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┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん
┃ (けんさんの日中友好コーナー)
☆ 国境の町 ――――――――――――――――――――― 2003/05/14
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│沈陽郊外桃仙空港へ向かうタクシーで、運ちゃんが
│
│「何処へ行く」と尋ねるから、「延吉へ行く」と答えたら
│
│「あんな所へ行ったって何も無いよ」と言う。
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電話で小池先生も「ここは本当に何もありませんよ」と言っていたが、私達は
その小池先生に会いたくて延吉に行くのだ。先生とは、4年前北京語言学院で
一緒に中国語を学んだ仲。
今、延辺大学で日本語教師の教鞭をとっておられる。
道連れは沈陽工業大学の留学生千葉君。空港で千葉君が、韓国語で「ライター
を貸してくれ」と言われていた。北朝鮮との国境の町延吉は、吉林省延辺朝鮮
族自治州の州都である。
延吉行きの搭乗手続きの窓口は、既に韓国語の世界だった。
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┃機┃は50分も飛んだだろうか、森林が途絶え、丘陵の頂まで耕された耕地
┗━┛が果てしなく広がる。延吉に入ったのだ。その多くは、今世紀初頭日本
の朝鮮支配による迫害を逃れてこの地に来た朝鮮族の作ったものだ。1900
年に8万ぐらいだったこの地の人口が、30年間で40万人まで膨れ上がった
という。彼等の多くは中国人地主の下で極貧の小作人となり、その血と汗が、
いまの豊かな農地を作った。
日本ではこの一帯を間島(かんとう)と総称。ソ連とも国境を接し、ロシア革命
勢力の支援を受け金日成率いる抗日朝鮮民族独立戦線の拠点ともなる。
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┃1┃945年8月9日、日ソ不可侵条約を破棄したソ連軍は、真っ先にこの
┗━┛地に侵入した。関東軍は既に無く、無人の荒野を行くがごとく疾駆する
スターリン戦車の前に、取り残された日本人民間人の老若男女には、悲劇しか
待っていなかった。
直線距離にして500キロ近くある、私の住んでいた撫順まで、徒歩と貨車を
乗り継ぎやっとたどり着いた数百人の避難民の群れは、歩くというよりよろめ
いていた。老人と女子供だけの一群の中には、既に死んだ我が子を背負った虚
ろな表情の母親の姿もあった。女性は皆男装をしているのだが、やはり一目で
判る。
途中ソ連軍の空爆から逃れた彼等も、多くは収容所で次の春を迎えることが出
来なかった。飢餓と極寒の中、多くの子供達が中国人の養い親を求めて「大地
の子」となった。
「国境の町」。この言葉にはロマンがある。しかしここ100年、国境の町の
歴史には、庶民の血と汗と涙が深く染み付いている。
空港の滑走路脇に、シートを被せられた軍用機が20機程並んでいる。
これも国境の顔だ。
延吉空港入り口の、ハングル文字の横断幕に、日本語で歓迎の言葉が一緒に書
いてある。まさか私達二人へのものとは思えない。環日本海開発計画の臍にあ
たる延吉は、一部日本企業の投資対象として注目されているのだ。
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┃出┃迎えの小池先生が、「外事処の徐さんです」
┗━┛と朝鮮族の若者を紹介してくれる。
更に言葉を継いで
「彼、あんた達を迎えるため張り切って、生まれて始めてのネクタイを締めた
のだぞ」
と、変な紹介の仕方をするのを、横でニコニコ聞いているのが初々しい。
25才の好青年。
去年まで延辺大学で勉強し、小池先生にも日本語を教わった。卒業後もそのま
まこの学校に残り、外事処(主として外国人教師や留学生に関する仕事)に勤め
ている。
待たせていた車がなんと「紅旗」!
江沢民国家主席が乗っているのと同じ、中国国産最高級車である。
徐さんが
「小池先生のお客さんということは、学校のお客さんです。ですから学長車を
用意しました」
と上手な日本語で言う。恐れ入りました。
「紅旗」が既にひとつのステータスシンボルなのか、空港から市内までの高速
道路はフリーパス。
ホテルに荷物だけ置いて、早速また「紅旗」で街へ出る。
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┃こ┃この名物はなんといっても、犬料理である。
┗━┛今日は徐さんのおすすめで、「犬しゃぶ」というか「犬鍋」というか、
犬料理のフルコースを頂くことになった。
オンドルの間にちゃぶ台、真ん中に芥子などで辛目に味付けされた鍋が煮たぎ
り、周りに5皿ほど犬のさまざまな部位が盛り付けられている。心臓を始めと
する内臓類、尻尾の輪切り、爪の付いた足、脛、皮、皮付きの肉等等。もしこ
れを見て食欲が湧くなら、あなたはかなりの朝鮮料理通である。
そして、最高のものが付いていないと気が付くなら、さらに通である。それは
ペニス。然し高い。どれぐらい高いかというと、今日の料理が酒ビール、主食
を含めて300元=約5000円)。
ペニスはそれだけで150元もする。それをもし私達が気持ち悪がって食べな
かったら勿体無い、と心配して注文しなかったそうだ。
・・少し残念。
徐さんは「明日は一日お供をします、今日はお先に失礼します」と言った後、
鍋の味付けまでしてくれて先に引き上げた。
明くる日、徐さんに犬料理の感想を聞かれたので、
「足が少し残った」と答えたら
「足は80元もしたのですよ。一番美味しい所なのに」
と残念がった。
徐さんが言うには
「犬料理はやはり延吉のが最高です。第一犬の質が違う。ひと口食べたらすぐ
分かります」
これは、私達が魚の養殖物と天然物の違いを、舌で味わい分けられるのと同じ
だろう。
延吉の犬は、付近の農家で料理用に専門に飼う。子犬の値段が100元。それ
が、半年弱で成犬になり、400元〜600元で売れるから農家にとっていい
副収入だ。
腹ごなしに夜店を冷やかす。大型テレビぐらいのガラスケースに、長さ1メー
トルほどの蛇がウジャウジャしている。縞蛇の一種だろうか、皮をむいて幾重
にも曲げて串に刺し、焼いている。香ばしくて美味しい。千葉君なんか
「口から犬が出てきそう」
なんて言いながら食べていた。一匹15元は安くないが、値打ちはある。目の
前で皮を剥ぎ、生き肝をすする。
肝は、信州育ちの小池先生がお手のもので「美味い!」と一口ですすった。
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┃白┃酒の良い所は明くる日に残らないことだ。
┗━┛昨日飲んだ酒の銘柄は忘れたが、地元の酒。40度はある。
三人で7合は飲んだと思うのだが、寝覚めはいい。朝食も、朝のお勤めも健康
に済ませたところへ、今日も「紅旗」のお迎えを受けた。
本日の予定は、林檎梨園の見学、図們国境見学、松茸食べ放題の食事、夕方の
飛行機で沈陽に帰る。
林檎梨は、その名の通りりんごと梨のあいの子。延辺大学農学部の実験農園に
案内される。そこは、「紅旗」がやっと取れる細い農道を、牛に、ときには家
鴨の一団に道を譲って貰いながら、1キロも登った丘の中腹にあった。折よく
今日の午後が収穫だそうで、20年生の親樹に、林檎梨が枝もたわわに実って
いる。
私達も早速試食させて貰った。形は林檎だが味は梨。林檎の酸味が僅かに残り
みずみずしい。もぎたてより少し保存して、表面が黄色に変色した方がかえっ
て美味しいそうだ。ここの人達にとって林檎梨は、キムチと共に欠かせない保
存食とのこと。
この丘陵一帯全て林檎梨園。ここを含め、この地方の林檎梨総作付面積はざっ
と100平方キロという。気候風土上の適地は他になく、林檎梨は延吉の特産
品である。千葉君とふたり、鞄に詰められるだけの林檎梨を土産に頂き、次の
目的地図們に向かう。
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┃北┃流する豆満江に沿って「紅旗」で約50分。
┗━┛距離にして延吉から30キロぐらいのところにある、北朝鮮との国境都
市図們。
地図で見ると、朝鮮半島は兎が立ち上がった姿によく似ている。その兎の耳先
の左側である。ここを更に30キロ程北上すると琿春。ここは兎の耳の先端で
中国、ロシア、北朝鮮の三国が境を接する国境である。昔日本の領事館があり
1920年の「間島事件」の舞台ともなった。
領事館が朝鮮人に襲われたと竜井に駐屯していた日本軍が出兵して、朝鮮民族
独立運動を弾圧した。このとき千人を超える朝鮮人が殺されたという。被害の
規模、出兵の対応の速さなどから、襲撃はでっち上げといわれている。ここに
も国境の町の悲劇がある。
地形的に不法出入国は比較的容易で、それにからむ庶民の哀史は、正式の歴史
の裏でいまもあるという。ベルリンの壁は取り除かれて久しいが、琿春に本当
の春はいつ来るのだろう。
図們から北朝鮮の間に、国境を跨いで巾約7メートル、長さ約200メートル
ほどの橋が架かっている。橋桁のペンキが中国側はピンク、北朝鮮側が緑。
そのまま今にも渡れそうな小さな橋だ。
展望台に置かれた望遠鏡で見ると、対岸でトウモロコシの収穫をしているのが
はっきり見える。その向こうに見える鉄道橋を指差しながら、徐さんに
「君が私の年になったとき、即ち40年後にはあそこに新幹線が走っているで
しょう」と言ったら
「えっ、本当ですか!?」
と素っ頓狂な声を上げる。
私の予想は外れるかもしれない。しかし外れて40年より早くなることはあっ
ても、遅くなることはないと思う。私は40年前の日本を知っている。当時の
日本は、新幹線はおろか一級国道ですら洗濯板だった。当時の私達は、ひたす
ら欧米諸国の後を追った。いま中国が欲しい“物”は、具体的に先進諸国にあ
る。目に見える物を得るのは比較的容易だ。その後のことは誰にも分からない
が、ここまでは予言でも予想でもない。確実にくる未来である。
それにしても20世紀は悪すぎた。20世紀に数々の悲劇を生んだこの「国境
の町」が、21世紀には友情の接点であって欲しいと願わずにはおられない。
千葉君と徐さんが、「来年は是非一緒に長白山に登りましょう」と握手をして
いる。21世紀に向けて、国境の町に芽生えた若者同士の友情に幸あれ。
= つづく =
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┃ ┃ 読後感アンケート結果。
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◇ 面白かった (^○^) -------------------------------- 23人 (85%)
◇ ふつう (゜.゜) -------------------------------- 4人 (15%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 0人 ( 0%)
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┃ ┃ この記事にお便りを頂きました。
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┌──────────「取手みらいねっとさん」男性@五十代@茨城
「国境の町」大変楽しく、また参考になりました。
実は私も、3月23日〜26日まで延吉に伺っておりました。北朝鮮国境近く
の村にもおじゃまし、その地域の方ともお話して来ました。(中国語ができな
いので延吉の日本語ができる朝鮮族の方の通訳で)
長白山の麓まで行き、各地に抗日戦争の犠牲者の碑があるのも見てきました。
おっしゃるとおりに21世紀には、日本と中国、そしてアジアの平和と友情の
町であって欲しいと思います。
もし可能なら、延吉にいらっしゃる日本人の方(記事にある延辺大学の先生で
もどなたでも)をご紹介頂ければ幸せです。
参考に私のブログのURLを下記に記載しておきます。
・取手みらいねっと
・延吉〜取手みらいねっと
今後ともよろしくお願いいたします。
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┌──────────「CHINACHIPS事務局から」
CHINACHIPS「アジアの街角から」事務局でございます。
せっかくご連絡を頂戴しておりますが、ライターの「けんさん」はお忙しいら
しくて、今日まで待ちましたが返事がまいりません。延辺在住の日本人のご紹
介を含めまして、返事がまいり次第にご連絡をさせて頂きたいと存じます。
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このサイトをリンクしたいのですが、よろしいでしょうか?
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ありがとうございます。何卒よろしくお願い申し上げます。
こちらでも、
以下のリンクページに貴サイトへのリンクを架けさせて頂きました。
http://chinachips.fc2web.com/linkhp/01cnvarious.html
よろしくお願い申し上げます!
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┌──────────「取手みらいねっとさん」
CHACHIPS事務局様、ご丁寧なお返事ありがとうございます。
「けんさん」のご都合がついて、お付き合いただけるとご判断されたら、是非
ご連絡ください。
それではこちらもリンクさせていただきます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
敬具
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。

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