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┃ 重慶熱線 (重慶で見た中国): by 重慶出稼ぎ人のちゅーさん

1−家庭崩壊への道−「技術商談」その4.替え歌合戦

会議のない時は、工場見学や、スポーツ観戦、革命京劇や雑伎見物という手配
をしてくれました。
革命京劇は四人組の江青が中心になって、伝統的京劇の手法を革命的主題に応
用したものです。

わたしに取っては、ひと言でいうと、面白くもなんともない代物で、中国側か
らお声がかかった時は、すっと血の気が引いて行きました。
そういう中でただ一つ、「紅色娘子軍」という革命京劇だけは興味を覚えまし
た。なぜなら、出演者が半ズボンをはいていたからです。

女性の膝小僧より上を見るのは、スポーツ観戦をのぞいては、この「紅色娘子
軍」だけでした。
北朝鮮は、当時でもスカートをはいていたので、随分先進的に感じました。
ドルショップで洋酒も買えたのですから。

しかし中国は、江青という女の怨念が他の女性の青春と性的魅力、人民の楽し
みを焼き尽くしていました。
楽しみや娯楽が全くない中で、26才のわたしが精神的にもったのは、内向的
な性格だったからでしょう。

もし外向的で、変化のないところには耐えられないとしたら、とっくに仕事を
投げ出していたと思います。
他の出張者が全て自分より年上という環境でもありました。
それでもなんとか耐えられたのは、自分がもっているもうひとつの性格「軽薄
さ」のおかげだと思っています。

食事はメーカー、建設会社、運送会社からの出張者全員が、二つのテーブルに
別れてとりました。料理もスープも大きな器で出て来るので、それを各人が自
分の皿に取り分けます。

ある時お椀が無くて、ある人がスープの大きな容器に直接スプーンをつっこん
で、スープを吸い込みました。それを見た同じ会社の人が、「汚いことをする
な」と怒り、言われた方も言い返して口論になりました。

料理を自分の箸でとるのだから、スープも自分のスプーンで取っていいような
ものですが、日本人の感覚では別物です。
液体だと混ざってしまうから、汚いと思うのでしょうか。
それとなかなか進まぬ商談に皆が精神的にいらだってもいました。

中国では、平気で自分のスプーンをつっこんで、吸っています。
ですから普通は、黙っていると空のお椀は出てきません。
習慣の違いは現地で暮らしてみないとわからないものです。

当時は日本料理屋は一つもなくて、食事は自分たちで工夫しました。
一番の傑作は大根おろしです。
中国製のアルミの弁当箱の蓋に、釘で穴をあけておろし器をつくります。
街で大根を買ってきてすりおろす。

が、これだけではだめで日本の醤油が欠かせません。
今では、日本の醤油が上海で造られており、重慶でもメトロというドイツ系の
スーパーで手に入りますが、当時は日本から持ち込むしか手だてがありません
でした。

スヌーカーという、英国式のビリヤード台がホテルのロビーに置いてありまし
た。当時の和平賓館など、古いホテルには殆ど置いて有ったようですが、これ
は租界時代の遺留品でしょう。
上海大厦の従業員で、このスヌーカーがやたらと上手いのがいて、われわれが
玉をこすったりすると、よく笑われたものです。

上海大厦はその昔ブロードウェー・マンションと言いました。
わたしたちの食卓には、BMのイニシャルが入った皿が並びました。
昔のものを大事に使い続けていたのです。
1枚分けてもらっていれば、いい記念になったでしょう。

夜は大抵皆が一つに集まり、酒を飲みました。
集まるのは、建設会社の親方と目される人の部屋です。
飲むほどに酔い、憂さを忘れて行きます。

有る夜の事、突然替え歌大会が始まりました。
藤圭子の「夢は夜開く」を即興で替え歌にして行くのです。

大抵「どうして今自分はここにいるのだろう」とか、中国側の遅い対応、
訳の分からない理屈をなじるような内容になりました。
確かこの時録音したテープが、自宅のどこかに眠っているはずです。

一度当時の人たちと同窓会でも開ければ面白いと思います。
出来れば上海大厦で。

このような技術会議が、数ヶ月単位で何回か開かれました。
話し合いの結果を調印して、次はいよいよ中国人技術者を日本に受け入れて、
メーカーの工場で研修する番です。

日中の国交は回復していましたが、日本には中国に反感をいだく右翼が多く、
政治的には緊張した中での受け入れとなりました。
こうした中国人研修生を受けいれする中で、予期せぬ事件に振り回されること
になりますが、それは次回以降にお話します。

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2−道で出会った仏と閻魔

技術会議に建設会社から参加したSさん。
報道写真が趣味で、事件には腕章を巻いて駆けつけるほどのマニアです。
腕章には適当な名前を書いておくそうです。
腕章のあるなしを見る人はいても、内容をチェックする人はいないとか。

彼が初めての会議に参加した時、自己紹介を始めました。
それも起立して、挨拶状を読み出したのです。
その紋切り型な挨拶に、われわれは笑いをかみ殺すのに必死でした。
多分彼は中国では挨拶は紙に書いたものを読むと聞かされていたのでしょう。

当時はちょっとした宴会でも、日中双方がそういう堅苦しい挨拶を交わしてか
ら、始まったものです。
でもこのように自己紹介をしたのは、わたしの知る限りSさんをおいて他には
ありません。

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3−重慶短信

営業マンに欠員が出たので、求人に出かけました。
「人材市場」という市政府の設備があって、ここに社名を登録して、ブースを
借りるのです。

今日は百社くらい来ていました。
一社一回二百元の仲介料なので、人材市場は結構いい収入になります。
求職者も入場するのに5元払います。

一緒に行った社員が日本ではどうするのかと聞くので、全て無料でやる、日本
は納税観念が徹底しており、政府の役人は税金から給料をもらっている、君た
ちも税金はきちんと納めないといけないと教えてやりました。

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4−外大では教えない中国語

「性騒擾」(Xing4 Sao1 Rao3)、セクハラのことです。
性的に騒がす、かき乱すという意味です。

「老板」(Lao3 Ban3)と呼ばれる社長さんで、「小秘」(Xiao3 Mi4)と呼ばれる
秘書兼愛人を引き連れているのがよくいます。

が、自社の秘書を愛人だと錯覚して、事前の努力もせず出すものを出す前に、
出してはいけないものを出してしまうと、「性騒擾」事件になるので、
ご注意の程を。

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5−おまけ

よく行っていたカラオケがつぶれて、半年ほど経ちます。
日本人好み(わたし好み?)のM小姐は田舎へ引っ越して、苗木の商売をして
います。

小学生の息子がいるのですが、二階から落ちて頭を打ってから、歩行が困難に
なりました。そういう子がいながら、旦那は若い女を作ってバイバイ。

実家が農民なのでまだよかった。
現金収入は少ないが、土地があるので最悪食うには困らない。
もっとも実家には兄夫婦がいるので、自由にはなりませんが。

女性企業家で、旦那を追い出して10才も若いのとくっつくのが流行っていま
す。自分勝手が横行すれば、ろくな社会にならないでしょう。

それでは「下周一、見」(来週の月曜日にお会いしましょう)。

                           <(_ _)ちゅー>
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