば、昭和14年7月から徴用が実施されて、終戦時には
六百万を超える被徴用者がいた日本人こそ「強制連行」をされたということに
なってしまいます。

戦時の動員は、朝鮮族日本人を含めた全ての戦時下の日本国民に等しく課せら
れた国民的義務というべきものであって、実は「朝鮮人強制連行」論は、この
基本的事実を無視しているのです。

―― そもそも、大半は自由意志の渡航者だった!

明治43年の日韓併合以降、日本内地在住の朝鮮族人口は一貫して増え続け、
とりわけ大正10年から昭和20年までの増加は顕著で、大正10年には約3
万8千だったのが、昭和2年には約16万5千と増加し、昭和13年末には約
79万9千人に達しました。

朝鮮半島での戦時動員は昭和14年9月に始まるが、戦時動員が始まった時に
は既に約80万もの朝鮮族が日本内地に在住していました。ちなみに、これは
今日の在日韓国・朝鮮人より17万も多い数字です。

彼らは「出稼ぎ的労務者として、日本内地に渡航し、職や住所を転々としつつ
漸次生活の基盤を開拓し、その家族を呼び寄せたのであり、かつ、絶えず朝鮮
の故郷の地と往復していた」といいいます。

昭和14年から昭和16年までの三年間で内地に渡航した朝鮮族は約107万
人いましたが、この期間にほぼ含まれる「募集」制度によって内地に渡航した
朝鮮族はその内、約14万7千人に過ぎません。(←厚生省統計)
つまり「募集」以外に約92万人もの渡航者がいたのです。

「募集」という戦時動員による渡航者が、朝鮮族の内地渡航者全体の、わずか
14%程度に過ぎないことは注目に値します。この流れは「斡旋」「徴用」に
当たる時期についても、基本的には変わっていません。

昭和17年1月から20年5月までの内地への動員数は約52万。同じ期間の
渡航者総数は130万7千人だから、ここでも渡航者の約六割が動員以外とい
う事になります。

昭和14年からの三年間では、帰国者数を差し引いても渡航による内地在住の
人口増加分は58万8千人にのぼります。つまり、強制連行とされる「募集」
によって14万7千人が移送されると同時に、家族の呼び寄せや再渡航を含め
て、自ら渡航した者によって人口がその三倍近い、約44万人も増加したとい
うことです。
「募集」や「斡旋」が強制連行だとすれば、その何倍もの人達が「強制連行」
先と同じ日本へ出稼ぎに行くべく、自ら旅費を払って同じ連絡船に乗り合わせ
た、というなんとも不思議なことになってしまいます。

こうした日本内地への大量渡航の背景には、朝鮮半島の人口増(併合当初の約
千三百万人から、終戦時には半島在住だけで二千五百万へと約二倍の増加)と
日本での労働力需要の増加があるのですが「強制連行」を主張する「証言」の
なかにも、こうした事情を物語る証言があります。

例えば昭和17年の、面長(日本の村長)と駐在所の所長から「日本に行け」と
いわれて日本に「連行」されたとの証言の中で彼はこう述べています。

『日本は天国だと思っていました。村から日本へ行った人が帰ってくると洋服
を着て中折れ帽子を被って革靴を履いているんです。親は親で「うちの息子は
日本から帰ってきて、革靴を履いている」と自慢していました。その頃朝鮮で
は、村一番の金持ちの子供でも革靴など履けなかったのです。ですから「日本
に行け」と言われたとき、そんなに抵抗感もなかったのです』

「斡旋」の場合、「募集」と違って行政機関が送出しに積極的に関わっていた
様子も分かりますが、それ以上の日本への渡航熱が窺えます。こうした実態か
らみて「募集」「斡旋」という戦時動員は、実態としては「出稼ぎ」渡航の流
れを、戦争遂行のための炭鉱、鉱山、軍需工場での労働へと転換させようとし
たともいえます。

いずれにしても、戦時動員と並行して、かくも膨大な朝鮮族が、自らの意志で
日本に渡航していたわけであり、その事実を踏まえれば、嫌がる朝鮮人を無理
矢理日本に「連行」したという「強制連行」イメージは、やはり虚像と言わざ
るを得ません。

                          =この稿つづく=
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│「私見:韓国・朝鮮論」を著すに際しての参考文献は如下。
│
│・小室直樹−「韓国の悲劇(誰も書かなかった真実)」
│・鈴木英夫−「歴史に見る日本と韓国」
│・呉 善花−「韓国併合への道」
│     −「反日」を捨てる韓国」
│     −「これでは困る韓国(ニューカマー韓国人の対話)」
│     −「恋愛交差点」
│・中村八洋−「歴史を偽造する韓国」
│・朴 泰赫−「醜い韓国人」(われわれは「日帝支配」を叫びすぎる)
│・西尾幹二−「わたしの昭和史1」
│・菅野朋子−「好きになってはいけない国(韓国J−POP世代が見た日本)」
│・黄 文雄−「韓国は日本人がつくった(朝鮮総督府の隠された真実)」
│     −「台湾・朝鮮・満州日本の植民地の真実」
│・伊藤亜人−「もっと知りたい韓国」
│・黒田勝弘−「ソウル烈々(韓国を見つづける珠玉のコラム集)」
│・岩槻泰雄−「韓国・朝鮮と日本人」
│     (韓国・朝鮮人の嫌いな日本人、日本人の嫌いな韓国・朝鮮人)
│・土佐昌樹−「韓国の反日について」
│・秦 郁彦−「慰安婦と戦場の性」
│・金 英作−「韓末ナショナリズムの研究」
│・筒井真樹子「韓国の教科書のなかの日本人」
│・山辺健太郎「日本統治下の朝鮮」
│・金達壽ほか「教科書に書かれた朝鮮」
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