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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 封じられた正論(2) ―――――――――――――― 2004/03/26

藤尾文部大臣=中曽根内閣)の問題発言[文句をいっているヤツは、世界史の
中でそいうこと=侵略戦争)をやったことはないのか」はマスコミの一斉攻撃
を受け辞任に追い込まれていますが、実は藤尾氏が辞任に追い込まれた直接的
なキッカケは問題発言そのものでなく、このときの「文芸春秋」の記事が元に
なっているのです。

今これを読み返してみると、まるっきりマトモなことを書いているのです。

これだけ真っ当な見識を示しながら、なぜ大臣辞任しなければならなかったの
か解せません。ーーこのことは、日本のジャ−ナリズムがいかにイビツなもの
であるかということを如実に示しています。

もちろん人間の言うことなので、百パーセント誤まりがないとはいえませんが
少なくとも侵略戦争に関する件は極々常識的なことを言っています。

―― その部分を短くかいつまんで言えば、

要するにニュールンベルグ裁判、及び東京裁判以前には、戦争におけるなんら
かの行為を違法とする考え方は国際法(法曹界)にはなかったということです。

ところがニュールンベルグ裁判、東京裁判において、いきなり侵略戦争違法論
が出現しました。要するにこれは事後立法=ある人の行為が行われた後にその
人の行為を罪とするための法律をつくること)であるということです。
――これは正しくその通りなのです。

「侵略戦争と防衛戦争の区別をしてはならない」

ということを強調した「戦争違法論」を世界で初めて提唱したのは、シカゴの
一弁護士、ソルモン・レービィンソンです。この論は1920年、国際世論に
大きな影響を与え、後の不戦条約成立の引き金にもなりました。

ただし侵略戦争と防衛戦争の区別をすることは、実際問題として非常に難しく
どこの国だって戦争を始めるときは、それが正当防衛であることを主張するの
ですから、今から侵略しますよ、なんていうことをワザワザ言うはずはありま
せん。
ーーしかし先に手をだしたほうが侵略者に決まっているじゃないか、という人
もいるかもしれないが、それもやはり疑問なのです。

なぜなら、状況の不利な国が防衛のためにやむを得ず先手を打って攻勢に出る
ことは大いにあり得ることです。例えば現在会談が進行している北朝鮮核問題
での最悪のシナリオを考えてみれば、、

6ヵ国会議が決裂し、国連で経済制裁が決議され経済封鎖が行われ、在日朝鮮
人の送金が停止される。そういう状態で、このままジッとしていれば、北朝鮮
は破滅するだけです。ーーとなれば「窮鼠猫をかむ」で、いきなり韓国や日本
に攻め入ることだってあり得る。

このような場合、北朝鮮を一方的に侵略国であるとは決め付けにくい事は明ら
かでしょう。

戦争に至るまでの経緯やその歴史的背景というものは、いつも、たいへん複雑
です。ノーテンキな進歩的文化人が好む「侵略国悪玉。被侵略国善玉論」で片
がつくほど国際問題は単純ではないと思います。

再度私見を言わせてもらうならば、東京裁判は幾度も申している通り、メチャ
クチャな裁判です。ところが日本人にとって=全世界にとって)侵略戦争の罪
というものが問われたのはこの時の国際軍事裁判においてが初めてだったので
マジメに戦争責任を考えようとすれば、どうしてもその原点に立ち返る意味で
東京裁判に立ち返らざるをえない。

―― ここに日本の戦後処理における深刻なジレンマがあるのです。

よくアホなジャーナリストが「日本はA級戦犯を首相にするような国だ、未だ
戦争責任に対する考え方が曖昧だ」などと偉そうに言っているが、「戦争責任
に対する考え方が曖昧」なのは自分たちのほうなのです。

私自身は「A級戦犯」などというコトバになんの意義も認めませんが、それで
も多少でも意義があるというのなら、東京裁判の正当性をキチンとした論理で
説明してもらいたいものです。

それができないうちは、仮にこの後も閣僚の問題発言が続いたとしても、それ
は構造的に解決不能なものになってしまいます。かくして、閣僚が問題発言し
て、内外のマスコミが叩いて、問題発言した閣僚が辞任して、また別の閣僚が
問題発言して・・・という堂々めぐりが繰り返される。

―― このような堂々巡りを終わらせる方法は一つしかありません。

それは東京裁判が、それ以前の国際法曹常識から著しく逸脱したものであった
ことを国際世論に認めさせることです。

そしてもう一度、第二次大戦以前の国際法の下で、裁判をやり直すことです。

たぶんその時は殆どの戦犯が有罪取り消しになるでしょう。
----といっても、彼らが死んでしまった後では遅いかもしれませんけれど----

しかし何れにせよ現実的には、かつての連合国が、国際舞台のマジョリティを
依然として握っている以上、それはまったく不可能なことであります。
だから日本側としては、なるべく東京裁判の結果を無視するしかない。

―― 例えばかつてのA級戦犯を首相にするなんてのはいい方法でしょう。

しかしながら、国際法上の解釈がどうあれ、日本が中国に侵攻し、中国人民を
多く殺した事は厳然たる歴史的な事実ではないか..と言われるかもしれない。
だが、国際社会においては「歴史的事実」などというものは、ゴリ押し的解釈
によってどうにでも変るものです。

たとえば、中国のチベット侵略にしても、中国が「あれは侵略ではない、あそ
こは元から中国だ」と言い張っていれば、いつの間にかそっちのほうが"事実"
になってしまう。

核実験を続けようが、ベトナムの領海を侵犯しようが、図々しく正当化してい
れば、いつの間にか国際世論のほうが黙ってしまう。そのくせ自分が他国から
被った被害だけはいつまでも「忘れない」というワケであります。
ーーそれをネタにいつまでも相手をユスリ続ける。

―― このように、あくまで図々しくやる事が肝心なのです。

中国やアメリカは、そのへんの国際社会の「常識」を実によく心得ています。
だから相手に不利なことをなるべく宣伝し、自分に不利な事は知らぬ顔を決め
込む。ーー自分のやることは何が何でも(原爆投下さえも)正当化する。

そうする事によって、自分たちに都合のよい「歴史」を作っていくのです。

たしかに、個人的には中国やアメリカのような、そこまで図々しいのはイヤだ
という人は多いでしょう。ーー日本の世間的常識では、チョット受け入れ難い
感覚です。
しかし「日本の常識は世界の非常識」といわれるように、日本人の常識と国際
社会での常識はかなり異なります。

総理大臣が金をバラ撒きながらひたすらヘコヘコしても、それを立派な態度だ
と誉めてくれる国なんかありません。マレーシアの首相なんかは「日本がこの
ように謝ってばかりいるのは理解できない」と言いましたけれど、これぐらい
の評価がせいぜいというものでしょう。

自分に不利な「歴史的事実」ばかりを目一杯拡大してヘコヘコしても、これ幸
いとばかりに一方的にムシラレルだけの話でありましょう。

「謙虚に反省すれば分かってもらえる」などといナイーブな感覚は、日本国内
でのみ通用することで、海千山千の国際社会ではある程度図々しく自己の正当
性を主張しなければ、なかなかやっていけません。

ーー少なくともこれが、確かな国際常識なのではないでしょうか。

                          =この稿つづく=
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┃┃ 読後感アンケート結果。
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◇ このとおりだと思う --------------------------------- 52人  (79%)
◇ そうではないと思う ---------------------------------  9人  (14%)
◇ どちらともいえない ---------------------------------  3人  ( 5%)
◇ よく分からない -------------------------------------  2人  ( 3%)

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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「lonsome car-boyさん」

戦勝国による復讐劇「東京裁判」での戦犯は、サンフランシスコ条約の後国際
社会で名誉回復され又日本の国会でも全会一致で「公死」となったと何かで読
んだような気がします。

もしそうであれば、実際には法的にA級戦犯など存在しないのではないでしょ
うか?

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

日本を侵略国と断じた東京裁判の有罪判決で、それまで築き上げられた日本の
伝統文化は悉く(ことごとく)否定されました。日本の歴史は歪められ、大東亜
戦争をめぐる真実は封印されました。以後、日本人はある種の罪悪感を植え付
けられ、多くの日本人が日本の歴史や伝統や伝統文化を東京裁判史観に基づき
否定的に眺めるようになりました。

自身が気づいているかどうかは別にして、今多くの日本人たちが自虐史観に苛
まれ、日本民族としての誇りや思想を失い、日本人としてのアイデンティティ
を喪失しています。

東京裁判の判事11ヶ国11人の内で、ただ一人の法律家であった国際法学者
パール博士は
「戦勝国が敗戦国の指導者たちを捕らえて、自分たちに対して戦争をしたこと
は犯罪であると称して彼らを断罪するのは、歴史の針を数世紀も逆戻りさせる
非文明的行為である」
と宣言しました。

仮に東京裁判が、名目どおり「平和に対する罪」を裁く裁判だとしたら、世界
中のいかなる国に対しても公正に国際法が適用されて然るべきです。裁く者が
戦勝国民で、裁かれる者は戦敗国民などということがあってはならないはずで
す。戦争は勝った者が正しく、負けた者が正しくないなどという理屈は、例え
天地がひっくり返ろうとも、ありえない理屈だからです。

東京裁判から4年後に始まった朝鮮戦争の時、再び日本を訪れたパール博士は

「この度の極東国際軍事裁判の最大の犠牲は”法の真理”である。例えば今、
朝鮮戦線で細菌戦がやかましい問題になり、中国はこれを提訴している。しか
し、東京裁判において法の真理を蹂躙してしまったために中立裁判は開けず、
国際法違反である細菌戦ひとつ裁くことができないではないか。
捕虜送還問題しかり、戦犯釈放問題しかりである。幾十万人の人権と生命に関
る重大問題が、国際法の正義と真理に則って裁くことができないとはどうした
ことか」

「戦争が犯罪であるというのなら、今朝鮮で戦っている将軍をはじめ、トルー
マン、スターリン、李承晩、金日成、毛沢東にいたるまで、戦争犯罪人として
裁くべきである。戦争が犯罪でないというなら、なぜ日本とドイツの指導者の
みを裁いたのか。勝ったが故に正義で、負けたが故に罪悪というなら、もはや
そこには正義も法律も真理もない。力による暴力の優劣だけがすべてを決定す
る社会に、信頼や平和などあろう筈がない。我々はなによりもまず、この失わ
れた”法の真理”を奪い返さなくてはならない」

博士はこの時、東京裁判で“法の真理”を踏みにじったために、今後も戦争は
絶えることがないだろうという不気味な予言を残しています。

└──────────
┌──────────「爺さん」

Gosakuさんのお話は、勉強をされての上ですので説得力があり、いつも敬服し
ています。

 OJIN さんのマガジンで知りえたことは、「すみません」と言葉に出して自分
の非を認めるのは世界中で日本人だけとのこと。われわれ日本人の文化の先輩
である中国人や韓国人も我々同様言葉や態度で自分の非を認めるものと思って
いましたのに。

我が国民の多くは、これを知らないのではないでしょうか。

だから自虐し謝る事で、世界の人が美徳として認めてくれると信じているので
はないでしょうか。
逆に世界の人はこの習性?を知らないから、何故そんなに謝るの?と思ってい
るでしょう。

そして、そんなに謝りたいのならもっと気の済むまで謝れ・弁償しろと呆れて
いるかもしれない。心無いマスコミは格好のネタになり、週刊誌は売り上げ増
に利用しているのではないでしょうか。

世界古代史では、紀元前より戦いの勝者は敗者を全員殺戮、若い男女は片目を
つぶされ、耳や鼻を切られ、奴隷として売り飛ばすのが当たり前となっていた
とか。
それからすると、敗戦国日本を、問題の多い「東京裁判」ぐらいで済ませてい
る事などは、勝者としては物足りないぐらいにしか思っていないのでしょう。

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

僕の知り合いの奥さんで、殆ど一日中「すみません!スミマセン!」と言って
いる人がいます。

女性の多くは、口癖のように「ゴメンナサイ!スミマセン」を連発します。
なぜ謝るのか理解に苦しむ時もありますが、当人にしてみれば、たとえ自分が
悪くなくても「ひとまず謝っておけば」諍いの元になることはあるまい、とい
う計算があるのでしょう。

しかし、これが国際間の問題になると、ことは複雑になります。慰安婦問題に
しろ強制連行問題にしろ、「事態沈静化のために」ひとまず謝っておけ、では
ことは納まりません。
謝った以上、当然賠償金が出るものと相手は思いますから。
日本人同士の「ゴメンナサイ」とは言葉の意味が違います。

└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」

gosakuさん、こんにちは。

特に今回の記事は「この通りだろう」と思いました。
台湾の総統選挙がニュースになっていましたね。

台湾が日本の植民地になる時、当時の中国支配政権は「あの島は人間の住む所
ではない」と言っていたのに、今は「中国固有の領土。台湾は1つの省。」と
主張しています。
ーーーやはり、ずうずうしくなければ国交は出来ないのでしょうね。

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」

「ミカの赤い服さん」のおっしゃる通り、お人好しの日本人ではこの国際社会
の荒波を泳ぎきれるのか?
ずうずうしいのが決してよいとは言いませんが、自己の言い分はキチンと主張
すべきです。

台湾問題も研究したい議題の一つですね。

反日的な空気がまだ強く残っている朝鮮(韓国)(=反日教育の結果)に対して、
例外はあるでしょうが、私の知る限り親日的な台湾人が非常に多い台湾に親し
みを感じている日本人は多いのではないでしょうか。

かつて台湾は、オランダやスペインの植民地統治を経、続いて支配者となった
中国大陸の清朝からも「化外の地」として疎んじられ、長年放置されてきた島
でした。大陸政権が今更、経済発展著しいからと合併を呼びかけても、素直に
「はい」というワケにはいかないこれまでの経緯があります。

└──────────
 
┌──────────「Why さん」

ミカの赤い服さんのコメント:
「台湾が日本の植民地になる時、中国大陸は「あの島は人間の住む場所ではな
い」と言っていたのに…」

そんなことは誰が言ってたんですか?こんな下手な嘘を作らないでほしい!!
基本の史実は知ってます?

1−今の「台湾人」は、ごく一握りの「原住民(高山族等)」を除き、すべては
 大陸から「人間が住めると思われるあの島」に渡って行った漢民族です。
 500年前にも遡れる。

2−鄭成功という歴史人物はご存知?
 彼は1882年にオランダの植民地者を追い出し、台湾を中国に復帰させた
 中国の「民族英雄」です。
 当時台湾は中国の1つの省ばかりか、明王朝の皇室が権力を存続させた
 「臨時首都」でもあったのです。

└──────────
 
┌──────────「ミカの赤い服さんから」

Why さんのコメントについて、反駁させていただきます。

参考資料として、
マイクロソフト社の『エンカルタ総合大百科2003』を使いました。

(1)私が書いた下記のコメントは、日清戦争の後、日本と『下関条約』を結ん
  だ『清国』の台湾に対する見方です。
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
  私のコメント:
  「台湾が日本の植民地になる時、中国大陸は
  『あの島は人間の住む場所ではない』と言っていたのに…」
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
正確には、『化外の地』という表現だったらしいですね。
そして1895年の『下関条約』により、台湾は『清国』から日本に、正式に
割譲されました。

ですから、Why さんの「こんな下手な嘘を作らないでほしい!!」
というご意見は、的を得ていません。

(2)『鄭成功』という人は、江戸時代の浄瑠璃(じょうるり)「国性翁合戦」の
  主人公として日本でも人気のあった人です。
  ……日本では、小説にする時「国妙翁」から「国性翁」に、近松門左衛門
  さんが直されました。

  1624年からオランダに占領されていた台湾を攻め、1661年にオラ
  ンダを追い出した後、大陸の『清国』と戦いながら『明国』の再興を図っ
  た人ですが、1662年に病死しています。
  その後の台湾は、22年間『鄭』氏に統治された後、1683年『清国』
  に降伏しました。
 (そして、1895年に日本の植民地になりました。)
   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Why さんは、
「彼は1882年にオランダの植民地者を追い出し、台湾を中国に復帰させた
中国の『民族英雄』です」と書かれていましたが、正確には1661年です。

└──────────
 
┌──────────「Why さん」―――――――――――― 2004/04/09

ミカの赤い服さんの反論には著しい誤りがありますので、ご指摘させていただ
きます。

1.鄭成功の件で私が書いた年代は「1662年」なのに、ミカの赤い服さん
はなぜか「1882年」に直し、更にそれを使って私を批判したの、一体どう
いうことでしょうか?
改竄(?)までやるのはとても理解できないもので、「抗議」しか言えないです
よ!――証拠(原始コメント)
http://clickanketo.com/cgi-bin/cb.cgi?q0001995676
┌--------
│スミマセン。これは OJIN が校正の際に打ち間違えました。← OJIN
└--------

また、ミカの赤い服さんの最初のコメントは「台湾が日本の植民地になる時、
中国大陸は…」だったのに、メルマガにて「…当時の中国支配政権は」に修正
されました。このように「情報操作」を行うと、議論の土台が失ってしまうの
ではないでしょうか?コメントの経緯もわけわからなくなりますし。

2.ミカの赤い服さんの上述したご発言の主張(結論)は、正しくないか誤解を
生じてると思います。
例えば「下関条約」は中日甲午海戦で中国が完敗した結果として「割地賠款」
までやられた「産物」なので、決して「台湾が化外の地だから、喜んで日本に
譲る」ということではなかったです。

また、李鴻章とか当時の政治家はそんな発言をしたかもしれないが、自分と清
王室の地位を維持するための「その時の個人見解」に過ぎなく、決した「中国
大陸」がそう思っていたわけではありません。
----ずっと前の紀元1683年にも、清の康煕皇帝は軍事と交渉の両面の工夫
で、台湾の国姓爺(鄭成功)の孫と合意を達し、中国の「和平統一」の大業を遂
げたのです。

└──────────
 
┌──────────「ミカの赤い服さんから」―――――― 2004/04/09

Why さん、こんにちは。
慣れない外国語でコメントして頂き、ありがとうございます。
では、上から順に反駁させていただきます。

1−1「1662年」と「1882年」のこと:
結論:ちょっとした行き違いで、問題ではありませんですね。
説明: OJIN さんが校正された際の誤植、ということです。決して改ざんした
   わけではありません。ですからお互いに問題にする必要はないですね?

1−2 Why さんのおっしゃる「情報操作」について:
結論:どこが「情報操作」ですか?
説明:「台湾が日本の植民地になる時、中国大陸は…」という言葉が何を指す
   かを、貴方は問題にされています。もちろん「中国大陸」が『土地』を
   指す意味ではありません。話したり、意思表示することができないから
   です。ですから、当然、ここでは意思表示できる主体を指しています。
   当時「中国大陸」にあって外国に意思表示できるものは、当時の中国支
   配政権に当たる『清国』です。

2−1 台湾が「化外の地」と中国大陸が思っていたか、どうかについて:
結論:文化が違う未開人の住む、ひどい風土病がある島、と思っていたから
   「化外の地」だったのでしょう。
説明:どうして漢民族が1661年まで、台湾に住まなかったのでしょう?
   次の事を考えてみてください。
 (1)台湾海峡は、深さ100メートル、幅は130〜200キロメートルぐ
   らいらいしかない。=船さえあれば、簡単に渡れる。
 (2)1624年にオランダが占領するまで、中国大陸のいずれの政権も台湾
   を領土と認めていなかった。
 (3)1624年にオランダが占領するまで、いわゆる漢民族は台湾に住んで
   いなかった。住んでいたのは、オセアニア系の一派である高砂族の人た
   ちだった。彼らは、風習も言語も、漢民族とは全く異なっていた。
 (4)いわゆる漢民族には「中華思想」が伝統的にある。―基本的に「世界」
   は自分達の住む中国だけ。自分達と異なる文化を持つ外国人は、次のよ
   うに呼び、場合によっては人間ではなく動物と考えていた。
 ・「北荻(ほくてき)」北方の遊牧民族
 ・「南蛮(なんばん)」インドシナ半島の民族
 ・「東夷(とうい)」日本のこと(朝鮮半島は不明)
 ・「西戎(せいじゅう)」チベットやトルコ系の民族
※「自分達の民族は特別」という思想は、どこの民族でもみられるが、漢民族
 の「中華思想」は古代から近代まで続き、特に有名です。
 (5)1661年に『明』国政府が台湾に渡ったのは、新興勢力『清』国に逐
   われたからだった。……決して自ら進んで渡ったのではないでしょう。
   1945年以降、中国大陸から渡って来た『外省人』も共産党政権に逐
   われて来たのと同様でしょう。
 (6)『清』国政府が、積極的に台湾統治を始めたのは「台湾省」を設置した
   1885年以降である。
 (7)日本が台湾を植民地支配し始めた1895年から、多数の日本人が台湾
   へ入植した。しかし、現地に住む人々の反乱だけでなく、風土病に苦し
   められた。

―― 以上の参考資料は以下の通り。
  百科辞典: マイクロソフト「エンカルタ総合大百科2003」
  国語辞典: システムソフト「広辞苑第5版」

2−2 清国の政治家の発言について:
結論:一国を代表する者が外国に対して発言した内容ならば、外国からはその
   国の意思表示と看為されます。
説明:例えば会社でも国でも、組織の代表者が対外的に発言した内容は、その
   組織の意思と看為します。これは常識ではないでしょうか?

もしもこの件について、これ以上の反論をなさるのならば、国際的に通用する
ような文献名などを明示した上でお願いします。この反駁のためだけに、私は
90分間、調査と作文に要しました。
ーーこれが業務内でしたら、実費請求したいところです。

└──────────
 
┌──────────「Why さん」―――――――――――― 2004/04/23

ミカの赤い服さんのコメントはますます的を外れていると思いますから、反論
せざるをえません。

1.総論の面から

貴方が言っている「国際的に通用する文献」に基づいて議論することは大賛成
です。しかし、そもそも貴方が重宝にしている、現代にて翻訳・編纂されてい
る日本語の書籍は「国際通用」なものだとお考えでしょうか?
あまりにも独善的、ローカルな考え方ですね…

なにしろ、今回の件は中国の歴史に関する議論なので、敢えて厳しく言わせて
もらうと、当時=元、明、清朝の時代)の文献記録=後世に情報加工がされて
いない原始ドキュメント)を引用しなければ、偉く喋る立場・権利がないと思
います。今後はこの方針で議論の展開をお願いします。

2.事実の面から

少なくとも、以下の論述は全く間違い(嘘)です。(他の項にも問題が多いが)
2)1624年にオランダが占領するまで、中国大陸のいずれの政権も台湾を
  領土と認めていなかった。
3)1624年にオランダが占領するまで、いわゆる漢民族は台湾に住んでい
  なかった。
6)清国政府が積極的に台湾統治を始めたのは「台湾省」を設置した1885
  年以降である。

こういった判断の根拠(歴史文献)の一部は次の通りです:
申しわけないですが、詳しい日本語訳はしない。
こちらの時給も高いから^O^)

------------------------------------
・紀元230年 三国時代の呉国皇帝(孫権)が大将軍衛温、諸葛直と1万人の
 兵士を台湾に派遣、"浮海求夷洲"。
――記録文献:「臨海水土異物志」(三国・廟阳太守 沈Ying 氏)

・紀元1292年、元朝政府は澎湖で行政管理機関「巡検司」を設置、大陸の
 晋江県の管轄に属す。

・康熙23年(1684年)、清政府は台湾府と、台湾、鳳山、諸羅三県を設置
 し、福建省の管轄に入った。なお、台湾と澎湖に兵士1万人ずつ派遣し日常
 管理に当たった。

・康熙皇帝本人の言葉:“台湾弃取,所関甚大。弃而不守,尤為不可”
 (《康熙起居注》二十三年正月二十一日)。 等等…
------------------------------------

3.ロジックの面から

会社でも国でも、組織の代表者はその組織の意思を代表するのは当然なことで
すが、「代表者=組織」ではないとのことはお分かりでしょうか?
例えば中国側がよくいう「抗日戦争って、日本の軍国主義が悪いが、日本人民
は戦争の被害者だ」とか、日本そのものを否定していないわけです。

同じように、日清戦争時代の「中国支配政権」と「中国大陸」と「今の中国」
とは別々のコンセプトなので、勝手に「中国が図々しい」と論結にしないでく
ださいとのことです。

論議的展開の中、主語(主体)がぐるぐる換えられるのは、本当に困ります。
もっと簡単に言うと、「Japanese」と「The Japanese」が違う ← なんでこ
こまで説明しないとならないのか?

4.今後のお願い

また不慣れの外国語で読みにくい文章を書いて申し訳ないですが、少なく本件
に限って中国の歴史に関する論争だから、ミカの赤い服さんには今後少し中国
語を勉強して、古代の原始文献を研究してからご発言をして頂きたいのです。

中国語での意思表示はもっと歓迎しますよ^O^)。

└──────────
 
┌──────────「ミカの赤い服さん」―――――――― 2004/04/23

あなたのメールを転送して頂き、拝読しました。
〜〜〜〜〜〜〜
Why さんとの話は立場が違いますので、いつまでやっても結論は出ないと思い
ます。これを最後に、Why さんからの問いかけは無視させて頂きます。
〜〜〜〜〜〜〜
なお、書かれていた内容に2つだけ応じておきます。

 私が引用している資料について:

〜私は、ごく常識的なものを使用しています〜少なくとも「エンカルタ総合大
百科」は、国際的に通用する常識が書かれた資料です。
これは、OSのウィンドウズを販売しているマイクロソフト社が、世界各国向
けに販売している百科辞典のソフトです。
ですから、国際的に通用している「常識」が書かれた資料です。

もう1つの「広辞苑」は、日本では最も権威のある国語辞典です。
日本の執筆業に従事する人は、この本で知識を確認するのに使っています。

「エンカルタ総合大百科」などの資料を調べても、台湾が中国の領土に正式
になったのは、清国が成立した前後です。それ以前の中国王朝の勢力範囲とし
て台湾が含まれているものは見たことがありません。
「元」国のことについては、資料がないのでコメントを控えます。

でも「「呉」国が台湾に兵を派遣したこと」は「当時から台湾が中国の領土」
だった証拠にはならないでしょう。
「元国が日本に兵を2回派遣したこと」は史実ですが、「当時から日本が中国
の領土」ではなかったですよね。

└──────────
 
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」――――――― 2004/04/23

どうも本旨から外れかかってきておるようなので、 OJIN めがしゃしゃり出さ
せて頂きます。

台湾についての歴史認識が誤っているとか、そんな言葉を言ったとか言わない
とかが発端になって始まった議論ですが、これをまともに論争していけば、そ
れだけで1シリーズの本ができるほどにもなってしまうでしょう。

またお互いに、論拠の確かな、そこそこ以上の知識がなければ議論として丁丁
発止とはかみ合いません。文面によりますとお二方ともお忙しいようで、時間
をかけて調べたり、まとまった文章にする時間を確保するのが困難なご様子。

しかし、中途半端なものを延々と掲載し続けるのでは、他の読者には煩わしい
印象を与えるだけになってしまい、当誌としても困る事態....。

ミカの赤い服さんはメルアドが分かっておりますので、当該趣旨につきご理解
を頂きました。Why さんにも、該事情にご理解を願えますよう、よろしくお願
い申し上げます。

――なお、台湾の歴史認識につき、一般の読者にも読み応えのあるレポートを
頂けるようでしたら、何れの立場、どなたを問わず大歓迎いたします!

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
↓
僕が今まで書いてきました“私見・・云々・・”は、満州回顧録以外はすべて
直接見たり体験したものではありません。多くの文献をもとに“独断の私見?
偏見?を申し述べてきたものです。また文献から引用した文もあります。

これによって利益を得るものではありませんので、著作権の問題などは出ない
とは思いますが、一応、いま手元にある参考文献を記しておきます。

・靖国公式参拝の総括(板垣正)
・教科書が教えない歴史1〜〜5巻(藤岡信勝)
・捏造された日本史(黄文雄)
・ぼくらの侵略戦争(宮崎哲弥)
・封印の昭和史(小室直樹、渡部昇一)
・目からうろこの太平洋戦争(河合敦)
・かくて昭和史は蘇る(渡部昇一)
・現代史の争点(秦郁彦)
・日本の失敗(松本健一)
・おじいさん戦争のこと教えて(中条高徳)
・「諸君」2003年5月〜〜12月号

他にも図書館で借りてきたものが多くありますが、もう返しましたので手元に
はありません。

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
自虐史観の枷を解くの目次に戻ります







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