┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
┃
┃ 重慶熱線 (重慶で見た中国): by 重慶出稼ぎ人のちゅーさん

1−家庭崩壊への道−「技術商談」その3.スポーツ観戦

プラントの建設予定現場で斜めのコンクリート杭を見たわたしは、ここに偉大
な建設が行われるという感激は全くなく、これから出てくであろう問題を懸念
するばかりでした。
そして早速、その懸念があらわれました。

会議の予定が立たないのです。
中国側から連絡のないときは、何日も部屋でぼんやりして過します。
暇つぶしに買い物にでも行ければいいのですが、ままなりません。
突然に、何の前触れもなく会議の通知が来るかもしれないからです。
その連絡を受けるのがわたしの役目でした。

いざ会議が始まると、訳の分からない要求が出てきます。
一番驚いたのは反応塔という、その中で化学反応を起こさせる大型設備を輸送
するとき、エフを付けろと要求したことです。
小包につける様なエフを、大型設備に付けろと。。

最初は一体何を言っているのか理解出来なかったので、何度も確認した結果、
やはりエフを付けろと要求しているのでした。
相手の発言者は細面で色白の、初老の男でした。
彼以外はまったく発言しません。

多分この男が政治的に牛耳っており、技術も何もわからないくせに、無理難題
を持ち出す役目だったのでしょう。

当時の中国は言論統制が厳しく、例えば工場見学をお膳立てされて嫌々ながら
行ってみると、どこへ行っても全く同じ内容の挨拶を聞かされる羽目になった
ものでした。

相手側の通訳は小柄で、口の回りに小皺が目立つ男性でした。
当時の日本語通訳は、戦前から戦中にかけて日本や日本軍とかかわりを持って
いた人だと思います。
みんな初老の年代でした。

文化大革命の時代は大学が閉鎖されており、日本語を学ぶ外大生なんていなか
ったのです。
日本や日本軍とのかかわりは、色んな背景があったのでしょうが、中には日本
に対して、恨み骨髄という人もいたはずです。

わたしが北京に駐在していた時関係した公司には、日本語を流暢に話す担当者
がいました。
彼は朝鮮族で、日本に対して露骨に敵意を持っていました。
ある会社の人はこの担当者から、
「昔日本人に虐められた。お前らにその報復をする」と言われたそうです。
強制的に覚えさせられた外国語は、心の傷となって長い間彼を苛んできたので
しょう。

当時わたしは26才でした。
性欲の盛んな時でしたが、なぜか朝の反応がありません。
他の人も同じらしく、ホテルの料理に去勢剤が含まれているとまことしやかに
噂されたものです。

そもそも女性は、未婚者はおさげ髪、既婚者はおかっぱ。
来ている服は人民服で、殆ど灰色。
履いているのはダブダブのズボン。
刺激になるようなものは一切ない環境でした。
化粧なんてとんでもない時代だったのです。

そういう中で、わたしが唯一楽しみにしていたのは、スポーツ観戦でした。
といっても、女子の試合だけ。
特に体操などは垂涎の的で、東欧の選手のコスチュームを食い入るように眺め
たものです。

ある時バレーボールの試合を観戦に行きました。
まず男子の試合です。
同行した人を見ると、ぐっすりと寝入っています。
そしていよいよ女子の試合。

するとどうでしょう。
その人は目を輝かせて、しかも持参した双眼鏡を片時も手放そうとしません。
彼はまだよかった。
それを刺激にして、帰れば奥さんと一戦交えることも出来るでしょうから。

しかし我々のような外国人に性欲のはけ口は全くなく、飛行機(注)を打つしか
なかったのです。

注:飛行機を打つと中国語では「打飛機」といいます。
  自慰という意味の隠語です。

───────────────

2−道で出会った仏と閻魔

たまに中国側と宴会をしました。
その時はKさんという朝鮮族の日本語通訳でした。
非常に生真面目そうな、好印象を与える人でした。

酒が回り、お互いに歌を披露しようという事になりました。
中国側の番になりKさんが指名されました。
彼は非常に緊張した顔で立ち上がり、歌った歌は日本語の「さくら」です。
そして歌い終わると、突然倒れてしまったのでわれわれは大変驚きました。

この歌合戦の前にひとつの事件がありました。
服務員が彼の背中に、熱湯をこぼしたのです。
わたしは当然不注意だと思っていました。

しかし今から思うと、あれは故意ではなかったのか?
その通訳は、政治的に拘束されるような過去があったのではないか。。
だから歌ですらも非常に緊張して歌った。
宴会が終わったあとで、なにか突き上げがあるかも知れないと......

当時の中国は、本当に暗い時代でした。
この通訳のような人が、その後どうなったのか。
いつの日にか再会することが出来れば、小説よりも奇なるであろう物語を聞い
てみたいものです。

───────────────

3−重慶短信

日本の警察も、だらしなくなりました。

わたしは三年ほど川崎に住んでいたことがあります。
JR駅前の駐在署に手帳の落としものを届けました。
若い警官のものの言い方ときたら、まったくなっていませんでした。
一度商社にでも入れて話し方の勉強をさせるべきです。

それはさておいて、重慶の警察も大したものです。
こんな事件がありました。

ある繁華街のホテルのレストラン。
昼食を取っていた4人組。
一人は40才位の田舎者(以下Tさん)。
それを囲む3人はみるからにその筋の者。

3人はIさんに酒を強要しました。
そして突然一人がIさんの肩に、ナイフを突き刺したのです。
うろたえる回りの人。Iさんはもっと大変。

ふと見ると少し離れたテーブルに、制服を着た警官がいるではありませんか。
Iさんは彼に助けを求めました。
ところがあろうことか、警官はひと言「あっちへ行け」と言ったきり取り合お
うとせず、笑いながら同席者と食事を続けたそうです。

Iさんはどうしたかというと、ホテルを飛び出し、たまたま親切な人にあって
オートバイに乗せてもらい、派出所に駆け込んで一難を逃れました。

この刃傷沙汰を目撃した重慶を旅行中の人が、新聞社に電話を入れました。

警官がトイレへ立ったので後をつけて行くと、制服についた血を洗い流してい
たのですが、鏡に映った警官が胸につけているバッジの番号をしっかりと記憶
したのです。
中国では、警官が制服のままで食事をしたり、スーパーで買い物をしたりして
います。

もっとケジメがつけられないものでしょうか。

───────────────

4−外大では教えない中国語

「打望」(da3 wang4)といえば、男が道行く女性を鑑賞するとことです。
重慶だけで通じる言葉かも知れません。

───────────────

5−おまけ

40度を超えると、会社は休み。だから天気予報はいつも39度止まり。
もし40度を超えても、「昨日は一部で40度を超えました」と事後報告。

たまには正直に40度以上と言って欲しい。
そして会社を休ませて欲しい。

それでは「下周一、見」(来週の月曜日にお会いしましょう)。

                           <(_ _)ちゅー>
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

重慶熱線目次 ライターはこんな人 アジアの街角から目次 CHINACHIPS 総合トップ




SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO