┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  迷子になったらここ!(^O^)  ━┓
┃
┃ 重慶熱線 (重慶で見た中国): by 重慶出稼ぎ人のちゅーさん

1−家庭崩壊への道−「商務商談」その1−使い走り

昨夜、ホテルのベランダで凍死の危機にあったことは、幸い誰に知られること
なく過ぎました。

プラントの商談は、価格や出荷条件を決める商務商談と、技術的な詳細を詰め
る、技術商談に別れます。
まず商務商談の関門を突破しなければ、技術商談に進めません。

わたしが出張したのは、商務商談で頑張る上司たちの補佐、と言えば聞こえは
いいですが、いわゆる使い走りのためでした。
その立場に気が付くまで、暫くかかったのですが。
それほどわたしは善良でお人好し、加えて分析力に劣るということです。

さて初めて出向いた商談の席で、ものすごく大きなショックを受けました。
中国側の言う言葉が、ひとことも理解出来ないのです。
外大で学んだのは、中国語ではなかったのか、という錯覚にさえ陥るほどでし
た。

帰りの車で、上司が言いました。
彼の言葉はわかりにくいが、あれくらいわからないと駄目だと。
その担当者は上海あたりの出身らしのですが、上海人の普通語ほど鬱陶しいも
のはありません。捲舌音は出来ないし、時々上海語も混じる。
日本をイーベンと言われて、すぐにそうと理解するには、かなりの経験が要り
ます。

先行部隊として、海外事業部長、中国貿易室長、それと同室の女性室員の計三
名が当社から派遣されていました。メーカー側からは、常務、工場長、文書部
員の三人が派遣されていました。わたしの仕事は、主に当社内の雑用でした。
商談内容を適時本社へ電報で連絡する。ローマ字でやります。ホテルでは打電
出来ないので、電報局までタクシーで出向きます。

その作業は夕食の後です。まず電文を作成し、上司のチェックしてもらう。
その後、タクシーをホテルに依頼する。そして電報局へ。
冬の夜の北京、殆ど灯りのない北京。その中を一人タクシーに乗り、電報局
へ行くのは、世間知らずであったから出来たことでしょう。
もし他の世界があることを知っておれば、とてもではないが、耐えられない
仕事であったと思います。

ある時は航空券を手配します。これは中国国際旅行社へ。電話で依頼したあと
出来上がったか確認します。当時のわたしは、電話で円滑に会話出来るほどの
能力が無く、「出来上がった」と聞いて言ってみると、まだであったという事
もありました。

当時住んでいたのは北京の西郊にある、友誼賓館というホテルです。
ロシアの技術者のために建設されたと聞きました。
カンボジアから逃亡していたシアヌーク殿下が、そのホテルに住んでいるとい
う噂もありました。

普通のホテルの部屋と、家族が滞在できるマンション形式の棟もありました。
ともかく奥行きの広大な建物でした。そこから電報局までどれくらいかかった
のか、今では記憶がありません。

こういう仕事もありました。中国側へ提出する文章の翻訳をします。
すでに寝込んでいる上司を起こして、添削をしてもらいます。
いまならほんの数分で出来ることが、当時は数時間かかりました。
添削された文章を書き終わってころには、空が明るくなっていることもありま
した。

こういう使い走りをそれから三ヶ月することになるのですが、北京に到着した
当時はいつ帰国出来る分らず、毎夜暗澹たる気持ちに沈みこんでいました。

───────────────

2−道で出会った仏と閻魔

中国側の担当者は、名前を保民といいました。ずうずう弁でわたしを悩ました
当事者ですが、威厳を感じました。片頬に十センチほどの傷跡がありました。
日中戦争で負傷したと、わたしは勝手に想像していました。

その数年後彼にあうと、名前は宝民になっていました。文化大革命がまだ終息
していないときは、道路の名前を変えるだけでなく、人の名前まで変えていた
のです。
宝という字は不謹慎だったのですね。
だから同じ発音の保をあてていたのです。

───────────────

3−重慶短信

重慶でもインターネットバーが乱立しています。
インターネットに絡んだ事件も頻発しています。

先日は、メールで知り合った男性に睡眠薬を飲ませて、身ぐるみはいだ事件が
ありました。犯人は若い女性二人。被害者は若い男性が二人。
新聞には犯人の写真が写っており「こんな娘が悪いことをすると思いますか」
と問いかけていました。

スケベごころはいけません。
‥‥しかしその心がなければ人類の存続はないし....

あれって、まじまじと見つめてみれば醜悪な物体なのに、引かれてしまうのは
すべてスケベ心のおかげです。
しかし女性諸君、人類繁栄の目的をはずれて、それを利用するのはルール違反
でしょう。
まあ、OJIN魚が釣れるので、やめられないのも分かりますが。

───────────────

4−外大では教えない中国語

日本語で「YES」は、「そうでござる」です。
それがどうして「はい」になったのか。

西洋に遊学した人が、帰りに立ち寄った香港で「はい」という実に簡明なこと
ばを知り、日本へ輸入したのです。
香港では今でもYESは「ハイ」です。広東語ですね。
「NO」は「いいえ」でしょうか。
いいえそうではありません。これは「ムハイ」といいます。
「ム」が否定語です。

ところで、香港では大きな声で「はい、どうも」と言ってはいけません。
広東語の発音では、「海、多毛」に聞こえます。
海、それは女性自身のことなんです。

おまえの○○こは毛むくじゃら(^^;)

───────────────

5−おまけ

昔中国には中国民用航空(中国民航)という、たった1社の航空会社しかなかっ
たのです。英語ではCAACと略しました。

ともかく遅延、遅発、キャンセルにはよく泣かされたものです。
われわれはCAACを、CHINA AIRLINE ALLWAYS CANCELの略だと固く信じてい
ました‥‥

それでは「下周一、見」(来週の月曜日にお会いしましょう)。

                           <(_ _)ちゅー>
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

重慶熱線目次 ライターはこんな人 アジアの街角から目次 CHINACHIPS 総合トップ




SEO [PR] お金 ギフト  冷え対策 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO