┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
┃
┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん                    (けんさんの日中友好コーナー)

☆ 南通の夢 ――――――――――――――――――――― 2003/10/15

私には一つの夢がある。

それは中高年者を対象にした日中交流の基地作りである。もう少し具体的に言
うと、生涯学習センターのような教育施設を作り、中国に中長期滞在を希望す
る人達にいつでも気軽に容易に安く利用出来る施設を作って提供したい。
 
それをこのメルマガでは、編集者 OJIN さんのご好意で「日中遊学センター」
として紹介して頂いている。

┏━┓
┃1┃997年私は瀋陽の看護婦学校で日本語教師として教鞭をとっていた。
┗━┛
当時介護保険の導入を前にして日本で一般的に言われていたのは、日本は介護
要員が決定的に不足するであろうということであった。その解決には中国など
発展途上国の援助を必要とする。厚生省もそう思っていたふしがある。

中国人は本質的に優しい。5000年の歴史を持つ文明古国は、日本よりはま
だ敬老の観念がしっかりしている。
私の勤めていた看護婦学校にも、ある関連施設の経営者が参観にこられた。
そして生徒の日本への招待など交流が芽生えた。

しかし私達は嬉しい誤算をしていた。日本に介護要員の不足は起こらなかった
のである。少なくとも今現在は当面していない。
介護の仕事は「きつい、きたない、きけん」危険はともかくとして、俗に言う
3K労働に属し、若者は敬遠するだろうと思われていた。

ところが、現実には多くの若者が介護の現場で嬉々として従事している。
不景気で就職先がないから?そんな皮相的な見方はあたらない。
彼等はそれを天職として受け入れているのである。
ヘルパーさんも、少なくとも数は満たしている。

しかし高齢化社会が決定的に介護要員の不足をもたらすのは間違いない。
個人的なことを言うのは差し控えるが、「介護」の悲劇はそれに直面した者に
しか分からない。

一般論として当面しているのは第一次ベビーブームの1947年(昭和22年)
生まれの人達が、やがて高齢化時期に突入する。介護をしてくれる世代も第二
次ベビーブームの世代ならいいのだが、経済的に彼等の子息は、彼等を支える
世代にはなっていない。

たとえ経済的にそこそこの収入があったとしても、それはその次の世代の教育
費に使われる。核家族の世代は、自分の世代は自分で責任を持たなく手はいけ
ないのだ。

いま満年齢で56才のこの人達に、近い将来必要なのは安くそして充実した、
介護養老施設である。
中国にそれを求めるとき、ただそれが安いだけでは駄目である。充実していな
くてはならない。何より介護の原点である心が通わなくてはならない。

今回私が中国に来るにあたって、ある日本の特別養護老人ホームの経営者から
中国の養老院の見学依頼を受けていた。瀋陽で、遼寧省対外友好協会の知人に
頼んだら、唐突の申し出にも関わらず、すぐに手配して下さった。

「瀋陽市養老院」は瀋陽市の東郊外、東稜区にある。敷地6万坪。ゆったりと
した園内は、目下拡大工事中で入居者はまばらである。
入居者を老人と呼ぶには気がひける。一番若い人は私と同年輩だ。退役軍人の
特別棟があった。「抗美援朝」すなわち、朝鮮動乱のときの一番若い少年兵士
が当時14才。数えの70才になって入居している。

かつての解放軍勇士と一緒に写真を撮らせて貰った。
所長が案内していると、通りかかった一人の老婦人が挨拶する。

「こちらは日本からの見学者ですが、お部屋を見せて頂けますか?」
と所長が要請すると
「どうぞ、どうぞ」
私の手をとらんばかりにして案内してくれた。

24平米ほどのワンルームマンション。冷暖房完備。居室内に衛生設備、別に
共同の厨房がある。部屋代が1ヶ月450元=日本円約7000円)。
ここでも一緒に写真を撮らせ貰ったのだが、まるで恋人同士が寄り添ったよう
な写真が出来上がった。これを後で送る約束をしたのだけど、彼女旦那さんに
見せるのかな?

今回は突然で、双方に時間が無い。次またゆっくり見学させて貰う約束をして
お別れした。

┏━┓
┃瀋┃陽市には宮涛さんといって、このメルマガで知り合った友人がいる。
┗━┛
彼は29才。瀋陽大学勤務。昨年まで福岡大学法学部に留学していて奥さんは
日本人。福岡の人。オメデタで日本に帰国していて、今回は奥さんにはお会い
出来なかった。

彼に紹介して貰ったのは、瀋陽市国際科学技術学院主任の李さん。
「いまの段階でけんさんの考えを理解してくださっている数少ない一人です」
と宮涛さんがいう。
ここ科学技術院は瀋陽体育館のすぐ側で、新しい中心地である。ここで日本の
社会保険センターの生涯教育みたいなことを実践している。
実務家の李さんは、「学到老、活到老」=人生生涯学習)の事業に携わってい
る方として私の考えを全面的に支持して下さった。

中国はトップダウンの国である。

最後は偉い人と乾杯でチョンとなるとしても、実務レベルでの積み重ねは欠か
せない。
養老院と生涯学習センターと何の関係があるのか。心の通いあいを根底にする
という点で共通する。元気なとき生涯学習センターで学んだ人が、老後を中国
の養老院で過ごしてもいいと思ってくれれば最高である。

┏━┓
┃さ┃て本稿の題目は老後の夢ならぬ南通の夢だった。
┗━┛
9月16日5時20分。北京発南通行きの便は到着便の遅れのため1時間遅れ
るとの放送があった。その後も遅れの放送は何回か繰り返され、結局3時間半
の遅れとなった。

それは仕方がない。搭乗口の係員に、搭乗口の変更は無いか確認したら、変更
の可能性もあるという。これが年寄りには困る。居眠りが出来ない。
1時間目ぐらいの頃だったろうか、夕食弁当のサービスがあった。これを食べ
ている人は南通に行く人だ。 

この人達に「困りましたね〜」と世間話をもちかける。私の真意は、おしゃべ
りで仲良くなっておけば、居眠りしていても置いていかれないだろうと思った
からだ。
しかし結局、とりとめもない雑談で居眠りにはならなかった。それはそれでま
たよしである。
ここでの雑談が思いがけないない副産物を生むとはそのときは知らなかった。

飛行機の隣に座った40からみの男性は、土地の人の方言丸出しだった。

どうもこの人は、私が飛行場で雑談をしているときから私に関心を持っていた
らしい。乗るなりシートベルトの締め方が分からないと無邪気な笑顔で話しか
けてくる。なんでも如皋市というところで種苗会社を経営しているそうだ。

偶然だが、今回の旅行の大きな目的の一つに、種苗会社の社長を中国の農場に
案内するというのがあった。この社長さんは、私の夢に「そんなもん、実現す
るはずがないと思うちょる」とニベもなくおっしゃる。

何を言っても遠慮のない間柄とはいえ冷たいではないか。しかし私は誰も出来
ないと思うから、私みたいなベンチャーにもチャンスがあると思っている。

この社長さんにも出資して貰おう。
殺し文句は「リスクが大きいから、虎の子がいるかもしれませんよ」
「千里の堤も蟻の一穴から」は油断を戒める諺だが、私はここでは成功の手法
に例えたい。
一匹の蟻が通れたらいい。まず小さな突破口を作れば、必ず成功するはずだ。

┏━┓
┃本┃題に戻ろう。
┗━┛
彼の住む如皋市は、全国でも有数の長寿都市だそうだ。百才のお年寄り百人が
一堂に会した様子がテレビで放映されたこともあるという。

これは奇遇!!この桃源郷こそ特別養老施設の建設候補地に相応しい。

下の地図中の真っ黄色の部分が如皋市。
全中国の中で南通市はどの辺?(緑色が江蘇省、その中の黄色い部分が南通政区)
南通政区の全体図です。太細の青い線は運河、太細の赤い線が道路、緑色は市県
の境界線。揚子江下流の大沖積三角州で、一帯が大水郷地帯であるということを
ご理解頂けると思います。

飛行場からホテルまでタクシーに乗ろうとしたら、彼が迎えの車が来ているか
ら送ろうと言ってくれる。お言葉に甘えることにした。
「有縁千里、来相会」この旅行で聞く三回目の言葉を彼が言った。
ここには本当に縁があると信じたい。

 OJIN さんが手配してくれていた南通の宿に着いたのは、夜も更けた11時。
わざわざお越し頂くが、遅すぎるから明日にしましょうということになった。

明くる日、昼夜と食事を共にする。
今回は急なことなので、ビジネスの話はなし。夢を語る顔合わせである。

私の顔に正直に書いてあったのか? OJIN さんの観察眼が鋭かったのか?
夕食後は、黙っていても私の行きたいところへ案内して下さった。
日本語の上手な歌姫さんが、大勢屯している。

私は少し中国語が出来るということで、目下日本語をお勉強中というお嬢さん
がお相伴してくれた。彼女はどうみても中学生。「14才」とあだ名をあげた
ら「21才です!」とムキになるのがなお可愛い。

 OJIN さんは気をきかして、席を外しカラオケのステージに行ってしまった。

ロリコン趣味はないが、酒が私の心のブレーキを壊した。
「ホテルのルームナンバーを教えるから来てくれるかい?」
ともろ直球を投げたら、首を横に振ってかわされた。

「我真的好想イ尓」=俺は君が大好きだ)
「来月また君に会いに来る!」と国際協定を結んだ。

ーー南通の夢が必ず花開くことを信じて。

                        = この稿おわり =
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ 読後感アンケート結果。
┗━┛
◇ 面白かった  (^○^) -------------------------------- 14人  (67%)
◇ まあまあかな(゜.゜) --------------------------------  6人  (29%)
◇ ツマラナかった(-_-) --------------------------------  1人  ( 5%)

┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ コメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌--------「ミカの赤い服さん」

けんさん、こんにちは。

今回の「特別養老施設」については、若輩者故、あまり興味を持てませんでし
た。でも「誰もやったことがないから虎子が居るかも」というのは素晴らしい
考えですね。

└--------
 
┌--------「けんさんから」

若い人に興味がないのは当然です。せめて関心と理解を持って下さい。
ベンチャービジネスて、元々胡散臭いですよね。

出来てしまえば、コロンブスの卵ですが。

└--------
┌--------「気分は情報無限さん」

確かに若者の相手ばかりする施設だけでは文化交流にも不足ですね。
考えてみれば、人生を引退した方々と、これから不安を抱えつつ社会の荒波に
飛び出していく人々の交流を生み出せるなら素晴らしい事だと思います。

└--------
 
┌--------「けんさんから」

あの〜 お言葉ですが、まだ引退興行はしていません。

交流の場所作りの夢がある間は、引退しません。

私もあなたにあやかって「気分は情報無限」です。

└--------
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ お便りで頂きました感想。
┗━┛
┏━━━━━━━━━━「たろおじさん」

中国で日本人の老後を支える施設を・・・と発想した、ある人の話を聞いたこ
とがあります。

――最初は大変な熱の入れ方でした。

向こうに行くと、土地の途方もない大金持ちの人に歓待されたことや、順調に
進む養老院施設のことで舞い上がっていました。

高い日本の物価と少ない若人、これに対して年金支給額でも十分な介護ができ
るはずの中国の若人供給事情と物価水準・・・あたらぬはずがない!!!

ーー結果は、無残なものでした。

施設が出来上がるころに、先方から・・・

法律?通達?が変わって、
外国人の養老・介護はしてはならないことになったと。

オイオイいまさら、何を言うんだ・・・後の祭り・・・

さらに、投資した金は、かなりの部分を役人がネコババしていることが発覚。

でも、もし裁判に訴えた場合、中国では死刑になる程の金額(^^;
そうなると一族や友人連中があなたを終生敵と付け狙うことになりますよ。

結局、全てをあきらめて、スゴスゴと撤退?(簡単に出来るのかしら)すること
に。
――というお話です。

その後、中国のことは一切、口にしなくなったそうです。

┗━━━━━━━━━━
 
┏━━━━━━━━━━「けんさんから」

私にも、老人施設を手広く経営している知人がいます。
中国に関心が深く、かつて投資をしたこともあるのですが上手くいかなかった
ようです。

気障な言葉で言うなら、中国の特老施設は私の死に場所です。
「甘えて我が侭を言って、優しくしてもらいながら死にたい」

中国での事業は確かに難しい。
いま人づくりの最中です。
死ぬまでには間に合わないかもしれないけど、まあ、一歩ずつやります。

┗━━━━━━━━━━
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

中国への熱い思線 ライターはこんな人 アジアの街角から CHINACHIPS 総合トップ




SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO