┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
┃
┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん                    (けんさんの日中友好コーナー)

☆ 中国再訪之記:急病人がでて大慌て! ―――――― 2004/05/31

┌──────────「けんさん」

5月1日から15日まで瀋陽へ行ってきました。
――今度の旅行は成果がありました。

囲碁大会はマスコミが大きく取り上げてくれたし、次回以後の交流の足がかり
もできました。参加者一同、本当に良い交流ができました。

自転車旅行も、宮涛さんが世話してくれて瀋陽自転車愛好会会長さんと知り合
いました。9月8日出発―→9月20日北京。102号国道を走ります。
参加者は、会長の最高年齢77才を含め、殆どの人が65才前後です。
ご夫婦を含め男子10名、女子10名が同行してくれることになりました。
ーー希望者が多過ぎてしぼるのに苦労する嬉しい誤算です。

12日間、苦労を共にする中で心の絆が結ばれることを念願しています。

ーー福建省は残念ながら行く時間が取れませんでした。

└──────────

―― 思いがけずも、中国で救急車に乗る体験をした。

急病人として、生死の境を彷徨ったIさんには悪いが、めったに出来ない経験
なのでありのままを記して、もしもの時の何かの参考に供したい。

5月の連休を利用して、瀋陽で行われた囲碁大会に日本から団体を組んで参加
した。2日間の大会も無事終わり、本渓の鍾乳洞に観光に行く途中のことだっ
た。
前日は、打ち上げの宴と、中国人棋士や仲間同士の交流対局やで、殆どの人は
就寝が遅かった。Iさんは早朝3時近くまで仲間と飲みながら碁を打っていた
そうである。もともといける口のIさんは、日本から持ってきたウィスキー、
地元のビール、挙句日ごろは口にしない白酒まで飲んで、はずんだとのこと。
私も酒も碁も好きだが、世話人という事で疲れてもいたし年も年なので、11
時には寝た。

―― 出発は8時。到着予定は10時40分。

鍾乳洞までの距離は90キロぐらいだが、高速を下りてから山道が長いので、
時間はかなりかかる。25人乗りのマイクロバスは、私達以外に関係者の中国
人家族も一緒したのでほぼ満員だった。
少しだけガイドの真似事をして、「これからの景色は単調です。皆さんお疲れ
でしょうから、どうぞゆっくりお休み下さい」とマイクを離して暫くしてから
だった。

―― 9時10分:

Iさんが気分が悪いと言う。乗り物酔いだと思った私は、ビニール袋を用意し
て後部座席のIさんのところへ行った。袋を口許に差し出すが、いっこうに吐
く気配が無い。背中をさすってあげるが、無言で容態は変わらない。
ーー「前のほうが楽では」と誰かが言う。

そうかもしれないと皆で動かそうとしたときだった。一人の中国人が「この人
は心臓が悪いのではないか。もし心臓病なら絶対に動かしてはいけない」と言
う。そのとき私も、Iさんが心臓の持病を持っていることを思い出してハッと
した。Iさんが何か呟いているのを聞くと「ニトロ」と言っている。

その後、こめかみから脂汗を流し、唇から血の気が失せグッタリうなだれた。
自分でバンドを緩め、靴は脱いでいた。背筋が凍るというのはこのことだろう
か。私も、一瞬最悪の事態を予想して血の気が引いた。横にしてあげたいのだ
が、運悪くIさんの座席だけリクライニングが壊れている。

幸い一行の中に薬屋さんがいた。「ニトロは持っていませんが、これを飲めば
15分ぐらいで楽になるはずです」となにやら直径1ミリぐらいの小さな黒い
丸薬をくれた。流し込むようにして飲ます。

折りしもバスは大石橋鎮の近くに差し掛かる。近くに鎮の診療所があるからそ
こへ行こうと運転者さんが提案する。
「鎮」は一番小さな行政単位で、日本でいえば、村又は町に近い。
診療所は正式な医者はいないが投薬や注射など簡単な医療行為は受けられる。

―― 9時20分:

どちらにしろIさんは瀋陽に連れて戻るということで、救急車の手配を頼む。

―― 9時25分:診療所へ到着。

医者の格好をしたお年寄りが、聴診器と血圧計を持ってきてバスに乗り込んで
きた。血圧は80とのことだった。後で知ったのだが、これは臨終のときに近
い危険な状態だったのだ。ーー 酸素吸入とブドウ糖の点滴をする。

―― 9時35分:

大分元気が出てきたIさんが、横になりたいと言う。実はIさん、元甲子園球
児で体格が人並みはずれていい。幸い一行の中国人の中に身長1メートル92
という偉丈夫がいて、「背負いますか?抱きますか?私一人で大丈夫です」と
頼もしいことを言ってくれる。
彼を中心に抱きかかえるようにしてバスから降りて、診療所のベットに寝かせ
ようとしたところに丁度救急車が来た。

―― 9時40分:救急車到着。

Kさんという日本に留学経験のある中国人の若者に一緒に乗り込んで貰った。
多少の人民元は持っていたのだが、なにに要るか分からないと思い、友人から
2000元を借りる。

車には運転手と、看護婦さんが二人乗っていた。早速心電図をとり点滴を続け
る。Iさんが枕が欲しいと言うがない。寒いから毛布が欲しいと言うが、これ
もない。ここも「没有」の世界だった。Kさんが持っていた鞄を枕代わりにす
る。私とKさんが上着を脱いで毛布代わりに掛ける。

心電図は、元より私が見ても分からないが、それを見ている看護婦さんの表情
から、さしせまった危険はないようだ。

「どちらから来たのですか?」
「日本からです。」
「この車も日本製です。」

と軽い雑談の中を、車は高速から市内に入ると、サイレンを鳴らし混雑を押し
分けて走り出した。しかしサイレンの効果はそれほどでもない。いやいや譲っ
てはくれるが、積極的に譲ってくれる車はない。無謀タクシーの方が速いので
はないかと思うぐらいだ。

―― 10時20分:瀋陽で一番の救急病院に着く。

救急車の料金540元を払う。タクシー料金で換算すると、約3倍から4倍。
Iさんを救急車のベットから、病院の移動ベットに移そうとしたのだが、人手
がない。救急車の看護婦さんは手伝ってくれる気配がない。Kさんと私と二人
ではかなりキツイ。というより私は年寄りで戦力にならない。

「家族はいないのですか?」
病院の職員らしき男がブツブツ言いながら手伝ってくれた。聴診器を耳にして
いるから医者のようでもあるが、受付係りのようでもある。中年の婦人の前に
移動ベットを移して、Kさんは何処かへ行ってしまった。何やら伝票みたいな
ものを持って帰り、それを婦人に見せたら、始めて私達に病状を問いかけ、次
の行き先を指示してくれる。ーーまたKさんは何処かへ行ってしまった。

この殺風景な部屋には、椅子もない。私も疲れたので、床に靴を脱いでその上
に座っていたら、看護婦さんがどこからか移動ベットを持ってきてそれに座ら
せてくれた。

少し落ち着いたIさんが言う。
「このまま死ぬかと思った。せめて日本に帰って死にたいと思い続けていた」
更に「点滴が遅いから、速めて欲しい」と言う。
「元気になると、文句が多いね」と私が言ったら、Iさん、始めてカラカラと
いつもの豪快な笑い声を上げた。やれやれ本当に少しは元気になったようだ。

Kさんは、どうもお金を払いに行っているようだ。中国の病院は、救急車、受
付、移動ベットの借り賃、問診、診断、投薬、治療費・・・一段階ごとに先に
金を払わないと次へ進めない。――もしお金がなかったら・・・

そこから次へは進めない。病院の玄関で、金の無い病人がそのまま行き倒れで
死んだという例は、私も何度か聞いたし、報道で見たこともある。金が無い。
戸籍がない。職が無い。まして保険なんか無い。
ーーそういう人が病気になったら死ぬしかない。まさに地獄の沙汰も金次第。

Kさんが医者を連れて戻ってきた。問診のとき私も始めて知ってのだが、Iさ
んは10年前心臓の大手術を受けている。なんでも太股の大動脈から針のよう
なものを入れて心臓まで送り、詰まった大動脈をその針で突いて流れをよくす
る手術とのこと。昨夜の無理がたたって「冠心病」の発作を起こしたというの
が診立てだった。

「日本に帰って治療しますか?それともここで治療しますか?」と医者が尋ね
る。当然のようにIさんは日本に帰国して治療することを希望する。
続いて、投薬治療をしたいのだが、同意しますか?と問いかける。これには頷
く。更に、以上の説明に対して、同意書を作りますがサインしてくれますか?
との申し出に対しIさんこれにも当然のように頷く。

―― 同意書の大意:

私は日本に帰国して根本治療することを希望する。ここでは投薬治療を受けた
い。帰国の際再発作の危険はあるが、患者の責任において帰国する。

「この病院で治療を希望するなら出来ます」と念を押すのは、一つの形式だろ
う。そうでないと、治療を放棄したとなれば後日国際問題にもなりかねない。
しかし実際問題として、「ホッとした」のではないだろうか。
Iさん曰く。
「ここで手術するくらいなら、特別機を仕立ててでも帰る!」
ーー勿論こんなことは通訳しない。

―― 14時30分:

全て終わりホテルに帰る。今日は心細いから、同じ部屋で寝てくれとIさんが
言うから、私も自分の荷物をIさんの部屋に運び込んだ。暫くするとIさん、
食欲がでたのかホテルに頼んでお粥と玉子焼きとスイカの特別食を作って貰っ
て平らげた。

実は私も昼飯を食べていないのだが、食欲が出ない。食事が終わるとヤッパリ
一人で寝ないと落ち着かないと言う。
「なんだよ。さっきまで泣きベソかいていたくせに可愛くない」と私が言うと
「すまん」と手を合わせる。どうも本当に元気になったようだ。

翌日心配した離着陸時の気圧の変化による心臓への影響もなく、無事Iさんを
奥さんのもとに送り届けることが出来たのは、なによりの幸いだった。

―― 以下全ての費用を簡単に記す。

 救急車  540  元
 検査費   20  元
 化学検査  85  元
 治療費    5.7元
 薬    150.5元
 薬    545.8元
 薬      3.6元
 受付費    3.6元
 救急費用 470  元
 心電図    5  元
 酸素吸入  10  元
 出張診療  30  元
 看護費   25  元
―――――――――――――
 合 計 1894.2元

 日本円 約2万8千400円

その他、移動ベットの保証金が100元だったが、これはベットを戻すと返し
てくれた。

                        = この稿おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ お便りで頂きました感想。
┗━┛
┏━━━━━━━━━━「気分は情報無限さん」―――――― 2004/11/11

以前から聞いてはおりましたが、救急車が有料とは酷い国ですね。
もっとも総人口が多いだけでなく移動人口も極端に多い国ですから止むを得な
いのでしょう。
因みに私が住む大阪では、無料だからと大した症状でもないのに直ぐ救急車を
呼ぶ人が多くて消防隊員の人達は大変だと聞いた事があります。
先進国でも、警察に催事などの会場警備を依頼すると有料な国が大半らしいで
すが、救急救命医療に関しては、詳細は不明ですがアメリカの救急医療も無料
ではない様子です。

先日、私が読んだ「アメリカ人はバカなのか(小林至 幻冬舎文庫)」によると
救急病院へ行くと先ず問答無用で百ドル、救急車を使用すれば二百ドル取られ
るそうです。これは最低限の話で、本人が意識不明のまま高度救急救命医療を
受けてしまうと、後から信じられないほどの高額請求が来るそうですし、仮に
本人が死んだりしたら病院側が資産を差し押さえたりもするそうです。

おまけに、貧困者の治療は直ぐに打ち切られるだけでなくて、救急車で運んで
もらえない事もあるんだとか。まあ、運んでも治療できないのだから無理もな
い話です。

他の先進国は一体どうなっているのでしょうね。どなたか詳しい方がおられま
したら教えて頂けませんか?

┗━━━━━━━━━━
 
┏━━━━━━━━━━「けんさんから」

救急車が有料なのは、最近日本でも有料の救急タクシーが出来ました。
一度使いましたが、却って気楽で便利です。

窓口でワンステップごとに、先にお金を払うほうがショックでした。
前に病院に行ったときは、そんなことはなかったと思うのですが。。。皆さん
はどんなんだろう?

┗━━━━━━━━━━
┌────────「Aruiさん」男性@六十代@会社員@中国 2005/01/12

天津経済開発区在住の日本人Arui♂です。

過食過飲で痛風が出た時に、中国の病院へ行きました。やはり、問診→検査→
投薬の処方箋と、ステップが進むごとに会計窓口で現金払いです。その領収書
を見せて、次に進みます。私の場合、1回で110元前後でしたので、纏めて
最後に払えないか聞きましたが、ダメとのことでした。

私は漢方を指定したので、先生も漢方、薬も漢方でした。薬5日分は薬草の乾
したのやら、木の実やら、両手に抱えるほどの量が出て往生しました。
・これどうするの?
・煎じて飲みなさい。
・煎じるのどうするの?
・有料でやってあげます。
ーーってことになり、

夕方取りに行くと煎じた茶色の水薬になって1回分が1パックになってプラス
テイックの袋にシールされてありました。(これはとても便利)
命に別状のない病気も、生死の境の病気も、システムは同じってことだと思い
ます。

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

中国への熱い思線 ライターはこんな人 アジアの街角から CHINACHIPS 総合トップ




SEO お金 無料レンタルサーバー ブログ SEO