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┃ 重慶熱線 (重慶で見た中国): by 重慶出稼ぎ人のちゅーさん

1−家庭崩壊への道−「初めての中国」その1.香港へ

今回からいよいよ中国珍道中の始まり始まりぃ〜。

初めての海外渡航なので、それなりに荷物をそろえなければいけないと思いま
した。スーツケースというのがあって、サムソナイトというブランドが有名で
それにしろと、中国貿易室の先輩が言いました。
訳も分からず、連れられて旅行用品店へ行きました。

一緒に出張する同僚は、一年後に途中入社したのですが職歴は同等扱いです。
一浪していたので、年はわたしより上でした。
彼は旅行用品店に行きませんでした。
この御仁は少し風変わりで、人生は逆らわねば損という人生観を持っているよ
うです。

5月20日号で紹介した、角刈りのこわもての兄さんには、ことのほか虐めら
れていました。ある時城崎へ課内旅行へ行ったのですが、廊下で足蹴にされて
泣いていました。それを見て快感を覚えたわたしは、多分その時から人間より
も動物に近くなったのかもしれません。

どうしてそんなに虐められたのか?、、当然理由があります。
同僚は強面の角刈りに、煙草をくれと言ったんです。
角刈りは一本やりました。
しかし同僚は、火を点けるなり消してしまったんです。
角刈りは怒りました、「われは、わしのたばこを無駄にしやがって」と。
たばこも、もらう相手を考えないといけません。

わたしはやっと三年前に禁煙に成功しました。
‥‥こういう問題を避けるために。

前置きは長くなりましたが、旅行用品店へ現れなかった同僚は、集合のその日
伊丹国際空港の出発ロビーに、ずだ袋を二つ引きづって来たのです。
わたしは驚きました。
飛行機に乗るのに、スーツケース以外の物でもいいとは知らなかったのです。
この一事で、わたしがいかに世間知らずであったかが、おわかりになるでしょ
う。貧乏人にも世間知らずはいるもんです。

飛行機はJALでした。
今でも変わりませんが、「わたしはエリートよ」面したスッチーが(わたしは
コンプレックスがあるので、密かに彼女らを肉体労働女めがと呼んでいます)
日本人の偏見に助けられて、気持ちよく乗務していました。

その時一緒に行ったのは、大阪から3人、東京から1人です。
大阪からはわたしと同僚、それに外大の先輩。
この先輩は初めて飛行機に乗るわたし達を放置して、どんどん一人で手続きを
済ませて行きました。
こんな思いやりのない人間はろくな者にならないと思っていましたが、やはり
今でも不評を買いつつ給料を剥奪している様です。

さて香港までは、4時間半ほどかかったと思います。
12月なのに、機外へ出て見ると、むぅ〜っとした香港独特の空気が、わたし
の顔にへばりつきました。
荷物を取り、かねて打ち合わせの出口へ出ました。

そこには香港中国旅行社の職員が待っていてくれました。
着いたホテルは、金門飯店、英語ではGolden Gate Hotelといいました。
全て規定路線を進むしかありません。
あまり綺麗なホテルではなかったのでが、熱い湯とCAMEY の石鹸のいい臭いが
今でも忘れられずにいます。
この金門飯店は、そのずっと後の噂では、有名な連れ込みホテルだったのだそ
うです。

そういうことはつゆ知らず、わたしは石鹸の香りと、初めて飛行機に乗った興
奮とで、いつしか熟睡していました。

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2−道で出会った仏と閻魔

上に書いた同僚は、大阪の家具やのぼんぼんなんです。
家業を継がずに、中国貿易に迷い込みました。
同志社の経済なんですが、中国語は第二外国語で習った程度なんです。
でも人間て、好きこそものの上手なれといいましょうか、中国語は結構上手い
のです。
日本語が下手な割には、中国語は上手いということですが‥‥
大体日本語の下手な人間が、外国語を上手く話せる訳がありません。

普通、上手い通訳というのは、おうむがえしに、そのまま直訳するということ
です。通訳の極意は、宴会でも話題を盛り上げるということなんですが、そこ
まで出来る通訳は、商社でも多くはいません。
わたしは30年商社にいましたが、僭越ながら、わたしほどに気配りをして場
の雰囲気をもり立てられたのは他には一人もいませんでした。

人間秀でたものは打たれるのです。
もっともこんな傲慢な人間は打たれて当然かも知れませんね。
お陰様で、今は当然あるべき生活を強いられています。

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3−重慶短信

重慶へ赴任したのは、昨年の1月末です。
その時悪い現地雇員から、重慶名物を教えられました。
「紅咀鯉魚(唇の紅い鯉)」という料理が美味いというのです。
昔からの知り合いが重慶にいたので、聞いて見ました。
そういう名物料理があるのかと。

彼いわく、それは口紅を紅く塗った女性の事だと。

聞いて見ると重慶の江北区にある龍渓鎮という場所は、有名な紅灯街(色街)で
そこに鯉料理を出す店があり、大変評判になった。
その内その街の女性を、紅い唇の鯉と表現するようになったということです。
聞いておいて助かりました。

それを知らずに、レストランで「紅咀鯉魚」なる料理を注文したら、それこそ
笑い者になったことでしょう。

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4−外大では教えない中国語

艶舞(yan4 wu3).........ストリップのことです。
少なくとも昨年まで重慶には個室ストリップがありました。
料金は300元。芸の少ないのは200元。
何人で見ても同じ値段です。

カミソリ切り、ビールの栓空け、ピンポン飛ばし、バナナ切りと多彩です。
それらを自分で修得したと、その時の19才の女の子は言っていました。
女性の生活力たるや恐るべし。

わたしは密かに尊敬し、また反省しています。
彼女ほどに真剣に生活をしたことがあったのだろうか。

公安のオッサン、彼女の生きる権利を奪ったらアカンよ。

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前回第104−1号「外大でも教えない中国語」に誤りがありました。
謹んで訂正させていただきます。

誤―仕事と遊びのバランスを上手くとること、これを
 「労逸結合」(lao2 yi4 jie2 he4)といいます。

正―仕事と遊びのバランスを上手くとること、これを
 「労逸結合」(lao2 yi4 jie2 he2)といいます。
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5−おまけ

昔の中国ビザは、目的地が明示してあり、北京なら北京にしか行けなかった
のです。
もし北京から上海へ移動する時は、「旅行証」という許可証と、到着地の空港
や駅の公安詰め所へ届ける書類が必要でした。

わたしはこの「旅行証」で大失敗をしたことがあります。
いつかお話する機会があるでしょう。

ではまた来週月曜日にお会いしましょう。

それでは「下周一、見」(来週の月曜日にお会いしましょう)。

                           <(_ _)ちゅー>
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││ OJIN の茶々。
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┏━━━━━━━━━━「(^^) OJIN です(^^)」

Ojinがむかし、懇意にいたしておりましたあるご令嬢。
卒業したらスッチーになりたかったそうです。。ところが、、
父上が猛烈大反対。。聞いてみると、その反対理由がまたスゴイ!

「あんな“空飛ぶ女中”なぞ、我家の娘のする仕事ではな〜いッ!!」

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(スッチー関係者の方がご覧いただいておりましたらスミマセン。)

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