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┃ 自虐史観の枷を解く ―――――――――― by gosakuさん
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☆ 私見:東京裁判の検証(2) ――――――――――― 2004/02/06
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┃●┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「くるみチャンさん」
勝者は言いたい放題、負けたものは沈黙。現代も同じ強者の我がままがあたか
も正義のようにまかり通る世の中です。
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┌──────────「gosakuさんから」
広島の平和記念公園にある原爆碑の銘文に「安らかに眠ってください。過ちは
繰り返しませんから」と記されてあります。私が奇異に感じたのは、この銘文
には主語がないことです。だれが「過ち」を犯して、だれが「繰り返しません
から」と誓っているのかわからない。
だがニュアンスとしては、「私達日本人」が「過ちを繰り返しませんから」と
誓っているように受け取れます。この銘文を書いた人も、そういう気持ちでし
たでしょう。ーーしかし、これはおかしい。
広島に原爆を投下したのはアメリカです。非戦闘員の一般市民の殺傷を狙い、
広島を全滅させようと狙った原爆投下は、明らかな国際法違反です。過ちを犯
したのはアメリカなのです。
ーー「過ちを繰り返さない」と誓うのは、アメリカでなくてはなりません。
だが、アメリカは原爆投下によって戦争が早く終結し、いっそうの被害を少な
くする事ができた、と正当化しています。「過ちを繰り返さない」と誓う気配
はありません。
――自分の過ちでないものを自分の過ちであるかのようにとらえる日本、
――正当化して過ちを認めないアメリカ。
勝った負けたの結果から物事をとらえる傾向がここに見られます。
└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」
gosakuさん、こんにちは。
毎回このような重いテーマの原稿を書かれているので、さぞやお疲れだと存じ
ます。(私だったら、1回目の途中でさじを投げます)
少なくとも東京裁判は、日本に対し公平ではなかったと私は考えています。
…昔の軍人の一部には悪人もいたんでしょうが、立派な方も多数いらっしゃっ
たのでしょうね。
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┌──────────「gosakuさんから」
ミカの赤い服さん、ご愛読 謝謝!
私がいつも感心するのは、Writ・etの皆さんの軽快なテンポのコメントです。
比較的重いテーマでも、巧みにジョークをまじえて、思わず顔がほころぶ文に
なっています。
見習たいとは思うのですが、不器用な私は重かろうが軽かろうが、このような
硬い文より書けないのです。辛抱して見てください。
歴史を見ると、勝者が敗者を好き勝手、思いのままに扱うことが古い昔にはあ
りました。それを勝利の美酒といったりしていました。しかし、近代法はこれ
を厳しく禁じています。
では東京裁判はどういう裁判なのか。戦争に勝ったというだけで勝者が敗者を
思いのままに断罪しました。それが東京裁判です。近代法の精神に根本的に反
しています。――ここに東京裁判の過ちの基本があります。
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┌──────────「曇りのち晴さん」
歴史の総括をして日本の冤罪・不名誉等を一度世界に訴えたいが、白日の下に
晒されると困る国(米英)が今の権力者、それを良い事に自分たちに都合の良い
部分を仕立て上げる「近隣諸国」(中韓)と反日共産勢力。
生きている間に正義と潔白が明かされる日がくるのか、、、
それとも子々孫々まで不名誉な冤罪を着せられたまま歴史の1ページとなって
しまうのか、、、。
└──────────
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┌──────────「gosakuさんから」
昨日の衆院決算委員会で、野党民主党の幹事長岡田克也氏の
「戦争責任を持つA級戦犯が、靖国神社に一緒に祭られているは非常に抵抗感
がある」――との質問に対して小泉首相は
「私は抵抗感を覚えていない」
岡田氏「中国や韓国は参拝そのものでなく、A級戦犯が合祀されていることを
問題にしている」
首相:「日本には死者にまで鞭打つ感情はない。中国には中国の立場がある。
韓国には韓国の立場がある。戦没者に対する哀悼の誠をささげるというのは、
人間としての自然な感情だ。よその国から“ああしなさい、こうしなさい”と
言われて今までの気持ちを変える意思はまったくない」――と述べています。
戦後六十年に近くなりますが、今なお日本を支配している空気があります。
それは、過去の日本が途轍もない悪の国家で、侵略と植民地支配とアジア人民
の殺戮を恣にした犯罪国であるとする断定です。平成7年8月15日に公表さ
れた村山首相の謝罪談話は、そのとおりの内容でした。
しかもこの謝罪談話を、その後の自民党政権は公認し継承しているのです。
だから、そのような悪の前科者国家が、憲法を改正したり、国防を考えたり、
教育を改革することは、すぐ軍国主義の復活、戦争肯定、過去の危険が戻る、
など反対や非難がおこるのです。
非難の声をあげる社共やマスコミに追随する勢力は大体決まっています。中共
も加えられます。問題は、それで政府も国民も、つまり日本全体が金縛りにな
り動けないことです、つまり空気(ムード・雰囲気)の支配です。
異を唱える者は、一握りの反動・極右・軍国主義者・時代錯誤として疎外され
大マスコミは無視を決め込みます。冷戦終結でソ連社会主義の敗北がハッキリ
し、マルクス・レーニン主義の威令も行われなくなりましたが、わが国の、旧
社会主義勢力は、日本の過去の歴史の断罪に新たなエネルギーのはけ口を見出
したといわれています。
日本の過去の歴史について、日本人自身が反省し、また他からの批判を甘受す
ることも場合によっては必要でしょう。同時に、すべての時代を通じて、日本
には日本の立場があり主張があることを忘れてはなりません。
こうした立場で、世界とアジアにおける、日本の明治維新以来の近代国家とし
て、自立と発展を目指した歴史を見れば、そこには一貫した流れを見ることが
できるはずです。
└──────────
┌──────────「人間1さん」
文献主義で人間の見方が狭いとこうなる見本にみえます。戦争当事者がそんな
選択しかなぜ出来なかったのかを問題にしなければ、歴史をみる意味がないで
しょう。戦争は、加害者と被害者を同列に証拠づけても歴史ではなく字数稼ぎ
の文やに過ぎないでしょう。
└──────────
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┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
gosakuさんも OJIN も、このご意見の意思が把握できません。(^^;
もう少し具体的に、分かりやす内容にして再度のご投稿を頂けますようお願い
いたします。
└──────────
┌──────────「気分は情報無限さん」
自衛隊のイラク派遣に関するテレビ番組を見ていて強く感じる事があります。
恐らく「東京裁判史観」と「平和憲法」は日本を滅ぼすまで止むことがないの
でしょう。客観報道メディアを通じて「寄生虫」が増殖したようです。
もう既に法律に則った民主的な日本社会の変革は無理なのかも知れません。
といっても私はテロリストにはなれませんが・・・・・
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┃●┃ お便りで頂きましたご意見・感想。
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┌──────────「さよこさん」女性@三十代@その他海外
今住んでいるヨーロッパの某国で、高校の社会科を履修しました。
日本で社会科というと、暗記ばっかりだった覚えがあるのですが、こちらのは
高校といえど作文中心で、一定のテーマについて自分で調べて意見を長々と書
かなくてはならないのです。
たとえばマスコミュニケーションについてという章では、バングラデッシュの
水害で数百人が亡くなった日の夕刊紙の一番大きい見出しは、「ミック・ジャ
ガー、十代のモデルに振られる」だったのはなぜか?など。
自分で考えることを主体にしていると思いました。
Gosakuさんがここで述べられているようなことを、賛成、不賛成かかわらず、
若い人が学校などで、もっと情報を得て話合う機会があればいいのにといつも
思っています。
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┌──────────「gosakuさんから」
さよこさんはヨーロッパの某国ですか。パソコンの普及に伴って常に世界各地
幾数十万読者が「アジアの街角から」を開いていると思うとチョット恐怖さえ
覚えます。
私見偏見とはいえ、うかうか論拠のない回答に困るようなことを書くことはで
きない、と、いささか緊張しています。
さて、日本の「詰め込み暗記重視教育」の元凶は大学入学のための予備校と化
している高校教育にあるのではないでしょうか?
良い高校の条件は、一流大学への進学率によって評価されてきました。
一流高校から有名大学に進み、そして卒業して高級官吏になれば一生安泰とい
う風潮は先日まで一般的でした。しかし近頃の経済のグローバル化に伴い、実
社会ではこれはあまり通用しないことに気がつき始め、特にバルブ崩壊以後か
なり変わってはきましたね。
中学ではそれなりに近現代史含む歴史を学ぶのですが、高校になると、特に理
数系は歴史を選択しなくてもよいので、近現代史とは無縁になります。文系も
縄文時代とか弥生時代とかは詳しくやるのですが、江戸時代まで教えるのがせ
いぜいで、近現代史にはほとんど触れていないのが現実です。
そこには、国際社会の情勢や政治的な思惑が働き、日本の近現代史に禁忌めい
たものを持ち込み、事実を事実として語ることをためらわせるような風潮を生
み出したことが大きく作用しているのではないかと思われます。
縄文や弥生の、あまりにも古過ぎる時代のことばかり学んでも、歴史にあまり
興味がもてないのではないでしょうか。
近現代史を欠いた歴史は歴史とはいえないと思います。
近現代史にブリッジされることによって初めて、それ以前の歴史は文化や伝統
となって現在に息づき、力をもつことができるのです。太く力強い近現代史を
持たない国は、歴史を、つまり固有の文化や伝統をもたない国であり、そうい
う国は根無し草でしかないのです。
私たち戦争を体験した世代が、己の体験を、ありのままに次ぎの世代へ語り継
ぐことがあまりにも少なかったのが近現代史上に自虐史観をはびこらせた大き
な原因の一つでしょう。
私も75歳を越え、戦後60年近くを生きてきて、戦争の只中では見えなかっ
たものが、今ようやくある程度見えてきたという事もあります。
私見は私の体験を元にした史観です。また同じ戦争を潜り抜けてきたといって
も、全く異なった考えを持っている人もいるに違いない。人それぞれの見方、
考え方をありのまま投げ出しあい、批判しあうところに普遍性がうまれ、その
上に確かな近現代史が構築されていくのではないでしょうか。
└──────────
┌──────────「十八子松戸さん」
こんにちは、愛読者の十八子松戸です。
60年前に終わった戦争について、 gosaku さんのような観点は多分一人だけ
ではないと思います。戦争が負けたら全て悪いというのは如何しても理解しに
くいです。
他国へ出兵して戦争したのは悪いのが決まっているが、必要な事実も知りたい
のです。つまり、勝った側、負けた側双方の言い分を聞きたいのです。
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┌──────────「gosakuさんから」
十八子松戸さん、ご愛読ありがとうございます。
貴方のおっしゃるとおり、他国に出兵して戦争をしていいワケはありません。
ーー現在のアメリカも、理由はどうであれ非難されて然るべきです。
ではなぜ日本はそんな大変な過ちを犯してしまったのでしょうか。
大戦に突入せざるを得ないような背景があったことを、近現代史の中から学ん
でほしいと思います。
―――― 以下例のように、私見ですが概略を書いて見ました。
大正から昭和にかけての各国の動向を見ると、だれにでも分かるのは、どの国
も自国の国益を最優先にしていることです。ーーこれは、現在も変わりはあり
ません。
国家とか国益という前に、人類愛、ヒュウマニズムのほうが重要だという自称
文化人も時々テレビで見受けます。
だが、それは理想論というよりも空想論です。
国家があり、国益が守られてこそヒューマニズムはその機能を発揮することが
できるものです。ーーそれが現実というものでしょう。
国家によって安全と生命と財産を守られなくなった人々の悲惨さは、先に私が
書いた「満州回顧録」を読んでいただければお解りになると思います。
―― 盧構橋での武力衝突以後、
日本が中国大陸に戦線を拡大し、戦争に突っ込んでいったのは、やはり軍部の
責任といわなければならないでしょう。日本政府には不拡大方針をとる考えが
有力だったのにも関らず、現地では戦線を拡大していき、交渉によって収拾を
図ることができなくなってしまったのです。ーーこれが日本の岐路でした。
この岐路において日本は、決定的な過ちをおかしたしまったのです。過ちとい
うのは他でもなく、拡大方針が日本の国益に反する事だったからです。
中国大陸に戦線を拡大させることにより、泥沼にはまり込むような状態になっ
てしまったのです。中国大陸は広く、いくら城砦を攻め落とし都市を占領して
も点と線しか支配できない。ひとつひとつの戦闘には勝っても、いつになった
ら最終的勝利を得る事ができるのかサッパリ先が見えない。
この泥沼状態の果てに日本は、ついにはアメリカとも戦端を開くことになって
しまったのです。
盧構橋事件から始まって、第二次大戦が、日本の敗戦によって終結するまでの
8年という長い間、日本は戦争状態から抜け出せなくなりもがき苦しんで多く
の悲劇や悲惨を生み出し、すべてを失ってしまう事になったのですから慙愧の
極みというほかはありません。
軍部が突っ走っることになったのは、なんといっても日清・日露の戦争に勝ち
軍事的に成功したことが奢り高ぶりとなり、傲慢になっていたからでしょう。
傲慢になると、情報を集め、それを分析して、どの選択肢を採るのかの冷静な
判断ができなくなってしまうものです。そこに過ちが生じる。
20世紀の歴史の中で、日本が最も反省し学ばなければならないのはこの点で
はないでしょうか。
もっとも、日本は最近も傲慢の過ちを犯しました(?)。バルブ経済とその崩壊
です。日本は高度成長を成し遂げて先進国の最先端に立つ経済力を身につけ、
大きな経済的成功を収めました。それが奢り高ぶりになり、多分に傲慢になっ
ていたことは否定できません。
それがバブル経済を生み、破綻して深刻な不景気に沈むことになった原因とい
えます。しかし、軍事面と経済面と二つの分野で日本は20世紀に大きな過ち
を犯し、塗炭の苦しみを舐めた。ーーそれだけに学んだことも多いはずですし
また、学ばなければなりません。
二十一世紀の日本は、もっと賢明になるだろうと感じています。
ーー対不起。主題の大戦の背景がお留守になってしましました。
長くなりますので次の機会に開戦前夜を検証してみたいと思います。
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┌──────────「十八子松戸さん」―――――――― 2004/02/20
gosakuさん有難う御座いました
非常に理をもってのご解説で、このような客観的な理論が我々戦争未経験者に
とっては知りたく必要なのです。
善であれ悪であれ、誰でもが自己判断できるよう今後とも色々教えて下さい。
よろしくお願いします。
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┌──────────「gosakuさんから」
十八子松戸さん、お礼を言われると恐縮します。
あの戦争の原因・責任ともに日本にあるとした、祖国の過誤失点のみを内外に
言いふらす似非(えせ)学者・言論人が少なくありません。彼らの筆になる歴史
書籍や歴史教科書は、日本の歴史を出来るだけ醜悪に描くことを以って進歩的
なりと自負するかの如くです。
あの戦争ではたくさんの血が流され、命が失われ、財産が無となりました。
そして、敗れた事によって明治維新以来の先人たちの努力が水泡に帰してしま
いました。
しかし、結果論的に敗れた戦争を裁断するのではなく、戦争に至った明治以降
の歴史の流れを、その当時の人々の心を我が心として振り返るとき、あの戦争
を「愚かな戦争」と傍観者的に冷笑することなどできません。
それは、歴史を担ってきた誠実な人々に対する冒涜であるような気がするから
です。――「破滅への道」を願った日本人はひとりもいなかったはずです。
ーー誤算を不誠実と混同してはいけません。
かといって大東亜戦争を実際以上に美化するものではもちろんありませんが、
祖国を守らんとして悲しい命を積み重ねて死んでいった多くの同胞の濡れ衣を
・・・少しでも雪ぐ(そそぐ)ことができるならば幸甚の極みです....。
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┌──────────「ARISOさん」
いつも面白く読ませて頂いています。
南京大虐殺について次の資料が参考になるそうです。
笠原十九司――『南京難民区の百日』(岩波書店)
洞富雄――――『南京大虐殺の証明』(朝日新聞社)
洞富雄――――『南京大虐殺「まぼろし」化工作批判』(現代史出版会)
藤原彰――――『南京の日本軍』(大月書店)
吉田裕――――『天皇の軍隊と南京事件』(青木書店)
姫田光義ほか訳『証言・南京大虐殺』(青木書店)
本多勝一 ――『南京大虐殺』(朝日新聞社)
本多勝一編――『ペンの陰謀』(潮出版)
これは週刊誌「週間金曜日」の2003年7月18日に本多勝一氏の文であげ
られているものです。
私はこれらの本を1冊も読んでいないので、この件について云々する資格はあ
りませんが、本多勝一氏の言われることはいつもうなづくことが多いのです。
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┌──────────「gosakuさんから」
ありがとうございます、早速ご指示の書籍を探して参考にさせて頂きます。
満州回顧録と違い実体験ではありませんので、文献や手記などの記録に頼るよ
り検証の方法がない状態です。
日露開戦から百年、大東亜戦争開戦からでも、もう六十有余年。
ほとんどの歴戦の勇者も八十才を越え、あまり戦争体験を話したがりません。
先の「シベリア抑留者の回顧談」を口述させて頂いた方も、先日手当ての甲斐
もなく天国に移籍いたしました。戦争とはいえ敵を殲滅(殺す)して戦果を競っ
たのですから、今の平和日本では思い出したくもない体験でしょう。
お忙しいなか有難うございました。
今後も感想などを発表して頂ければ、私にとって大変励みになります。
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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