┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
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┃ 日本復帰の道険し(ぽんずの日本生活)―――― by ぽんずさん
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│夫はすでに社会復帰しているのに、
│私の日本復帰は???状態のぽんずです。
│
│11年ぶりというのはサバ読みだ!という悪友の言葉はやはり本当?
│20年ぶりというのが本当かもしれないと、
│日本人ながら外国人状態の毎日を過ごしています。
│
│聞こえてくる中国語に「懐かしいねぇ」という息子。
│
│おばの家に一人で出かけた娘。
│なんとお財布の中には200元!!!
│人民元もってどうするの???
│
│普通の日本人の奥様を見て、日々、私はどこか変?と落ち込んでいる、
│すでに北京シック?のぽんずでした。
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2.日本での生活が始まる ――――――――――――――― 2003/07/28

一時帰国で実家に帰省しているわけではないので、とりあえず買い物には行か
なくてはならない。

今までお手伝いさんがいる怠惰な生活をしていた私には、家事をこなし、買い
物もして、食事の準備もして、荷物の整理も……

・・なんてハードすぎるのだけれど、とにかく食べることだけはどうしてもし
なくてはならない。だから近所の商店街には出かける。

そこに娘と息子二人を連れて行くと大変だ。
突然、英語で言い争いを始める。

子供たちにとってはそれが普通のことだけれど、商店街を歩いている人たちに
とっては普通のことではない。
急に英語が聞こえてきて、それを話しているのが、見るからに日本人なのだ。

「アメリカから夏休みで帰ってきたの?」
と商店街の靴屋のおじさん。

「そうなんです。」
と答える私。

横では、「International School of Beijing 北京国際学校」と背中に大きく
書かれているTシャツを着ている娘が、
「うそつき!!」と英語で言っている。

店を離れたときに

「中国からなんていったら、おじさん混乱させるだけよ。中国からきてどうし
て英語なんだって」

「そうかぁ」とうなずく娘。
そんな娘、普段は「アメリカから来た」といっているのだった。

はてさて、日本に帰ってきたので、転入届を出さなくてはいけない。
準備をしてもらっていた戸籍謄本と附表をもって役所に出かける。

出かける前、娘に

「印鑑って要るかな?」と何気なく聞くと、

「もっていかなかったら、親指で押させられるよ!」との答え。

そう、北京でパスポートの更新をしたとき、印鑑がなかったので拇印を押した
のだ。

「日本ってなんでも印鑑だから、もって行ったほうがいいわね。」

と印鑑を探し出す。息子は玄関で待ちくたびれているが、肝心の印鑑がない。
ようやく、雑多なものの間から印鑑が出てきたときには息子は行く気力をなく
していた。

役所にいって転入届の用紙を見ると、特に印鑑は要らないようだった。
その理由は忘れてしまったが、「なんとかの方は押印の必要はありません」と
書いてあったような気がする。

「印鑑要らないって!」と娘に話しかけると、

「へ〜〜〜〜」と驚いた感じの娘。なぜかこういう感覚だけは日本人。

それでもアッサリと記入が終わらないのが、私たち。

「ねねね、今年って平成何年?」
分かるワケのない娘に聞く。

「知らない!どっかに書いてあるんじゃない」と娘。

そして母子でキョトキョトとあちらこちらを見回す。
それに気がついた役所の窓口の人。

「何かお探しですか?」

「いえ、あの……、今年って平成何年ですか?」

その問いに、一瞬キョトン!
そして笑顔で

「15年ですよ。ド忘れってありますよね。」

ど忘れ?ど忘れじゃない....知らなかったのだ。
だって平成なんて必要なかったから覚えていない。
平成で覚えているのは、娘と息子の生まれた年だけ。

恥ずかしい思いをしながら記入を終えて窓口へ書類を提出して思った。
領事館の窓口には西暦と日本年号の対照表が貼ってあったな〜〜。

日本って、2003年というより平成15年なんだなぁ……。
それに慣れなきゃいけない。

日本の人たちは、条件反射で平成15年って出てくるんだろうなぁ。
多分私はしばらくの間、娘が2年生まれで今年13歳だから+−×÷=15年
ーーと頭の中で計算するんだろうな。

ふとそう思った。

                           = つづく =
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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
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┌--------「大原敬一さん」

孫二十二歳がおもちゃメーカーの社員として初めて香港の向かいのシンセンに
派遣される事になったのですが、このメルマガを参考にしなさいと言っておき
ましたが、如何でしょうか。

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┌--------「ぽんずさんから」

私の文章はともかく、みなさまの記事がとても参考になると思います。

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┌--------「yoneyamaさん」

私も一家でアメリカに5年暮らしました。その間に昭和から平成になり、
未だに昭和が何年で終わったのかすぐ出てきません。
10年以上経って子供たちはもうすっかり日本人です。

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┌--------「ぽんずさんから」

昭和から平成になったときは第1回目の北京でしたが
一時帰国して日本にいました。
ところであれは昭和何年だったのでしょうか???
私も計算してしまいます。

悪友から在外期間x2の時間がリハビリ(?)には必要といわれました。
yoneyamaさまは5x2で10年。それで日本人に戻れるんですね。
うちはどれぐらいかかるか……意外に早かったりして。

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┌--------「ミカの赤い服さん」

えっ!ぽんずさんって女性だったんですね。
わたしはずっと日本にいますけど、「平成」は苦手です。
いつも、しばらく考えて記入していますよ。

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┌--------「ぽんずさんから」

はい、女です。(笑)ぽんずとは日本語の名前の中国語読みで、
「ず」は「子」なんですよ。

ずっと日本の方でも平成が苦手と聞くと安心します。
やっぱり昭和に慣れすぎていたからでしょうか。
息子は、平成の次はどうなるのか、今から気にしています。

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 ぽんずさんの「北京に暮らして」はこちら!
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