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┃ Chinese Puzzle ―世界から見た中国― :by FROMFAST007
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[Chinese Puzzle No.14 (変化の本質としての"個"の勃興)] ― 2001/12/09
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<ポイント>

(1)日本と中国は、現在全く異なる改革をそれぞれ試みているように見える
が、個人が夫々の力を充分発揮できるような社会作り、という本質においては
共通点が多いのではないか。

(2)中国の歴史は内乱と絶対権力体制の繰り返しで、これまでは一般の個人
がその才覚を存分に発揮できるような機会は殆どなかった。
そのため、外国から中国を見る場合、その対象は毛沢東や共産党のような絶対
権力の動態または人口の大集団の動向にならざるを得なかった。

(3)しかし、経済面では中国人の間で起業熱が高まるなど、個人が力を発揮
する機会が格段に増えている。
中国社会をみた場合、改革開放政策の本質は"民"や"個"の活動範囲の拡大であ
る。

(4)日本にとって中国の脅威は、安い労働コストや巨大な人口そのものでは
なく、その巨大な人口の一定部分が個人として才覚を発揮して従来の絶対権力
とは異なる"民のパワー"を備え複合的なパワーをもつことである。

<本文>

(1)東アジア社会の特質と個人の在り方

今回は現在の中国を少し変わった視点で見るために敢えて非常に大雑把な議論
を試みたいと思います。
特に資料の裏付けがあるわけではない雑感なので、そういう前提で読んでいた
だければと思います。

19世紀後半以降の東アジア諸国全般にとって、大きなテーマの一つは封建的
な社会をいかに自己変革して一般の個人がその能力を発揮できるような社会に
していくかということだったように思います。

勿論、その具体的なテーマは時代によって脱植民地支配、経済発展、民主化な
ど移り変わりますが、さらにそれらの目的を問えば、一つの答えとして個人が
力を存分に発揮できる社会にして国の活力を作り出すというテーマに行き着く
ように思います。

我々が外国を表現するときに何気なく使っている"進んでいる""遅れている"と
いう表現の含意は、案外こんなところにあるのではないでしょうか。

そしてこのテーマは、いまでも東アジア各国にとって、重要な"古くて新しい"
テーマだといえましょう。独創性の欠如が叫ばれる教育や個人の能力を生かす
柔軟性に乏しい労働市場など、日本にとっても課題が山積しています。
 
(2)中国の歴史経験(抑えられてきた個人)

そうした視点で近代以降の中国をみると、その苦難の度合いが一層深刻に感じ
られます。
20世紀前半までの列強支配と国共内戦では、中国人自身が戦いに明け暮れて
おり、共産中国成立後も、文化大革命までの間は毛沢東というカリスマのもと
築かれた絶対権力の支えなくして個人が才覚を発揮することなど凡そ考えられ
ません。
共産党の支えなくして芸術も学問も成り立ち得ないような社会です。

こういう社会を海外からみる場合、当然その対象は絶対権力、すなわち共産党
内部の動向が主になります。
更には、13億人の人口を抱える超大国ですから、人口規模や経済規模といっ
た意味で社会全体を数字で一括りにするような見方がよく用いられるようにな
ります。

例えば、中国のGDPが毎年何%成長しているとか、平均賃金が日本の何分の
一であるといった見方がそれです。
これは、権力から遠い場所にある一般社会や庶民に、これといった多様性がな
い(有り得ない)という前提のもとでは意味のあることです。

ところが、ここ数年の中国を見ていて日増しに感じるのは、経済に限った話で
すが、権力とは距離を置いた民間や個人の力が日増しに増してきていることで
す。これは、中国の改革を市場経済化という文脈でみれば当然の帰結ですが、
個人の活力が抑圧されつづけてきた中国近代以降の歴史経験と照らし合わせる
と、非常に重要な変化であることが分かります。 

(3)改革開放で目覚めた"民"と"個"

改革開放で、"民"と"個"が重要な意味を持つようになってきた具体例を挙げる
ことは難しいことではありません。
例えば、いま一流大学の卒業生にとって、最も魅力ある就職先は国際的なネー
ムバリューを持った民間企業で、官僚を希望する学生はよほど保守的な安定志
向の持ち主に限られます。実社会では、国有企業改革によって既に一生を保障
できる雇用先が極めて限られるなか組織の後ろ盾がなくても生きていけるよう
にそれぞれのやり方で自己防衛をしています。

そして重要なのは、政府や国有企業の後ろ盾がない人でも、運と才覚があれば
日の目をみる可能性が大きくなっていることです。
パソコンや家電部門では世界的にも有名な中国系メーカーが出てきましたが、
そのメーカー自身の躍進もさることながら、いずれはこうした企業の創設者達
が独特の経営理論を纏め上げて、例えば本田宗一郎や盛田昭夫のように世界的
に知られるようになることもあるでしょう。

一度そういう成功体験が出来れば、同じような成功例を求めて才覚ある人々が
更に自立してその能力を発揮していく。もしこういう好循環が軌道に乗れば、
これはまさに中国の歴史の転換点となるでしょう。

もっとも、こうした傾向はあくまで経済面かつ高レベルの教育を受けたインテ
リ層の話であり、政治・言論・芸術など経済を除く分野及び本当の一般庶民の
レベルでは依然として政府を離れたところで自由に才覚を発揮することが出来
ない社会であることは言うまでもありません。
しかし、経済およびインテリ層に限られるとしても、個人が存分に能力を発揮
できる環境が出来つつあることには充分な歴史的意味があるといえましょう。

(4)日本にとっての意味

中国における"民"や"個"の勃興は、日本にとってどういう意味があるのでしょ
うか。
まず、最も本質的な部分に目を向けると、中国の代表が必ずしも共産党幹部や
政府の高級官僚とイコールではなくなって来ていることを理解する必要が生じ
ています。

これまで中国の代表といえば、共産党幹部であり政府高官でした。
しかし例えばアメリカの代表は民主・共和党であり大統領側近であると言われ
ると、それは事実だが全面的に納得できるものでもありません。

ビル・ゲイツ氏やコカコーラ、マクドナルドなどの多国籍企業、ハリウッド映
画やニューヨークタイムズなどの言論界など、政府とは無関係な“アメリカを
代表する物(者)”は数多くあり、その社会の厚みを感じさせます。
繰り返すようにあくまで経済界に限った話ではあるけれども、中国でもこうし
た複合的な社会構造が出来てくるのではないでしょうか。

そしてもしそれが現実になれば、外から見た中国の"顔"は現在とはかなり違い
ビジネスという共通言語をもった“透明性のある顔”をも備えることになりま
す。
こうなると東アジア以外の国々が中国との関係をより重視し、相対的に日本の
重要性が低下するといういわゆる"ジャパン・パッシング"の傾向がより強まる
ことも考えられます。

こういう傾向に歯止めをかける意味でも、これからは中国の"民"や"個"の側面
に注意して付き合いを深めることが非常に重要だと思います。
少なくとも、それぞれの大使館が旗振り役を務めるような"日中友好"とは次元
が違う民間の交流がより盛んになる必要があります。

そのためにも“中国の賃金は日本の何分の一である”とか“中国の人口は何億
人である”といった中国人を集団として捉える視点のほかに“中国ではいまど
ういう人物が活躍しているのか”あるいは“中国ではいまどういう企業が成功
を収めているのか”といった中国人自身にひきつけた視点も併せ持つ必要があ
ります。
 
以上を纏めると、いまの中国の変化は本質的には"民"と"個"の開花の過程であ
ると言えましょう。その成否が中国の今後の活力を左右すると思います。
経済成長や一党支配体制の行方は、この本質と関連はしているが、中国に関し
ていえば本質そのものではないと思います。

もし、中国が社会の安定を保ちつつ"民"と"個"を開花させることが出来れば、
それこそ現在言われているような、経済的あるいは軍事的な脅威よりも遥かに
真剣な日本にとっての"脅威"になると思います。

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