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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 愛国心論、喧々諤諤 ―――――――――――――― 2004/05/07

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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「bighiroさん」―― gosakuさんの意見に賛成

まったくその通り!

└──────────
┌──────────「momoさん」―― 翁先生の意見に賛成

自分が生まれ育った地域や土地を愛することと、政体としての国家を愛するこ
とをゴッチャにして議論するのはおかしいんじゃないですか?

└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」―― gosakuさんの意見に賛成

すみません、いつものクセで一番上に投票しましたが
【gosakuさんの意見に賛成】の間違いです。 
〜〜〜
「クニ」って何だと考えたら、自分の知っている人や、故郷だと思います。
「国家」といえば、外国に対し自分達を守ってくれる人たちだと思います。

私は博多出身なので、元寇の話は子供の頃から本で読んだりしていました。
また、ユダヤ人やアフリカのビアフラの話なども読んでいたので「愛国心」は
大切だと思います。

└──────────
┌──────────「☆星の王子さまさん」― gosakuさんの意見に賛成

最近では自国の国歌を子供に否定させようとする教師がいるが、あれでもクビ
にならないのはなぜ?ーー民間企業で社歌を拒否したら普通は即刻クビだよ。

└──────────
┌──────────「fwishさん」―― gosakuさんの意見に賛成

私見ですが、愛国心は国内にいるとわからず、海外に出ると強く感じます。
外国で「日の丸(国旗)」を見たとき、ものすごく感動しました。

愛国心→愛地域心→愛県心→愛町心→愛家族心→そして究極は、愛自心(自己
愛)=自己信頼に繋がるのではないでしょうか。
自分を愛するように、家族を町を国を、そして自然を愛する。
ーーそれが原点と思いますが。

ですから、愛国心などないという人たちの心境は、自己愛(自己信頼=自信)も
また少ないのでしょうか。

└──────────
┌──────────「あ〜さん」

お二方の熱い意見は両方とも良く分かりますが、gosakuさんの、国が個人を守
るという発想は、アメリカはそうでも日本に限っていえば間違いですね。
今まで私の知る限り、国民をないがしろにしているのは先進国では日本だけの
ような気がします。よって愛国心も育たないと考えます。

ですが、幼少の頃からの教育も絶対に必要だとは思います。

└──────────
┌──────────「SARUさん」

愛国心とは何ですか?日本のために死ねなければ「非国民」なのですか?

中国に来ていると、日本の良さが本当によく分かります。オリンピックやワー
ルドカップでは、やはり日本チームに勝ってほしいと思います。
自分のふるさとである日本は好きですし、たまに帰国するとホッとします。

しかし、「お国のために」死にたくはありません。こんな私は愛国心がないの
でしょうか?「国を愛しているなら国のために死ねるはずだ」こんな欺瞞で、
どれだけの人が犠牲になってきたのでしょうか。

└──────────
┌──────────「気分は情報無限さん」―― 翁先生の意見に賛成

完全に同意できる訳では無いですが、翁先生の主張に親近感を覚えてしまいま
すね。
逆にgosakuさんの主張が間違っているとも思いませんが、世代の違いを感じて
しまいます。そもそも私自身日本人以外の何者にもなれる筈は無く、日本国に
対する帰属意識は強固ですが、殊更に誇示するのは見苦しいと思います。

何より先ず最初に「愛国心」と、主張されるのは納得できません。確かに非常
に重要な事なのは理解できますが、いきなり特別攻撃隊の話をされても困りま
す。それに「公徳心」と「愛国心」は重なる部分が多いでしょうが、全く同じ
でも無い筈です。

取り敢えず国の為に命を捨てる覚悟のない私にも愛国心はあります。

└──────────
┌──────────「fujiさん」

愛国心の象徴として国や天皇陛下を祭り上げ、国民は家族や地域のために命を
かけたと思います。生命や生存を脅かす外敵を感じず、ほぼ単一民族で島国、
いわゆる平和ボケ常態ですね。

└──────────
┌──────────「kurumichanさん」―― gosakuさんの意見に賛成

私は現在経営者の立場ですが、「愛社心」の無い人に仕事をして欲しくないと
思います。お客さんに対し、そのニーズに応えようとする「心・・・態度?」
を信用できないからです。

私自身は愛国心はあるつもりですが、「愛国心」を持たない人のために死にた
くはありません。

└──────────
┌──────────「閑話翁さん」

長い間、北京政府は台湾住民に「愛国心」を持たせるために努力してきたと思
います。軍事的恫喝や経済市場も使っているけど、大陸の文化的魅力・政治的
魅力・社会的魅力を台湾住民へアピールする手法をもっと使うべきでしょう。

国家の強制力ではなく、国家の魅力でこそ国民に愛国心を持たせたほうが理想
的でカッコイイと思います。

└──────────
┌──────────「JINJING-Zさん」―― どちらともいえない

私は、「愛国心」と」国のために死ねるか?」というのは、別だと思います。
私は日本人だし、日本という国が好きですが「国のために死ね」と言われれば
「いやだ!」と言います。
ですが、国のために行う活動において自分の命が危ない状況になるかも知れな
い場合でも、自分が必要とされるなら、その活動には参加するでしょう。

国の命令を受けてイラクに行っている自衛隊の方々も「死ぬかも知れない」と
は思ってはいても「死にたい」とは思ってはいないと思います。

└──────────
┌──────────「閑話翁さん」

軍隊は民間人と違うと思います。

軍隊に入る時に「国防のために命の犠牲を覚悟する」と国家と生死契約を締結
するべきだと思います。自衛隊員が、「命は絶対犠牲しないからね」と国家に
要求したら、国家は困ります。

しかし一般人は違います。
国家が攻撃される時、家族や友人と、安全な国家へ引っ越す権利があると思い
ます。

└──────────
 
┏━━━━━━━━━━「gosakuさんから」

お一人一人返事をするのが礼儀でしょうが、重複する部分が多くなりますので
一括して答復させて頂きます。あいにく、仕事の都合で時間がなく、この年齢
になると睡眠時間を削っても、というわけにもいきませんので、あとの方への
お返事は来週にさせて下さい。

―― 皆さん熱いご意見を、ありがとうございます。

という事は多くの皆さんが「愛国心」に関心を持っていると理解してよろしい
でしょうか?「国のために死ねるか」というアンケートの「国」という定義に
ついて、この下のmitsuko さんからのお便りでもご指摘を頂きましたが、どう
も、各々の思いが異なっていたようです。

「国」の概念は、明治以降〜敗戦により民主の時代になるまで「大日本帝国」
即ち、万世一系の天皇が統治する天皇陛下の国であって、この国の全ての山川
草木は天皇陛下のものだ、という教育が幼児から徹底的に行われ一部の知識人
を除き、一般の国民はそれを是としてきました。

だから、個人の所有する土地も山も、国が「お国のために必要だ」といえば、
それなりの補償はありましたが、現在のように「ゴネる」ことなどできようも
なく、承服せざるを得ませんでした。

話はちょっと飛びますが、かつての軍隊で兵士が扱う兵器や軍服もすべて天皇
陛下から下賜されたもので、菊の紋章が入っているものもあって(まるで水戸
黄門の印籠です(笑))絶対粗末には扱えませんでした。
もし紛失でもしようものならビンタどころではなく、営倉=軍隊の留置場)送
りになりました。ーー閑話休題、、

しかし、明治以前はどうだったでしょうか?「お国は?」と問えば、
「わしゃー越後じゃ!」とか、「わては河内でんがな!」といった、それぞれ
の出身地が自分の国で、、一般の庶民は日本国という概念はあまり持っていな
かった。その時代の「国のために死ぬ」とは故郷のため、また故郷に住む親族
友人知人のために死ぬことで、今私達が考える国とはかなり違ったものだった
と思います。

現代では交流もインターナショナルになり、外国で「お国は?」と問われれば
当然「日本です」と答えますが、国内で「お国は?」の問いには、それぞれの
出身県名を答えることでしょう。

私が「国のために死ねるか」という場合も「国」は、外国で活躍する日本人に
とっては「日本国」ですが、突き詰めればふるさとであり、生活している街で
あり、行き着くところは最愛の家族や親兄弟です。

国のために死ぬのは嫌だ!という人も、愛する家族のためなら我が身を省みず
盾になることが出来るのではないでしょうか?
そうなんです!
「國のために死も厭わぬ」という事は「天皇陛下のために死ぬ」ことではあり
ません。

ーー「死ぬ」ことばかり強調しましたが、お分かり頂けましたでしょうか。
「一番大切のもの」を犠牲にしてでも、という比喩と受け取ってください。

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┌──────────「Wumingさん」

gosakuさん、
「終戦時、満州国の滅亡によって国という後ろ盾がなくなり、厳寒の満州の地
を流浪しなければならなかった多くの日本人」といった時点で、自分の発言が
破綻しているのに気づかなかったのですか?

「満州国」が「日本人」のために作られた傀儡国家だということを、ご自分も
認識しているのでしょう?

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

「Wumingさん」、どうも、話が噛み合わないようですね!

満州国の滅亡というより、日本の敗戦といったほうが適切だったかも知れませ
んが、いずれにしろ、満州国が日本の傀儡国家であったとしても、それは満州
で開拓に汗を流していた人たち全部の責任ではありません。

傀儡国家の国民なら、餓死しても凍死しても仕方がないと言われるのですか?

傀儡国家を作って栄耀栄華に浸っていた人々がいるとすれば、その人々が餓死
凍死しても、それは当然の報いでしょうが、「五族協和・王道楽土」を本気で
信じ汗を流してきた挙句、何も知らされないまま突然の敗戦。

ーー彼らに、一体なんの罪があるというのですか?

私が言いたいのは、国という生活の本体がなくなれば、

流浪の民として長い間世界各地で入国を拒否されながら、バラバラに転々とし
なければならなかった“ユダヤ”の民のような悲惨な境遇が待っているのです
から、

国を大切にする教育を幼児の頃からすべきだ、、、是だけです。

└──────────
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┃┃ お便りで頂きましたご意見・感想。
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┌──────────「閑話翁@人民広場さん」

「愛国心、喧々諤諤」でgosaku様のご返答に対し、愚論を申し上げます。

愛国心はないけど、法律やマナーを守る意識がある人間も多いでしょう。

国も会社も一種の牢獄だ、と悟った若者は多いと思います。
全人類を国や会社など牢獄から解放する方法の一つは、教育です。
国家や会社に依存しなくても自由奔放に生きていける、世界に通用する人間が
どんどん増えれば、国という牢獄は自然に消滅します。

元ソ連や現北朝鮮では、愛国心のある国民が多いそうです。
少なくとも口頭では、母国を愛していると言っている国民が多いです。
しかし私は、ああいう国の魅力や面白さをあまり感じていません。

逆に日本のような、愛国心を強要しない国々には、私はある程度魅力や面白さ
を感じています。

魅力のない女性がいくら他人へ「私を愛しなさい」と強要しても..他人は逃げ
ちゃいます。
魅力のある女性は、黙っていても人々に愛されて、なかには、この女性のため
なら死んでもいいと考えている男もいるかもしれません。

魅力のある国は、外国人にも愛されているのです。
魅力のない国は、自国の国民にも嫌われているのです。
母国なんだから愛しなさいと言われても、説得力があると思えません。
「母国だから、な〜に?」と。
母国が滅亡したら悲惨になるよ、と警告されても承服したくないのです。
なぜなら、

例えば、二人の女性がいます。

一人は本当に愛している女性ですが、たいへん貧乏で病弱です。
もう一人は本当は愛していないけど、金持ちで上流社会です。
その女性と結婚したら、安定でゆとりのある暮らしができるし、資産・地位・
権力も得られます。ーーさあ、どっちを選びましょうか?

悲惨な人生や餓死のリスクを覚悟して、貧乏な彼女を選ぶ男もいるでしょう。
そういう愛こそ本当の愛なのです。
他人に悲惨だと思われても好きな人といっしょに暮らせるから幸せだと、本人
はラブラブで楽しんでいるのです。

猾い男ならば、上流社会の女性と結婚して得た資産や権力で密かに愛している
女性を援助します。

つまり、人間は、せめて自分の感情を騙したくないのです。
恋人だの、会社だの、国だの、それなりに人を感動させるほどの魅力や面白さ
があるかどうか。

上記は私なりの理想主義的愚論です。gosaku様の見方が現実的だと思います。

また、金銭や地位がなければ、好きな女性といっしょい暮らす意地だけでは、
果たしてうまくいくかどうか、別の意味での「失楽園」になっちゃうかもしれ
ません。

gosaku様と、いい交流ができましてうれしく存じます。

―― ありがとうございました。

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

閑話翁@人民広場さん、

年輪を重ねてこられた翁さんのご意見は、やはりたいへん解り易く、説得力が
あります。

法律やマナーを守るということは「愛国心」以前の問題ですね。人間一人では
生きていけません。共同社会の中で生活する以上、法律で縛られるのが"嫌だ"
といって自由奔放に生きていきたければ、今現在享受しているいろいろな文明
社会の恩恵を捨て、原始の世界に行く他はないということになります。

国や社会が牢獄だという若者もいるでしょうけれど、現在の日本の体制の中で
自己の才能を開花させ活躍している若者も多くいますし、世界に通用する若者
もたくさん知っています。

共産党独裁政権下では、統治者は権力を維持するため、あらゆる方法で自国の
体制の優位さを自国民に定着させようと、外国からの報道を遮断している国も
ありますし、当然信教の自由など厳重に制限されています。戦前の日本のそれ
と同じように、かの国の国民は「自国を愛し」国のために死を厭わぬ人が日本
より多いのはやはり強力なナショナリズム教育の力でしょう。

しかし、日本人でそんな国に魅力を覚える人はそう多くはないはずです。

共産党独裁国家以外にも、世界には数多くの国々で貧困・飢餓に苦しむ民族が
いることを思えば、日本はなんと豊かで自由な国でしょう。その日本国が牢獄
だというのならば、一度貧困国へ行って自由を満喫してくれば!
または、独裁政権下の国で体験してこられればいかがでしょうか。

逆に魅力いっぱいの国々も数多くあります。

日本人の我々からみれば「どうしてあんなに福祉が充実しているのか?」また
「どうしてあんなに老人たちが元気なんだろう?」「あんな国に住んだらさぞ
幸せだろうなあー」と思いますが、やはりその国にも悩みはあって、文字通り
“高福祉高負担”――収入の50%を税に持っていかれ、その結果働く人たち
の不満も大きく、優秀な働き手の高額所得者は外国へ流出しているとのことで
す。

「愛国心」は、勿論強要してもかえって反発を招くだけでしょう。次の世代の
若者が喜んで働ける国にするにはどうすれば?ーー今の我々の課題でしょう。

┌--------
│「母国だから、な〜に?」と。
│母国が滅亡したら悲惨になるよ、と警告されても承服したくないのです。
└--------

とおっしゃる「閑話翁さん」

平和なそして安全な場所にいるから、そんなことも言っていられるのですよ!
イスラエル建国の歴史を見てください。

ユダヤ人の歴史は、迫害と流浪の歴史でした。かつてヨーロッパには900万
人のユダヤ人が、助け合いながらユダヤ人社会を形成していましたが、各国は
厳しくユダヤ人の移民を制限し、1939年、第二次大戦が始まるや、ナチス
ドイツはユダヤ人絶滅作戦を展開し、子供を含め600万人のユダヤ人を動物
以下の扱いで収容所に押し込め、ホロコーストを行いました。

1945年から1948年まで、行くアテもなくDP(離散民)キャンプで絶望
の日々を過ごしていたホロコースト生き残りの8500人にとって、イスラエ
ル建国の報せはどんなにか嬉しかったことでしょう。

自分の所属する国が愛せないならば、愛せられるような魅力ある国にするよう
に努力するべきだと思いますが、ーー閑話翁さん、如何でしょうか。

└──────────
┌──────────「mitsukoさん」

≪WEB 熱線≫は本当に熱いですね。

50年余り戦争をしなかった日本を愛する一読者です。

ーーgosakuさんとWengさんの紙上論戦は、内容がかみ合っていないように感じ
ました。
「国のために死ねるか」というアンケートの「国」が定義されていません。

時の政府や権力者を意味する「国」、国民とその生活を意味する「国」、過去
の文化・歴史を意味する「国」、国土・山河を意味する「国」などなど。

また「愛」についても同様です。「愛のために死ぬ」というのは生きている人
にとってはカッコイイ言葉、感動的な出来事かもしれませんが、国民の誰かが
愛のために死ぬそのことが、どこの誰にとってどういう意味があり、誰にとっ
てどういう結果を招くのかがハッキリしません。

私ははむしろ、苦労や苦しみ、屈辱に耐えて生き残って「国」のために働くこ
とのほうに「国への愛」を感じます。死んでしまったのでは何もできません。
その後、どうなるのかもわかりません。

もうひとつ。いわゆる教育の荒廃(?)は「日教組の責任だ」みたいな論がよく
出てきますが、これも定義してほしいです。

日教組が全て正しいとも悪いとも思いませんが、学習指導要領や教科書に規制
されてきた教員の組合組織よりも、戦後、長い間教育行政を担っている文部省
の政略(?)や、権力に阿る(おもねる)教育委員会の責任のほうが大きいのでは
ないでしょうか。

ーー以上、疑問点を書いてみました。

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

「mitsuko さん」のコメントを拝見して、「ええっ!」そして「ほー」思わず
声がでました。我が意を得たり、というか....人間、想いは「差不多」という
ことでしょうか?
先週号で熱いコメントが殺到しましたので、その返事のためのマクラとして、
冒頭に「mitsuko さん」がおっしゃる「国」の定義について書きかけたばかり
のところでしたから!

―― 皆さん、国の概念が甚だ曖昧で、

大方の認識は時の政府や権力者を意味する「国」のようで、「gosaku」の意見
に反対の方は、時の政府や権力者を意味する「国のために死ぬ」なんてとんで
もない!と思われるコメントが大半でした。

先日、雨上がりのひととき、庭に出て新緑眩しい古木を見上げて初夏を満喫し
ていました。よく見るとその古木に無数の小さい蟻が忙しく往来しています。
たぶん、新芽に群がる虫か、葉裏のアブラムシが出す蜜を目当てにしているの
でしょう。
蟻たちは、この古木をいつ頃から生活の場としているか分かりませんが、蟻に
とって古木が彼らのテリトリーであり「わが国」でしょう。もしも何かの理由
で、この古木に違う種の蟻が侵入してきたらどうするでしょうか?

以前、この場所ではありませんが、大蟻と小蟻の壮絶な戦いを見たことがあり
ますが、恐らく種族の存続をかけての争いになるでしょう。

仲良く共存の道を選ぶかもしれませんが。どんどん数が増えてくれば、争いも
増えて、当然主導権争いも起きてきます。又何かの理由で古木がなくなるよう
な事態になれば、この蟻たちは生活の場を求めて他の場所へ移動せざるを得ま
せんが、たぶん、どこへ行っても先住の既得権を主張する蟻がいるわけですか
ら、戦争になります。

申すまでもなく、1億3千万人が暮らす集合体が「日本国」で、日本国は時の
権力者のものでも、統治する政府のものでもありません。日本国民一人一人が
皆日本国の主人であり、不法な侵略軍には国民こぞって立ち上がり撃退しなけ
ればなりません。
国は国民を保護する義務があり、保護される権利を主張する国民は、同時にそ
の国を守る義務があると思います。

―― 日本は、憲法上建前として軍隊がなく、従って徴兵制度もありません。

(先進国の中で徴兵制度がない国は数えるほどしかありません)
だから、というわけではないでしょうが、戦後生まれの方には「国を守る」と
いう認識が外国と比べて極端に低いような気がします。

徴兵制度といえば、中国では大学入学前の一定期間、かならず兵役訓練に参加
する義務があり、又ドイツでは兵役が嫌な若者に対しては病院などで福祉活動
をさせるようです。知人の話によると、「徴兵期間」が終わると、皆見違える
ようになって帰ってくる例が多いそうです。

町でお年寄りのおばあちゃんが階段にいたら、すぐ「おばあちゃん!ボクにつ
かまってください」と手助けをするようになったとか・・・シンガポールやイ
ンドでも、若者が一度兵役に出掛けて帰ってくると同じような話を聞きます。

先の大戦で敗戦するまで、異民族の侵略や支配を受けたことがなく、民族間の
紛争といった事には全く無縁な平和日本で、若者に、アフガンやイラクの危機
を想定して「国の為に死ねるか」といったアンケートをしても実感できないで
しょうね。

リベラリズムを履き違えて、国のためより個人の利益を優先する風潮が蔓延し
ているのは、戦後長く続いてきた教育に起因しているのではないでしょうか。
戦後教育のすべてを否定するものではありませんが、何十年か前に、日教組な
どは「自分たちは聖職者ではなく労働者だ」といって過激な労働運動を展開し
ていました。労働者なら、そこらへんの何処にだっていますね。

ーーしかし、先生というのは本来そうではないはずです。

人を育てるのですから、聖職者に決まっています。それを自ら労働者と規定す
るのは、自尊心、自負心が無さ過ぎます。
そうした"労働者"によって教育されてきた人たちが、今の政治や経済の中枢と
して活躍しているのですから、“さもありなん”です。

教育改革を実行するには、先ず「教員改革」を断行しなければならないでしょ
う。
子供から尊敬され、信頼され、教師も子供に愛情をもち「敬・愛・信」を持て
る教師を養成するのが急務です。
「国の恩・親の恩・衆生の恩」という基本的な道徳を教えるべきです。

――さらに「十徳」即ち、

一、誇りを持て!

二、奉仕の心をもて!

三、感謝の心をもて!

四、協力の精神をもて!

五、責任をもて!

六、勇気をもて!

七、礼儀正しくあれ!

八、思いやりの心をもて!

九、根性を養え!

十、積極的であれ!」

しかし、いくら学校でそいうことを教えても、家庭で同じような価値観を持っ
て子供に示していかないと身につきません。

戦後生まれのお父さん!お母さん!お願いします!

└──────────
┌──────────「名古屋育ちさん」男性@六十代@愛知

「愛国心」コメントボードも含めて白熱化しそうですね。期待しております。

「国という後ろ盾がなくなり・・・」
という凄い体験をされたgosakuさんの「愛国心」には重みがあります。
とにかく実体験に裏付けされている訳ですから。
ただ、
あの「国のために死ねるか」というアンケートには意味があるのでしょうか?
例えば、商品の購買動機についてのアンケートぐらいだったら販売政策上有用
でしょう。

私は、平時に威勢のよい意見を言う人は、あまり信用できません。アンケート
にすぐ「国のために死ねる。」という人は、、どうもね。
もし、老人も・若者も・子供も・男も女も、1億3千万弱の国民すべてが「国
のために死ねます」と言いだしたら、私は日本から脱出します。
----という気持ちになる。

「愛英国心」‥‥キテレツなようですが、イギリスかどうかは別として、ある
と思います。例えば「上海の長い夜」のチェン・ニェンさんは文革の折、刑務
所で虐待されただけでなく、お嬢さんも殺されました。
その結果、彼女はアメリカに脱出しました。

もし仮に、共産国日本で、私が何らかの名目で不当逮捕され、拷問された。
その間に子供も殺されたなら、私は「愛○国心、愛○嫌日」となります。その
国に対して愛国心はもてません。

マアいろいろな場合があると思います。スポーツの外国との試合でも、ほとん
どの場合外国チームを応援する友人がおります。特に理由を聞いたことはあり
ませんが、、。しかし、立派な社会人です。

最後に、前回の私の拙い文に丁寧なコメントをいただき有難うございます。

「韓国は併合、台湾は割譲」
この違いについてまた論じたいとの由、私も大変興味があります。
期待してお待ちしております。

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

「国のために死ねるか」という、この非常に重いテーマのアンケートは、たぶ
ん街角やデパートで行われたものではないでしょう。講演会か大学か、それに
類似したところでされたものと思われます。従って対象になった人も限られた
職業、年齢層であったと推定されます。
ーー商品のアンケートと違ってかなり信じてよいものでしょう。

「国のため」といえば、正直いって私もかなり迷うと思いますが、ふるさとが
また家族が侵略者に犯されようとしたら、叶わぬまでも逃げ出さずに死ぬまで
抵抗するでしょうね。平時どころか戦時でも、掛け声だけは威勢のよい人がい
ます。危険に直面すると後ろで声を潜め、危険が去るとまた喚き出しますが、
そういう人はもう、誰からも信用されなくなり社会的地位もなくなり自滅する
のみでしょう。

「平和ボケ」なんて言いたくありませんが、現在の日本は全てに恵まれ過ぎて
います。平和を当たり前のように思っていますが、ご存知のように、毎日が死
と隣り合わせの世界で生活して人も沢山います。脱出したくても、その手段も
ない世界です。

国をというよりも、主義、主張、宗教の違いで、同じ民族でありながら血みど
ろな戦いをしている人たちもいます。それは、国を恨むのではなく、お互いが
自分の信奉する宗教、主義、主張を、国のためにと思って戦っているのですか
ら、国という概念でなく、権力を維持しようとして弱い立場の者を虐待する、
権力者を恨むべきです。

スポーツの場合は人それぞれです。娯楽ですから「愛英国チーム」の人がいて
も「愛○○さん」の人がいてもいいでしょう。見て元気になり、気持ちがよく
なって、それでいいのですから。
しかし一般的には、サッカーの試合のような国と国との戦いになると、どうし
ても自国チームの応援に力が入ります。

ーー最後に、「愛と好き」とは根本的に違うと思いますが?

└──────────
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