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┃ 南京生活 ― 元町(付近)の街角から ――― by YUKAさん                  YUKAさんのホームページ「南京生活」

☆ 出産−9月20日 ― ――――――――――――――― 2002/09/20

9月20日金曜日午後10時31分、2,970gの男の子を出産しました。
初産婦にしては時間的余裕の全く無い、ドタバタ出産でありました。
記念すべき初出産はこんな風。

20日の0時過ぎ頃に、出血がありました。
久しぶりに見た鮮血にビックリ!
・・・これが・・・あの、おしるし・・・?

しばらくすると、なんとなく来る痛み。
・・・これが・・・あの、陣痛・・・??

初産婦は、陣痛が始まっても出産までにはかなり時間がかかると聞いて
いたので、取り敢えず病院が指示したように陣痛間隔が5分になるまで
待つ事にしました。
ウトウトしつつ夜中の4時頃には5分間隔。

・・・それにしても、ちっとも痛くないなあ・・・
こんなんで病院行ってもいいのかなあ・・・?
悩みつつ、マニュアル通り電話してみました。

5分間隔ではあるものの、ちっとも痛がっていない私の様子に
看護婦さんは朝9時に病院へ来るよう指示。

翌朝9時に病院へ行き、検査・内診を受けました。
お医者さんの話では、子宮口がまだ1センチしか開いていないという事。
更に、先々週からずっと1センチ大なので、多分本格的な陣痛ではなく、
出産は予定日付近の来週になるでしょう。
との事でした。

そういえば前回受けた診察の時も、来週って言ってたな。
3人のお医者さんがそう言っているなら来週なんだろうな。
と漠然と思っていました。

陣痛も少しづつ強くなっているものの、まだまだ耐えられない痛みでは
ないので病院からは徒歩でアパートへ戻りました。

“出産は来週”と信じ込んでいたので、3連休の計画を立てていました。
車で買い物して、図書館へ行って、なるべく普段通りの生活をしようと。
ところが、お昼近くになって腰の辺りがズーーンと来る痛みに襲われる
ようになりました。

お昼ご飯を作ろうと思うけど、あまりに痛くて作れない。
寝転がっているので精一杯。
こんなんじゃ普段通りの生活なんて、とても出来そうに無い!
・・大体、この痛みが来週まで続くのかア・・????????
そんな絶望的な考えが頭をよぎりました。

しばらくして、日本語授業を終えた王ちゃんが帰って来ました。
辛そうな私を見て、病院へ行くように薦めますが、
3人の医者に出産は来週宣告されたので内診を受けた数時間後なんて、
ちょっと行きにくい。

耐えられるだけ耐えよう!

と心に決めました。

それにしても痛い!
まさに腰が砕ける感じ。
あまりの痛さに声を上げずにいられない。

色々な姿勢を試してみるけど、どんな姿勢もちっとも良くならない。
王ちゃんも一生懸命さすってくれるけど、全然効かない。
陣痛の波が引くと、嘘のように軽くなって、スーーッと眠りにつくんだけど
すぐまた次の陣痛で起こされる。

まさに生き地獄!
本当にこんな痛みが来週まで続くの?????
(この時もまだ信じていた私)

夕方5時になって、王ちゃんの出勤時間が来ました。
王ちゃんは“休む”と言ってくれたけど、
“医者が来週って言っていたから大丈夫”
と言い聞かせて出勤してもらいました。

それからの時間はどういう風に過ごしたのかよく覚えていません。
部屋を真っ暗にして、のた打ち回っていたように思います。

そして9時頃、トイレに行くとなんと大量の出血。
これはいかん!と思い、すぐに病院へ電話しました。
その頃の私は息も絶え絶え..

看=看護婦さん
看:じゃあ、すぐに病院へ来てください。誰が付き添いの人がいますか?
私:いえ。私一人です。

看:一人で来られますか?
私:‥大丈夫だと思・い・ま・すぅぅ......

後の方の声は小さく消え入るようでした。
自分ひとりで身支度して、入院荷物を持って、、
大通りまでタクシーを拾いに行くの??
出来れば救急車で迎えに来てくれーッ!と心の中で叫んでいました。

今から実家に電話しても、王ちゃんの仕事先に電話しても
助けが来るまで20分はかかるし・・・これは・・・
自分で行くしかない!!

それからは襲ってくる陣痛の合間に着替えを済ませ..重い荷物を持ち..
部屋を出て..アパートの玄関から50m程の大通りまで歩いて行く....
たったこれだけの事なのに、30分近くかかったように思います。
その間にも、陣痛に耐える為、道端にうずくまっておさまるのを待つ。

‥しかしあれだね、夜の9時頃に人通りの多い中華街で、
妊婦が苦しそうにうずくまっていても誰も助けてくれないもんだね。
中にはわざと遠回りして行く人もいたりして。
‥ちょっと悲しかったよ..

それでも、なんとか乗り込んだタクシーで病院へ。
苦しむ私にタクシーの運転手さんも不安顔。
ようやく着いた(!)念願の病院で、車椅子に乗せられ陣痛室へ入ったのが
9時30分頃。

やっとたどり着いた陣痛室!
これでいつでも産むことが出来る!!
安堵したのもつかの間。
看護婦さんが色々な事を聞いてきます。

母子手帳は?
診察カードは??
付き添いの人は???
旦那さんの仕事先の電話番号は????

そんな事知るかッ!こちとら答える余裕ないっての!!!

内診すると、子宮口が5センチ開いていました。
その時お医者さんが“こりゃ、明朝くらいだな〜”
はっ!!??

‥この痛みが朝まで続くの????

通常ならば子宮口が10cm開くまで、
陣痛のいきみを逃さなくてはなりません。
そうでないと狭い産道を通る為、赤ちゃんが酸欠になりやすいとの事。

ところが、バタバタと陣痛室に駆け込んだもんで、
心理的余裕がまったくない。
あるのは腰を金槌で砕かれているような痛みだけ。

ところが、その間も医者や看護婦は全然関係ないくだらない話をしているし。
ちょっと!
こっちがこんなに苦しんでいるってのに、何の話してんのよぉぉぉ!!!!

もうこの頃の私は“動物”と化していたように思います。
早く楽になりたいッ!なんとかしてッっっっっっっ!!
看護婦さんの指示も耳に入らないくらい、自然といきんでいました。

するとあれよあれよという間に子宮口は10センチ大へ。
これにはお医者さんも看護婦さんもビックリ。
“初産婦さんにしては早いなあ”って。
なにをのんきなッっっっっっっ!!!

分娩室に入ったのが10時18分。

そして我が子の第一声を聞いたのが10時31分。

初めて見る生まれたての赤ちゃん。
王ちゃんと私の息子。

もしかしたら帝王切開になるかも?と、仕事先から呼ばれた王ちゃんは
残念ながら第一声の10分後くらいに現れました。
それでも、初めて見る息子に早くもデレデレ振りを発揮。

結果的には超安産でしたが、一時は酸素が行き渡らず赤ちゃんの心音が
弱くなったため2〜3割の確率で帝王切開になるところでした。
その時の私は、切るならさっさと切ってくれッっっっっっっ!
と思っていました。

ところが!
帝王切開にはたくさんのリスクがあるのだと後で知ったのです。
というのも、私が出産したすぐ後で日本語があまり達者でない
中国人の女性が陣痛室に入りました。

翌朝、お医者さんに呼ばれて行ってみると、その女性が微弱陣痛のため
まだ出産していない事。
その為、陣痛促進剤か帝王切開か選択してもらえるよう通訳して欲しい。
と頼まれました。

ここで会ったのも何かの縁なので、出産10時間後の
どこもかしこも痛い体で通訳しました。
その際、お医者さんの説明を通訳していて、手術に伴う
たくさんのリスクを知りました。

手術の方法、それに伴うリスクを説明し、納得した上で、
同意書にサインをします。
結果的にはその女性は帝王切開を選んだのですが、その後には
麻酔を使用する際の同意書にもサインをしました。

帝王切開には、出産後の体の回復も遅くなると聞きます。
そうとは知らずに“早く切って!!”って言わなくて良かった・・・
やはり自然分娩が一番自然にそっているように思いました。

自然分娩で生まれた我息子は、五体満足。健康そのもの。
6日間の入院生活を通して、母体の回復は医者が驚くほど早いものでした。

今までの妊娠生活と、出産という経験を経て、お腹の中にいる息子から
学んだ事がたくさんありました。
産んでしまえば痛さも忘れる。
これはぜひまた経験してみたい!(年齢さえ許せば・・・)
そしてこれからは育児を通して、
まだまだ人生勉強する事がたくさんあります。

王ちゃんと息子と私。一家三人、これからどんな生活になるのか。
楽しみでワクワクしています。

                           = おわり =
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 

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