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┃ 重慶熱線 (重慶で見た中国): by 重慶出稼ぎ人のちゅーさん

1−家庭崩壊への道−「初めての中国」その3.広州

香港から深センへの切符、深センでの昼食、深センから広州までの切符、これ
らはクーポンになっていて、香港で一括支払いをしたと思います。
人民元の両替は、深センだったでしょうか。
日本円をそのまま両替したのかそれとも香港で一旦香港ドルに両替して、それ
を人民元に両替したのか、記憶がありません。

ともかく、深センで昼食のあと、広州行きの列車に乗り込みました。
香港から添乗してくれた中国国際旅行社の担当者とはホームで別れて、ここか
らは広州支社の担当になりました。
(なったはずです。自由行動を許される時代では無かったので)

列車は冷房付きの、リクライニングが可能な座席....の物だったと思います。
どうも頼りない書き方ばかりで申し訳ありません。
もし1度だけその列車に乗っておれば、はっきりと覚えているのですが、わた
しはその後何度も深センから広州へ列車で移動したので、記憶に有る時間が、
前後しているおそれがあります。

広州に着いて宿泊したのは、「東方賓館」というホテルでした。
当時としては、一般人が宿泊出来る最高級ホテルでした。
現在は中国旅遊局という役所が、ホテルを星の数でランク分けしています。
五つ星から二つ星、無印まで。
「東方賓館」は今は五つ星ホテルですが、隣に出来た香港資本の「中国大酒店
( China Hotel)」の五つ星と比べて、ハードもさることながらソフトにはかな
り差があります。
「東方賓館」が当時超一流といわれたのは、設備もさることながら、交易会の
会場が目の前にあることも大きな理由だったでしょう。

そもそも、この星の数を多くするために、裏金を使っているとかの噂もあるよ
うです。

ことのついでに、交易会についてお話しましょう。
1972年当時、中国との商談はどのようにしたか、想像出来ますか。
質問自体が理解できないでしょうね。

当時は北京でしか商談出来なかったのです。
それも、日本から中国への輸入は「輸入ビル」中国から日本への輸出は「輸出
ビル」という、たった二つのビルの中、それも一階の商談室でしか出来なかっ
たのです。
今はいつ、どこで誰と会おうが、何を話そうが自由ですね。
まさに隔世の感があります。

北京での商談を、我々は北京商談と呼んでいました。
なかなか価格交渉が進まない、そのうち交易会の時期になります。
当時は、春季交易会が4月15日から一ヶ月、秋季交易会が10月15日から
一ヶ月であったと思います。
その後この期間は時代と共に短縮されていきました。

北京商談が時間切れになり、続きは交易会でということになります。
これを交易会商談と呼んでいました。
交易会の正式な名称は、「中国輸出商品交易会」なんです。
輸入という文字がありません。それでも輸入商談は行われていました。

先輩に聞いた話では、
−−というのは、わたしが交易会に参加したのは、もっと後になってからなん
です。 普通の中国デビューは交易会なんですが、わたしは珍しい形で、中国
デビューをしました−−
当時三種の神器と言われる買えばかならず儲かる商品があったそうです。

確か栗とクラゲと車エビ?

その商品はもちろん取り合いになるので、開幕日にすることは商談の予約、わ
れわれがアポイントと呼ぶ、それを確保することなんです。
だから各社足の速い若者を門前に配して、開幕と同時に商談室へ駆け上がって
行ったそうです。

アポイントが取れても、商品を買えるかどうかは別問題です。
当時の中国の貿易担当は、まるで神様みたいなものです。
ぷいっと横を向かれればそれまでです。
交易会の話題はつきないので、いつか別の機会にお話しましょう。

さていよいよ次回は、北京到着です。
到着早々の夜、わたしは命にかかわる大変な目にあいました。
それは来週のお楽しみです。

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2−道で出会った仏と閻魔

Iという先輩がいました。日本共産党員だと、世間が噂をしていました。
その人にまつわる話しですが....

中国が人工衛星の打ち上げに成功し、それが「東方紅」という音楽をひきづり
ながら地球をまわったのは、いつかの交易会の時だったそうです。
(正しくは資料を調べてみて下さい)

打ち上げ成功が確認出来たのは、真夜中の2時。
ホテルの服務員(メイド、ボーイ)は、早速各部屋へその喜び事を報告して回り
ました。
夜中の2時に、随分迷惑な話ですが、中国はそういう時代を経て、今日の繁栄
を築いたのです。

もしあなたが熟睡している時、突然ドアーを明けて入った来た服務員が、人工
衛星の打ち上げを報告したとして、どういう反応をしますか。
わたしなら、はぁ〜とか、夜中にアホか!とか叫びそうです。
しかしIさんは違いました。

服務員の声を聞くなりパッと飛び起き、思わず手を取って「おめでとうござい
ます!」と言ったそうです。

あなたにマネが出来ますか。。

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3−重慶短信

重慶にはまだ素朴な人情が残っています。
タクシーに置き忘れた、8000元の現金と小切手の入った手提げ鞄が無事に
戻って来たと「重慶晩報」が伝えています。
たったそれだけ?

‥‥そうそれだけ。

しかしそれが今の中国ではいかに希有なことか、
‥‥住んでみないとわからないでしょうね。

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4−外大では教えない中国語

鶏(Ji1)って何でしょう。。ニワトリのことです.....それは当たり前。
別の意味があります。

男の言いなりになってくれるお嬢さんのことです。
勿論お金は払って下さいよ。お金が要らないのはヨメサンだけ。
でもヨメサンならこちらが要らない。
‥‥世の中上手く行きません。

鶏の発音が妓(Ji4)に通じるのです。
中国の漢字は、原則として一字に発音は一つです。
自ずと同じ音を持っている字が多いので、音を借りた洒落が豊富です。
しかし時には予期せぬ笑い話になります。

「飛機」(Fei1 Ji1)と言えば飛行機のことです。
前の会社にいたとき、現地雇員が雲南省へ出張しました。
昆明から車で、ある工場を訪問したのですが、待てど暮らせど工場へ着いたと
いう連絡が来ません。心配になりかけたとき、やっと電話が入りました。

「(何をさらしとったんや、ぼけかワレは....という言葉は飲み込んで)どない
しやはったんどす、えらい心配しましたで」‥‥という口調の中国語で聞きま
した。
彼が言うには、飛行機と衝突したとのことでした。
驚きましたね、わたしは。

「何、飛機とぶつかって無事やったんか?!」
「こちらは無事でしたが、相手が....」

「何?飛機がつぶれたんか!」
「ちゃいまんがな所長。飛機やのうて、飛鶏でんがな(あほかお前は....)」

つまり、雇員の車がぶつかったのは飛行機ではなくて、、
飛んできた鶏なんです。

その補償問題で農民ともめたので、工場到着が遅くなったと言うのです。
鶏ぐらいで時間をかけるな!と言いたかったのですが、いつも鶏との価格交渉
が長引くわたしには、

‥‥それ以上彼を責めることは出来ませんでした。。

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5−おまけ

莫言という作家をご存じですか。

「紅いコウリャン」(中国語名「紅高梁」hong2 gao1 liang0)の作者です。
張芸謀監督、Gong-Li主演で映画化され、世界的な賞をとりました。
(たしかベルリン映画祭の金熊賞でした。間違っていたらごめんなさい)
この作家と大江健三郎の対談が、5月末にNHKワールドで放映されました。

中国の作家は、都市生まれの大学卒が多いのだそうです。
しかし莫言は、農村生まれで大学は出ていません。
人民解放軍に入り文学サークルで小説を勉強したという、中国文学界では非常
に特異な存在です。

文化大革命の時、「下放」といって都会の知識青年が農村で生活し農業と農村
の苦労を体験する運動がありました。
「雨が降ったら、農民は秋の食料不足を憂慮するが、知識青年は休めることを
喜んだ。だから都会の人間には農民の気持ちなんか分からない。しかし自分は
農民であり、庶民の立場で小説が書ける」と彼はいいます。

彼は中国人で初めて、ノーベル文学賞を取るであろうと言われている作家でも
あります。

昨年、莫言と張芸謀監督のゴールデンコンビが、12年振りに復活しました。
作品名は「幸福時光」。
日本では今秋「至福の時」として、上映される予定です。
わたしはこの映画を重慶で見ました。

この二人の事です、さぞや「紅高梁」に匹敵する映画であろう、おまけに主演
がいいという大きな期待を抱きながら。。
主演は、張本山という非常に味のある、コミカルな初老の男優です。
人気絶大です。

しかし(わたしは)見事に裏切られました。
これだけの陣容でありながら、何の印象も残らなかったのです。
実に納得の行かないことでした。

NHKワールドの番組には莫言の他、張芸謀監督も出演していました。
彼らと大江健三郎との対話を聞いていて、この映画がつまらなかった理由がわ
かりました。
張本山が演じたのは、国営企業を定年退職した男です。

しかし莫言の原作では、主人公は国営企業をリストラされた30代のエリート
だったんです。彼は国営企業の破綻と、突然職を奪われた市民の生活を描いた
のですが、映画は定年後の老人のお茶のみ話しにすり替えられたのです。

なぜかって、国営企業の破綻と失業者の増加は、中国の大きな問題になってい
るからです。
原作のまま映画化出来る時代は、いつになったら来るでしょうか。

今週はちょっと盛り沢山過ぎました。
来週月曜日までに、消化しておいて下さい。

それでは「下周一、見」(来週の月曜日にお会いしましょう)。

                           <(_ _)ちゅー>
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

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