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┃ 藤田健の"中国だけで驚いてちゃアカン!":by 藤田健さん

☆ インド編(3)≪バラナシでの或る一日(後編)≫

インドでは、メス牛はミルクが出るので飼われているが、オスは牛車を引くぐ
らいしか使い道がないのでよく棄てられて野良牛となるらしい。神様なので、
殺して食べるわけにも行かず、野良牛はチョッと町の厄介物だ。

ーー旅行者の目は楽しませてくれるけど。(^^;

川辺にある火葬場に寄ってみる。
薪を組み上げた上に、布に包まれた死体を乗せて火をつける。近くには、焼け
残った死体を食べようと野良犬がびくつきながらうろついている。しっかりと
灰になるまで焼いてもらえるかどうかは薪の量に左右される。そして当然支払
う金額によって薪の量が違う。死ぬ時まで、貧富の差は付いてまわる。

それでもガンガーに流してもらえるだけで死んで逝く人たちにとっては本望だ
ろう。

死体は焼け始めると、筋肉が収縮して時々動く。それを、よく焼けるようにと
係の男が棒で突っついたりひっくり返したりする。・・死んでしまえば人間も
あっけないものだ。

有名な焼き場のあたりは、親戚縁者・なんとなくたむろって居るインド人たち
観光客・そして焼くのを待っている次の死体などで混みあっている。

火葬場を見学していると、見物料を払えと言って地元のチンピラがすごんでく
る。確かに、葬儀が観光の対象にされているようで、火葬を見学する行為自体
に問題を感じたりもするのだが、葬儀に関係のない奴が葬儀を飯の種にしよう
とするのもどうかと思う。

ガンガーの川辺から対岸を眺めていると、まるで向こう岸は(仏教でいう)彼岸
のようだ。
そして、バラナシでは対岸の事を、不浄の地と呼んで誰も近づく者はいない。

乾季と雨季では水位が8mくらい違うガンジス川は、その川幅も季節によって
倍以上変わってしまう。
乾季には、対岸に幅数百メートルの広大な白い砂地が出現し、その向こうには
所々に木が生えている草原があり、草原をさらに突っ切ると最下層の人たちの
住む村がある。

そこは、街の近くとはとても思えないような自然に囲まれた場所だ。
その村までは、川原から歩いて30分ほど。
バラナシの街からは全く見えない。

その対岸に、ボートで渡ってみる。川幅は乾季でも300mほどはあろうか。
川の中央は意外と流れが速く、渡るのに時間がかかる。運が良ければ河イルカ
に出会えることもある。

対岸に渡ってみると、驚くほどの静寂が待ち受けている。人っ子ひとりいない
広大な砂地。そこから今渡ってきた対岸の街を見やると、まるで蜃気楼に浮か
ぶ幻世のようで不思議な感覚だ。

あの街の中で、騙し騙されの壮絶な生存競争が繰り広げられているかと思うと
あたかも現世こそが地獄でこの静寂な不浄の地こそが聖なる彼岸の地ではない
かと感じられる。

川原を少し歩いたら、川に浮いているまだ若い男の死体を見つけた。
水でパンパンに膨れた死体に犬が食いついているのだが、なかなか皮を食い破
れないでいる。その犬を遠巻きにして、禿鷹が隙を窺っている。
犬も、おちおち食べてはいられない。

この若者は、どうして死んだのだろう。事故か、はたまた殺されたのか。
今まで、どんな人生を送っていたのだろう。色々な事を想像する。

死んでしまえば肉体は、ただの肉片となってしまうという厳しい現実を否が応
でも思い知らされる。

夕方、少し涼しくなってきたので街へ戻り、また川辺のチャイ屋に寄ってチャ
イを飲む。ガンジス川を眺めながら一日の出来事などを思い出していると、顔
見知りの旅行者が通りかかる。

バラナシでは、川沿いを誰もが散歩するので、しばらくチャイ屋にたたずんで
いると誰かしらと出会うことになる。お互いの今日の見聞などを話したりしな
がら川を眺めていると、静かに時間が過ぎていく。

夜のとばりが降りてくる頃、暑さで死んだようになっていた街に、また活気が
戻ってくる。

夜7時、久美子ハウスの夕食の時間だ。

夕食が終わると、宿に泊まっている旅行者達とまた夜中まで語り明かす。
インドでは、日本との違いに驚く事が多いので話題の尽きる事はない。
それに、夜になってもレンガ作りの建物は熱気を帯びていて、暑くてとても眠
れない。ただ、気ままな長期旅行者の我々には時間だけは幾らでもある。

こうしてバックパッカーの、ありきたりの一日が過ぎていく。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐人間は、必ず誰もが死んで逝く。

だから、人の死とはとても身近にある、ありふれたもののはずだ。
だが、実際には日本の日常生活の中では死は忌み嫌われて遠ざけられている。
更に現代の日本では、死期が近づくと病院に入院するのが一般的で、なかなか
普段死の実感を感じられる場に行き当たらない。

それは、我々が普段食べている牛や豚についても同様である。あの肉も、当然
少し前まで生きていたものなのだから、屠殺される瞬間が有ったわけである。
しかるに、その現場をたとえ映像を通してでも見た事のある人が果たしてどれ
だけいるのだろうか。

それは言い換えれば、見たくないものから目をそらして生きている。
臭いものには蓋をして気付かぬ振りをして生きているともいえるのではないだ
ろうか。

そのことは、命の大切さがわからないまま大人になってしまう若者や、年老い
ても死に対する覚悟がいつまでも持てずにいる老人たちともつながっているの
ではないだろうか。私には、そんな気がしてならない。

それに比べるとインドの人々は、死を必要以上に恐れてはいないような気がす
る。なぜなら、彼らにとって死はありふれた日常の出来事であり、また、ヒン
ドゥー教において現世とはあくまで通過点であって、死の後には来世が待ち受
けているのだから。(それは、仏教でも同じなのですが。)

バラナシは、
そんな生と死について、深く考え込ませてしまうような場所である。

                           藤田 健 
                           Fujita Ken
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■読後感アンケートの結果。

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■コメントボードに頂きました感想。

┌--------「かたつむりさん」

最近このメルマガを読み始めました。中国に興味があったので。
でも中国以外にもいろいろな国のことを知ることができて、いつも楽しく読ん
でいます。

今回のバラナシのお話も、世界というものを感じることができるおはなしでし
た。自分が描いている世界の国とのギャップや、文化の違いなど、自分の目で
いつか確かめてみたいです。
また次回以降もたくさんの世界の情報を期待しています。
● 面白かった  (^○^)

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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

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