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┃ 中国ひとりぼっち: ―――――――――― by ブーザンさん                ブーザンのホームページ(中国ひとりぼっち)

☆ 充電式乾電池消失之顛末 ―――――――――――――― 1994/08/04

−1

1994年8月4日、香港から空路広州へ入った。

名古屋空港で、乾電池などは別に預けさせられてしまった為、
香港に着いてから受け取る事になっていたが、
香港空港に着いた時には、乗り換えの手続き等に気をとられて
その事をすっかり忘れてしまっていた。
気が付いたのは、広州行きの飛行機に乗る為の空港内バスの中でだった。

−2

この当時、中国では充電乾電池は中々手に入らないと聞いていたので、
180本ほどの充電式乾電池を持ち込もうとしたのだが、
それを受け取るのを忘れてしまうなんて!

しかし、今更どうする事も出来ない。
足取りも重く広州行き飛行機のタラップを上った。

−3

中国語のカセットを聞こうと思っても、電池が無いので歩きながら
ということが出来ず、夜になってから机の上でヒヤリングするしかなかった。
周りは広東語ばかり、食事も違う中で毎日が憂うつであった。

そして、休暇を利用して香港空港まで行った。
しかし、俺はなんという馬鹿なのか!
ひとりで行ったので言葉がまるで通じない!

−4

ニイハオとシェイシェイくらいしか覚えていない俺の話が
通関管理倉庫の係員に通じる訳がなかった!
一応英語で話してはみたが、英語の中に日本語が混じる英語なので、
相手にはちんぷんかんぷん。

とうとう最後には、ショットガンを持った警備員2人が、
私の腕を取って軽々と持ち上げ退場させられてしまった。
どうやら頭のおかしいヤツと思われたらしい。。

乾電池の為にひどい目にあった。

仕方なく、次の休暇日になんとかしようと思い直し、広州へ戻った。

−5

次の休暇日までが本当に長く待遠しく感じられた。
毎日工場長としての仕事に追われ、油が浮いた食事に、
下痢の日々が続いた。

1994年10月20日

やっと休暇の日がやって来たので、今度は中国人の通訳を連れて
行こうとしたが、中国人は香港へのビザが簡単に取れない!

仕方なく、中国人の董事長に香港へ電話をかけてもらい、
董事長の知り合いの一度も会った事のない人と香港で待ち合わせる約束をして
香港空港へ向った。

彼は、広東語で通関関係者と話していたので、私には乾電池を取りに来た
という事ぐらいしか分からない。
30分程話した後、その董事長の知り合いの香港人は、広東語でゆっくり
私に話してくれたが、..どうも乾電池はないような雰囲気である。

広州まで電話を入れ、通訳に替わってもらってその人と話しをさせ、
それから電話の向こうの通訳に内容を聞いてみたら、、なんと!
馬鹿馬鹿しい事に通訳は吉林省出身の人で
広東語が全く通じていなかった!

−6

仕方なく、日本語が少し分かる通関局の人を呼び出してもらって話を聞いた。
この180個の乾電池は引き取り手が無い為、1週間程前に処分してしまった
と言う。
3か月は預ってもらえる筈だと抗議してみたが、保管場所が狭いため
処分してしまったと言うばかり。

3か月までには、まだ2週間あるとも言ってみたけれど取り付くシマもない。
充電乾電池180個といっても、そんなに大きい物ではないんだが・・・

仕方なく、虚な気持ちで香港空港をあとにした。

中国へ来て最初のバカな出来事だった。

                           = おわり =
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