┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃
┃ 中国ひと口話:10 ―――――――――― by けんさん
┃(けんさんの日中友好コーナー)
★ 新しい題目が上段です。
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 研究と煙酒 ―――――――――――――――――― 2007/03/09
中国語で「検討」に相当する言葉に「研究」という言葉があります。
頼みごとをすると、しばしば「研究しましょう」という言葉が返ってきます。
この言葉の面白ところは、「研究」と「煙酒」と発音が全く同じということで
す。だから「一緒に食事でもしながら、検討しませんか」という意味もありま
す。端的にいえば「ご馳走して下さい」です。
どの意味で使われているのかは、辞書の世界でも数式の世界でもありません。
その場の雰囲気で判断するより仕方がないでしょう。
私の友人は、頼みごととは関係なく、食事に誘う代わりに「研究会を開こう」
と言います。日本語でも使えそうですね。
研究と 検討の違いは 風任せ
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 検討します ―――――――――――――――――― 2007/03/02
ときどき通訳をすることがあるのですが、私みたいな素人を泣かせるのは、所
謂[いわゆる]「曖昧語」です。
最悪の例↓
「お申し出の趣旨は了解しました。持ち帰りまして検討し、問題がありました
ら後日ご連絡します」
日本人なら、婉曲に断っているのが分かりますが、このような言い方での「検
討します」は、中国人にとっては限りなくイエスです。
どこにも否定の言葉がありません。
日本人は一般に拒絶が苦手だというのはよくいわれますが、それでも失敗する
のは、日本語がイエスから入る言葉だからでしょう。まず「是(ハイ)」と肯定
語で相槌を打って、すぐ「不対(違います)」と否定する失敗は、知っていても
やってしまいます。
役人が 検討と言えば 駄目の意味
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 中華思想 ――――――――――――――――――― 2007/02/23
これが中華思想だ、と、手にとって見せられるようなものは私もありません。
「中華」というのですから、自国文化を中心に据えた思想であるのは間違いな
いでしょう。しかし、どこの国も自国文化に誇りを持ち、また自国の文化を中
心に据えて論じるのは当然のことです。それは何処の国でも、世界地図の中心
に自国を据えるようなものです。
日本人に評判が悪いのは、「南蛮北荻東夷西戎」に代表される周辺蔑視です。
中国人が容易なことでは謝らないこととあいまって、中華思想=尊大という解
釈がまかり通っているようです。
辞書によると、確かに蛮荻夷戎は全て蔑称ですが、実際呼ばれたほうの受け止
め方は微妙に違うようです。
例えば、かつて越の国福建省の人達は、南蛮と呼ばれることに、勇猛の意味を
込め誇りに思っています。――――かつての匈奴、東北の人達は、自らを北の
田舎者と呼び質実剛健を誇りにしています。東夷は日本を指しますが、鎌倉武
士にとってそれは弓矢を取る人武士を意味し、名誉ある称号でした。西の青い
目の人達は、逆に中華を歯牙にもかけていなかったのと違いましょうか。
もし中国人が尊大なら、それは周辺諸国に対する恐怖と、潜在的に劣等感があ
る裏返しです。中国人自身が、長い中国の歴史の中で世界に誇れる中国は、唐
の時代等僅かしかないのではないでしょうか。
吉田松陰は、松下村塾で「世界の全ての点が世界の中華」と教えていたようで
す。明治の元勲は良い教育を受けていました。
月見草 隅で咲いても 華は華
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ もう一つの事実 ―――――――――――――――― 2007/02/16
1998年9月、瀋陽でアジア体育祭が開催されました。私達は囲碁代表団を
結成し大会の一員として参加しました。中国では囲碁は体育部門に属している
ので、体育祭に参加してもおかしくないのです。
開会式は6万人収容できる大体育館で挙行され、私達は畳一枚ほどの大日章旗
を掲げて行進しました。入場したとたん、一瞬場内は静まり返りました。その
直後です、割れんばかりの大拍手が起こったのは。それは、私達が手を振るの
に併せ、場内を一周する間鳴り止みませんでした。
瀋陽で1千人の反日デモがあったのは事実です。しかし六万人が日章旗に拍手
してくれたのも事実です。
「悪事千里を走り、好事門を出でず」と言います。悪いことばかり報道されま
すが、もう一つの一面も事実として知って欲しいのです。
日の丸に 抗日の民が 拍手くれ
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 反日教育 ――――――――――――――――――― 2007/02/09
「中国で反日教育が行われている」と強硬に主張する人も、なお話しをすると
実は「反日」中国人に会ったことは無いと言います。私は、生の中国人の中で
生活していると、残念ながらたまにあります。
2004年9月に自転車旅行をしたときも、私の「日中友好」の三角小旗が根
元から何者かに折られていました。日も悪かった。9月17日、9.18記念
日の前日でしたから。
もし、政治が「反日」を作っているのなら、私はそれ程悲観をしていません。
政治は上着みたいなものです。季節により簡単に着替えが出来ます。
ある日一斉に、天安門前広場からグレー一色の人民服が消え、彩りのある服を
庶民が着だしたように。ある中国の雑誌に書いてありました。この服を着たく
て「箪笥にしまったまま、皆の様子をみていたのです」と。そして皆もそうで
した。
反日も 許容範囲は 正常値
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 反日デモ ――――――――――――――――――― 2007/02/02
2005年5月、一連の反日デモがありました。
日本の大使館に対する破壊行為に対し、「中国政府に責任はない」という最初
の声明を見たときは、正直私も頭に血が上りました。
その後「中国は責任ある国家として、国際法に基づき自らの職責を果たすつも
りだ」との事実上責任を認めた声明を見て、気持が落ち着きました。
更にその後「・・・対日戦勝六十周年という敏感な年に、日本の指導者が歴史
を反省しない言動を重ねるのは無責任・・・」という、わざわざ六十周年と限
定した声明を見て、反日デモはその年限りのことだと確信しました。
1960年の安保反対反米デモはこんなものではありませんでした。今、日本
で反米を言う人はいません。反日デモは必ず鎮静化します。今のほうが異常だ
からです。
2045年抗日1000周年記念式典には、日本の首相が招かれているでしょ
う。そして中国の首相も靖国に参拝しているでしょう。私は預言者ではありま
せん。しかし必ず来る未来を信じています。
振り上げた 拳は必ず 下に降り
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 友好の伏流水 ――――――――――――――――― 2007/01/26
終戦後私の居た撫順では、1945年から1948年まで三年間に、ソ連軍・
共産党軍・国民党軍と三つの政権が交代しました。
所詮、軍事政権は軍事政権です。どれもあまり良い思い出はありません。
「人民裁判」は、その名を聞くだけで恐怖でした。
そんな中にあって評価されるのは、とにもかくにも、政権を握っていた国民党
が我々日本人難民数十万人を安全に帰国させたことです。
解放後、政権を握った共産党は、撫順に戦犯管理所を作り、1千名を超える日
本人戦犯を収容しましたが、一人も処刑していないことです。ここには、ラス
トエンペラー溥儀が収容されていたことでも有名です。
これは、現在の友好の伏流水になっていると思います。
友好の 伏流水を 掘り起こし
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 風化したものしないもの ―――――――――――― 2007/01/19
東北地方を旅すると、まだトーチカを鉄道沿線などで見ることができます。東
寧要塞のように観光用に保存されたものもありますが、牡丹江の橋の袂のトー
チカはまだ現役の軍事施設です。
以前(2002年)まで、ハルピンの交差点のど真ん中にあったものは、障害
物が撤去されていないだけでしょう。これは、近く消える運命のはずです。も
う無いかもしれません。
トーチカではありませんが、チチハルの埋設毒ガスは、負の遺産として風化し
ていません。
歴史は、ディジタル写真の画像要素を減らすように、時間と共に風化していま
すが、画像要素を減らしても減らしても「侵略」という事実は消えないようで
す。
恩讐は 風雪の彼方に 去りやらず
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 一銭を惜しめ ――――――――――――――――― 2007/01/12
中国人と一緒に買い物に行くと、往々にして値段交渉が長引きます。
日用品や衣類は、土産物みたいに法外な掛け値をしていませんから、かなりシ
ビアな交渉になります。例えば30元と言い値の品物が、28元と27元との
間で、延々1時間近く両方が頑張るときがあります。
日本人は「宵越しの金は持たない」とかいって、金離れがいいのが美徳のよう
にいいますが、ここ中国では逆です。中国人の友人が、いつも私に言います。
「中国人といい付き合いをしようと思ったら、お金を大事にして下さい。お金
を粗末にする人は軽蔑されます」と。
まさに一銭を笑う者は、一銭に泣く。
この一元の差は、人格を争っているのです。
宵越しの 金を惜しむな 名を惜しめ
= この話おわり =
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
▼
☆ 名誉の代償 ―――――――――――――――――― 2007/01/05
瀋陽は指揮者小沢征爾の出生地でもあります。
そして彼は瀋陽市の名誉市民です。
氏の尊称にケチをつけるつもりは毛頭ありませんが、中国人は名誉○○という
称号をすぐ奉ってくれます。
私も、名誉市民ほど格調高いものはありませんが、○○会社特別顧問といった
類のものまで入れますと、名誉称号を五つ持っています。
夫々に、私としては身に余る尊称であり、またその肩書きを有効利用させて頂
くことも少なくありません。
時々、寄付のような形でそれとなく名誉料を要求されることがあります。先に
くれたものを断るに断れず、困る羽目になります。
そういう時、見栄を張っては却って軽視されます。中国流で、名誉料金も相場
まで値切りましょう。これも代償である以上交渉の世界です。
くすぐりと 名誉と見栄は 高い金
= この話おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|