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★ 遊 庵 散 人
★ ---------- China,20years ago ----------
★ 殆どの方が御存知無い「あの頃」の中国
★ 1970年代後半に於ける不可解な体験の記録
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<<まえがき>>
78年始めて中国入国を果たし、広州市に足を踏み入れた私が見て、最初に驚
いた光景の中に、二輌連結したトレラーバスや大型ダンプを女性が、あの群衆
と自転車に溢れる市中の道路を、堂々と運転している姿でした。
その印象を公司の女性に話すと、返ってきた答えはあの有名な毛語録「女人半
辺天…女は天の半分を支える」の言葉でした。
だからそんな事は中国では当然である、昂然と彼女は言いました。
確かについ先般のレポートにも書きました様に、公司即ち職場での中国女性は
我々に凡そ家庭での空気や、個人的に女性としての臭いすら感じさせない、無
機質と言える様な、更にそれに対し我々に冗談すら言わせない雰囲気を持って
いました。
そんな女性担当者が、ただ一度初めて家庭の主婦の優しさを垣間見せたのは、
我々と農村の工場へ行った際、土産に野菜の束をもらって嬉しそうに持ち帰る
姿でした。
日本では最近になり「男女雇用機会均等法」等叫ばれていますが、その点では
中国の方が遥かに先進国といえましょう。
先に述べた重車輌の運転だけでなく、土木工事や建築工事の現場においても、
せっせと女性が仕事に従事している姿は又驚きでした。
更に同じ公司内の仕事でも、そのてきぱきした仕事振りは、男性より遥かに勝
るものがあり、結局当初の女性優位の印象は、私の中国業務20年最後迄消え
ませんでした。
業務を通し常に中国側と意見の衝突は絶えませんでした。
男性担当者の場合は、殆ど一方的に我々の主張で相手を了承させるケースが多
かったのですが、女性担当者の場合はそうも一方的にとはいかず、必ず猛烈な
反論を喰らい彼女らの主張を延々と述べ、挙げ句は感情的になられ、いささか
も妥協の余地無しの頑なな態度を取られ、我々を辟易させるのが常でした。
こうなるとこちらが些かでも譲り、妥協する外ありません。
これは公司内の商談論争にとどまらず、街を歩けば必ずと言ってよいくらい出
くわす交通事故のいざこざ論争による人だかりです。
その被害者的立場にいるのはいつも決まって女性であり、凄まじい勢いで加害
者?である男性に対し、周囲を取り囲む野次馬にも聞こえよとばかり大声を張
り上げ、最初は威勢のよかった男性の声は徐々に小さくなり、結局は女性が圧
倒し幾らかの煙草銭位せしめて終わり、野次馬は去ります。
そうしてそういう時、彼女の亭主連中も恐らくこの調子で万事厳しくやり込め
られているであろう、家庭内の模様をつい推測してしまうのでした。70年代
末期から80年代前半迄、即ち私の訪中初期、おおよそそういう家庭内の模様
を公司でや仕事中絶対に話さなかった彼女らが、80年代後半から90年代に
かけようやく口を開き始めた家庭の事、中国人の男女の事を中心にした私の見
聞を、お伝えしていきたいと存じます。
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<<本号の内容>>
◆◆ 中国の男と女
★ 中国の男性は気管支炎
★ 中国の不倫文化論
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★ 中国の男性は気管支炎
中国の宴会でやはり日本でも特に地方ではよく行われていた様に、如何に招待
客に酒を勧め、客が酔って初めて納得する様な、慣習的行為がやはり中国でも
盛んだった。特に中国では必ず相手を指名し乾杯し、それは文字通り杯を完全
に干すのだから、アルコール度60度前後の白酒でこれを繰り返しやられれば
敢え無くこちらは沈没してしまう。
私の経験では「酒に強い」と自認する日本人程ダウン率は高い様だ。
中国の女性は先ず飲酒の習慣が無いから、男性の中から大物に狙いを付け我々
も集中的に乾杯攻勢を仕掛ける。
総体に中国の男性は酒に強い。
しかし或る時点迄くると周囲の中国人から救いが入る。
「彼は気管支炎だ。その辺で許してやってくれ」
どっと一座に爆笑の声が挙がる。
発音的に「気管炎…qiguanyan」 は「妻管厳…qiguanyen」に通じこれは
「奥さんの厳重な管理下にある男…恐妻家」に通じる。
万国共通である。
しかし中国の場合、更に強いのは、社会が男女平等を唄い、労働も収入も基本
的に完全に無差別なだけに、夫の下でその名の通り扶養家族として暮らしてい
る、自由社会の奥さん方より発言権、行動権が強固なのは当然の事だろう。
しかしその逞しさが、時代の解放と共に今日の、後半述べる現代の不倫や離婚
ブームの伏線になっている事は間違いないだろう。
だが80年代は未だ男女間の乱れた行為は絶対タブーだった。
夜の公園の暗闇の中、我々が忍び込んで見たものは、眼のやり場が無いという
よりも、足の踏み場も無い位、ピッチリと抱き合い蠢く男女の群れ、相愛の若
いカップルにとって、その想いを行動に移すにはこういう場所以外全く相応し
い場所は皆無だった。
家は平均2部屋に5人程住む狭隘なスペースでは、とても目的は果たせるもの
でなく、ある青年の告白だが両親が出勤した後が、家に彼女を連れ込むチャン
スだったそうだ。
その場合も何時かこのレポートに書いた、居住委員会(隣組管理組織)の意地
悪おばさんが絶えず目を光らせ、ずかずかとその現場へ忠告に入ってくる事も
あるそうだ。
当時訪中した日本人は皆が思ったであろう事は、この国でラブホテルが経営で
きれば、物凄い繁盛間違いなしという事だった。
ではそういうカップルは如何にして誕生したか。
厳格な社会主義の縦割り管理体制の中で、男女交際範囲には自ずから限界があ
る。
やはり相手を見つける最適な場所は職場である。
次に同じ職場に必ずいる世話好きおばさんの紹介。
それから身内の人による斡旋によるものも多いという。
一応都会ではすべて男女双方の恋愛的過程を経て結婚の意志が固まれば、自己
の所属する単位(職域管理組織)に届け出る。
それにより、たいていは単位主催の集団結婚式で結婚証明を受け取る事で目出
度く結婚が成立する。
言わばお上のお墨付きの夫婦という事になる。
それで単位よりアパートが貸与され、ようやく夜の公園での抱擁から開放され
る事になる。80年代初め既に国からは晩婚を奨励されながら、やはり早婚に
走るのは、一つは結婚により単位から貸与されるアパート目当ての結婚もある
様だ。
あの広大な国土を持つ中国で、一組のカップルが肩を寄り添い過ごす小部屋を
求め、結婚を決意する姿は、何やら微笑ましくもあり、少しナンセンスな様な
気もするが如何だろうか。
ともかく国家が承認し、住まいまで貸与した結婚は、そう簡単に破綻さす事は
できない。
私の見聞に於いても80年代中頃まで、そんなスキャンダルは殆ど耳に入らな
かった。これは我々が外人だから当然かもしれない。
又時代も未だ経済的に余裕のない厳しい生活を強いられていた彼らだった。
さらに世間ももしその様な醜聞的出来事があった場合、周囲の人達から冷たく
指弾された。
曰く「あいつは破鞋(ボロ靴)だ」と。
ある職場で独身の男女が好い仲になった。
女は妊娠したが男は転属になり、そこで新しい彼女を得た。
何処にでもある話だが、前の女は現在男が所属する単位へ、その事実を告発し
た。
結局それでも彼女との仲は戻らなかったが、女は泣く泣く子供を処分したが、
男もその事で一生を棒に振った。
何故ならそのスキャンダルは単位の保管する档案に詳細記録され、その不実な
記録は彼の一生何処へ行こうが付いて回るのだ。
改革開放が叫ばれ始めても、文革の余韻を残していた80年代前半、未だ中国
社会は、特に男女の関係については、それは抑圧され管理された体制化であっ
たにしても、ストイックな、見方によっては非常な真面目さを感じさせるもの
だった。
どういう彼氏を選ぶか、という私の質問に若い彼女は、社会の為に貢献する男
性と答えた顔は、今でも忘れない。
それが僅か20年前の話なのだ。
今の中国の都会を見て凡そ想像できない姿だ。
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★ 中国の不倫文化論
私の友人の中国人で元北京外国企業服務公司出身の男がいる。
彼は東京の有名大学へ私費留学し、卒業後日本企業に勤めているエリートだ。
年齢は30歳代半ば。
彼が最近私に言ったのは、中国人の若い夫婦の間での聞きしに勝る離婚ブーム
だ。 彼は毎年一度北京で催される外企同期会に出席した。
同期全員10名、その内8名既婚、そうして内5名離婚、更にその内3名が再
婚しているのには彼も驚いたそうだ。
ある優秀な女性の話。彼女は当初外企所属の外国企業に勤めていたが、やがて
その間貿易ノウハウを会得し、外企を離れ独立し今や数社の海外企業の嘱託を
兼ね、その収入併せて月2万元。
千元あれば充分生活可能な中国で暮らしの豊かさは想像できる。
先ず、国営企業勤務の夫は退職し、現在は月に千元の小遣いを奥さんよりもら
い、もっぱら家の中での家事、育児に専念し、それで彼も充分満足しでいる。
外企所属で日本商社に勤務していたさる女性が、同じ勤務先の男性と結婚の約
束をした。
その為、自分は他へ転職したいという希望を、日本人である私の某友人に洩ら
せた。 友人はそれならいっそ自分の下で働けばとの誘いに、彼女も納得し現
勤務先や外企の手続きを経て、北京のホテルの一室を事務所に借りている友人
のもとへ通い始めた。
彼女の婚約者を紹介したいという申し出でに、友人は喜んで応じた。
始めて見る彼女の婚約者は眉目秀麗の好男子だった。
しかし僅かの会話で全く彼が彼女に参っているのが判ったと言う。
私の友人に言った彼氏の発言要旨は
「もし結婚後彼女の仕事が忙しく、残業や休日出勤が多くなっても、私は一切
貴方にも彼女にも、文句や苦情は言わない。
もし彼女が多忙の際は、私は私の仕事を休むか早退して家事一切は私がやり、
彼女には充分仕事に専念してもらう積もりだから安心して欲しい」と。
月日が経過し私の友人は彼女を研修の為、友人の帰国の際日本へ同行させた。
前日彼女を空港まで見送りたいという婚約者に、見送りはいらないと伝えてお
いた。 しかし予想通り彼女と一緒に彼も空港に現れた。
「君は仕事があろうから早く帰れ。それに待たせているタクシー代もかかるだ
ろう」と言った友人に対し、彼は昂然と言った「今日は休みを取りました。
それにタクシー代は社用のチケットだから心配要りません」
日本へのフライト中、友人は隣席の彼女に言った。
「お節介かも知れないが君の彼氏は決して君に相応しい男と思えないよ」彼女
も「実は私もそう思いかけています」と答えた。
しかし帰国後すぐ予定通り結婚式を挙げた。そうして直ぐ女児を産んだ。
しかしそれから一年足らず二人の仲は破局を迎えた。
彼氏の暴力と浮気が直接原因だと言うが彼女の母親と彼氏との諍いも激しく、
結局女児も彼氏の母親が引き取り幕を引いた。
北京某公司の男女幹部2名と私一人が武漢の工場へ出張した。
数日の業務が終わり又北京へ引き返す際に、予定のフライトのチケットがどう
しても1枚しか取れないと言う。
やむなく私の予定の事もあり、私だけ申し訳ない気持ちを持ちながら、
先に一人で帰る事にした。
その数日後、北京でもう帰ったと思われる二人に連絡したが、未だ出張中との
事。 その後で初めて知ったのは、既に以前から二人はダブル不倫の仲だった
のだ。
知らぬは私ばかりなりで、わざわざ武漢では黄鶴楼や、長江では赤壁の古蹟を
案内してくれたり、最後は1枚しか取れなかった、搭乗券を譲ってくれた事に
感謝しつつ戻ったのに、真実は私をだしにした二人の楽しい不倫旅行にのこの
こ付き合わされていたのが実状の様だ。
チケットが1枚しか取れなかったというのも、予定通りの策謀だろう。
その後女の方は子供を引き取り離婚し、男はそのままだが不倫は続いている。
私のよく知る工場の女性社長の弟は、その工場の総務を担当していた。
四十歳近い年齢だろうか。、私もよく知る美人の奥さんと可愛い女の児がおり
車も持ち一応水準以上の生活をしていた。
その彼が工場の雑用係の未だ十代の女性と深い仲になった。
そうして奥さんを追い出し、彼女との結婚を望んだ。
さすが姉である社長は烈火の如く怒り、姉弟である社長と総務部長との間は
険悪な事態になった。
奥さんは家を出た。
それでも社長である姉は、若い女が家に入るのを絶対許さなかった。
弟は仕方なくアパートを借り彼女をそこへ住まわせた。
しばらく月日が経ち、若い女は目覚めてかアパートを出た。
今弟の総務部長は、次の工場の女と仲良くなり一応円満な生活を送っている。
そうして一人娘は姉の社長が引き取り育てている。
この様な行為は少なくとも80年代には、殆ど無かった現象であるといえる。
経済発展の陰の部分だろう。
「不倫は文化である」と堂々と記者に言った日本の男性俳優がいた。
恐らくこの発言は特に日本の女性からは、好感を持って受け入れられる事はな
かったと思う。
しかし今の中国では不倫という言葉こそ無いが、不倫も含む恋愛感情やそこか
らくる離婚や再婚の問題を、全て現代化の一つのパターンの様にとらえ、中国
風に表現すれば「瀟洒的関係(おしゃれ関係)」として、都会の一般人は受け
入れているようである。
「結婚是錯誤(結婚は誤りだ)生子是失誤(子供を産んだのは間違いだ)離婚
是醒悟(離婚で目が覚める)再婚是知迷不悟(性懲りもせず再婚する)」さす
が漢字のご本家、韻をそろえた(末尾の誤、悟双方とも同じwuの発音)見事な
ユーモラスな表現である。
現在の中国の社会現象を実に巧みに表現している。
これを前記の外企同期生の現状を思い出すと苦笑を禁じ得ない。
しかし果たしてこれはユーモアーで済む事だろうか。
このような、様々な私の周囲で起こった男女の問題を述べてきたが、その結果
北京の小学校では、両親がそろっていない児童「単親家庭」が生徒全体の三分
の一に達していると言うから、如何に離婚が多いか推定できるだろう。
「一人っ子問題」も将来の中国にとり、重大な問題を残す可能性がある様に、
この「単親家庭問題」もやはり21世紀の中国にとり、一つの重要な課題とし
て背負う事になる様な気がしてならない。
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<<あとがき>>
国家の経済発展により、その国の人達の、大きな幸せをもたらす陰に、その為
引き起こされる悲劇の現実と、更に将来の不安を感じさせる中国の現状の一部
を、私の見聞をもとにその一部を紹介しました。
私自身の問題に置き換えても、この10年私の身内、知人、友人と周囲を見渡
しても、離婚した者はおりません。
所が他国である中国の私の限られた交友関係だけでも、十指を遙かに越す離婚
者の多さに驚きます。
「乱れた男女関係時代」私の知人の中国人中年女性は、私にはっきりこう言い
ました。
「しかしこれが中国人の本質かもしれません」とも言いました。
「あの映画“紅灯篭”の話は何百年も昔の話では無いのですよ。
私のおばあさんの時代の事ですよ」
彼女はあれが中国人の本質だとして、現在の地方の一工場の例を上げました。
生産品が当たり大儲けした工場は、社屋を建築し工場長室の隣に、豪華寝室を
備え付けました。
勿論残業時の宿泊用の名目ですが、夜毎夜毎若い女工を次々と連れ込んで不純
交遊を続けているのですが、工場全員が工場長の権力の前に見て見ない振りを
する。 役人までも彼の金力の前に、知って知らぬ振りをするとの事です。
正に“紅灯篭”の現代版であり、遡れば“紅楼夢”に至る、中国人の好色本能
なのかもしれません。
解放の名の下で“富”の極端な偏在現象が起こり、そこに不逞の権力が生まれ
ます。
そう言う歴史を数千年続けてきた、それが彼女の言いたかった「中国の本質」
の、本当の意味かもしれないと感じました。勿論女性を愛玩物として幼時より
足を大きくしない様縛り付けた纏足、同じく幼時よりその目をつぶし芸を仕込
んだ時代より女性は確かに解放されたものの、未だその当時より百年も経って
いない事は、終戦により得た日本の民主主義同様、中国の新社会主義も完全に
未成熟の段階にあるのは確かです。
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たら、下記へメールでご寄稿いただければ幸甚です。
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遊 庵 散 人
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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