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┃ 重慶熱線 (重慶で見た中国): by 重慶出稼ぎ人のちゅーさん

1−家庭崩壊への道−「日中国交回復」その1.入社と出会い

いよいよ商社へ入社しました。

入社式の後、オリエンテェーションが1週間ありました。
いまでも覚えているのは、タイピンは上から2/3の所にすることと、名刺は
名刺入れに入れておかず、はだかで胸ポケットに入れておくことの2点です。

自宅が京都、勤務先は大阪。
自宅通勤が十分可能ですが、自立してケジメをつけたく独身寮に入りました。
当時は新入社員を90人も採用した時代ですから、寮も2人の相部屋でした。
今では考えられない、プライバシーの無い世界です。
それも先輩との相部屋です。

営業を担当していた彼は、いつも帰りが遅く、わたしが寝付いた頃に酒の臭い
をさせて帰って来ました。
一番参ったのは、先輩が放り出していったエロ本を見て、飛行機を撃っている
とき(その意味は次号で詳しくお話します)、見つかったことです。

先輩がいつもよりはやく帰って来たのです。
とっさに布団をかぶり、狸寝入りをして誤魔化せた...はずがそうならず、
先輩はわたしの布団をはねのけました。
そこには、身体をエビの様に曲げ、右手に自家製野球バット、左手にエロ本を
握った、あわれな新人の姿がありました。

入寮の日は雨。
同僚に「われわれの将来を暗示するような日やなぁ」と言ったのですが、われ
われだけでなく、会社の未来も暗示していたのです。
しかし当時は景気がよく、ボーナスもたくさん出ました。

お前のボーナスは俺より多い、と死んだオヤジがため息まじりに言ってました
が、商社の給料は、わたしのいた中堅商社でもそこそこ出ましたから、名だた
る総合商社ならかなり高額だと思います。

しかし銀行や保険会社はもっと上を行くでしょうね。
同じ給料でも仕事の中身が濃いところ、そうでないところと様々なので、高い
給料で楽な仕事を見つけるには十分研究してみることです。

同じ会社でも仕事の楽な部署、そうではなく時間を潰すのが大変な場所、色々
あります。
わたしがまず配属されたのは、繊維貿易総務部というところでした。
いわゆる受け渡しです。
営業が海外と契約します。それをメーカーへつなぐ。
その内容をL/C袋という袋に書いて、われわれのところへ回して来ます。

それには納期というものが書いてあります。
それに間に合わなければ大変なんです。
なぜかって、L/C(Letter of cregit)信用状と言うので
すが、それを買手が海外から銀行経由で送って来ます。
売り手、つまり我々は貨物を出荷したあと、書類をL/Cと一緒に銀行へ持っ
ていけば、お金をもらえるのです。でも条件があります。

L/Cに書いてある規定を守らなければいけません。
納期もそのひとつで、5月31日までに船積みすること、と書いてあるのに、
6月1日に積めば、銀行はお金をくれないのです。
船に間に合わせるよう、出荷の手配をする、それが受け渡しの仕事です。
商社では新人にまかされているようです。

わたしは繊維の担当でしたが、同じ部で機械の受け渡しもしていました。
その課にわたしの興味を引く女性がいたのですが、課が違うことと、わたしに
女性の助手がついていた(いまでは夢のような時代でした)ので、色々気を使う
ことが多くて、話をするきっかけがつかめませんでした。

ある日コピーをしていると、その女性が来て、わたしがしましょうと言ってく
れたのです。
なんと心根もやさしい、と一層惚れ込んだわたしは、翌日思い切ってデートを
申し込みました。

一発でOK!

その次の日曜日に、神戸でデートしました。
海風に吹かれ、公園のベンチで彼女が作ってきた弁当を食べました。
その時わたしの口は、早くもプロポーズの言葉を吐いていたのです。
しかも笑いながら。

「結婚しようか」

普通は冗談と思うでしょう。
しかし彼女は「はい」と答えたのです。
それが今のカアチャンです。
そうです、崩壊する家庭とは彼女とつくった家庭のことです。

口は災いの元、お互い様ですが。。

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2−道で出会った仏と閻魔

繊維貿易総務部のY部長は鷹揚な人で、アフリカのナイロビから帰任といって
ました。 あだ名はアフリカぼけ。
色は真っ黒、頭はぴかぴか。
精悍な感じでしたが、威圧感のないのは人間が出来ている証拠でしょう。

A課長は人生で最初の、直属の上司です。この人もよかった。
「電車が遅れたら、証明書をもらいなさい。そうすると遅刻にならないから」
と、やさしく説明してくれました。

入社そうそう上司には恵まれていましたね。
それが後まで続けば、何の苦労もなかったのですが、世の中そう上手くいくも
のではありません。

さて営業部となると、そうそう穏やかな人ばかりではありません。
今から思えば、最初は皆いい人だったのが、営業という、時には嘘をつき自分
の気持ちを殺す時間を長く体験した結果、人間性が損なわれていったのに違い
ありません。

営業でも無いのに、そんな人がいるって?
それは生まれつきで、どうしようもない人間。
近づかないことです。

営業にはさすがに豪傑がいました。
T課長。
昼休みを過ぎても、いびきをかいて寝ている。
自宅にも泊めて頂きました。
数年後に転職されましたが、今でもお元気でいらっしゃるでしょうか?

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3−重慶短信

重慶市郊外で4年前から、土地の手当て、工場建設と進めて、この4月8日に
やっと開業式をしました。
本社の社長と地元関係者との懇談会のあと、県書記主催の昼食会があって書記
の隣に座りました。
43才の好人物です。

わたしの人見知りする性質は、この年になってもなおりません。
しかし慣れるとすぐに調子に乗ってしまう、困った性格です。
だから相手が書記であろうと、うち解けるとついつい軽口をたたいてしまいま
す。
この日の宴会で当方の通訳(本社から派遣されている、製造管理担当者。お父
さんが中国人、お母さんが日本人)が、「喫豆腐」の話をしました。
そこで書記がわたしに、「喫豆腐」には別の意味がある、というので言ってや
りました。

「それは知っているけど、わたしは豆腐を食べたくない。しかし豆腐を作るの
は大好きです」=我不愛喫豆腐、但是我很喜歓磨豆腐。

これには皆笑いましたね。
(笑った意味は、Cの外大でも教えない中国語をご覧下さい)

今の共産党書記はなかなかさばけて、面白くなって来ました。
こういう人が腐敗に手をそめず、中央に行けば中国は益々よくなるでしょう。
ちなみに彼は明という姓なのですが、これは珍しい姓でしょう。
小生は中国取り引き30年、多分初めて会った明さんです。

奥さんは重慶の自宅にいるので、金曜日か土曜日に重慶へ帰ると言っていまし
た。彼によると「週末夫婦」というんだそうです。

なお之は共産党書記から聞いた、国家機密に属するかもしれない話しなので、
慎重に取り扱って欲しい..
..な〜んて嘘ですが、自分の出身地では第一書記(正書記)にはなれないのだ
そうです。
明さんは江津市の出身とか。

面白いなと思ったのは、江津市は元四川省江津市といっていましたが、現在は
重慶市江津市になったんです。
他の直轄市はどうなんでしょう。市の下に市があるでしょうか?
北京、天津、上海にお住まいの方、是非教えて下さい。

ちなみに江津市は日本の宮崎県都城市と姉妹都市です。
その理由は、、
多分都城のHPに紹介があると思いますので、のぞいてみて下さい。

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4−外大では教えない中国語

※「豆腐」とは女性のおっぱいのこと。白くて柔らかくて、弾力がある。

※喫豆腐.....豆腐を食べる。
         [おっばいをしゃぶる。]

※磨豆腐.....豆をすって豆乳をつくる。
         [おっばいをしぼって母乳を出す。]

この場合の磨は第4声です(カラスのカーの声調)。
普通の場合の磨は第2声です。

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5−おまけ

先日現地雇員から、21世紀における3つの文盲は何か知っているかと聞かれ
ました。

1−外国語、
2−コンピューター、
3−車の運転
・・が、出来ないことだそうです。

わたしはかろうじて21世紀に生き残れそうです。

それでは「下周一、見」(来週の月曜日にお会いしましょう)。

                           <(_ _)ちゅー>
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