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中国ひと口話:11 ――――――――― by けんさん
| ★ 新しい題目が上段です。
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☆ 民族問題 ――――――――――――――――――― 2007/05/18
中国には56の民族が住み、そのうち漢民族が92%を占め、残り55の民族
が少数民族と呼ばれています。少数民族とはいえ、壮族のように1500万人
を越え、優にヨーロッパの国家並みの人口を持っているものから、高々数千人
の民族、更には55のどの民族にも分類できない人が75万人います。
分類のしかたは色々あろうかと思いますが、回族・満州族・朝鮮族のように、
外部から漢民族の生活圏に入ってきて同化したもの。雲南省の数多い少数民族
に代表される、生活圏ごと吸収された者に分けることも可能でしょう。
その他、チベット・新疆ウィグル・内蒙古のように、文化圏ごと境を接してい
る民族もあります。これが難問で、内蒙古は同化政策が成功しているようです
が、チベット・新疆ウィグルは、併合か独立かを巡っての民族間緊張があり、
中国政府の頭を痛めています。
民族の 数が歴史の 綾作り
= この話おわり =
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☆ 国境の町 ――――――――――――――――――― 2007/05/11
吉林省に延吉という小都市があります。付近一帯は朝鮮族の自治州で、州都で
もあり、人口は公称30万弱、そのうちの約半分が朝鮮族です。
20世紀の初めは8万しかなかったこの一帯の人口が、日韓併合以後は30万
に膨れ上がりました。
そして今この町は、夜は路上に寝る人が居るほど、文字通り路上まで人人が溢
れています。この30万+αの人は何処から来たのか。天から降ったか、地か
ら湧いたか。
近郊の豆満江を東に50キロも下ると鴨緑江に合流し、北朝鮮との間に200
メートルほどの橋が架かり、中央は封鎖されています。川は、膝まくりしたら
渡れそうな感じ。中朝は友好国ですから、機関銃の睨み合いもありません。国
境さえなければ共通の生活圏です。
中国は、14の国境を接する国と22800キロの、地球を優に半周する国境
線を持っています。それが常に何らかの緊張を伴っています。
国境の 町はロマンも 凍りつき
= この話おわり =
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☆ 三拍子と四拍子 ―――――――――――――――― 2007/05/04
中国語は、四字成語が語呂がいいのは、中国が四拍子の世界だからではないか
と思っています。農耕民族が持つリズムです。
市場の喧騒も、喧騒自体が四拍子のうねり、その中で響く売り子の呼び込みも
四拍子です。
「松花江上」という、抗日戦争のとき作られた軍歌があります。この曲が三拍
子。いつも不思議に思っていたのですが、作曲者張寒輝が朝鮮族と知って納得
しました。
朝鮮は三拍子の世界です。代表民謡アリランが三拍子。
いまでこそ朝鮮半島は、匈奴の跋扈した草原からは飛び地の農耕地帯ですが、
本来万里の長城の外は、全部騎馬民族の三拍子の世界だったはずです。
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「松花江上」は軍歌と思えない、曲も歌詞も非常に美しい。ヤマハの音楽ソフ
トを使い、テナーサックスで流してみました。よろしければ下記でご鑑賞下さ
い。 www.ken-san.jp/omotyabako/ongaku/sungari.htm
民族の 鼓動がリズムの 違い生み
= この話おわり =
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☆ 香港返還 ――――――――――――――――――― 2007/04/27
1997年7月1日は香港返還の日でした。全国テレビで放映されたユニオン
ジャックが下ろされる前に直立する江沢民さん一世一代の晴れ姿は、私は瀋陽
で見ました。
あくる日、タクシーを一寸止めさせてゴソッと新聞を買ったときです。
不思議そうにしている若い運転手に向かい、「私は日本人だけど、昨日の香港
返還の場面は感動した」と言いますと、彼は「あんた日本人か。私の父も日本
語が上手だった。元気ならあんたと変わらない年だ」と言った後、何かを思い
出すように口をつぐみました。
そしてタクシーを降りるとき、「今日はタクシー代要らないよ」と、爽やかな
笑顔を残して、呆然とする私の前から名前を尋ねる間もなく走り去りました。
彼が私に父の面影を見たのか、日本人が香港返還に共感を示したことに好感を
持ったのか、いまだに分かりません。
100年の 店子が去って 歴史閉じ
= この話おわり =
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☆ 通貨破壊 ――――――――――――――――――― 2007/04/20
終戦前、百円札は我が家では珍しかった。たまに手にすると、これが百札だよ
と父がわざわざ見せてくれたのを思いだします。
その100円札が、1945年8月15日を境に、一夜にして紙切れになりま
した。撫順にソ連が入ったのがいつか詳しい記憶は無いのですが、秋にはソ連
の軍票を使っていました。青くて薄い図書券みたいな感じでした。
次の共産党政権とは無血移譲でした。しかし通貨は変わりました。
そのあとすぐ国民党が入城。
しかし、共産党国民党夫々に支配地域を持っていましたから、政権が変わった
とたんに紙屑ということはなかったと思います。
1948年8月。その後の解放までが劇的でした。
国民党破綻を前にして、見事に紙屑になりました。午前と午後とで物価が2倍
変わる。最後はリュック一杯国民党紙幣を持っていっても、それと同量の大豆
が買えませんでした。
これはインフレでなく、通貨破壊です。
どうせなら 天井も破れ インフレで
= この話おわり =
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☆ 家伝 ――――――――――――――――――――― 2007/04/13
中国の百貨店に行くと、何処の百貨店でも貴金属売り場があり、庶民のお客さ
んで賑わっています。
中国人は銀行を信用していません。銀行券は現政権の軍票にすぎないと思って
います。
ですから、政権変更にもインフレにも関係ない貴金属を非常に大事にします。
何処の家にも「家伝」といって、金の細工物があります。そしてそれを、娘が
嫁に行くとき持参金として持たせます。
それ額ですが、私の農民の知人は、人民元で一万元ぐらいと言っていました。
日本円なら15万円程でしょうか。最後の最後に手をつける貴重なお金です。
嫁ぐ子に そっと持たせる 親心
= この話おわり =
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☆ 闇両替屋 ――――――――――――――――――― 2007/04/06
闇というからコソコソやっているのかと思ったら大間違い。
中国銀行へ行ったら、それと分かるお兄さんがフロントの椅子にでんと構えて
います。
「日本円!」それだけ言うとレートを言ってくれます。分からないときは銀行
員に尋ねていますから絶対正確。
両替え金額を言うと手招きして自分の後ろへ呼び、窓口へ並びます。必要な金
額だけ自分の通帳から下ろし私にくれます。
最初、銀行のフロアマネージャーかと思っていたのですが、確認の勘定をする
とき人目から隠しますから、やはり闇屋なのでしょう。
相場は、正式レートより色を付けてくれるし、面倒な手続き一切無し。今銀行
から目の前で下ろした金ですから、偽札の心配も無し。
勿論、外国人留学生相手の専門闇両替屋、ホテルなどに屯している旅行客相手
の闇屋、旅行社等が代行する臨時の闇屋等も数多くあり、むしろそちらが闇屋
の主流です。
公然と 闇屋の屋号で 商売し
= この話おわり =
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☆ 地下銀行 ――――――――――――――――――― 2007/03/30
中国の地下銀行の取引高が、2003年に10兆円を越えたと報道されていま
した。これは正規の銀行取引高の3割を占める額だそうです。
日本に密入国して稼いだ金も地下銀行で送金されます。
まず日本の地下銀行の手先に電話をして来て貰う。
送金相手と金額を言う。
手先が中国へ電話をする。
中国側の地下銀行がその金額を相手に届ける。
相手が送り主に受け取ったと電話をする。
そこでこちらの手先に支払って取引完了。
手数料は1%。所要時間が30分。
安くて、安全、迅速、確実。地下銀行のモットーです。
地下銀行 庶民のニーズに 花盛り
= この話おわり =
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☆ 感情も文法 ―――――――――――――――――― 2007/03/23
定年後、初めて望郷の中国旅行をしたときです。
ホテルでの第一夜、誰か部屋のノックをする。ドアを開けると可愛いお嬢さん
がなにやら言っている。私も40年振りに話す中国語です。緊張しています。
深呼吸をして姿勢を正し、出来るだけ正確に、大きな声で「ニー ヨウ シェ
ンマ シー?(貴女は何かご用ですか?)」と尋ねました。
発音も文法も正確だったはずでした。ところが何故か、彼女とたんにベソをか
いた。
私がニコリともせず大声で怒鳴ったので、叱りつけられたと思ったのですね。
彼女はホテルの服務員で、洗濯物が無いか尋ねていただけのようでした。
中国語は感情も文法です。私は優しい気持を籠めて言うべきだったのです。
感情を 籠めればバカも 愛情語
= この話おわり =
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☆ 没問題 ―――――――――――――――――――― 2007/03/16
中国人が早い時期に覚える日本語に「大丈夫」というのがあります。
中国語に直訳すると「大きな亭主」、意訳すると「没問題」です。
大きな亭主 ⇒ 頼り甲斐がある ⇒ 没問題、というようなところでしょうか。
「没問題!やりましょう!」こういう風に言われたら、日本人は100%問題
無いのだ、出来るのだと思います。しかしこれは日本語の意味でならば、軽い
「大丈夫だよ、努力してみましょう♪」ぐらいの意味しかありません。
逆に日本人は、やる気もないのに「努力してみましょう」という言葉を軽率に
使うべきではありません。ーーー本気で努力してくれているのだ、と、中国人
は無邪気に信じます。
中国人の言う「没問題」は、日本人の言ういい加減な「努力してみましょう」
よりは、、もう少しだけ真剣な意味です。
問題が あるときに言う 没問題
= この話おわり =
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