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┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん                    (けんさんの日中友好コーナー)

☆ 歴史の重み ―――――――――――――――――― 2003/10/29
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│瀋陽市の北の郊外に柳条湖というところがある。
│ここは、元はその名の通り湖だったらしいのだが、
│今は埋め立てられたのか、その面影は全く無い。
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┃こ┃こに侵略を記念する「9.18記念館」がある。
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1931年9月18日午後十時二十分、関東軍がこの地で侵略を開始した。
中国人はこの日を「国恥日」と呼び、この時間に瀋陽市一帯一斉にサイレンが
鳴り渡る。私達が8月15日「終戦記念日」正午に、全国一斉にサイレンを鳴
らし、一分間黙祷をするのと同じだろう。

ただし、こちらは夜の夜中なので、殆どの人が寝てしまっている。

1928年6月4日、関東軍による張作林爆殺の現場も、ここから約8キロ西
の皇姑屯駅の近くにある。子供の頃、ここにそのことを記念する2メートル位
の木柱が建っていたが今はなにもない。恐らく土地の人でもよく知らないので
はないか。なんの変哲もない小さな陸橋の畔である。

この沿線は、少し郊外に外れると旧日本軍鉄道守備隊が使ったトーチカがその
まま残っている。七十年以上過ぎた今も歴史は全然風化されていないのだ。
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┃1┃987年初版の「中国革命史」という高校の教科書がある。
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私が求めた1992年には既に10版延べ70万部売れていたから、いまなら
どう少なく見ても100万部は売れているだろう。

A5版500頁弱のこの本から“日本”という文字のあるページを除いたら、
何程のページも残らない。中国の近代史は日本の近代史でもある。

いわゆる歴史認識について、私は大上段に振りかぶる勇気も見識もない。
しかし中国で暮らすということは、まさにその歴史と向かい合うことであり、
それを避けては通れない。

私はいつも歴史を客観的に認識したいと強く思っている。仮にその態度を正し
いとしても、それを客観的に主張することは許されない。私は日本人である。
それを捨てて観察の軸まで客観的な所にずらしたら、もう何も残らない。

国際社会で生きる場合、国際人である前にまず自分が日本人であることをしっ
かり自覚しないと誰にも信用して貰えない。主張とは主観である。
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┃こ┃の2年近く、
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中国人と肌で接し、酒を酌み交わし、時には言い争い、起居を共にする中で、
私の“歴史観”は微妙に変化した。何が事実か、山に入ったらなお山が見えな
くなってしまったのである。

歴史的事実以前に、過去をどう見るかについて、私は「日本人が加害者の我侭
で過去を水に流したがっている」と思っていた。それに反して中国人は、いま
も過去を許していないと思っていた。

過去について私は、中国人は例外なく日本人を恨んでいると信じていたのであ
る。
しかし実際に付き合った中国人は、私が過去について遺憾の意を表しても例外
なく「過ぎたことです。既に歴史になりました」との返事が返ってくる。最初
私は、これも中国政府がこのように言わせているのかと思っていた。

1995年、抗日戦争勝利50周年キャンペーンが連日繰り返される中、その
メッカともいうべき芦溝橋の解放記念館に行った。多少の不愉快なことは覚悟
していたのだが、土産物屋のおばちゃんはこぼれるばかりの笑顔で応対してく
れた。

瀋陽では、わざわざ9月18日を選んで9.18記念館に行った。そしてわざ
わざ日本人と断って日本人用の切符を買った。しかしここでも、何事もなかっ
た。これら我々に自然に向けられる庶民の態度は、明らかに権力筋のヤラセと
は違う。

奇しくも父が広島、母が長崎出身の私は原爆で、またその後遺症で三人の親類
を失った。しかしこのことで、私はアメリカ人を恨んではいない。

恩讐は、やはりあらゆる自然現象と同じように、人の心から減衰振幅曲線を描
きながら、時間と共に静かに消えていくのだろうか。
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┃私┃の中国人の友人は勿論親日派である。
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少なくとも、私を日本人と知ってわざわざ喧嘩を売ってくる人はいない。では
私の見えない所に居る中国人は日本人のことをどう思っているのだろう。

1996年秋の中国の新聞「青年報」の世論調査によると、日本人の長所とし
て、勤勉と団結が上げられ、短所として一番にあげられていたのはなんと残酷
だった。

最も有名な日本人が、一番東条英機、二番目が田中角栄なのは分るとしても、
三島由紀夫が三番目だったのは意外だった。彼の割腹自殺の印象が余りに強烈
で、軍国主義者として有名なのだ。

岡村寧次、松井石根、山下泰文、山本五十六、石原莞爾、板垣征四郎、何人の
日本人がこれらの人の名前を知っているだろう。日中戦争時の軍人である。

中国人なら、少なくとも高校以上の教育を受けた中国人なら皆知っている。

私の書架には、中国で出版された第二次世界大戦の有名将軍全集がある。
A5版300ページ全16巻の堂々たる全集だが、アメリカのニミッツ提督、
イギリスのバートン将軍等と並んで、岡村寧次の名も16名の中にある。但し
彼の場合は「侵略の悪魔」という代名詞がつけられている。彼は日中戦争時の
“支那派遣軍総司令官”だった。

確かに恩讐は時間と共に中国人の心から薄れている。しかし一方で忘れないた
めの教育もしっかり行われているのだ。
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┃軍┃港旅順が外国人に開放された、と聞き旅順に行った。
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乗合観光マイクロバスのガイドが、我々を日本人と見て「203高地も案内し
ます」と寄ってくる。
日本とロシアの激戦地203高地には中国人はまず関心を示さない。

例の乃木大将とステッセル将軍が会見した「水師営」もここから近いが、コー
スには入っていない。

旅順口砲台、弾薬庫、万忠墓と見学したところで昼食。日本人だけ皆が昼食を
している間、昼食抜きで203高地に登る。海抜203メートルのなんの変哲
もない丘。乃木大将が名付けて「爾霊山」(にれいさん)。
この丘の中腹の小さな谷を、日本軍一万の将兵の屍が埋めたのだ。

万忠墓に「歴史に学び、後の人の教訓にしょう」と、横断幕のスローガンが掛
かっている。ここは日清戦争(1894〜1895中国でいう甲午戦争)のとき
の中国側戦死者を祭ったところ。碑によると、日本軍が虐殺した清兵の死体を
焼き、その上に花を飾って"欺瞞"したとある。

これはどうしても事実とは思えない。ここで戦いがあり、日本軍が中国将兵を
殺しその死体を焼いたのは事実だろう。しかし虐殺をし、それを隠蔽するため
死体を焼き、さらに花を飾って欺瞞したという点が事実を歪めていると、私は
言いたいのだ。

勇敢に戦った相手将兵の亡骸を犬等に荒らされないように焼いて丁重に弔い、
それに花を奉げるのは武士道である。これは本来美談なのだ。確かに私はその
場に居たわけではない。然し彼等の血を引き継いだ日本人として主張する。
この碑文は、「歴史が意図的に歪められた事実」として後の人の教訓となるだ
ろうと。

私の主張は、決して戦争中の日本軍が行った残虐行為を相殺しようとするもの
ではない。いくつかの矛盾する事実があったとしても、それをそのまま並列に
認識することが歴史認識だと思うのである。

ともあれ、この戦争の帰趨は極東の歴史を大きく変えた。それはまた、この地
に生きる全ての庶民の上に荒波のように襲いかかり新しい運命を作った。
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┃私┃の住む松山市の北郊外に長建寺というお寺がある。
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ここにかつて日清戦争時の捕虜約1000名の内97名が収容されていた。
当時の日本は、世界に向かって文明国であることを認識させる必要があった。
そこでブルッセル条約に基づいて、彼等をキチンと待遇した。豚肉は、当時の
日本では手に入り難かったのだが苦労して供給している。

捕虜の虐殺などとはもってのほかだったのである。

記録によると、捕虜の所持金が当時の金で4000円。いまの4000万円に
もなろうか。やはり当時の新聞によると、「捕虜に1銭の蜜柑を8銭で売った
不届き者がいる」とあった。敗戦国民の方が金持ちで、戦勝国民にボラれるの
は、いま私達が中国で置かれている立場を考えるとき苦笑せざるを得ない。

歴史を庶民の側面から眺めるとまた違う側面が見えてくる。
いわゆる“歴史認識”は主観なくして語れない。だからこそ、そこに意図的な
歪みが加えられていないか、私達には注意が必要であると思うのである。

                        = この稿おわり =
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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「気分は情報無限さん」

確かに仰る通りです。
個人的には、国際人と称して憚らない人々には生理的嫌悪感を禁じ得ません。

日本軍の残虐行為も全くなかった訳ではないでしょうが、けんさんが主張され
る通り並列して認識されるべき事柄なのでしょうね。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

私は未だにナイフとフォークを満足に扱えない、国際人コンプレックスです。
しかし、
「あるものを、あるがままに認識する」
そうありたいと念願しています。

└──────────
┌──────────「けんぢさん」

「歴史を庶民の側面から眺めるとまた違う側面が見えてくる。」
まさにその通りだと思います。

大学での専門研究の都合上、韓国へは頻繁に訪れるのですが、庶民の側からの
戦争体験(太平洋戦争のみならず、朝鮮戦争)を知る機会が多々あります。

元従軍慰安婦のおばあさんたち、済州島4・3事件で家族を失った人々、また
今なおアメリカ軍の戦争準備のための訓練施設の爆音に悩まされ続ける梅香里
の住民たち、庶民の側から見た戦争に正義はあり得ない。

今日の風潮に照らして考えても、戦争は最大の人権侵害であることを今一度、
私たち自身が知る必要があると深く感じております。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

「庶民の側から見た戦争に正義はあり得ない」 全く同感です。

韓国は、強烈な印象を与えてくれる国ですね。私も大好きですが、残念ながら
ハングルが読めません。今、少しずつですが勉強しています。

└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」

けんさん、こんにちは。

中国大陸で生活されていたら「歴史認識問題」で日中の板ばさみになり、
ご苦労があると思います。最近、漫画家の小林よしのり氏が書かれた「戦争論
1〜3」を読んだのですが長年のモヤモヤがすっきりしました。

もし、機会がありましたらお読みください。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

その漫画は論評外です。

失礼ですが「機会がありましたらお読みください」という言い方は、少なくと
も自分より年長者に使う言葉ではありません。正直不愉快です。 
あなたがすっきりなさるのはご随意ですが、あたなの感想として承ります。

└──────────
 
┌──────────「ミカの赤い服さん」――――――― 2003/11/12

敬語の使い方が悪かったようですね。
他意はありませんので、お許しください。
ーー失礼いたしました。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

あなたに悪気が無いのは分かっていました。
私の言葉も少しきつかったようで、こちらこそ失礼しました。

└──────────
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┃┃ お便りで頂きました感想。
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┌─────────「hkさん」男性@四十代@自営@大阪 2003/11/19

けんさんとミカの赤い服さんがなかなおりしてよかった、よかった。(^^)

けんさんとはいったいどんな人かと思わずH・Pを見てしまいました。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

私は頑固で天邪鬼なものだから、折角の友人を自分で向こうへ押しやるところ
がある。こんな自分が嫌だなと思うときもあるし、愛しいときもある。
ーーすみません。

└──────────
┌──────────「Zasso さん」―――――――――― 2004/10/17

南通の大学で英語をおしえているZassoといいます。
授業では政治的な話をして生徒を煽るな!と言われていたのですが、
ついつい、、、

昨日の異文化コミュニケーションのクラスで、かなり熱くなってしまった。
中国人は日本人を赦せるか?というテーマで、一人の女の子が大演説をぶった
ために、、、その内容は親日的でした。

これはウェブ上のフォーラムにあったテーマで、宿題として、いくつかを読ん
で自分の意見を準備しておくようにと言ってありました。
http://chinese-forums.com/viewtopic.php?t=1846
彼女は、最後まで私の味方でした。彼女は、もう過去のことは水に流して日本
とよい関係を築いていこう、と提唱しました。その「水に流す」という言葉が
何人かの生徒の反感をかったようです。 首相が公式に謝罪しない、靖国参拝
を繰り返す、歴史教科書では日本軍の卑劣さを削除している。そして、謝罪し
ない限り赦すことはできない、という反論は、私も納得してしまいました。

最後に手を上げて発言した一人の女生徒は、「私は日本人を嫌っているわけで
はない、しかし日本政府は憎んでいる」と締めくくりました。その発言にクラ
スの多くが拍手をしたのです。私も気づいたら拍手をしていました。

情けなかった、、、、日本人なのに、これだけ叩かれても自国の政府の弁護が
できない。早く話題を切り替えて、さりげなくかわすはずだったのに、、、

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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