┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃
┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
┃
☆ 私見:台湾論(3) ――――――――――――――― 2004/04/30
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃●┃ コメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「ミカの赤い服さん」
gosakuさん、こんにちは。
いつも同様のコメントで恐縮ですが、私の知っている範囲内では、貴方のおっ
しゃる通りと思います。ーー最後のマレーシアの方の詩はガツンときますね!
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
「ミカの赤い服さん」のコメント、いつも大変励みになります
ーーなぜ台湾に「親日派」が多いのか?
本当に、台湾に関する資料を読めば読むほどますます悲しくなります。
「日本統治時代は、日本人は一等国民で、台湾人は二等国民。日本人は威張っ
ていました。今七十代に入った人はそういう事実を知っているから二度と日本
の支配など受けたくないと言っていました。
・・・ところが、日本敗戦後にやってきた中国人(外省人)は、もっと悪かった
から、そのおかげで親日的になってしまった」
・・とは、ある本省人の本音の言葉です。
日本人はもっと台湾を理解し関心を持つべきだと痛感します。
└──────────
┌──────────「気分は情報無限さん」
先日「シベリア決死行」を出版された岡崎渓子先生の、金沢での出版記念パー
ティーに出席してきました。
そこで先生と近しく話をさせて頂く機会があり、改めて自分の勉強不足を痛感
した次第ですが、やはり世代間の断絶や認識の相違も大いに感じました。
これからもお身体を大切に、頑張って執筆活動を継続なさって下さい。
└──────────
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃●┃ お便りで頂きましたご意見・感想。
┗━┛
┌──────────「bighiroさん」男性@五十代@会社員@中国
―― 表面的には外省、本省的対立はないと思われます。
学校の歴史教育、報道などによって、現在の若者でもその認識はあります。
然しながら、現在は民主化が進み、台湾を1国祖国とする認識が強いでしょう
ね。今度帰台(台湾へ帰るの意)の際、義父母や友人などに聞いてみましょう。
私は1980年代と、1998年からと、2期に分けて居住しております関係
上、戒厳令下の時期、1984年以降の経済発展、1990年代の半導体産業
を中心としたハイテク産業の急伸、戒厳令が解かれた以降、などの時代比較が
出来てとても面白いです。
自分らの世代以降では、その対立意識は少なくなってきているでしょうね。
戒厳令下では学校の授業は全て北京語であり、台湾語= 南(ビンナン)語)は
使用禁止だったそうです。
また、蒋介石軍が敗退して台湾へ入ってきた時は、日本人宿舎、その他は外省
人がおさえ、官僚、公的機関も全て外省人が占めていましたから、その反感た
るやは想像を絶するものと思います。
因みに、台中会世話人会というところからのメールマガジン「遥かなり台湾」
をご紹介しておきます。 ▼ 台中会のホームページ。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Cassiopeia/5904/
戦中・戦前の台湾で生まれた日本人、台湾人の生活模様、考え方、生活感等が
記されたものですからお勧めします。また、私共のように台湾人と結婚された
方々の会も台北、台中などにあるようです。ーーーご参考まで。
1980年代後半から、台湾同胞ビザにて中国大陸への往来が認められ、台湾
人経営者の中国進出が際立って多く、また一般観光が出来るようになっていま
すから、台湾人の方々も中国大陸での現状をよく把握されているものと思いま
す。あまりの国民経済格差があり、一方香港の中国返還後の動向を見ています
から、尚更独立意識が強くなってきているのではないでしょうか。
そういう中で外省、本省の対立の意識も薄くなってきているのではないかと思
われます。
一度台湾に来られて探索されてはいかがでしょうか。いまだ、人情あり、食事
も中国各地の料理が揃い、日本語がある程度通じ、日本統治時代の面影もあり
(駅、総督府、児玉提督の墓があり、新渡戸稲造、後藤新平らの足跡があり)、
非常に興味をそそられるのではないかと思います。
故宮博物館は62万件以上の収蔵物があるそうです。蒋介石軍敗退の際にアメ
リカの軍艦のサポートを得て持ってきているものですが、見ごたえがあります
よ。是非お越し下さい。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
「bighiroさん」のお便り大変興味深く拝見しました。
「帰台」ということは台湾を"ふるさと"としている台湾のお方と理解してよろ
しいのでしょうか?
お説の通り戦後生まれの世代の方々には「本省人」「外省人」の対立着意識は
もうなくなっていると認識してよろしいでようですね。
三十数年に及ぶ戒厳令の元になった1947年2月27日のいわゆる2・28
事件を知らない世代が、台湾社会の第一線で活躍する時代となって国民党独裁
政権も終わりを告げ、本省人主体の民進党の総統、陳さんが進める民主化政策
により、かつて横暴だった外省人への怨念も、日に日に薄らいできているので
しょうか?
しかしあの忌まわしい事件を体験し、その後の「白色テロ」という恐怖政治を
目の当たりにしている....もう老人の部類に入る人たちにとっては、いま中国
が声高に叫ばれていいる「統一」は、あの時代に還る恐怖が蘇って、絶対に受
け入れられるものではないでしょう。
私は台湾に住んだことはありませんが、たびたび台湾各地を観光旅行してまい
りました。ーーしかし、大方がパック旅行の走馬看花で「省籍矛盾」などと言
う深刻な話はしたことはありませんでした。
只ひとつ印象に残っているのは、数年前に春休みを利用して家内と中2の孫を
連れて三人で個人旅行をした折、高雄で二日間案内をしてくれた(自称旧日本
人)台湾人の謝さんです。彼は当時66歳と言っていましたから、もう70は
とっくに過ぎているでしょう。
その時には、込み入った台湾事情など話しませんでしたが、以来電話で手紙で
いろいろ話をしてきました。
彼は北京語はあまり得意ではなく、私も中国語は少しかじった程度ですので、
話も手紙ももっぱら日本語です。
日本の植民地時代のことを懐かしく語り、台湾にも「反日派」と呼ばれる人も
いるが「親日派」が圧倒的に多いとか、「崇日派」と言われる若い世代も生ま
れた等々、電話はこちらが切るまでいつまでも話が尽きないようでした。
もともと旅行好きの私は、中国にも昨年(SARSの影響)を除いて殆ど毎年、
多い年には年数回も、中国各地を旅行しています。中国人の友人も数多くいま
すが、台湾の人とはものの考え方が随分違うなあ〜〜といつも感じています。
ーー謝さんに限らず台湾人の気質は、日本人により近いものを感じますね。
今回は行き掛り上台湾事情を書くことになって、台湾論などという、大上段に
振りかぶったテーマでちょっと気恥ずかしいような気がします。全くの「臨陣
磨槍」です。ーー又機会があれば勉強をし直して納得のいく台湾事情を書きた
いと思っています。
「遥かなり台湾」は早速拝見しました。
今後も面白い情報をお待ちしています。
└──────────
┌──────────「名古屋育ちさん」男性@六十代@大阪
私事ですが、観光で短期間上海に行っておりました。そのため、先週号と今週
号をまとめて読むことになりました。これは先週号も含めた感想です。
とくに、gosakuさんのご意見に対する反論ではないのですが、
「日本の植民地支配は、そう悪いものではなかった。いわく、近代的な法制度
や教育制度を確立した・産業インフラを整備した」等々の趣旨の主張(たしか
だいぶ前の閣僚の発言にもあったように記憶しますが)を聞いたりすると、私
はじつに不思議な気がするのです。
―― なぜなら、それは私の個人的な体験とどうにも合わないのです。
私は現在62才ですが、私達の小・中学生の頃、韓国籍か北朝鮮籍か分かりま
せんが、何人も朝鮮人の同級生がおりました。彼らに対する蔑視観をはひどく
「朝鮮人・朝鮮人」と蔑んでおりました。
何故にと問われれば、誰も答えることが出来なかったと思います。
昭和30年前後のことです。今から考えると、戦前からの蔑視感が戦後まで持
ち越されたのではないかと思います。
―― 中国に対しても、
私には2人の叔父がいるのですが、1人は74才・1人は90才です。
74才の叔父は、戦前上海に家族と住んでいました。90才の叔父は、中国に
出征しております。子供の頃、私達3人で雑談すると必ず中国の話がでます。
ーー私はもっぱら拝聴役でしたが。
2人の話を聞いていると、中国人を軽んずるというか、馬鹿にするというか、
聞くに堪えないような内容のことがしばしばありました。かといって私は2人
が特殊な人だとは思いません。他の大人たちも同じような調子で話しているこ
とを何度も聞いたことがあります。
これも、戦前からの中国人蔑視が持ち越された結果だと考えています。
当時は「台湾人」という意識はありませんでしたが、台湾出身の方々に対して
も失礼な態度・意識で接したのじゃないですかね。
ーー第三国人というような言葉もありました。
私は、gosakuさんのように勉強はしておりませんから、個人的な体験から考え
るのですが、中国人・朝鮮人に対するあのような蔑視観を持って植民地経営に
あたって、はたして良い経営が出来たのですかね。
植民地を近代的に整備したのは事実だと思いますが。
植民地の人々のためというより、大和民族の為に近代的に整備したという側面
が強い強いのではないか、と考えています。
先週号でも書きましたが、キム・ワンソプが、日本の朝鮮支配は、腐敗・堕落
した旧体制より良かった、という趣旨のことを書いてくれると、私も実は嬉し
いのですが。
しかしよく考えると、キム・ワンソプは現在の政治的につくられた反日教育や
現在の腐敗・堕落した政治に嫌気を感じているのではないか。それが彼の著述
の背景にあるとおもいます。
台湾の本省人が親日的なこと、独立の動きなどは中国本土次第だと思います。
現在のような「武力併合」をチラつかせる政権ではなく、もっと民主的な政権
ができれば随分様相も異なってくると思います。
20年ぐらい前、友人と世界地図をひろげ、「ソ連という国は帝政ロシアその
ままじゃないか」と笑いあったことがあります。ソ連崩壊により、支配されて
いた国々はサッサと独立しました。
現中国も、大清帝国の版図のままですね。いずれ・・・・。
チョット駄文を労しすぎました。事実認識に誤りがあればご指摘ください。
いつでも取り消します。ーーなんせ不勉強家の主観的感想と意見ですから。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
「名古屋育ちさん」早速のコメント有り難うございます。
韓国は併合です。植民地ではありません。
台湾は文字通り植民地として統治しました。
ーーーこの違いは、またの機会に述べたいとおもいます。
私を含めて75歳以下の年代は、ハッキリ言って韓国人にも中国人にも民族的
な蔑視の感覚はございません。
しかし80才前後からそれ以上のお方は、強烈な優越感をもっている人が多く
います。明治以来続いてきた皇民化教育の所為でしょう。「日本人は選ばれた
神の子孫である」「天皇陛下は、天照大神から代々続く神の子孫であり、その
赤子である国民もまた神の子だ」という教育が、昭和に入ってから特に強力に
推し進められた結果、誤まった優越感を他民族、とりわけ韓国人や中国人に持
つようになったものと思われます。
ーー幼児からの教育は、言語でもそうですがなかなか忘れないものです。
大正年代の方の話を聞くと、しばしば「名古屋育ちさん」のおっしゃるような
日本人の優位性を誇張して他の民族(韓国人・中国人など)を蔑視した言葉が聞
かれます。台湾に対しても、当然蔑視感を持って対していたでしょう。
そうした環境の下で韓国も、また台湾にも皇民化政策が押し付けられ、学校教
育もその線にそって進められたものと思われます。植民地時代の歴史をみると
韓国人は台湾人以上に大日本帝国の順民でした。
事大主義という伝統精神を遺憾なく発揮して、進んで日本人になりきろうとし
た行動が見られます。しかし韓国人は戦後、民族主義意識(ナショナリズム)を
育成するために、ずっと反日教育をしてきた結果、反日的になったというのが
通説ですが、それなら台湾でも国民党政府は徹底的に「反日教育」をしつこく
行ってきました。
けれど台湾人は、韓国人と比べてなぜ反日的な人が多くないのか?
むしろ親日的な人が多いのか?
それは、外省人である国民党政府が謂う、台湾人に「奴隷根性が染み付いてい
る」からではないと思います。半世紀にわたる日本の台湾統治は、台湾に反日
感情を生じさせなかった。ーーその理由は二つあると推測します。
一つは台湾人に「夢」をあたえ、実現させた事です。それは「西洋近代文明」
そのものです。それゆえ台湾人は、精神的なものから物質的なものに至るまで
日本人をわが師として敬慕し、学ばなければならないの痛感しました。
それが五十年にわたる植民地時代だけに限らず、百年後の今日に至っても続い
ている所以でしょう。
もう一つは、実直な日本人に対する信頼感と親愛感からくるものでしょう。
実直な日本人の民族性は、おそらく日本の伝統文化と「明治人」の国づくりに
燃える情熱から培われたものと想像します。
戦後、中国大陸からやってきた中国人が、日本人住民の弱みにつけ込んで略奪
を始めたとき、台湾人は勇敢にも日本人を庇い、中国人の略奪から日本人を体
を張って守ってくれた。
空中戦で米軍機に撃墜された飛行士、杉浦兵曹長が神様として祀られている台
南の飛行将軍廟も戦後になってから作られたものです。
以前、NHK衛星放送が「台湾万葉集」をつくっている人々を放送し、台湾の
歌人たちを紹介していました。この中で「私の母国は日本で、母国語は日本語
です」とハッキリ言い切っている人を見て驚かさせました。それは決して日本
かぶれでもなく、日本人におべっかを使っているものでもなさそうでした。
台湾人は中国人といわれたくない、中国人と見られることは、恥辱だと考えて
いるようでした。台湾人が「私はかつて日本人でした」というのは、「植民地
の奴隷」だという国民党統治者が指摘するものではなく、日本人の心を誰より
も知っているからです。
台湾人が「以心伝心」で本当に信頼でき、共に真心で語り合えるのは、やはり
日本人だけだと知っているからです。
└──────────
┌──────────「hazukiさん」
―― gosakuさん、台湾論楽しく拝見させて頂きました。
自分も住んでいる土地のことというのは余計に興味が沸きますね。
でも、今回でお話が終わってしまって大変残念です。
前回も少し本省人外省人のことについてお話させて頂いたのですが、また少し
家族の話をさせて頂きたいと思い、お便り差し上げました。
私の義父は本省人、義母は外省人です。この組み合わせって珍しいんですよ。
国民党が台湾に来て以来、本省人と外省人の結婚は珍しくありません。でも、
そのほとんどは外省人の兵隊と本省人の女性の結婚です。その理由は、外省人
が、本省人を自分たちより下等とみなしていたからです。
自分より下等なところから嫁をもらうのは許せても、自分の娘を下等なところ
に嫁がせるのは許せないのです。義母の父もまた
「下等で汚くて、性のことしか頭にない本省人との結婚は不幸になるだけだ」
と反対しました。
でも実際の行動として野蛮だったのは外省人であり、そんな言葉に納得がいか
ない義父の両親もまた反対。ーー二人の結婚はなかなか大変だったようです。
そんな、夫・本省人、妻・外省人というカップルはほとんど聞きませんが、そ
れでも私の周りは今、半分程度が本省人、外省人のハーフです。
主人は、新しい友人とは普通に両親のバックグラウンドの話をします。
そこにこだわっているのか、はたまた、ただの自己紹介レベルのことなのか。
直接彼らにそのことを尋ねた訳ではありませんから、分かりませんが、少なく
ともそれで彼らの関係がどうのということはなさそうです。
ーーでもそれも私達の世代まででしょうね。
もっと若い世代は、親が日本人か、台湾人か、アメリカ人かという話になって
も、本省人外省人という話にはなりません。母が中国人といえば、それは今の
中国から嫁いできた人という意味です。要は、台湾人かそうでないか..です。
10年前、今の主人に始めて会った私は「台湾人です」と挨拶されました。
----じっさい「I'm TAIWANESE」と言われ「タイ人?にしては色白くない?」
としか思えなかったほど台湾に対して無知だった私です。笑)
今思えばその頃から自分を「CHINESE」という人はいませんでした。
義父は8人兄弟の5番目で、義父自身は日本語が話せませんが、彼の兄たちと
私は、日本語でのおしゃべりに困りません。
ーー彼らからは日本統治時代のことを色々教えてもらいました。
規則違反にはとても厳しくて、怖さでは国民党にも負けなかったという日本の
警察。その正反対に、やさしく、良く手作りの日本の点心を分けてくれたとい
う近所の日本人のことなど。
そのおじたちは言います。
今の若い者は「国という器」が欲しくて騒いでいるが大事なのは器より中身。
・この小さな島国、下手に独立して中国に睨まれるのも良くない。
・若しくは統一で取りこまれ、今迄のように動けなくなるのもまた良くない。
・李前総統の偉いところは「不言実行」だ。
独立なんて言葉はひと言も出さずに、確実に台湾の知名度をあげ、強い国にし
た。大事なのはそういう事ではないのか、と。
ーー私にとって、大変に説得力のある言葉でした。
―― 台湾に来てから、気がつけばもう9年です。
来たばかりの頃は、義母の母に、「私のおじやおばを殺した同胞だ」と言われ
会ってももらえなかったり、----のちに仲良くなれましたが----マンションの
管理人に管理人室に連れこまれ(?)「日本人が私達にどんなに悲惨なことをし
たか」と、説教されたり、----まあ、お茶の相手が欲しかったのでしょうね。
激情されることはありませんでしたので、良い歴史の時間でした。----
なんてところに来てしまったんだ!?と、とてもビックリしました。
まあ、その当時でもこんな経験をした人は稀のようですけど。(笑)
ーー今じゃすっかり慣れました。
そう言い出す人に会っても「面白い人に会えた」と嬉しくなるぐらいです。
義母の両親はもういません。
以前は国民党で飛行機の操縦士だったという義祖父は文章を書くのが好きで、
台湾に来てから、膨大な量の自分史を書き綴っておりました。まだ北京語がま
まならなかった頃の私に、彼は良く英語でその話をしてくれました。
義父方のおじおばは、まだ健在です。
今は私達が都市部に引っ越してしまってなかなか会えませんが、ひさしぶりに
会うとやっぱり「楽しく」日本統治時代の話をしてくれます。
ーー彼らの話は面白いんです。
私に分かることは、どちらもとてもいい人だということ。
ですからヤッパリこれからの台湾は、みんな「台湾人」であって欲しいと思い
ます。過去のことは忘れられませんが、ソンナもコンナもがみんな合わさった
子孫たちですもの。良いところも悪いところも上手に取り入れて、新しく強い
「台湾」を作ってもらいたいな、と。
そうはなりたくない…とアガキながらも、すっかり台湾人に染まってしまって
話さなければ日本人とは思われなくなってしまった若い世代の私(^_^) は思う
わけであります。
長々と駄文にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
台湾論とはまた論点がズレた話ではございます。
若い者の戯言として一笑に付して頂ければ幸いです。
―― 最後に、
ラジャー・ダト・ノンチックさんの詩、とても良かったです。
素敵、とかそういうのではなく、良かったです。
これから育って行く子供たちのためにも、
「恥ずかしくない日本人でいよう」と、改めて思わされました。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
「hazukiさん」のHP「既婚者のための恋愛術」時々拝見しています。
タイトルから「不倫」・・・・を想像してました・・・・。(笑)
随分ロマンチックなトップページ背景ですね!
霧に消えて行く寄り添う二人....どこへ行くのでしょうか?
おっと!..「hazukiさん」のHPの話じゃなかったですね。
実生活の体験に基づいたコメント、実に説得力がありますね!
今回、台湾で3回目になる総統直接選挙に、激戦の末敗れた連戦さんも、本来
外省人ではありますが、「hazukiさん」のお話によると、中国人というよりは
台湾人と認識したほうが適切みたいですね。
日本のマスメディアは選挙の過熱ぶりと、選挙後、選挙に不正があったとして
連戦・宋陣営が台湾高等裁判所に投票の無効を提訴したニュース、そして抗議
デモに参加した連戦派の総統府前の座り込みの映像などをかなり詳細に報じて
いました。
衝撃だったのは、陳水扁さんがオープンカーで台南市内を遊説中に拳銃で狙撃
されたことです。狙撃された瞬間の映像が繰り返し放映され、陳水扁さんは腹
部を押さえ、呂秀蓮さんは膝を撃たれたらしく蹲っていました。
――この事件が投票の結果を左右したのではないか?という説が多く流され、
だから、
これは国民党と親民党が連携で、苦戦を予想される民進党陳水扁さんの苦肉の
策による「自作自演」ではないかという論説さえありました。
しかし、一旦確定した陳水扁さんの総統が、変わることはないというのが日本
での一般的な見方です。
いろいろ台湾に関する書物を読んで、今更に李登輝さんの凄さを実感します。
前回の総統選挙での国民党敗北の責任を取らされて、国民党から追い出された
李登輝さんですが、彼のいない国民党なぞは、もう中華人民共和国迎合政党に
なってしまった感があります。
ーー李登輝さんの腹の中には、最終的には台湾は一つの国であるべきだという
信念があったのでしょう。
―― 彼の二国論発言までには、長い時間が掛かっています。
99年になって、やっと二国論を取り上げましたが、その二国論に行き着くま
でには、時々、批判されるようなことを言っています。多分これも彼の計算の
うちなのでしょう。
つまり、三歩進んで..叩かれて二歩後退する..でも一歩は進んでいる。
それでまた三歩進んで..また叩かれて二歩後退する。で、少しずつ歩んできた
結果、辞める直前に「国と国との関係」という二国論をぶち上げました。
―――― 統一が善で、分裂が悪とは限らない! ――――
同じ漢民族なのだから一緒にやったほうがうまくいくのではないか、、或いは
同じ民族が分裂しているのは不幸ではないか、、日本人の大多数は、まだこん
な「常識(?)」を持っています。ーー同じ漢民族(?)・・・・これはそうでも
あるかもしれないが、そうでもないかもしれないという曖昧な定義です。
中国大陸そのものが、漢民族が支配した時代もあるが、蒙古族によって支配さ
れた時期もあるし、満州族が支配した時もあれば、チベット族によって支配さ
れた時代もあるわけです。
漢民族というものは、決して生物学的な分類ではなく、中華思想が生み出した
一つの文化概念だと思います。仮に生物的分類が同じであっても、そんなこと
をいえば、同じアングロサクソンのイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラ
リア、ニュージランドも、分裂の悲劇を克服して統一するべきである、という
滑稽な話になってしまいます。
ーー日本のような分離分割されたことのない国民が、とにかく統一は善だとア
・プリオリに思っているのは問題です。
またもや、
「hazukiさん」への答復があらぬ方向に飛んで、長くなっていましました。
ーー日本人の、台湾理解啓発の一助になれば幸いです。
└──────────
┌──────────「気分は情報無限さん」
なんと言い表したら良いのか分かりませんが、微妙に違和感を覚えてしまいま
す。
現実問題として韓国の反日感情は論外ですが、台湾やアセアン各国が親日的な
のは、大陸中国の軍事的脅威に対抗する為であり、逆に北京政府が、なにかと
日本に言い掛かりを付けてくるのは経済援助が欲しいのもありますが、日本国
とロシアが万が一にも軍事同盟関係にならないようにする為です。
それに、同じ日本人でも偏向した報道及び教育を続ける人間や組織は、本人に
その自覚が無くても、外国からの工作員と考えられるでしょう。
私自身は勉強不足なので詳しい事を具体的に例示できませんが、そもそも中国
は、紀元前から陰謀と暗殺の国です。
歴史的に見ても、自国の首都を攻略された国は必ず報復戦争を行っています。
その理非曲直は別にして、日中戦争で日本軍は国民党政府の首都南京を攻略し
ており、それ故に「南京大虐殺」は事実の如何に関わらず戦後の新生中国団結
の為にも政治的に必要な事件でした。
日本に自虐史観を直接植え付けたのはアメリカの工作機関かも知れませんが、
今の中国北京政府が全く無関係だったとも思えません。少なくとも情報だけは
把握していた筈です。だから日中の国交回復以前から、日本社会の転覆を狙っ
て大勢のスパイが送り込まれていたのでは?
個人的に「女子十二楽坊」が好きでCDも持ってはいますが、彼女達もある種
の政治的な工作員といえるでしょう。
何やら荒唐無稽な「陰謀史観」を語ってしまいましたが、最近の若者の中には
こんな考え方をする人間もいる....という事を知って頂きたいと思い投稿しま
した。
└──────────
▼
┌──────────「gosakuさんから」
気分は情報無限さん、いつも若者の視点からのコメント大変参考になります。
「何やら荒唐無稽な“陰謀史観”を語ってしまい」には、チョット賛同いたし
かねる点もありましたが、現代若者の考えかたの一端を垣間見る思いでハッと
しました。
日本は、言論の自由が保証されていて、どんなことを主張しても自由ですが、
最近まで戒厳令下であった台湾では、そんなことを言えば即逮捕、国家反逆罪
で懲役でした。ーーそんな共産主義の隣国が今でもあるような気がしますね!
岡崎渓子先生の「シベリア決死行」は、彼女のHPで拝見しています。彼女の
情熱には頭が下がります。私なんかは、とても出版するほどの筆力も情熱もあ
りませんが、できる限り戦後歴史の真実を探求して次の世代へ伝えていきたい
と思っています。――お気づきの点はチェックしてお知らせ下さい。
└──────────
記事のページに戻る┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|