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┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん                    (けんさんの日中友好コーナー)

☆ 「瀋陽―北京」銀輪旅行記:中国の自然保護 ――― 2004/12/06

―― 2004年9月13日。山海関〜北戴河。39キロ。晴れ。

102号国道は、大部分がポプラの防風林に囲まれている。

ときにそれが二重三重と重なり、地平線まで一直線に緑の谷間を作っている。
樹齢はみな若く、せいぜい30年だろうか。それでもこの樹は成長が早く、高
さは40メートルほどもある。

両脇は唐黍畑。以前中国の風景を代表した高粱は珍しい。都市近郊は、蔬菜=
野菜)や果物もあるが、一面といっていいほどの唐黍畑である。河北省に入る
とさつま芋畠もあった。遼河流域には水稲も多く見られた。
ーーやはり都市近郊に限られるが、ビニールハウスもある。

昔の撫順は、公園や高級住宅街には樹木も並木もあったが、一歩郊外に出ると
ボタ山とオイルセール(石油を含む頁岩)で灰色一色だった。柳はそれが目印に
なるほど少なかった。

徐さんが、私が自然保護に関心があるのを知って、自然保護の看板があると、
隊列を停めて写真を写すように勧めてくれるが、あまり多いので止めた。

昨年、黒龍江省を旅行したとき、北大荒の農地に「退耕還土=耕すのを止めて
土に戻そう」というスローガンを数多く見た。北大荒はハルピン、牡丹江など
黒竜江省北地の荒れたツンドラ(永久凍土)地帯を開拓した国営農場である。
面積はほぼ四国の三倍ある。そこは世界的にも貴重な沼沢地を多く抱え、日本
から鶴など渡り鳥の中継基地としても有名である。

そこが開拓で失われたのだが、遅ればせながらいま保存に乗り出している。

野鳥といえば、雀や燕が減った。白米のご飯が黒くなるほどいた蝿が居ない。
新中国建国以後55年の大変化は、こんなところにも及んでいる。

今度、北戴河の入り口で初めて蛇を見た。1メートルを越える青大将で番だっ
た。それまで見た蛇の屍骸が一匹。日本ならこの時期山道を自転車でいくと、
至る所で蛇に出会う。車に轢かれた屍骸も珍しくない。

犬、猫の屍骸は言うに及ばず、ときには狸や兎の屍骸にも出会う。今回は羊が
車に撥ねられたのを見たのが一回だけだった。

蛇は、ある意味で自然保護の物差しである。蛇がいるということは、蛙のよう
な小動物がいるということ。それは、そこが農薬に汚染されていない、または
汚染度が低いことを意味する。

中国の道路で、蛇を見かけないのには色々な原因が考えられる。

一 蛇が減った。

二 道路で分断されても、生態系が乱されないほど生活圏が広い。

果たして蛇は減ったのか。中国の料理屋では、蛇はよく見る。日本の生簀の魚
みたいに、籠の中の蛇の現物を見て注文する。延吉では、道端で姿焼きにして
ウジャウジャと売っていた。蛇の絶対数が減ったとは思えない。

もし蛇が減ったのなら、これはやはり大きな問題である。農薬の汚染が進んで
いることを意味するから。

二は、十分に考えられる。とにかく中国は広い。今回沿線は人口密集地帯と聞
いていたのだが、行けども行けども唐黍畑。それでも20キロも走れば確かに
集落はあるから、中国では人口密集地帯というのかもしれない。

中国の蛇が、危険を冒してまで道路に出る必要がないほど豊かな自然に恵まれ
ているのなら、幸せである。

―― 中国でも自然保護は大きな問題になっている。

今回、自転車は自然に最も優しい乗り物ということで、新居浜のエコロジー・
エネルギーフォーラム(代表者三宅和雄氏)というNPO団体がこの旅行を支援
して下さった。
中国側は、同じくベンチャービジネスで、この方面に関心がある宮涛さんとい
う人が受け皿になって協力して下さった。宮さんの名前は、正式には龍の下に
共と書く。この字は日本にはないので、中国語で発音が同じ宮を当てている。

三宅さんと宮さんは、太陽発電電池・廃材を利用したエコロジーエネルギース
トーブ・庭園設計などが互いに共通する営業品目である。二人ともまだ30才
代。ビジネスチャンスを求めて活発に動く。

経済発展と環境保全は矛盾する面がある。仮にクリーンなエネルギーを人類が
手にしたとしても、全て解決出きるとも思えない。エネルギーの消費そのもの
が問い直されている。限りなき富の追求を是とする価値観そのものが問い直さ
れなくてはいけないと思う。

日本は先進国といわれる。先に走って、先に富を得た者が、後から来る者に同
じ道を来ることを拒むことは出来ない。失敗の経験を生かすべく教えることは
できる。
もっと大事なことはこれ以上先進国が地球を苛めないことではないだろうか。

車社会の中で、私は車を捨てた。実は高尚な理念に基づいたものではない。
事故を起こして、これ以上運転したら人を傷つけるかもしれないと思って車を
捨てただけである。
車を失って得たものは、足の筋肉と快眠である。食も美味しい。

この旅で私は質素な生活をした。それは、かつて日本が先進国を目指して辿っ
た道を遡ったに過ぎない。
「人はどれだけの土地が必要か」トルストイにこんな小説があったと思う。
起きて半畳寝て一畳。主人公に最後に必要だったのは、息絶えて横たわる一畳
だけだった。

人は生きていく上で最低何が必要か。ーーそれが問い直された旅でもあった。

                        = この稿おわり =
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┃┃ お便りで頂きました感想。
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┌──────────「気分は情報無限さん」

☆「瀋陽-北京」銀輪旅行記:中国の自然保護2004/12/06を読んで

現在私が住んでいる大阪府も、一応は夏場の都会に付物の「ヒートアイランド
現象」を防ぐ為に「屋上緑化」等の緑化政策を推進している様子ですが、財政
難もあって中々進展はないみたいです。

しかし、中国の砂漠化は何年も前から問題になっていますし、今年は環境大臣
の小池百合子さんが「黄砂問題」で各国を奔走しているらしいですから、中国
の自然保護問題は日本とは桁が違うようです。

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┌──────────「けんさんから」

自然保護とは、自然のままに放置することではないと思っています。

しかし砂漠化は皮肉な一面があります。
砂漠を緑化すると、その分どこかが砂漠化するのですね。

自然保護は、人類が豊かになることが進歩なのか?
そのことが、問い直されている問題だと思っています。

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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

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