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┃ 南京生活 ― 中国雑知恵 ― ―――――――― by YUKAさん                  YUKAさんのホームページ「南京生活」

☆ 続:中国人らしからぬ中国人 ―――――――――― 2001/12/10

11月の中旬に祖母の7回忌の法事に行ってきました。母と妹と3人で。

ーーーー父方の祖母だというのに父は不参加。
まったく・・・な奴です――――。

祖父母は生前おじさん(父の弟)と共に三重県の家に住んでいました。
毎回祖父母の法事は全ておじさんが手配しています。
長男だというのに、ほんとにしょうがない父です (T T)

父の兄弟姉妹は日本全国に散らばっています。北は北海道から東は東京、西は
京都まで。よって、1日で日本全国から集まって法事を行うにはちと無理があ
ります。ーーーそんなわけで、1泊2日の法事旅行となりました。

じさんは三重県鳥羽の温泉宿を予約してくれました。

天候にも恵まれ、新幹線に乗って向かう道のりではすっかり行楽気分の私達。
久しぶりに富士山を眺め、一面緑の田畑やだんだんと色づきつつある木々達が
流れる車窓の風景を堪能し、久しく見なかった日本らしい美しい風景に、心が
和みました。

鳥羽の宿に着くと、もう既に親戚達は到着していました。父は2人の弟と3人
の妹を持つ6人兄弟の長男です。今回は不幸があった1人の妹家族を除いて、
皆出席しています。
6月の王ちゃんお披露目箱根旅行の時は全員参加で、めでたい席という事もあ
り非常に盛り上がりました。
今回は法事だというのに着いて直ぐ酒瓶を開けており、どうやら皆何かにつけ
集まる機会を楽しみにしているように思いました。

父の世代は全員参加ですが、その下の私達の世代となると出席率は半分が良い
ところです。仕事があったり、嫁いでいたりで、中々全員では集まる機会があ
りません。私と同じ歳の従兄弟は既に自分の店(中華料理店)を持ち、さらに
3人の子持ちだったりして、“あーあ、なんだかすっかり差つけられちゃった
な”な気分です。(追いつこうにも追いつけない・・・)

の中で気付いた事があります。

それは、私達世代の華僑でも、日本国籍に帰化した人が少ない事です。
父の兄弟姉妹は皆、結婚相手は中国人。加えて国籍は中国籍のまま。(←注1)
母に聞いた話では昔は日本華僑とのお見合いで結婚相手を見つけるのが一般的 だったようです。全国の華僑グループでは、まるで“お見合いパーティー”を 意識した催しや旅行がたくさんあります。
まあ、日本にいる限り永住権があれば特に問題なく生活出来るので、わざわざ 手間のかかる日本国籍取得など考えないとは思いますが――――。 私達の世代になると、日本人と結婚する人が増えてきました。祖父母達と違っ て、その事に反対する両親達も少なくなってきました。ーーー出来れば中国人 と結婚して欲しいというのが両親の本音ではありますが・・・ それに加えて、この世代では海外旅行も一般的になってきました。毎回毎回、 面倒臭いビザ申請をするなら、日本国籍を取得したほうが何かと便利に思うの だけど・・・ 回の法事旅行で、まだ24歳の従姉妹に聞いてみました。 私:どうして日本国籍とらないの? 従姉妹:えー?・・・うーーん、別に・・・特に理由はないけど・・・なんと なくかなあ・・・ 彼女は一度も外国へ行った事がありません。私が中国の話をすると、熱心に聞 き入って一度は訪れてみたいと言います。父の兄弟姉妹も、その子供達も、今 後一度は中国へ行ってみたい、おじいさんの産まれた故郷を見てみたいと言っ ています。 彼女が“なんとなく”と言った理由はよく分かります。私も1999年シンセ ンへ渡る前までは、ずっとそう思ってきました。それまでにも一年に一回は海 外旅行をして、そのたびに中国国籍の不便さを思い知らされました。 でも、今一つ帰化申請に踏み切れない・・・ 1、満足に中国語もしゃべれない。 2、今後中国に戻って生活するわけでもない。 3、きっと日本人と結婚して一生日本に住むだろう。 その頃帰化申請を考えるたびに理由を挙げてみるのですが、結局は“うーー ん、でもなあ・・・”で終わってしまう。 なんだか漠然としたわだかまりが心の中にありました。 のわだかまりは、中国に暮らすとともに少しづつ見えてきました。 たぶん私は中国国籍を持つ事によって、最後の身分証明のように思っていたよ うな気がします。 幼い頃から外国人証明書を持たされた私は、中華学校で学びつつも、自分が中 国人であると大声で言う事が出来ませんでした。自分の中に“中国人である” という劣等感が多少なりともあったように思います。 それと共に祖父母に対する畏敬の念があります。70年も前に中国大陸から日 本へ渡ってきて、商売を始め、たくさんの子供を育てて生活して来た。 ーーーそこには計り知れない苦労があったろうと思います。 母の話からは、かなり排他的・閉鎖的であった日本で中国国籍を持って生活し て、中国国籍のまま死んでいった祖父母。ーーー彼らに対する尊敬は、年齢と 共に深まりこそすれ薄れる事はありませんでした。 中国国籍を嫌いつつも、それでも捨てられなかったのはそんな彼らへの想いが あると思います。親戚が口をそろえて言う“一度は中国大陸へ行ってみたい。 おじいさんの故郷を見てみたい。”という気持ちは、私と同じ想いを持ってい るように思いました。 京で生活した2年間、 私は何度と無く中国人でも外国人でもない扱いを受けました。(←注2)
例えば銀行で。中国では人民元を外貨に交換する事が出来ません。 (注:銀行前にいるダフ屋はOKです)しかし、出国する予定の中国人は制限 付きで換金を認められています。 それも一度の出国に対してUS$2,000.−のみ!何が買えるっちゅうねん!! 王ちゃんと日本に帰国する事が決まって銀行へ換金に行った時の事。 (注:ビザ入りパスポートと市政府の捺印入り外貨換金用紙が必要) 王ちゃんは身分証明書で換金出来るのに、私は中国大陸発行の身分証明書を持 っていないため断られてしまいました。 外国人なら常時交換出来るというので、パスポートを見せると中国パスポート なのでまたも断られてしまいました。 銀行員は“中国人と外国人の項目しかない。”とちょっと同情気味な顔をして いました。
中国大陸発行の身分証明書を持たないため中国人が受けるサービスが受けら れず、また唯一の証明書である中国パスポートでは外国人としてのサービス も受けられない。 日本にいる時は外国人証明書を持たされ、中国にいる時は“華僑人”として扱 われる。こういう事態に遭うと、いったい私はどこの国に属するのかなあ・・ と、昔から心にあった想いが湧き出て来ます。 前王ちゃんに日本国籍取得の事を話した事があります。 あまりにも中国国籍に制限があり不自由なため、日本の居留権じゃなくこの際 日本国籍を取ってはどうでしょう?と。ーーー中国を愛する王ちゃん。幼い頃 から日本に対して良い印象を持たない王ちゃん。王ちゃんを感情的にさせない ように、注意深く聞いてみました。 すると、即答で“いいよ”。 んっ!?ほんと!!??そんなに簡単に変えていいの??? 驚き呆然とする私を見て王ちゃんは、“住む場所が変わろうが国籍が変わろう が、僕は中国人。自分の体の中には中国の血が流れているから、と言います。 その言葉を聞いて、私は目からウロコが落ちた気分でした。私の中で幼い頃か らずっとわだかまりとしてあった感情が一気に解放された気分。 王ちゃんはよく“血は水よりも濃し”と言います。中国に古くからある言葉で す。私がいくら日本人的な行動、感情を持っていても、彼は私の中に流れる中 国の血を大切にしています。国籍にも生活にも言語にも左右されない、自分の 中の中国人としての意識。一番大切なものは私の中にありました。 そう思うと気が楽になりました。日本国籍を取ろうがアメリカ国籍を取ろうが ロシア国籍を取ろうが、関係ない。 逆に国籍を変えたほうが、自分が中国人であると意識するような気がします。 それはきっと、私の中の“中国人の血”がそうさせるのだと思います。 私達は日本国籍を取ろうと考えています。 それには最低日本に5年間滞在しなければなりません。それからようやく申請 資格が得られるので、申請期間を含めると7年ぐらいかしら・・・ふう・・・ ーーー先はまだまだ長いです。(^ ^; 家族揃って(多分7年後には子持ちと想定)日本国籍を取得して、尊敬する祖 父母が産まれた大地・中国へ帰れる日を今から楽しみにしている私です。                            = おわり = ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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