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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
☆ 私見:失われた昭和史の再現を ――――――――― 2004/02/27

戦後60年近い年月が経ち、あの戦争の時代はおろか、戦後の廃墟の頃につい
てすら全く知らない世代が大半を占めつつあります。

そして彼らが、日本の歴史について知る唯一のものが、敗戦後の連合国の視点
から、或いはソ連ないし新中国という“正義の視点”から歴史と人間とを断裁
する「日本現代史」を元にした教科書であるとすればこれは恐るべ事態です。

―― 日本の歴史についての研究は、海外でも非常に進みつつあります。

とりわけアメリカの日本歴史研究者の業績は、近年、目を洗われるものがあり
ます。第二次大戦前後の時期については、その視野は広く公正で啓発されると
ころが多いのですが、ひとつの通史として叙述するまでには成熟していないよ
うです。

翻って日本の歴史学者、そしてその筆になる通史に目を通すと事情は最悪とさ
えいえます。

私はこれまで刊行された日本の現代史に関する書物の熱心な読者ですが、どう
いうわけかそれは、世界の中で日本及び日本人だけが悪かった、、、、という
読後感を読者に抱かせるように書かれています。

どういうわけか??いや、その理由は明らかです。連合国は武力によって日本
を打ち負かした後、更に日本人の“精神的武装”を打ち壊すことに努め、そし
て見事に成功したからです。

いわゆる戦争裁判、とりわけ「極東国際軍事裁判」とその報道とは、日本人の
誇りを打ちのめすには充分でありました。あの戦争は日本の軍閥とその支持者
たちの共同謀議によって着々と進められとものとされ、連合国側のいっさいの
過誤や罪は問われる事がありませんでした。

そして最も不幸なことは、この「極東国際軍事裁判史観」とでもいうべきもの
を、日本のいわゆる進歩的な歴史学者、社会学者の多くが、双手を挙げて迎え
容れた....という事実です。

更にこの「史観」に唯物史観....というより、社会主義は正義であり、無謬で
あり、故に常に勝利する....という“思想”が輪をかけました。
事実中国大陸においては、当時、紅軍が駸々と勝利を収めつつありました。

日本人はこのような「勝てば官軍」思想には実に脆いのです。
昨日の源氏の白旗は、忽ち今日の平家の赤旗にとって代わられる。

だから、たとえば朝鮮戦争が始まったとき、世界は共産軍の侵攻を知っていた
が、この国ではそれを言い出す者は「非国民」扱いにされました。

また日本が占領下を脱し、再び国際社会に復帰するに当たって、「全面講和=
ソ連も含む講和)の思想に与しない者は軍国主義者であるかのような議論がこ
の国を風靡していました。

その結果として、日本の通史をひもとくと戦後においてさえ日本政府=権力)
の政治的選択は常に誤りで「逆コース」「復古調」「右傾化」として指弾され
続けてきました。

そして「全面講和論」に始まって「基地反対闘争」「勤務闘争」「安保闘争」
と“良心的な”文化人と、弾圧されても屈しない“英雄的な”人民の物語ーー
その描写は、戦前や徳川時代とどこが変わったのかと目を疑わせるほどです。
ーーどこまでも続く、、、。

これらの“思想”や運動の全てが無駄だったとは思ってはいませんし、それら
の教訓が政治に組み入れられた結果が今日まで日本の平和や繁栄の一部を支え
てきた事実を否定するものではありません。
しかし、それのみが日本の歴史であったとするのは、大きな危険を伴うもので
はないでしょうか。

いっぽう、僕自身に即していえば、“私はあの時代を生きてきた”といった、
戦争中から戦後の「暴風と怒涛」を思えば“私はあの時代とともに寝た”と言
い換えることがもできます。
ーーつまり私は、あの時代の良さも醜さも見てきました。

―― 戦いの日々と、そして

国敗れ占領された山河の哀しみも、多くの心ある日本人と共にしてきました。

私が今まで連載させて頂いた一連の「満州回顧録」から、「自虐史観の枷を解
く」は、これらの「現代史」に対して私自身の現代史でもあります。

身近の団塊の世代といわれる方々に、この「自虐史観の枷を解く」を読んでも
らった結果「ここに書かれている事は、自分たちが習った歴史とは、ずいぶん
違っている。・・・しかし、どうもこちらのほうが真実に近いように感じる」
といってもらえたことが、ずいぶんと励みになりました。

これからも体力の続く限り、又「熱線アジアの街角から」に掲載させて頂ける
限り、“捏造された近現代日本史”の見直しと矯正に努めていきたいと思って
います。

従来の日本史に疑問を抱いている方があるならば、一度目を通して頂きたい。

とりわけ若い世代には、自分たちの父や母が試練の時代に生き、そして死んで
いった足跡を感じ、考えてほしい。

ーーと、不遜ながらも願う次第でございます。

                          =この稿つづく=
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┃┃ 読後感アンケート結果。
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◇ このとおりだと思う --------------------------------- 52人  (84%)
◇ そうではないと思う ---------------------------------  8人  (13%)
◇ どちらともいえない ---------------------------------  1人  ( 2%)
◇ よく分からない -------------------------------------  1人  ( 2%)

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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「気分は情報無限さん」

日本人全体の不作為と怠慢は否定できないでしょう。連合国の洗脳政策だけが
原因とは思えません。
やはりアジア特有の「事大主義」や「自大主義」に基づく被害妄想的な甘えの
構造も無視できないのでは・・・・・

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」――――――――― 2004/03/12

事大主義は現在も続いています。

国益のためとはいいながらアメリカに追従し、全く大義のないことは誰もがも
うよく分かっているイラク戦争に兵を送り、莫大な血税を出して復興費に充て
ています。これが正しい戦争である幻想にしがみついているのは日本の指導者
だけではないようです。

いま思い出すのは、大東亜戦争は昭和18年の暮れ頃、この戦局は絶望的であ
り、敗戦に終わるのではないかと指導者たちが疑っていたであろうと思われる
フシがあります。しかし、敗戦などあろう筈はない、神国日本は必ず勝てると
の自己欺瞞から発案されたのが「神風特攻隊」などの作戦です。

そしてこのような自己欺瞞幻想によって終戦を遅らせ、むざむざ何十万という
日本人の命を失わせました。
イラク情勢はますます悪化し、そのような幻想から覚めねばならぬ日も近いの
ではと感じさせられます。

└──────────
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┃┃ お便りで頂きましたご意見・感想。
┗━┛
――この方は中国籍の方です。

┌──────────「十八子松戸さん」―――――――― 2004/02/27

まるで政治討論番組になってきた感のあるこのマガジンですね。
私もひと言を言いたくなりました。

1.戦争の真相は、両方からの言い分を聞かなければなりません。

2.自分の国土を離れて他国で戦うのは間違っています。このこと自体が侵略
  行為であると言わざるをえません。
  負けただから侵略だと、単純にに決めつけるのは良くありません。

3.この理論からすれば、もしこの戦争に日本が勝っていたとしても侵略行為
  であることに変りはありません。(日清戦争は勿論、日露、日独も)

4.侵略行為に対する反省しなければなりません。どういう原因でこの戦争が
  起こったかは日本国内、自分自身での責任追及すべき問題です。

5.他国への加害は認めなければなりません。

6.この部分がスッキリしていません。

7.ですから60年間もダラダラして、完全処理ができなくなったわけです。

8.想像ですから正しいかどうかはわかりませんが、日本はまだ侵略行為だを
  認識していなく、アジアに負けたのではなく米国に負けただけ....だから
  米国に「臣服」する一方、アジアには具体的な全面的な謝罪をしたくない
  のではないでしょうか?

9.靖国神社参拝のそのものよりも、日本の侵略行為不認識に対する批判なの
  ではありませんか?

10.内政干渉といわれますが、この「第9条」をもう一度考えてほしい。

└──────────
 
┌──────────「たろおじさん」――――――――― 2004/03/12

――「十八子松戸さん」へ

たいへんまじめな質問です。

現在の中国と韓国の政策的な歴史観がストレートにイメージされます。
何の疑いも無く自国の歴史教科書や指導者の教えを受けて学んでこられた優秀
な方のように感じました。
でもそれは少し間違っている部分があると思うのですよ・・・

それは、歴史を最近60年間の地域の歴史に限定して、自分に都合の良いよう
に造ると中国や韓国の主張するようになるのです。

でも、地域を広げ・時間軸を広げてみると、まるで違う光景が見えてきます。
ちょっと公平な立場においてみると、少し変だな、、という感じがしてくる。

自分や自国の利害に関係したことは、判断の目が曇りがちです。
ですから、同じようなケースの他国の、他の時代に目を転じてみる見方をされ
てみてはいかがですか?

人類発生から100万年くらいは経っているでしょうか・・・
最初に国などありません。スタートから現在の国家成立の間には、さまざまな
状態変化がありました。

例えば、ロシア。
ロシアにも国の発足と、発展・領土拡大の歴史があります。
生まれたときは小さな国でした。今は、膨大な国土を持っています。
ものすごい多民族の国です。
当然(征服されたほうからいえば)侵略戦争も一杯してきました。

次に戦争の話ですが、原則として他国に出かけて戦争をするのは全て侵略戦争
である・・・・ならば、第2次世界大戦でアメリカが、英国と連合軍を作って
ヒットラーをやっつけるために戦ったのは侵略戦争だったことになります。

中国が朝鮮戦争で北朝鮮のために国連軍と戦ったのも北朝鮮に対する侵略戦争
だったことになります。(??あれれ・・・)

└──────────
 
┌──────────「gosakuさんから」――――――――― 2004/03/12

「十八子松戸さん」鋭いですね!
┌--------
1.戦争の真相は、両方からの言い分を聞かなければなりません。
└--------
・言うまでもありません、その通りです。
┌--------
2.自分の国土を離れて他国で戦うのは間違っています。このこと自体が侵略
  行為であると言わざるをえません。
  負けただから侵略だと、単純にに決めつけるのは良くありません。
└--------
・私も以前この欄でお話した通り「自国内で戦う以外は侵略」と断定すること
はできないと思います。内乱以外、過去、自国内で戦ったことのない国は数多
くあります。現在も国外で戦争をしているアメリカもその代表的な国家の一つ
といえるでしょう。

その戦争に至る背景を考察してみる必要があるのではないでしょうか。

自国を守るためやむを得ず、放置しておけば将来侵される怖れを取り除くため
に自国以外の地で戦うことは、当然許されてよいことでしょう。
これは戦いの勝敗に関係ないことです。
┌--------
3.この理論からすれば、もしこの戦争に日本が勝っていたとしても侵略行為
  であることに変りはありません。(日清戦争は勿論、日露、日独も)
└--------
・勿論日清・日露・日独・もこれは侵略戦争ではないという認識です
┌--------
4.侵略行為に対する反省しなければなりません。どういう原因でこの戦争が
  起こったかは日本国内、自分自身での責任追及すべき問題です。
└--------
・ロシア南下政策の脅威からとはいえ、満州国の建設には全面的に日本が正し
かったなどというつもりはありません。日清・日露戦争を勝利した軍部官僚は
偏狭な横軸構想を膨らませて次第に驕り高ぶるようになり、大陸での国力拡大
方針を主張し始めました。

昭和初期には20万人以上の日本人が満州に住んでおり、その保護と関東州、
満鉄を警備するため、1万人の陸軍=関東軍が駐屯して、この頃から関東軍の
暴走がはじまったのです。蘆溝橋での日本軍と中国の軍隊との武力衝突がなぜ
起こったかには諸説があります。

日本軍は、1900年に起こった北清事変の後始末として清朝政府との間に結
んだ議定書に基づいて、イギリスやフランスと共に北京―海浜間の要所に駐留
していました。今の、日米安保条約に基づいてアメリカ軍が日本に駐留してい
るのと同じようなものでした。

そして蘆溝橋で軍事演習を行っていた。そこに中国の軍隊が発砲してきたので
日本軍が反撃した。これは蘆溝橋事件についての日本側の主張です。

一方、中国側は日本軍が先に中国の軍隊に向けて発砲、挑発したと主張してい
ます。最近の研究では、当時、追い詰められていた共産軍が国民党軍を装って
日本軍に発砲したのだという説が有力になっています。
日本軍と国民党軍を戦わせることで、国民党軍の力を削ぐのが狙いだったとい
うわけです。

当時、日本政府と軍部中央は不拡大方針をとっていました。しかし、関東軍は
これを無視し、戦線を拡大し満州全土を占領、満州国建国を宣言しました。
これは明らかに関東軍の暴走であり、侵略的行為と非難さらても仕方がありま
せん。軍部の暴走を抑え切れなかった、政府の責任も重大でしょう。
┌--------
5.他国への加害は認めなければなりません。
└--------
・他国への加害、特に多くの被害を与えた中国国内で、今でも抗日歴史観教育
が続いていることは残念ながら承知しています。
しかし、その戦争に至った背景を正しく教えているのか甚だ疑問です。

中国国内では、今の共産党一党独裁体制が出現するまでの長い間、内戦に明け
暮れし、国土のかなりの部分は既に欧米列強により虫食い状態にされていまし
た。だからといって日本軍が攻め入ってもよかったというつもりはありません
が、現共産党政権は老百姓=民衆)の鬱積した不満を国内問題から日本侵略の
所為にして国内統一を図ってきた面が強いと思います。
┌--------
6.この部分がスッキリしていません。

7.ですから60年間もダラダラして、完全処理ができなくなったわけです。

8.想像ですから正しいかどうかはわかりませんが、日本はまだ侵略行為だを
  認識していなく、アジアに負けたのではなく米国に負けただけ....だから
  米国に「臣服」する一方、アジアには具体的な全面的な謝罪をしたくない
  のではないでしょうか?
└--------
・なぜ謝罪・賠償をしないのか?

1995年6月9日、衆議院は「戦後五十年の国会決議」を可決しています。
短い決議文なので全文を紹介しておきます。

――――「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」

本院は、戦後五十年にあたり、全世界の戦没者及び戦争などによる犠牲者に対
し、追悼の誠を捧げる。また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵
略的行為に思いをいたし、わが国が過去に行ったこうした行為や他国民とくに
アジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。

我々は過去の戦争について歴史観の相違を超え歴史の教訓を謙虚に学び、平和
な国際社会を築いていかなければならない。

本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、
人類共生の未来を切り開く決意をここに表明する。右決意する。

――――

西欧は植民地体験に後ろめたさを覚えないのに、日本は後ろめたさを感じるの
か。先発帝国主義諸国はなぜ謝罪や賠償をしないのか。それでも日本程に反撥
を受けないのは何故か?

帝国主義の先発諸国がなぜ旧植民地に対して謝罪・賠償をしないのか。

それは、それらの国々が戦勝国だからです。第二次大戦の頃に広大な植民地を
有していたのは、日本を除けば、イギリス・フランス・ベルギー・オランダ・
アメリカ合衆国なのであり、これらはすべて(第二次大戦の)戦勝国です。

戦勝国以外の国、例えばかつての超大国スペインは植民地の大半を失っており
ドイツは第一次大戦の敗戦により植民地を殆んどなくしてしまっていました。

勝てば官軍、というのは世界史を貫く普遍の原理であって、思想・正義・その
た諸々の浹雑物は後からくっ付いてくるものに過ぎません。

ーー戦勝国が賠償をするなどあり得るわけがない。
――正義とは所詮、相対的なものに過ぎないのです。
┌--------
9.靖国神社参拝のそのものよりも、日本の侵略行為不認識に対する批判なの
  ではありませんか?
└--------
・アジア諸国、特に中国や韓国からの強烈な反撥の中、戦犯合祀の靖国神社に
なぜ政治家、とりわけ首相が公式参拝をするのか。
日本人のサイレント・マジョリティーが戦犯を悪とはとらえていないことによ
るものでしょう。

靖国神社は「国事殉難者」即ち、国家のために生命を捧げた公務従事者や志士
を祭っている。――A級戦犯といっても、国家の職務を遂行していて敵に裁か
れ、死刑になった人々だから国事殉難者に当たる、こういう理由で靖国神社は
合祀を行ったという認識があるからです。

たまたまA級戦犯となったのは、政府職員として、通常の職務に従事していた
人々である。職務上、判断を誤った部分があったかもしれないけれど、それは
「平和に対する罪」「人道に対する罪」というものとは違うのではないか。

猪瀬直樹氏が明らかにしているように、A級戦犯の筆頭にあげられる東条英機
が首相になったのは、戦争を回避するためでした。昭和天皇の意向を受けて、
就任から開戦までの期間、東条首相は全力を尽した。
これはいまや通説といってよいものです。日本人のA級戦犯に対する感覚は、
ドイツ国民がナチスやヒトラーに対して抱く感情とは異なっています。

学校秀才で勤勉で、組織の一員として忠実にふるまった東条英機。いってみれ
ば普通の人間です。もし彼が有罪なら、日本人はみな有罪なのではないのか。

たしかに当時の日本は戦争マシン化していました。だがそれでも、議会と普通
選挙を持つ法治国家であり、合法的で正統な政府を持ち、その元で多くの人々
が公共の職務(政務や軍務)に就いていた。――このことがもし「犯罪」である
のならば、同じ理由から戦後の日本自体も否定しなければならなくなります。

東京裁判で裁かれたこと自体が不当ではないのか。

――以上が、一方の主張です。

―― だが別の一方では次のような見方もあります。

そうであっても、東京裁判が戦後の世界秩序の出発点になっているという事実
があります。戦争マシン化した日本は中国に攻め入り、アジア一帯に災厄をも
たらした。このことの責任は戦争法規に違反した個々の軍人(B級、C級戦犯)
を処罰するだけでは追求できない。

国家の意思形成に関る指導層の責任を問わなければならない。そのため、ごく
少数のA級戦犯が罪に問われ有罪となった。これは、アジア諸国が日本を赦す
ために必要なことであり、また、まことに寛大な処置ではないだろうか。

A級戦犯となった個々人がどういう人物で、どういう行動をとったか、それは
この際本質的ではない。――彼らの地位と権限が問題です。

東京裁判は、日本が不当な戦争をしたことを立証する、唯一の公式な形なので
すから、この裁判の結果を受け入れ歴史認識を継承していくことは、国際社会
に対する日本国民の義務である。

――これがもう一方の理屈です。
┌--------
10.内政干渉といわれますが、この「第9条」をもう一度考えてほしい。
└--------
・憲法第9条は戦争放棄と非武装を謳った世界唯一の平和憲法ですが、果たし
て厳格に守られているでしょうか。

憲法は、国民が幸せになるためにどのような国にするのか、という国家経営の
見取り図です。――ところが戦後、私達日本人はこの最も基本的で最も大切な
憲法さえ持たずに国造りを行ってきました。

現行の日本国憲法は、占領軍によって1週間で書き上げられた草案を下敷きに
した“マッカサー憲法”で、日本が自主的に制定した憲法ではないからです。

マイク・マンスフィールド元駐日大使が、1999年9月8日付けの日経新聞
朝刊の「私の履歴書」で綴っています。

「戦争放棄を定めた日本国憲法第9条は、マッカーサーの直接の指示を受けて
 GHQ民政局のチャールズ・ケーディス次長を中心に作った条項で、どこか
 らどう見ても米国製だ。日本に戦争を放棄させ、安全保障を米国頼みにさせ
 たのは米国である」

ある国を侵略する場合、まず武力で制圧し、その後、法を作り変えて長期にわ
たって支配するのが常道です。現在のイラクも大体その方向に向かっているの
はご存知の通りです。日本国憲法もこうした意図を持って作られました。

平和憲法といえば聞こえはいいけれど、これは日本を植民地扱いしょうとする
露骨な意志の表れでしょう。――アメリカは憲法第9条に戦争放棄を盛り込み
これを盾にサンフランシスコ講和条約を締結するに当たり、セットで安保条約
を迫りました。
――日本に、アメリカの軍事力の傘の下で生きることを余儀なくさせ、永遠に
自立への道を封じたのです。。

└──────────
 
┌─────「ともさん」男性@三十代@自営業@その他海外 2005/07/08
┌--------
1.戦争の真相は、両方からの言い分を聞かなければなりません。
└--------
もちろんそのとうりだと思います。両方の意見、言い訳、そして今までに沢山
出回っている資料、写真の査定、調査を、当事国の主張を、第三国の歴史学者
を交えて作るべきだと思っています。
ーーーそれを行わない限り中・韓・日の主張は食い違い続けるでしょう。
┌--------
2.自分の国土を離れて他国で戦うのは間違っています。このこと自体が侵略
  行為であると言わざるをえません。負けた、だから侵略だと単純にに決め
  つけるのは良くありません。
└--------
確かに、その意見も現代では正しいかもしれません。でも、皆さんよく考えて
みてください。当時、アジア諸地域はどのような地図だったのか?
┌--------
│編集部注:一部が前後する部分はありますが、近代のアジア勢力図です。
それから、現在、一つの中国の名の下に、チベット併合や台湾に対しての外圧 など‥‥これは侵略ではないの?ーーー単純には考えられませんね。 ┌-------- 3.この理論からすれば、もしこの戦争に日本が勝っていたとしても侵略行為   であることに変りはありません。(日清戦争は勿論、日露、日独も) └-------- もちろん、アメリカ、ソ連、英国、オランダ....もですか? オーストラリアやニュージーランドは、原住民を虐殺、迫害して最終的に奴隷 として扱いました。植民地支配とは、搾取を目的とする行為であり、原住民に 人権はあったのでしょうか? 台湾・韓国・満州などは、当時発展途上であった国を、日本が国家予算以上の お金を使いインフラ整備を行った事実も他国の教科書に書くべきでしょう。 ┌-------- 4.侵略行為に対する反省しなければなりません。どういう原因でこの戦争が   起こったかは日本国内、自分自身での責任追及すべき問題です。 └-------- 当時の世界情勢は、戦争自体は外交の手段でしかなかったし、話し合いの交渉 が決裂した時に行う方法であった。 国を守るために何をすべきか?  そして、なぜ当時戦争に突入しなければならない状況にあったのか? オレンジ計画、通州事件、排日移民法、ABCD包囲網、石油輸入禁止、日韓 併合、人種差別法棄却、ハルノート…。 ーーー自国のことも忘れずに。 ┌-------- 5.他国への加害は認めなければなりません。 └-------- 全世界がこの加害を認めなければいけないでしょう。 ┌-------- 6.この部分がスッキリしていません。 7.ですから60年間もダラダラして、完全処理ができなくなったわけです。 8.想像ですから正しいかどうかはわかりませんが、日本はまだ侵略行為だを   認識していなく、アジアに負けたのではなく米国に負けただけ....だから   米国に「臣服」する一方、アジアには具体的な全面的な謝罪をしたくない   のではないでしょうか? └-------- 昔の日本は個人に対して恥を重んじる国家です。それは、同じ国民が問題を起 こして恥ずかしいと思うのはのはどこの国にもあるでしょう。しかし、日本は 他人に迷惑をかけない民主性です。 たしかに、戦争末期の日本軍の行為は問題あったと思います。ほとんどが補給 不足で餓死、伝染病などで極限状態に陥った人間がどのような行動をするか? もしあなたなら?よく考えてください。 でっち上げの証拠ばかりを使い、謝罪を求めるほうにも問題があるのでは? 戦争を行った軍人、政治家などを勝戦国が「未来に対して二度と同じ過ちを繰 り返さない為」として開いた東京裁判、そしてアジア各国で行った弁護士もい ない裁判で処刑された1068人の日本人、、、この時点で謝罪は終わったの ではないのですか?ーーこれは刑の執行ではなく集団でのイジメでしょうね。 そして東京裁判が終わった後、戦争はますます激化したように思います。韓国 の南北戦争、ベトナム戦争、東西冷戦、チベット侵攻、戦後60年間、日本は 戦争を起こしましたか? こういう諺があります。 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」 どの国が歴史に学んだのでしょうか? ーーー終戦間際に不可侵条約を破って攻めてきたソ連の罪は? 日本の固有の領土だった千島列島、北方四島はいまだに返還されないままです ね。戦争は一方だけの罪ではないでしょう。現代の知識で国同士が弁護士を立 てて徹底的に裁判をやり直したほうがいいと思います。 ┌-------- 9.靖国神社参拝のそのものよりも、日本の侵略行為不認識に対する批判なの   ではありませんか? └-------- そもそもA級戦犯とか、日本が裁判で裁かれること自体が不思議なことだった のでしょうね。当時唯一の国際法の権威、インド人のパル判事が「全員無罪」 と主張していた事実を知っていますか? ┌-------- 10.内政干渉といわれますが、この「第9条」をもう一度考えてほしい。 └-------- 現在の日本には、新しい憲法が必要だと思います。―――日本人が日本人の為 に、と、そして世界の為に作る憲法が必要だと思います。 └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ ↓ 僕が今まで書いてきました“私見・・云々・・”は、満州回顧録以外はすべて 直接見たり体験したものではありません。多くの文献をもとに“独断の私見? 偏見?を申し述べてきたものです。また文献から引用した文もあります。 これによって利益を得るものではありませんので、著作権の問題などは出ない とは思いますが、一応、いま手元にある参考文献を記しておきます。 ・靖国公式参拝の総括(板垣正) ・教科書が教えない歴史1〜〜5巻(藤岡信勝) ・捏造された日本史(黄文雄) ・ぼくらの侵略戦争(宮崎哲弥) ・封印の昭和史(小室直樹、渡部昇一) ・目からうろこの太平洋戦争(河合敦) ・かくて昭和史は蘇る(渡部昇一) ・現代史の争点(秦郁彦) ・日本の失敗(松本健一) ・おじいさん戦争のこと教えて(中条高徳) ・「諸君」2003年5月〜〜12月号 他にも図書館で借りてきたものが多くありますが、もう返しましたので手元に はありません。 ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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