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┃ 中国ひと口話:6 ―――――――――――― by けんさん(けんさんの日中友好コーナー)
 新しい題目が上段です。
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☆ 現在は満洲国 ――――――――――――――――― 2006/05/26

5年前、90才で亡くなった私の父は旧満州国で仕事をしていました。終戦の
とき36才。鶏寧という牡丹江の奥、ソ連との国境に近い辺鄙な県で総務課長
をしていました。「私のしたことは中国の役にたっている」と、最後まで侵略
を認めませんでした。

父が当時の思い出のひとつとして語ったのは、中国人が二言目には「現在は満
洲」と言ったことです。満州国は未来永劫と信じていた父にとって、「現在」
はというところが、やけに耳障りだったとのこと。

この「現在」には二つの意味があります。
1.とにかく「現在」食わせてくれているのは日本人だ。
2.そのうち居なくなるだろう。

良きにつけ悪しきにつけ、新中国建設に大きく関わった満州国の13年が、中
国全国統一の最初の政権となった「秦」の15年と、比肩できるようになるか
歴史評価にはもう少し時間が必要なようです。

                        = この話おわり =
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☆ 中国人の衛生観念 ――――――――――――――― 2006/05/19

儒教において「知」とは「鬼神を敬してこれを遠ざく」。つまり、抽象的不思
議なこと、現実に捉えること出来ないものは認知しないのです。
この観念を持つ現実的な中国人にとって、肉眼で見えないものは、「鬼神」で
あり信ずる対象にはなりません。

それは衛生観念において如実に現れます。

今、大便が付着していないなら、先ほどまで便器として使っていた物を食器に
してもためらいません。布巾と雑巾と一緒に使っても、それで結果が見た目で
同じく奇麗になるなら気にしません。

これを見た多くの日本人は、恐らく奇異に感じるでしょうが、中国人が見たら
奇異に感じる日本人のほうが奇異でしょう。日本人の行き過ぎた潔癖もときに
問題ですが、サーズ騒動以後は少し変わったようです。

自転車で田舎を旅したのですが、水を使えない屋台では、使い捨てのビニール
の袋を椀に被せて使っていました。ーーーこれは合理的です。

                        = この話おわり =
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☆ 中国人の「没有」 ――――――――――――――― 2006/05/12

日本人が、ニーハオ、謝謝の次に覚える中国語は「没有」です。

店で買い物をする。
「○○下さい。」
「没有」
「そこにあるじゃないの」
「あれは隣の売り場の担当です」

中国人にとって、有るということは、自分の手にあるということです。だから
自分の手中に無い、担当でない物は「没有」です。

「没有」と言われても、今手元に無いだけなのか、何処からも手に入らないの
かの確認が必要です。

「没有弁法」=どうしようもない、手のうちようが無い、と言われてもひと言
は粘ってみるべきです。今の方法では駄目なだけで、別の方法なら有る、あと
僅かの出費を惜しまなかったら出来ることが往々にしてあります。

                        = この話おわり =
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☆ 都会の浮浪者 ――――――――――――――――― 2006/05/05

北京や上海のような大都会に行くと、「流氓」といって定住地を持たない浮浪
者が駅前等至る所に屯[たむろ]しています。子供の頃はもっと悲惨な光景を見
ましたが、1992年、初めて新中国に来たときは見かけないことでした。

中国には、居住地選択の自由はありません。故郷を捨てるということは、戸口
=戸籍)を捨てることであり、国民として何がしか得ていた恩恵を全て失いま
す。それまでして彼等が都会に出てこなくてはならないのは何故か。

改革開放とは、「走れる者は走れ」。まず富の絶対額を増やし、それを普遍化
して全体を豊かにしようという施策です。

まず商工業の重点、沿海部に金を注ぎました。それが、絶対的には解決したは
ずの農民の貧困を、相対的には更に貧困化したのです。

「昔は貧しかったけど、今より暮らし易かった」
「大鍋飯」皆が共に貧しい間は無かった、この貧困感。

これが内陸格差であり、中国政府の最大の隘路になっているのは、周知のこと
です。「民は乏しきを憂うるに非ず。等しからざるを憂う」

社会主義が解決するはずだったこの矛盾こそ、今の中国の最大の課題です。

                        = この話おわり =
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☆ 未だ帰らざる孤児 ――――――――――――――― 2006/04/28

中国から一人、残留邦人又は残留孤児が帰国すると、その人の係累になる人が
関係者として日本に在留資格ができ、入国査証がおります。その数は、多いと
きで80人ぐらいになります。

日本の法律では六親等=ふた従兄弟、親同士が従兄弟)までが親類ですから、
すぐそうなります。そして、中国の一家人は結びつきが強固ですから、こうい
ときはすぐ親類縁者をたどります。

一方、日本の親族が親族として認定しないため、帰国出来ない人が、瀋陽撫順
一帯だけでも100人以上います。

西洋人の家族が「family」という個の集合体であるのと違い、東洋の家属は、
帰属する概念、即ち一つ化合物の中に溶け込むことです。結びつきも強固だが
粒子が溶け込み難い。

一人の孤児の受け入れが、80人の係累の受け入れにつながる現実を目の前に
して、家族として認定するのが難しいこともあるのです。

大地の子は、日本に帰っても幸せになるのが難しいのが現実ですーーー。

                        = この話おわり =
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☆ 人身売買 ――――――――――――――――――― 2006/04/21

中国には、まだ人身売買があります。勿論違法ですから、テレビ番組でも犯罪
として報道されます。昔、語学学習で短期留学したときの教科書にも、結婚の
一形態として売買婚があると載っていました。

中国を旅行すると、青い目の人達の養子縁組ツアーと出会います。ホテルのロ
ビーで乳母車に子供を乗せ、我が子以上の慈しみ方をしています。その人達の
多くは自分の子供もいます。

人身売買と、キリスト教の博愛の精神を発揮している人達と、並べて書きまし
たが、私はこの養子縁組ツアーを、敬服こそすれ、決して批難しているのでは
ありません。

一人っ子政策と関係なく子供は出来ます。祝福されない子達の多くは、この世
の陽の目を見ません。見ても「黒子(戸籍の無い子)」として、生きなくてはな
りません。

養子になる子供達の殆どは、そんな宿命を背負った子供達ですーーー。

                        = この話おわり =
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☆ 中国人の親切 ――――――――――――――――― 2006/04/14

中国人の教授が、日本人学生に始めて授業をしてショックを受けるのは、指名
したとき学生が「出来ません」と返事をすることだそうです。

中国人学生なら、たとえ出来なくても、出来るだけ、時には関係のないことで
も一生懸命答えます。これは韓国人学生も同じです。 

日本人は、初対面のとき、所謂曖昧語として「どうぞ宜しく」と使いますが、
こんな言い方がない中国語では、これに合うぴったりした訳語が無く「請多多
関照」と訳します。ーーーしかし、この言葉には、曖昧でないかなり具体的な
意味があります。

それは、直訳したら「どうぞたくさんお世話をお願いします」です。

こう言われた中国人は、出来ても出来なくても一生懸命あなたの為に世話をし
ます。だから「請多多関照」と言っておいて、中国人は頼みもしない余計なこ
とをすると文句を言うのは筋違いなのです。

ーーー中国人は親切だから、出来るだけのことをするのです。

                        = この話おわり =
┌─┬───────────────────────────────┘
││ お便りで頂きました感想。
└─┘
┌────────「中国さん」男性@四十代@会社員@中国

「中国人の親切」の中の「中国人学生なら、たとえ出来なくても出来るだけ、
時には関係のないことでも一生懸命答えます」

ーーーうーーん、我が職場でも思い当たる事、多々有ります。

これって、日本人の「桜の花の潔さ」的感覚には合いませんね。

長い間、弟のように可愛がってる部下のT君は、日本で働いた経験もある日本
通の中国人。ーーー彼曰く「今の日本人にはサムライ魂とか武士道なんてない
ですね。私は日本で武士道を身に付けて来ました」と言う。

ある日、大事な作業の最終確認を彼に依頼。当日の彼は、私に重用されている
事に慢心している様子でもあり、連日の激務で非常に疲れている様子でもあり
彼の行動パターンから、夜中の最終確認は、やったとしてもいい加減なものに
なると予想し、自分でも確認することにした。

翌朝、彼に「最終確認やったか?」と聞くと、あーだこーだあーだこーだと持
論を5分間喋り、結論は、最終確認を夜中にやる必要は無いとのこと。

「私が聞いているのは、あなたが最終確認をやったのかどうかだ。やったのか
?」
T君は焦った表情で「やってません。でもですねあーだこーだあーだこーだ」

「そんな言い訳は聞きたくない。おまえの武士道はそういうふうに自分のミス
を隠すために言い訳する事か?男らしくないぞ。中国の男子漢とはそんなもの
か」等々叱咤激励。
“男子漢”という言葉がコタエタらしく、素直に「すいません」とのこと。

それ以来真面目に頑張ってくれています。慢心癖はなかなか治りませんが・・

└──────────
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┌──────────「けんさんから」

中国人の親切は、私は出来るだけ肯定的に捉えています。しかし、
ーーー「親しき仲にも礼儀あり」「親子といえども、許せないこと」
以上の二つの概念は、日中の間ではかなり温度差があるようです。

特に親子は絶対です。中国人と友達になることは、「一家人」になること。

つまり、親子一属では、全て一体であり、何かを依頼されたらまず出来ても出
来なくても引き受けるべきと考えるのが中国人のようです。そして、出来なく
ても「嘘をついたとは思わない」。出来るだけのことをしてくれたことが大事
なのです。まさに親子の関係です。

一族を敢えて「一属」書いたのは、中国での家族は個のの集合体である「族」
より、帰属する「属」だからです。

最近の、西欧的家族の概念の中で育った日本人は疲れますよねーーー。

└──────────
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☆ 初対面の挨拶 ――――――――――――――――― 2006/04/07

「始めまして、どうぞ宜しく」は日本人の決まり文句です。

中国人同士は「ニーハオ」だけで握手をします。普通手を差し出すのは目上の
ほうです。お互い立場が同じなら両方が手を出します。

「ニーハオ、ニーハオ」と繰り返すのも親しみを強調してよくやっています。
その時相手の名前を呼ぶのは、「既にあなたのことはよく存じ上げています」
という意味合いで良いことです。その場合、フルネームなら「先生」など敬称
をつけないほうが一般的です。

勿論、日本人が日本人流に「始めまして、どうぞ宜しく」(初次見面、請多多
関照)と言っても、ビジネスで会う相手なら日本人の習慣を知っていますから
こちらは日本流で十分交流できます。

もし、先方が中国流で、あなたの名前を呼び捨てにしても、決してあなたを軽
視しているではありません。私は、今日会う相手が予め分かっているときは、
最低名前は調べておきます。やってみてください。効果的なはずです。

                        = この話おわり =
┌─┬───────────────────────────────┘
││ お便りで頂きました感想。
└─┘
┌───────「中国一人長期出張人さん」男性@四十代@会社員@中国

けんさんの「初対面の挨拶」は、まさにその通りですね。

その次にもう一歩踏み込んで友達になろうと思ったら、食事時(宴会でもよい)
にどんどん中国の良いところ、悪いところ、日本の良いところ、悪いところを
遠慮無しでどんどん持論を展開してみて下さい。

でも、相手が熱くなっても自分は冷静でいてください。自分も興奮したらダメ
です。で、最後は「でも私達は日本と中国の老百姓なんだから、私達がいくら
喧嘩しても日本国と中国の関係は変わらんよ。老百姓同士協力して友好を深め
ましょう。カンパーイ!」とやれば次の日から仕事の話もし易くなります。

飲み方も、「自分がこの宴会を仕切ってやる!」ぐらいの勢いで、片っ端から
ガンガン乾杯していって下さい。中国人は勢いのある人を好みます。特に北地
方では勢いと義侠の世界です。

酒にあまり強くない私は、いい年して急性アルコール中毒になりかかったこと
数回ありますが、仕事は日本よりもやり易くなってます。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

中国人との付き合いに「任侠」の世界を感じるのは私も同感です。
一度「朋友」になると、文字通り全てを捧げて肝胆相照らす仲になります。

しかし逆も真なりで、「朋友関係」がないと何も動かない。例えば役所の窓口
で、いくらこちらに理があっても通らないことも一再ならず。関係があると、
かなり難しいことも一度で解決します。

中国でのビジネスは、「関係」作りに始まり、「関係」作りに終わるのを実感
します。
その「関係」は、食事のテーブルを共にすることで作られます。「鼎の軽重を
問う」「牛耳る」これらの言葉は全て食事から生まれた言葉で、この言葉が生
まれた春秋戦国の時代から、食事が関係作りそのものだったことを端的に言っ
ています。

中国語で「認識」知っているということは、食事のテーブルを共にしたことを
暗示し、ここで語りあって始めて「朋友関係」が作られます。言われる通り、
その席で率直であることは大事です。しかし無神経では逆効果です。

中国語に何故「お世辞」に関する表現が多いか。それは中国人がこういう席で
の言辞に常に神経を用いているからです。中国語には敬語が殆どありません。
日本語のように、決まり文句の敬語で表敬の意を表すことは出来ません。その
場に最も相応しい言葉で、相手に敬意を表し親愛の情を示すのがお世辞です。

敬語を上手に使えるのが日本では教養ですが、中国ではお世辞も満足に言えな
い人は尊敬されません。

管鮑の交わりで有名な管子が、鮑叔について素晴らしい言葉を残しています。
「私を生んでくれたのは両親だが、理解してくれたのは鮑叔だ」と。

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☆ 便衣隊 ―――――――――――――――――――― 2006/03/31

抗日戦争映画を見ていつも思うのですが、私が実際に見た抗日の兵士の服装は
実にお粗末でした。

戦争は、実は兵站線の確保の戦いです。鉄砲を撃つ人も飯を食う。部隊の移動
のとき、輜重兵といって食料部門を担う人が大勢居ます。

ソ連軍は、トラックよりも馬車が主力だったように思う。
国民党はトラック。
八路軍は、天秤棒を担いだ輜重兵が歩兵の後に延々と続きます。

正規兵でも、軍服をきちんと着ていた人達は、馬に乗ったごく一部だけだった
ように思う。まして、輜重兵はどこからみても農民でした。

ちなみに、便衣隊は日本人がつけた名前で、中国では遊撃隊といいます。

                        = この話おわり =
┌─┬───────────────────────────────┘
││ お便りで頂きました感想。
└─┘
┌──────────「軍事オタクさん」

―― 便衣隊(更衣隊?)について

当時の日本軍が指した更衣隊とは、正規の軍服を着ていない兵士、あるいは、
日本軍から逃れるために民間人の服装をした(民間人から奪ったケースがかな
りあるようです)戦闘員のことです。ゲリラ等もこの更衣隊とほぼ同じでしょ
う。
いつどこの戦争でも、この「更衣隊」の存在は多くの悲劇を生みます。なぜな
ら、戦闘員と民間人の区別がつかなくなり、非戦闘員の犠牲者が増えるからで
す。

その上、このような正規の軍装をしていない(軍服を着ていない)者や民間人が
戦闘行為(直接、間接の両方を含む)をした場合、国際法の保護を受けることが
できない、捕虜として保護されない、つまり極端なことをいえば、発見され次
第殺害されても文句を言えないという点です。

別の言い方をすれば、このような場合は何人死のうが虐殺には当たらないとい
うことです。

日中戦争でも、第2次大戦中のヨーロッパでも、ベトナム戦争でも、そしてこ
の先も、「更衣隊」を組織するということは、民間人と戦闘員の区別がつかな
くなるので、多くの民間人が犠牲になってもかまわないということを知ってい
て行われたことなのです。

また、このことを知らないと、虐殺と戦死の区別がつかず、過去の出来事を正
しく理解できなくなります。安全保障を軽視している日本で、このことを知っ
ている人は非常に少ないです。もし将来、「更衣隊」を組織しようと思ったと
きは、このことを思い出して覚悟を決めてください。

それにしても、更衣隊を遊撃隊と言い換えるとは、ものは言いようですね。

└──────────
┌──────────「Gさん」男性@二十代@公務員@京都

一般的に、戦闘における後方支援部隊と戦闘部隊の割合は、6:4から7:3
程度です。戦闘部隊より後方支援部隊のほうが多いということですね。

戦争をするためには、莫大な量の弾薬、糧食、物品を運ばなければならないだ
けでなく、その集積場所を造り、かつ必要なものを必要な場所に送るための管
理機構を必要とします。

実際に弾丸が飛び交う以前に、必要な弾薬の量と、それを運ぶために必要な輸
送量をしっかりと見積もらない限り戦争はできません。弾を運べば輸送コスト
が生じますし、人も馬も飯を食う。輸送もただではない訳でですね。

実際にご覧になられた輜重兵の姿は、大変興味深いものがありますが、唯一つ
ソ連軍の輜重兵が馬車が主体というのは疑問です。歩兵を中心として数で押し
てくる中国軍と違い、ソ連軍は、戦車を中心にした機甲部隊が主力になってい
ます。

1939年に勃発したノモンハン事件では、戦車と装甲車を合わせて1000
両程度が関東軍と戦っていますが、機甲化部隊1000両に必要な兵站は、馬
車で賄いきれる量ではありません。戦車は燃費が悪く膨大な量の燃料を食いま
すし、砲兵部隊が使う弾は非常に重い。

ソ連軍が普通に戦争をした場合、当時でも馬車で兵站を賄うのは不可能です。
補助的に馬車を使ったか、そうでなければ小規模な歩兵部隊だったために兵站
が馬車で済んだかのいずれかでしょう。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

ーーー蒋介石の軍隊は裕福でしたからキチンとした軍装をしていました。
共産党の八路軍は、軍服もまともでないほど貧しかったということです。

「戦争オタク」さんの知識には敬服しますが、知識だけで戦争はできません。
彼等は、有る物で、着の身着のまま戦った。

ソ連軍の輜重は疑問かもしれません。実際に見た者が、実際に見たままを語っ
ただけです。全てが馬車とは私も思っていません。ーーーしかしソ連の騎兵は
コザックの昔から伝統があります。

若い兵士が、防寒帽の耳も下ろさず、二頭立ての馬車をレースのように疾駆さ
せていたのは、当時ソ連軍の進駐を知っている人なら、皆記憶にあると思いま
す。

└──────────
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☆ 飽食のツケ ―――――――――――――――――― 2006/03/24

中国人の家庭に呼ばれてご馳走になると、初めての日本人が失敗するのは、食

べ過ぎ。
山盛り出される料理を、残したら悪いと思って全部食べる。中国人のほうは、
足らないのかと思ってまた出す。ついに日本人が悲鳴を上げる。
ーーーこれは実際にある話です。

中国では、残すことが「十分に頂きました」という感謝の意志表示なのです。
だから、宴会をすると、山のように食べ残しが出ます。

ーーーこればかりは、未だに私が郷に入って郷に従えない一つです。

最近は「吃不了兜着走=食べ残しを包んで持ち帰る、転じて責任を取るという
意味がある)」持ち帰るときもありますが、良いことです。

世界はおろか、中国の中にも、まだ満足に食べられない人がいるのに、これは

絶対にいけません。中国が近代化する過程で、改善しなくてはいけない風習で

す。飽食のツケが恐ろしいーーー。

                        = この話おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
中国ひと口話の目次に戻ります







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