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桂林熱線(随感随筆)――――――― by nikoさん
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│ねむたい・・・・・。
│
│いきなり失礼な書き出しで始まってしまいましたが、
│今がお仕事疲れのピークでございます。
│
│この世の中、ほんとに『楽あれば苦あり!』だねぇ!!
│ついこの間は、南の楽園で極楽生活を送っておりましたのに
│いまは、ここ桂林の地で、地獄の生活を送っております。
│
│今の望みは、一日でも早くこの地獄の毎日を終わらせて..
│天国へ昇りた〜い!
│イヤ!
│これは別に、文字通り昇天したいというわけではないから誤解しないでね。
│ただ、楽あれば苦あり、苦あれば楽あり、『禍福は糺縄の如し!』
│早く福の順番が回って来い!
│ということを、言いたかっただけでございます。
│
│ところで、2月1日は新年。
│とうとうやってまいりました!
│新年快楽!万事如意!恭喜發財!身体健康!
│三羊開泰!羊年吉祥!大發羊財!羊羊得意!
│祝福イ尓!
│
│ということで、このハードスケジュールも今週で終わり。
│来週は、溜まった公休日をかためてとって又陽朔にでも遊びにいくかなぁ!
│
│さて、先週の月曜号を見ておりましたら、私の本文のタイトルが
│「☆ お雑煮と正月の風物詩の比較と機関銃!」なんて、
│すごいタイトルが付いておりました。
│(注:)
│本文は確かに私が書いてるんだけど、タイトル付けは編集長のOJINさんが
│適当に編集しておられます。
│
│確かに中身はそうなんだけど、
│こうやって並べて書くとなんかすごいですよね!
│「こりゃ読まなアカン!」なんて思わされますよね。
│さすがOJINさんだなぁー!(感嘆!)ヨッ!ネーミングの達人!!
│
│ーーなんて身内でほめっこしててもしょーがないか。
│
│さて、ここしばらく正月(春節)特集をやっておりますが、
│ひとつ再認識したことがございます。
│
│いわゆる中国の古来からの伝統、文化、風習が、この大陸ではどこかの時点
│で断ち切れている。
│ということでございます。
│特に、中国四千年(五千年?)の歴史の中で綿々と受け継がれてきた
│民間伝承(言い伝え)がどこかの時点で断ち切れています。
│
│これが人為的に行われたものか、
│歴史の必然の中で消滅したのかわかりませんが、
│ここ五十年間の間に失われたと思われる伝承が多々あります。
│
│この間も、ある中国人の読者の方から、思ってもいなかったお便りをいただ
│きました。
│その内容は、このメルマガの203号に詳しく載っておりますので、覚えて
│おられる方も多いかと思います。
│
│まあ、わが祖国日本でも同じような現象で、
│いまどきのお若い方が、日本の民間伝承の多くをご存じないのと
│一緒でしょうか・・・・・?
│
│そういう私にも、子供のころ、こういった会話を母親と交わした覚えがござ
│います。
│母親:『コラッ!あんた、そんなとこで、そんなことしたらアカン!!
│そこは神さんがいてはるとこや!そんなことやってるとバチがあたるで!』
│私 :『そんなことないわい!そんなんみんな迷信やゆーてたわ!!』
│母親:『そんなこと誰が言うた!』
│私 :『がっこのせんせがゆうとったわ!!』
│遥か半世紀ほど前のお話しでございます。
│
│こうやって日本でも、古くからの言い伝えが続々と消えていったわけでござ
│いますが、
│この世の中、どんどん国境を越えて、民族の壁を越えて文化・風習の淘汰が
│行われ、ただの無機質な物質重視、味気ない現実重視の文明だけ、の世界に
│なってしまうのでしょうか?
│
│そうだとしたら寂しいことでございます。
│
│ただ、ここ中国だけに限っていえば、自然の流れというより、
│やはり例の文化大革命の後遺症の方が大きいような・・・・・・・。
│あくまで個人的見解ですが・・・・・。
│う〜む!!(-_-)
│
└------------------
☆ シンガポール・気絶しそうな脚線美・ぁ〜ぁぁぁ!!― 2003/02/02
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┃お┃正月特集の最終号でございます。
┗━┛
まえがきでも申し上げましたとおり、中国の方から思わぬお便りをいただき、
メルマガの203号で思わずシンガポールのお話しが出てしまいました。
それにつられて、遥か昔の思い出話が続々と脳裏によみがえってまいりました
ので、ついでと言ってはなんですが、
ここで最後に各国、各都市のお正月事情でもお話しをしてこの特集をおわりま
しょう。
┏━┓
┃さ┃て、私が東南アジアの星、シンガポールに着任したのは、遥か二十数年
┗━┛前のことでございます。
東南アジアと申しますから、色の黒い現地人ばかりかと思っておりましたら、
国民の半数以上が華人、特に福建、客家と中国人が多いのにはびっくりいたし
ました。
しかも華人の女性は“色の白いは七難隠す”を信じているのかどうか、
赤道直下のお国でありながら、色白のスタイルの良い美女が多かったのには
ダブルびっくりでございました。
私と、中国人の方々とのお付き合いが始まったのはその時からですから、もう
二十数年、人生の半分近くを中国人の方々と一緒にお仕事させていただいてい
る勘定になります。
さて、
その色白の美女にまつわる、甘く、ほろ苦い思い出話がひとつございます。
手始めにその思い出話からでも始めましょうか・・・・・・。
┏━┓
┃私┃が赴任した当時は単身赴任。
┗━┛毎日の異国でのお仕事が終わりますと、無聊をかこっている上司や先輩
に誘われ、夜な夜な夜の街へと出撃したものでございます。
その中でもシンガポールの深夜に、はなやかに花開く一角がございました。
その名も“ブギストリート”。
ここは、昼間はな〜んにもないただの汚い一筋の通りでございますが、
日も落ちる頃になりますと、通り一面に食べ物の屋台が林立し始めます。
ただ、夜も浅いうちは屋台が集まっているだけで、特別これといった興味を引
くものはございません。
ところが夜も更けてまいりますと、その屋台の周りに設けてある簡易テーブル
の周りを、この世のものとは思えない絶世の美女どもが徘徊し始めるのです。
その中でも、インド系、マレー系の色の浅黒い美女に混じって、色白のユーラ
シア系の美女や、色白の華人の美女が特に目立ちます。
ため息が出るほどの、美しい美女たちでございました。
テーブルについている客のほとんどが欧米人、特にアメリカやオーストラリア
の水兵さんが多かった記憶がございます。
美女たちは、彼らの話し相手をしたり、一緒に写真を撮ったりしております。
ただし、それだけではおさまらないのが夜の世界。
当然ですよね。
特にここにきているのは、長い航海から解き放された野獣ども。
いや違った、身も心も寂しさで一杯の、可哀そうな男たち。
しょっちゅう女の取り合いをして、殴り合いの喧嘩を始めるのには辟易しまし
たが、それを除けば気のいい連中でございました。
ただ、ブギストリートのすぐ横の路地に、MPのジープが常駐していたほどで
ございますから、彼らの喧嘩は、軍当局もかなり気にはしていたようでありま
す。
さて、
┏━┓
┃夜┃も更けて、合意ができたカップルは、一組、二組と深夜の街へ消えて
┗━┛いきます。
そのころの私は青二才で、まだまだ若かった。
毎日のようにそこに通ううちに、とうとうその中でも飛び切りの色白の華人の
美女に恋してしまったのでございます。
いまはもう、その彼女の名前も忘れてしまいましたが、
とにかく、ため息が出るほどの美女の中でも特に色白で、
その肌は、まるで透き通った真っ白な大理石のよう。
特に、深く切れ上がったチャイナドレスのスリットから覗く真っ白な肢体は、
見ただけでもう、気絶しそうなほどの脚線美でございました。
華人のくせに、まるでユーラシアンかと見間違えるほどのホリの深い顔立ち。
その中でも特に目立つ、琥珀をはめ込んだかと思うような輝く瞳。
二十数年経った今でも、目をつぶればその姿が浮かび上がってまいります。
何日もブギに通ううち、次第に彼女とも慣れ親しんでまいりまして、こちらが
顔を出せば、誰かが彼女に伝言するらしく、五分と経たぬうちに私の横に侍る
彼女の姿が見られるようになりました。
美女の中でも特に目立つ美女でございましたので、衆目を集めたのはいうまで
もなく、その美女を毎夜のごとく侍らせ、いささか得意になったことも事実で
ございます。
しかも幸いなことに、欧米の水兵さんたちはどういうわけか色の浅黒い、いか
にも東南アジア原産というような美女(?)にしか目もくれませんでしたので、
彼らたちに力ずくで奪われなかったのもラッキーでございました。
ポパイに出てくるブルートーみたいな彼らの腕で殴りまわされたら、アバラの
2、3本どころか、全身包帯のミイラ男になるのを覚悟しなけりゃなりません
からね。
ただ、先に申し上げましたようにそのころの私は、まだまだ青くウブでござい
ましたので、毎日同じテーブルについて語り合い、飲み明かすことの繰り返し
で、なかなかその先に進展しなかったのでございます。
ところが逢瀬を重ねるうちに、いくらウブとはいえ、次のステージへ進みたく
なった。
そこから先が不幸の始まりでございましたよ!
┏━┓
┃ナ┃ニ?喧嘩別れした?
┗━┛とんでもございません。
別れの最期の最後まで、二人の仲は変わりませんでしたよ。
ただ、二人に別れが待っていたことは確かでございました。
我々二人の仲は、私の上司も先輩も承知の上でございました。
毎夜の席に、少なからず誰かが同席しておったからであります。
彼らは私より先に赴任しており、シンガポールを知り尽くしております。
その彼らが、私にヒミツにしていたことがひとつございます。
シンガポールにお詳しく、
ここまで読んで、私の不幸の始まりの原因をお察しのお方は、もう結末をお気
づきでしょう。
実は、上司や同僚たちがヒミツにしていたことというのは、
ブギストリートに関することでございまして、
実はですねぇ!
実はぁ〜ぁぁぁぁぁ!!
このブギストリートというのは東南アジアでも有名なッ!!
“オカマ”・・・・たちが集まるストリートだったんですよ。
ということは・・・・・・・・・・・・・・・・・????
私の彼女も、実は美女ではなく見事に美男でございました。(T-T)
私の、異国の地での始めての、、純愛がぁぁぁぁ!!
・・・・・・・みごとな玉砕でございました!
ということで、本日はご清聴ありがとうございました。
・・・・・・って???
きょうは正月の話をするんじゃなかったっけ???
すまん!情に流されるのと一緒に筆まで流れてしもうた!!
正月の話は又、来週にでもするからゆるしてくれ〜。
┌--------
(あとがき)
この話しは、遥かかなた古きよきシンガポールの頃のお話。
いまの無機質で、人工的シンガポールでは、もう二度と体験できないお話しで
ございます。
このお話の通りのシンガポールを期待し訪れますと、期待はずれに終わってし
まいますので、その点はご承知おきください。
私と中国人の方々とのお付き合いが始まったのは、その頃からでございます。
指折れば二十数年、人生の半分近く。
社会人生活が約30年でございますのでその大半と言うか、
そのほとんどを中国人の方々と一緒にお仕事してまいりました。
今では、私の体内にも中国人の血が流れているのではないか?
と錯覚に陥る体験話も少なくございません。
シンガポールの華人は、建国の父リー・クヮン・ユーを中心にマレーシアから
の独立を果たし意気揚々としておりました。
= この稿おわり =
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┃ ┃ 読後感アンケート結果。
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◇ 面白かった (^○^) -------------------------------- 37人 (95%)
◇ ふつう (゜.゜) -------------------------------- 0人 ( 0%)
◇ ツマラナかった(-_-) -------------------------------- 2人 ( 5%)
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┃ ┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌──────────「浮雲さん」
青春の真っ只中。
私には経験は有りませんが、何と無くその時のお気持ち察せられます。
普通は余り経験できない事を出来たのだから、貴重な青春だったも・・・。
次を楽しみにしています。
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┌──────────「nikoさんから」
「浮雲」さんへ、ご愛読ありがとうございます。
<何と無くその時のお気持ち察せられます。>
ひょっとして浮雲さんにも人には言えないほろ苦い過去が・・・・・・・・。
(失礼! (^_^) )
いやー、ほんとにカタギのお方は、普通はこんな経験しませんよねぇ。
私の人生を振り返ってみますと、この話よりもっと冷や汗もんのお話しがまだ
まだまだまだ・・・・・
あるんですよ。
ただし、これ以外は公の場ではさすがに出せないもんばかりですけどね。
だから、次はあんまり楽しみにしないで!オネガイ!!
次週からはまた、元のペースに戻ります。ーーー元のペースも宜しく。
ありがとうございました。
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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