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┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん
┃ (けんさんの日中友好コーナー)
☆ 一枚の煙草 ―――――――――――――――――――― 2003/07/30
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│1992年、定年後始めて中国を旅行したときの経験である。
│
│「研究」「煙酒」「煙酒不分家」
│この一見脈絡のない言葉が、一本の糸でつながっているらしいと知る事件に
│遭遇した。
└--------
それは全ての日程を終え、帰国の為の早朝の北京空港で起こった。
11日間、中国国際旅行社の手厚い世話を受け「私の「中国望郷の旅」は楽し
く終わるはずだった。ガイドはここから先は入れないということで「私一人で
C航空の搭乗手続きの前に立つ。
サービスカウンタの人が言う。
「あなたの名前が見あたりません」
「どうして?」
「しばらくお待ち下さい」
後で分かったことだが、リコンファーム=再確認)の処理に手違いがあって、
私はキャンセル待ちに回されたらしい。悲劇の幕は徐々に上がっているのだが
彼らの楽観的な態度から私も楽観的になって気がつかない。
出発一時間前、カウンターの中にいた三人の中の一人がどこからか戻ってきて
「有了=ありました」と言うではないか。
やれやれと、搭乗券を差し出したそのとき、悲劇はまさに何かを思い知らされ
る形で起こった。いったい私が何をしたというのだ!
何故かカウンターの中の空気が一変し「没有、走不了=座席がないので乗れま
せん」と言いだした?!目の前が真っ暗になるとはこのことか。それにしても
たった今「ありました」と言ったばかりではないか?!
トラブルを解決するには私の中国語の能力はあまりに乏しい。なんとかしてく
れとばかり、哀れっぽく泣き真似をしてみたが駄目。
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┃勝┃手の分からぬ広い北京空港の中を、重い荷物を肩にウロウロし、ようや
┗━┛く中国旅行社の北京空港出張所にたどり着く。
もっと早く来ればなんとかなった、と言われたが、ウロウロしている間に時間
ばかりたって出発時間は既に過ぎようとしている。
この間にしたこと、
・旅行社へ電話
・小李へ電話
・わが家へ電話
・両替
・旅行社探し
とにかく日本までたどり着けるならなんでもよいということで、別の航空会社
の切符の入手方法を教えてもらう。
まず空港内のA航空へ行くが満席。応対の女子職員に私の常識がないと御説教
を頂く。お説教を聞いていてもラチがあかないので、早々に退散。
J航空の窓口へ行く。ここでやっとまともな応対をして貰えた。
1.先ずJ航空の航空券を買うこと。
2.キャンセル待ちは6割可能性あり。
3.空港は現金しか使えない。
4.北京(市内のチケット店)ならカードが使える。
5.今日は土曜日なので午前中まで。
恥ずかしながら私はその時、日本までの航空券代七万円程の現金も持っていな
かった。出発前中国で、旅行者の殺人事件があって、現金は持ち歩くなという
ことで、支払いはなるべくカードですることにしていた。カードが使えるため
には、対応する通信設備がいるが、当時はそれが不十分だった。
アメリカンエキスプレスだけは使えるそうだ。
となると、北京のJ航空までとにかく行くしかない。
現在10時20分。北京市内までは、タクシーで約一時間かかるから、考えて
いる間も迷っている間もない。あとは運まかせだ。
当時は高速道路も建設中だった。
空港に戻ると、小李が電話に対して空港まで出て来てくれていた。まさに地獄
で仏。
彼女は「最終確認が甘かった。自分の責任です」と詫びてくれるが仕方ない。
J航空のフロアマネージャーも確約はしてくれないが、私の順番(二番目)から
して大丈夫のような口ぶり。
小李が空港警備の解放軍兵士に事情を説明して頼み込んでくれる。彼も現状を
調べてくれるが、現在二名の定員オーバーだという。
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┃二┃人で三時間好運を念じた甲斐があってか?とにかく乗れた。やれやれ。
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それにしてもあの(有了)から(没有)の急変は何だったのだろう?
その原因がなんとなく分かったのは、旅行社の空港出張所で切符入手の授業料
として煙草を請求されたときである。「私は煙草を吸いません」と答えたのは
相当に間抜けた返事だったようで、結局煙草代(兌換券20元)を支払って納得
頂く。
しまった!あのとき三人分で100元もくれておけばと、ほぞを噛むがもう遅
い。あのときなら、どうせ持ち帰っても使えない兌換券を200元くらい持っ
ていた。
それに気が付かなかったばっかりに、私のその後の損害は兌換券で、
航空運賃差額 300元
北京市内タクシー往復 250元
日本へ国際電話 100元
国内航空変更手数料 100元
旅行社煙草代 20元
計 770元
日本円換算で計算しやすいように、
日本円一万円 = 兌換券400元
として約1万八千円か。ああ!私てなんてお馬鹿ちゃん....。
そのほか、うろうろ回っている間にショルダーバックに入れていた、中国酒の
瓶を割ってしまった。酒の損害は100元だが一緒に入れていたものが、いま
だに強い中国酒の芳香を漂わせている。バックはもちろん使用不能。
生理的に参ったのは、朝5時に起きたのだが、搭乗手続きが終わって税関をく
ぐるまで、文字通り飲まず食わず。この広い空港の中に、当時はその種の設備
がなにもないのだ。税関の門をくぐると、ここはもう日本円も使える世界。
喫茶店もある。200円のコーラーのうまかったこと。
ボンヤリした理解が確信に近いものに変わったのは、中国語で「研究」と「煙
酒」が全く同じ発音であることを、帰国後の中国語教室で教えられたときであ
る。研究にはまた、検討という意味もある。
「研究=煙酒」「研究費=煙草酒代」「煙草と酒は他人のものであって我物」
この三つを重ね合わせると、私にも原因が少し見えてくる。
彼らは彼らなりに、私が定員外の座席に乗れるように手を打った。つまり研究
「検討」してくれていた。
悲劇の原因は、彼らの心尽くしの「研究」に対して、一枚の煙草、心ばかりの
「研究費」を添える心遣いが私に足りなかったからなのだ。
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┃こ┃れは後日談だが、北京語言学院で勉強しているとき、中国人の教師が
┗━┛「中国ではチップは要りません」と言ったら、生徒が全員反論した。
「私達外国人は何処へ行ってもチップが要ります」と。
ホテルでトイレに行っても、入り口にボーイさんがいて、さっとお手拭を出し
て呉れる。チップは請求されないが、横にチップを入れた箱が置いてある。
金額はお心任せだが、2元(日本円約30円)ぐらいが相場のようである。
ホテルのメイドさんへのチップが20元≒300円)。
これは枕の下を置いておく。
結婚式へ呼ばれたときのご祝儀が200元≒3000円)。
催し事の時マスコミ関係者の謝礼が一社当たり200元≒3000円)。
ホテルに着いた時荷物を運んでくれたボーイさんへのチップ100円玉2個。
普通ホテルへ着いたばかりの時はまだ、換金を済ませていないから日本円でも
いける。
こうしてみると全部二個なのに気が付かれると思うが、中国ではこういう場合
全て二が基となっている。このように一対という概念を重視するのは、中国社
会の根底を流れている中庸の思想とも関係するのだろうか。
気をつけて観察すると、漢詩の世界の「律の規則」、門に貼られる対聯、等等
二が基調になっているものは多い。まず、対立する対となる概念が前提として
存在しないと、中庸という概念も存在出来ない。
中国の友人に尋ねたら、
「そんなに難しく考えることはありませんよ、一つではケチと思われるではな
いですか。三つ、勿体ないではないですか」と答えた。
別の友人は、もう少しもっともらしく答えてくれた。
「贈り物は二人の関係をよくすることを願うものです。だから二個なのです。
三は第三者の介入を嫌うからで、贈り物をする場合三はいけません」
日本でも、お香典や謝礼など、所謂値段がなく相場で支払うものは難しい。
以上、私の中国生活の中で経験した相場は、あくまでも参考に過ぎないが、い
い線をいってると思う。
= この稿おわり =
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┃★┃ 読後感アンケート結果。
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◇ 面白かった (^○^) -------------------------------- 29人 (85%)
◇ まあまあかな(゜.゜) -------------------------------- 4人 (12%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 1人 ( 3%)
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┃★┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌--------「ミカの赤い服さん」
「国が違えば、習慣が違う」と言うことでしょうか。
確認手続きにもチップを払うと言うのも、なんだか納得できないですね。
それ以上にチップを払わなかったから、飛行機に乗れなかったというのが、
信じられないです。
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┌--------「けんさんから」
正直、チップは旅の気苦労の一つです。
私はいまでも、「有了」から「没有」への急変は、
チップを出さなかった故と信じていますが、あなたはどう思います?
└--------
┌--------「gosakuさん」
面白かった、というより大変勉強になりました!
2個ですか!気がつきませんでしたねー、
「中国はチップが要らない」を真っ正直に受けて、7、8年前老伴と二人で
上海の国際飯店に泊まった際、チップを渡さなかったものだから、ポーターが
ドアのところでいつまでも立ち去らなかったのを思い出して「悪かったなあ」
今でも悔やんでいます。(結局出さずじまいでした)
中国では“チップは2個”以後気をつけます!
└--------
▼
┌--------「けんさんから」
「中国でチップは二が基調」という私の学説?は、
まだ検証不十分な面もあります。
ファールチップならゴメンナサイ。
└--------
┌--------「東京の老上海さん」
やはり中国ですね。
先日の成田。CA上海行き、約6時間の遅れ。
しかも起飛後発病人で引き返し再滑走、滑走中何があったか急停止。
再々起飛、上海着は0時10分、翌日である。空港はほぼ終業状態。
お詫びは成田で1500円の食事券のみ。
帰国時には45日オープンが、職員の手違いで期日変更できず、仕事も中断。
93年以来初めて。タバコはいっぱいあったのになー。
みなさん、中国人のために勉強しましょう。
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┌--------「けんさんから」
私の経験は1992年ですから、空港の設備などは格段によくなっています。
サービスも良くなったと言いたいのですが、まだバラツキがあるようです。
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┃★┃ お便りで頂きました感想。
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┏━━━━━━━━━━「たろおじさん」2003/08/08
昨年、上海から大連に飛んだとき、飛行機がトラブル?ということで、整備か
機体を変えるのでと、大幅遅延宣告されたことがありました。
団体旅行は言葉が不明でもツーリストにくっついてけば良いので、空港の中に
入ってしまう前の、添乗員がいる間は便利便利(添乗員が入って来れない中で
は・・・恐怖じゃ)。
その時は、浦東空港からバスに乗せられましたが、ずっと南の海側のほうまで
1時間近くもかかって、ホテルへ休憩・夕食に送られました。
-- なんと急に手配したために、浦東へ行くのに乗ったのと同じバスもあり、
同じ運転手さんにしようとそれに乗ったなんてことも。
夕食を食べ終えて部屋で一服してると、新しいのが手配できたということで、
またバスに乗って浦東へ。
大連に着いて、ホテルに入ったのは真夜中だった。
でも・・・・・、食堂の服務員さんが、残っていてくれて、ひろーーーい食堂
の一角で15名くらいのために、夕食のサービスをしてくれたのには感激!!
-- 中国も変わってきたなあ。
ただ、チェックインして、部屋へ行こうとすると、、、
???どこともなく現れたお姉ちゃんがスッと付いてくるのには???警戒。
団体だし疲れてるからいいよ、とお互いで押し付けあって、無事(?)ひとりで
部屋入り。
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。

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