┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
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┃ :中国への熱い思線: ――――――――――― by けんさん                    (けんさんの日中友好コーナー)

☆ 「北京遊学」―――――――――――――――――――― 2003/04/02
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│北京語言学院は、北京の北郊
│外海淀区学院路にある語学の専門学校である。
└--------
いまは確か北京語言文化大学とか名前が変わったのだが、語言学院の方が通り
が良い。清華大学、石油大学、地質大学、航空大学、が同じ通りにあり、北京
大学もあまり遠くない。周囲一帯が学園地区である。
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┃中┃国の大学は、何処もまず敷地がゆったりしている。
┗━┛語言学院は狭い方だが、それでも30万平米ある。ジェット機の滑走路
は充分に作れる広さだ。北京大学、清華大学となると完全に小都市で、教職員
宿舎も全部含めると、園内は自転車でも半日で回りきれないのではないだろう
か。

中国人学生は常時500人くらい居るだろうか、英語日本語を含め、ロシア語
フランス語ドイツ語等世界各国の言葉を勉強している。中国語を学ぶ外国人は
年間延べ5000人強。一番多いのは韓国人、次には日本人、その他アメリカ
ヨーロッパ、アフリカ等、オリンピックに参加している国がすべて来ていると
いっても過言ではない。日本からは企業派遣の若者、正規の4年制の大学生、
他に私のような短期の留学生が大勢いる。

私も1993年と94年の二回短期留学し、合わせて9ヶ月ここで中国語を学
んだ。入学式のとき校長先生がこう挨拶した。

「日本の方は、旅行が目的で来られる人も多いようですが、勉強もしっかりし
て下さい」。
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┃岩┃本公夫さんという年輩の人が一緒だった。
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彼はご夫婦で来て、ここを根城に北京胡同(裏町の横丁)の建築物「四合院」に
ついてライフワークで研究している。なかでも特に「メンドル」という門の飾
り石に魅せられ、これが専門。いま北京も近代化の波が押し寄せ、古い貴重な
文物がブルドーザーで毎日壊されている。

彼は「今保存しないと、取り返しのつかないことになりますよ」と中国政府に
進言したのだが取り上げて貰えなかった。そこで個人でその保存に立ち上がっ
たのである。取り除かれる「メンドル」を見つけては自費で買い上げ、自分で
運んだ。そして2年間で全ての胡同をまわり、全ての「メンドル」6000個
について詳細な台帳を作った。その間、自転車で回った距離は6千キロ。日本
列島縦断の倍である。学校は、岩本さんが一日も授業に出席しなくてもそれを
許した。そればかりか敷地内に「枕石園」という一角を提供し「メンドル」の
保存場所とした。

自慢ではないが、私もあまり授業の出席率はよくなかった。勿論岩本さんみた
いに素晴らしいことの故ではなく、私の場合はただ北京及び近郊を遊んで歩い
ただけである。北京の5星の料理屋は殆ど全部行った。

私は美食家ではないが、ここで一緒に勉強した日本人の娘さんのひとりが食い
しん坊で、お付き合いしたのである。世界各国の老若男女が一緒に暮らしてい
ると、30才位の年の差は吹っ飛ぶ。彼女とも、恋人気分で楽しく付き合わせ
てもらった。

だから私の場合、とても留学とは言えない。遊学である。
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┃同┃室は、最初がドイツ人、24才。少林寺拳法が大好きな大男。
┗━┛自らをテロリストと名付けていたが、本当は紳士。彼が常に素っ裸でい
るのに閉口した以外は愉快な男だった。

二度目はイタリア人、20才。イタリアの若者は、男女とも実に陽気である。
かわいい娘さんに「チャオ」と笑顔で挨拶されると、この娘オレに気があるの
かな?と思わされる。同年輩の日本人のご婦人が呆れ顔で言っていた。
「あの坊主達、私にも口説き文句を言うのだよ!」

初心な中国娘はイタリア人に弱い。園内のベンチで、涙で潤む目でイタリアの
若者を見つめている中国娘を何人か見た。同室のイタリア人には、日本人の娘
が引っ掛かった。

彼女が言うには
「最初は何でもないと思ったのだけど、あの子毎日私のことを好きだというの
だよ」。

年端もいかないくせに、恋の手管に長けたこの若者は、今度は別の娘に声をか
け日本人娘を悩ませる。そこで私は、この日本人娘の苦しい胸の内と悩みを聞
いてあげる役となった。これも年寄りの義務か。

国際交流はごく自然に行われる。ある日日本人、韓国人、アメリカ人、インド
ネシア人、泰国人と、クラスメートで賑やかに談笑していたら、中国人の教師
が不思議そうに尋ねる。

「随分賑やかに話していましたが、いったい何語で話していたのですか?」

「えーっ!中国語ですよ」

中国人教師から見ればとても中国語と思えない言葉だったろうが、みんな同じ
レベルなので、私達は充分に意思が通じる。

「北京語言学院で習った、こんな標準的な中国語が分らない貴方は何人ですか
?」と言ったら、先生は苦笑していた。
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┃課┃外授業で印象に残っているのは、やはり万里の長城と香山の紅葉。
┗━┛その他、自分で故宮、天壇を始め北京の名所旧跡20箇所程、名の通っ
たところは殆ど行った。郊外では周口店の北京原人遺跡、芦溝橋、盤山等等。

ある日学校教職員の慰労会に参加させて貰い、尺八を吹いた。中国民謡を吹い
たときは参加者全員が和してくれ皆さん乗りがいい。以後園内で合う、見知ら
ぬ人も挨拶をしてくれるようになった。学生のダンスパーティーにも招待を受
けたのだが、残念ながら踊れない私はもっぱらカメラマン。

北京大学生囲碁選手権に、特別参加を許され碁も打った。300人参加しただ
ろうか。3日間の変則リーグを戦い八勝四敗で11位。本来は、入賞は10位
までなのだが、特別賞を頂いた。優勝者はプロ棋士、かなりレベルの高い大会
だったから、11位は自慢できる成績である。

変わったところでは、中国のテレビに日本人旅行者役で出演したのも、思い出
深い経験。

こう書くと留学中遊んでばかりいたようだが、ここでの中国語勉強の収穫は大
きい。中国各地を含め、世界の、中国語教育の教材の多くはここで作られてい
る。なんと言ってもここは中国語教育のメッカである。初歩の段階から、教師
は教室では中国しかしゃべらないが、それで私達に理解させるのだからその指
導力は凄い。
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┃最┃後にどうしても紹介しなくてはいけないのが、八楼。
┗━┛正式には短期留学生楼。楼番号8で八楼と呼ばれる。5階建。
二人部屋が100少しあろうか。数多い語言学院の寮の中でも歴史と国際性に
富んだところである。今は電話も各部屋にある。24時間シャワーが使える夢
の世界だ。なんと言っても寮費が安い。信じられないが一人一日3.5$。

私は、今でも北京に行ったらここを使わせて貰う。ここは私の故郷、服務のお
嬢さん達もお帰りなさいと暖かく迎えてくれる。
                           = つづく =
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┃┃ 読後感アンケート結果。
┗━┛
◇ 面白かった  (^○^) -------------------------------- 22人  (85%)
◇ ふつう   (゜.゜) --------------------------------  4人  (15%)
◇ ツマラナかった(-_-) --------------------------------  0人  ( 0%)

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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌--------「あずきさん」

私もいつか中国への留学を考えています。
なぜかあの広い大地にひきつけられます。
今はまだその時期ではないので、いつか来るその日に備えて準備中です。

「明るくなった」話にも期待してます。

└--------
 
┌--------「けんさんから」

生涯学習「遊ぶは学ぶ、学ぶは遊ぶ」中国に遊学センターが欲しいです。

――カリキュラム自由。
例えば「山水画、音楽、料理、太極拳、囲碁、歴史、地理、旅行、などなど」
――学期自由
数日〜1年まで、自分の時間がとれた時、思いついた時いつでも行ける。
――その他
貸しロッカーみたいな設備があって、重いものは預けっぱなしに出来る。
――勿論、学歴年齢制限無し。
老後を、仕事の合間を、外国で暮らしたいという人はかなり居ます。

その人達の共通の悩みは、

1.言葉
2.風俗習慣
3.住居
4.手続き
5.費用

の5点です。遊学センターの寄宿舎なら、これを全部一挙に解決できる。
中国に中長期滞在を容易にする施設として、ご同意いただける方は
おられませんでしょうか。

└--------
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┃┃ お便りで頂きました感想。
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┌──────────「kagunnさん」女性@二十代@徳島 ―― 2004/12/13

はじめまして、カグンといいます。偶然にここにたどり着いて、ホームページ
を拝見させていただいた者です。

「北京語言学院は、北京の北郊外海淀区学院路にある語学の専門学校である」
最初のこの紹介↑ですけど、「専門学校」という言葉についてかなり気になり
ますが、実は自分はそこの学部で四年間過ごしましたが、「専門学校」といわ
れたら大学生活が否定されている気がします。--ごめん、ただの感想でした。

└──────────
 
┌──────────「けんさんから」

今は正確には、北京語言文化大学というのですね。言い訳ではありませんが、
当時は北京語言「学院」でしたし、いまでも「yu yan xue yuan 」の方が通り
がいいようです。
これから、正確に表現する必要があるときは気をつけます。ゴメンなさい。

話は変わりますが、今年の9月に久しぶりに語言に行ってきました。
四号環状線が出来て、五道口は完全に様変わりしていますね。

└──────────
 
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」

中国では単科大学が「学院」で、複数以上の学部を持つ大学が「大学」と呼ば
れてるんじゃありませんでしたっけ?ーーたしか..そうだよ、、、。

└──────────
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

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