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┃ 藤田健の"中国だけで驚いてちゃアカン!":by 藤田健さん
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☆ カルカッタ編(7)―悲惨さを背負った男―
サダル・ストリート近くのインド博物館前、そこにはいつも一人の男が横た
わっていた。この男は両足のない障害者で、歩道に3m四方の布を敷き、その
上に横たわって両手両足(切断されてほとんどない両足)全身をばたつかせ、
苦しそうなうめき声を上げ続けるという動作を繰り返しながら、布の上に施し
が集まるのを待っているのである。
それは、初めて出会った人にとってはかなりの迫力で、世の中にはこんなにも
凄惨な人生を送っている人がいるのかと衝撃を受けるほどのものである。
それに、この障害者が果たして言葉をしゃべれるのかどうかさえ分からない。
正気を保っているのかどうかさえ見ていて分からないほどの凄まじさなのだ。
幼児が駄々をこねて路上に寝ッ転がり、手足をばたつかせている様を想像して
欲しい。それを足を切断されている大の男が、意味不明のうめき声と共にやっ
ていると思っていただきたい。
だから布の上を見ると、いつもほどほどのお金が集まっていた。
その場所はツーリストが必ず通る場所だったので、バックパッカーの誰もがそ
の男の存在を知っていた。
だから、チャイ屋で出会う学生旅行者など彼の事を話題にする者も多かった。
少しインドに詳しい旅行者の中には、「乞食を組織するマフィアがいて、乞食
たち、特に孤児や身障者の乞食たちを組織のトラックが朝晩、寝床から施しを
集めやすい場所まで送迎しており、乞食達の収入はほとんど彼らに巻き上げら
れてしまうらしい」 というような解説をする人もいる。
実際、そのように書いてあるインド関係の本を私も何冊か読んだことがある。
しかし、現実の乞食たちを見ていると、ほんとにそうなのかな?と思うことが
多かった。
本にも書いているのだから多分、根も葉もない話ではないだろうと思う。
著者の中には、実際に調べたり、目撃した人もきっといるのだろう。
しかしである。私はどうもしっくりこなかった。
なぜなら旅行をしていて常々感じる事は、世界は広く、多様で複雑で、つまり
簡単にいえばケース・バイ・ケースという話があまりにも多いということであ
る。
幸いにも、その時の私には有り余る時間があった。
そこで、それならいっそのこと、本当に誰か組織の人間が夕方、インド博物館
前の両足のない男を迎えにくるかどうかを確かめてやろうと思い立ち早速張り
込みをしてみた。
夕方、インド博物館前の大通りを挟んだ反対側から彼の様子を窺い始めた。
しばらく眺めていてわかったことはまず、インドの凄まじい炎天下の中、直射
日光の当る路上に居るだけでも、それは大変な重労働だという事である。
日差しの弱まった夕方でも、反対車線にただ居て眺めているというだけでとて
も暑く、そして辛い。
それに加えてわかった事は、お金が集まると時折彼はお金を他の場所にしまい
込み、見せ金だけを残してまた手足をばたつかせているという事実。
決して頭はおかしくなかったのである。
さらに驚いたことは、人通りが全く途絶えた時、休憩時間をとっていたという
ことである。それはどういうことかというと、先ほどまで寝ッ転がり気が狂わ
んばかりに唸りながら全身をばたつかせていた彼が、突如として、あ〜疲れた
と言わんばかりに突然ムックリと起き上がり、片手を路上につきながら悠然と
タバコを吸い始めたのである。それも実に旨そうに。
その間は人が通っても、彼は無視して全く気にはしていなかった。
そして、暫しの休憩を取った後はまた、“さあ、始めるか!”といった具合に
寝ッ転がって唸り声を上げ始めたのである。
あれは全部、彼のパフォーマンスだったのだ!
それがわかった途端、なんだかとてもうれしくなってきてしまった。
だって、世界の不幸を一身に背負っているように見えた彼だったが、実はけっ
こう普通の人で、不幸はあくまで “演技”“お仕事” だった訳なのだから。
世の中の不幸を一身に背負っているかのかと思わせるおじさんの人生を想像し
ただけで、こちらの気持ちまでがなんだか暗く沈んでしまっていたのだが、実
はそれほど不幸というわけでもないらしいことが判り、なんだかホッとしたと
表現すればよいのだろうか。
そしてとうとう、彼の営業終了時間がやってきた。
ぎらつくような日差しの時間帯の方が、凄惨さが増して仕事がしやすいのだろ
う。彼は夕闇迫る時間になると、“さて、そろそろ終わりにするべ”といった
雰囲気でそそくさと広げていた布をしまいこみ、ちょこっと身なりも整えて、
荷物の入った小さな風呂敷包みを背負った。
そして、すぐ近くに隠しておいた“スケボー”のような車輪のついた板切れに
足のない体で乗っかった。その間約2分。
その姿はもう、インドでは珍しくもなんともない、ただの元気な“いざり”の
おじさん。物乞いとはとても思えない。
どこへ帰っていくのかと思って尚も眺めていると、すぐ近くで果物を売ってい
た露天商のおばちゃんと世間話を始めたのだった。きっと、「いや〜、今日も
一日暑かったね〜。」 なんて言っているのではないだろうか。
やっと話が一段落して移動し始めたと思ったら、次の店でまた世間話を始めて
いる。どうやら彼は、友達が豊富なようだ。
世間話をしている彼からは不幸の影など微塵も感じられず、その気さくな表情
には一日の労働が終わった後の開放感が滲み出していた。
彼の人生は、私が想像していたよりずっと幸せなのかもしれなかった。
少なくとも、私の想像とは懸け離れたものであることだけは確かだった。
彼の背負っている状況や仕事は特殊だけれど、普通の人と同じように彼も人生
を幸も不幸もひっくるめて生きているんだと思った。
また彼の場合、噂のような送り迎えをしている組織とは関係がないという事も
判った(ただし、ショバ代を集めにきている連中がいないとは限らないが)。
そこまでわかればもう、彼を付ける必要もなくなった。
その後彼は、板に乗って颯爽と人ごみの中に消えていった。
今日も一日、お疲れさん!
そんな声を心の中で彼にかけ、私も宿に戻ることにした。
藤田 健
Fujita Ken
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