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★ 遊 庵 散 人
★ ---------- China,20years ago ----------
★ 殆どの方が御存知無い「あの頃」の中国
★ 1970年代後半に於ける不可解な体験の記録
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<< まえがき >>
数ヶ月前の一般紙に、以下の様な記事が掲載されていました。
北朝鮮がロシヤのシベリヤ開発に多数の労務者を提供しているが、その労務費
用に就いてロシヤは、北朝鮮政府に一括して支払われている。
しかし北朝鮮側は労務者当人に対し、労務費を殆ど支払わないか、支払っても
ロシヤが支払う額の全くほんの一部に過ぎない事が判明した。
これは明らかに国による人身売買行為である。
大要以上の様な記事です。
その記事は人数や金額等具体的なものは何一つ書かれてはおらず、どれ程の規
模で行われていたのか丸で判りませんが、私にすればこんな事は今更大新聞の
一面に載せる問題ではなく、社会主義国家にとっては有って当たり前の事実と
言うべき事でしょう。
この記事中にもありましたが、これは「人権的にも問題」と指摘しておりまし
たが、米中問題でも常に問題になるこの「人権」は、基本的な次元の違いがあ
ると思います。
「人権は一つ」と自由民主国家では言いますが、敢えて申せばそれは自由民主
社会の中で一つであり、社会主義国家には社会主義国家のモラルや人権が有っ
てこそ今日まで成立し存続てきたのだと思います。
将来はどうなるそんな難しい事は私には判りません。
私の20年に及ぶ中国業務の間、先の10年は厳しい社会主義国家、後の10
年は緩やかな社会主義国家になったのは事実です。
しかし国の基本は不変です。
今もトウ小兵の遺した方針は、「中国の特色ある社会主義国家の建設」です。
決して看板を書き換えた訳ではありません。
そうである以上やはり社会主義国家の、西洋民主主義と異なった、モラルや人
権は生き続けさせねばならないのです。
欧米の要求通りそう簡単に人権問題が片づく筈はありません。
米国もそこは心得ており対立する時は持ち出しますが、今回のゲリラ問題の様
に協調しようとする時は人権は蔵じまいです。
社会主義は国家の統制による運営が基本理念です。
如何に解放を唱えても最終は国家によって管理される事になる筈です。
そうなると管理、統制される事のモラルや人権が必要となり、欧米ヒューマニ
ズムのいう自由、人権とは合致する筈がないのは当然と思います。
今回は北朝鮮の問題から、我々は既に中国で20年前から経験してきた中国人
派遣社員問題や、未だ述べていない人権統制の一面を書く積もりです。
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<< 本号の内容 >>
◆◆ 中国の人権は管理統制下の人権
★ 一 罰 百 戒
★ 外企服務公司
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★ 一 罰 百 戒
デモクラシーの社会では、刑罰における死刑すら、その人権に基づき廃止論さ
え活発に論議されている。
私自身最も中国でショックだった事件から話を始めたい。
北京の外人用ホテルの1階ロビー横にベーカリーショップがあった。
よく我々が一時期そのホテルを利用していただけに、売場の女の子ともかなり
の顔馴染みになった。
しかしある日から、その内の一人が突然姿を消した。
他へ転属だと私は思った。
それが周辺の者も我々には直接言わないまでも、何時しか奇怪な噂が流れた。
当初は漠然とした話だった。
が、一ヶ月後には公然とした事実として我々に伝わった。
彼女は死刑になったという。
彼女の犯罪は外人留学生と特別な関係となると共に、その上店の売上金の一部
を横領し、留学生にその全額を貢いでいたと言うのが、彼女の犯罪であったら
しい。
これ位の犯罪が死に値する事かと驚きあきれ果てた。
顔も知り言葉も交わした相手だけに、余計その哀れさと憤りを強く感じた。
たかがパン売り場の売り上げ、全額くすねてもしれているだろう。
それに当時の一中国人女性から貢がせる留学生とは、多分未発展国からの留学
生だろうが、彼女にしては何とか外人の歓心を買い、上手くいけば結婚のうえ
中国を脱出したいという当時主に都会の若い中国人女性が持っていた思惑まで
あったのだろう。
一罰百戒だ。
死刑判決の告知が、写真と住所氏名それに犯罪内容まで明記され、町や村の広
場や辻々に「法院布告」として、よく張り出されている事は以前にも書いた。
そうして執行されればその上を赤い×印で示される。
死刑は殆ど銃殺。
その銃弾に対する代金を遺族に請求がくる。
遺族は当人とは絶縁状態だと言って支払いを拒否するというのは、最初は冗談
だろうと思っていたが、米国の記者も書いていたから本当らしい。
最近の報道でも公金の横領や、地位利用による収賄、更に南部に多い麻薬売買
その他不法な経済犯罪においても、結構死刑が宣告され、即執行されたという
記事を目にする。
多発する事件に、いずれも一罰百戒の効果を狙う処断が多いのであろうが、以
前は上記の「法院布告」において、我々が絶えず目にした強盗、強姦、殺人等
に対する犯罪への宣告を見ても、実に簡単に死刑にする国との印象を受けた。
私の友人の日本人はまるで映画の様なスリルを味わったと私に言った。
彼は外人用高層マンションに妻子と共に住んでいたが、好人物の中年中国人が
掃除担当で、毎日の様に顔を見せせっせと仕事して帰っていった。
友人一家とも親しくなり、大した物でなくても、よく着古した子供衣類や小物
等を友人はくれてやった。。
所がある日を境に突然彼は姿を消した。
中国ではよくある事だが挨拶位あってもと思った。
それから三年程経過し彼も日本へ帰任する直前彼より突然電話があった。
そして一方的に翌日夜×時、マンション横の辻まできてくれと言う。
指示通り行くと女性が居て「私と一緒にきてくれ」と言い近くのバス停からバ
スに乗り街外れの住宅地で降りた。
案内された路地裏の一軒に、三年前の彼は以前よりかなりやつれた姿で待って
いた。
案内した女性は彼の奥さんの妹だという。そうしてこの家も彼女の家だと説明
した。
彼は三年来のご無沙汰に頭を下げた。
そうして話し出した事実は、あのマンションのエレベーター服務員にさされた
という。
その男の告発により彼が友人の部屋を出る時、絶えず何か物品を持っていると
いう事実を究明された。
家宅捜査の結果、友人が与えた数々の使い古した衣類や品物が出てきた。
有無もなく彼は断罪され、約三年間地方工場の食堂で、全工員の食事の残飯処
理を彼一人で行うという重労働に服した。
その間気になったのは、親切を受けながら何も言えず、地方へ出た不義理にた
まらなく頭を痛めたという。
幸い街へ復帰し先ず友人の消息を調べたら、未だ在任だがまもなく帰国との情
報を得て、せめて昔の礼と経緯を伝えたく、人に知られない様に不可解な方法
で呼び出したという次第を述べた。
私の友人にしても、彼の為良かれと思ってやった行動が因で、彼を苦しめる結
果に追いやった経緯に言葉もなかった。
人間尊重から死刑廃止論が叫ばれている自由民主主義国家。
基本的に統制管理を最重点に国の運営をはかる、その為には死刑等の罰則も必
要な社会主義国家。
これでは幾ら双方が人権論を戦わしても、異なる次元でかみ合う筈はない様に
思う。
この論戦に終止符を打てるのは中国が「特色ある社会主義国家」の看板を降ろ
す日を待つ以外無いだろう。
しかし現在も高成長で更に自信を深める中国政府である。
★ 外企服務公司
正式名は「外国企業服務公司」中国外交部(外務省)の傘下で、その誕生は多
分80年代の始めである。
それ以前では海外企業の中国での本格的な通常業務は承認されていなかったし
そういう公司の存在理由もなかった訳だ。
80年代に入りようやく北京、上海、広州の商業中心地に、しかし未だ全く限
られた貿易商社の連絡事務所開設が始まった。
それに対し中国側より中国人服務者提供の為の外企服務公司が誕生した。
社会主義国家中国では中国人就業者の全てが国家の指示により、何処かの国家
企業(単位)に所属し就労しているのだから、中国内に事務所を置く外国企業
は中国人を自企業に雇用する場合、外企服務公司に対し、人材の派遣を申請す
る事となる。
従って様々な面倒な手続きを経て、派遣される中国人の所属「単位」は、あく
まで外企公司に有る訳であり、言うなれば彼らは外企服務公司よりの出向社員
である。
先ず「外国企業服務公司」に在籍し、外国企業の要請に応じ派遣される同公司
の要員とは、どの様な人材だったか。
中国は文革終焉後も大学の混乱は続いた。
正式に大学授業が復活したのは、77年入学し81年卒業が正式大学卒第一期
生といえる。
しかし未だその当時の限られたエリートの就労先は政府機関が第一だった。
しかし外企公司にも派遣されたが、当時未だ外国企業よりのニーズも僅かだっ
た。
しかし年を追ってそのニーズは高まり、外企公司でも積極的に増員し、又公司
内でも外国語や貿易に関する厳しい教育を徹底し、人材の育成に対応した。
この様に国の貿易拡大の方針に迅速に対応できるのは、社会主義の利点であろ
う。
外企公司は海外と接触できる仕事であり、上手くすれば海外へ出られるチャン
スもある花形公司として脚光を浴びる。
そうなるとコネを持つ連中の狙う新しい職場となった。
私の知人は当時外人用ホテルの服務員だった。
しかし少しばかりの英語が出来る事を武器に、やはり必死でコネを掴みこの外
企公司に転職を果たし、日本商社に勤務し、やはり数年後は日本への出張の機
会も得た。
この目端の利く男は90年代半ばでは、自由解放の流れに乗り当時の流行語に
もなった“下海(国家企業を離れ民間企業に転職する事)”を果たし、現在は
怪しげなブローカー的仕事をやっている。
外企服務公司は当時政府の最も危険視する、外国企業との直接接触機関だけに
海外企業への派遣期間中も、派遣員を曜日を決めて絶えず本部へ呼びつけ、念
入りに思想教育を徹底するとともに、逆に派遣されている日本企業の商業活動
の情報については詳細に亘り報告させたらしい。
中には外国企業内の個人の行動、言動から思考に至るまで報告させられた様で
ある。
正に国家による合理的な経済スパイ活動だ。
さて問題の給料である。
彼らの給料に対しては、外国企業は外企公司に支払い、本人へは外企公司より
支払われる事となる。
これは出向社員であるから当然のことだ。
支払った金額について、私自身の記憶が曖昧だったため、思い起こして頂ける
方々に質問してみた結果、やはり20年の歳月を経た昔の事て頂いたご回答も
様々だった。
外国企業が服務公司へ払った額の20〜30%が本人支給。これが平均値だっ
た。
80年代始め
(A)都市生活者の所得月100元以下、
(B)外国企業が支払う額600元、
(C)当人への支払い120元。
80年代の後半を上記の順で列挙すると、
(A)150元、
(B)1000元、
(C)300元。
これを見ても外企服務公司の従業員給料は、一般給与生活者の水準と比べても
高い事が判る。
この傾向は現在も変わらず、更に一般給与者との格差は増大している。
それは中国が知的労務者の評価を認識した現れを示すと思う。
因みに現在の給与水準を示すと
(A)都市一般中国人ブルーカラーで5〜600元、
ホワイトカラーで1000元、
(B)外国企業の支払い額7000元、
(C)当人への支払額5000元。
但し前項の80年代の場合、対日本円レートは初期は120円=1元位が、
以降相次ぐ元切り下げで後期40円位となり、それが20年後の現在は15円
相当迄元の価値は下がっている。
だから円換算だと大きく変化していない事になる。
ただ中国人の給与の問題で、この様な比較をする場合に難しいのは、特に80
年前半までは、給与は低くても基本的に生活を国が保証するスタイルの社会主
義では、それぞれの公司(単位)より様々な、それこそ食料品から日用品に至
るまで、現物支給が絶えず行われていたので、それを金銭に換算する事は難し
い問題だ。
特に春節前など両手に野菜を抱え魚を吊り下げ嬉しそうに公司を出ていく人達
の姿は今でも目に残る。
それに暮らし向きを考えるとき、物価水準も重要な問題である。
全般的には凄く上昇していても、生活必需品は政策的に上昇は抑制され、一般
市民の生活をしっかり防衛しているのは、社会主義国家としては当然ながら、
他の社会主義国と比較しても、立派と言える。
ただ何もなかった往時と比較し、今は何でもある時代に代わり、欲望を刺激さ
れる事による出費、或いは教育費等新しい分野への支出増も加わっている。
そうして前記所得推移を見て頂くとお判りの様に、職業的格差が拡大している
のが判る。
即ち外企服務公司勤務の様なエリート族と一般市民、更に一般市民の中でも、
ホワイトカラー族とブルーカラー族と言う様に、単純に国家企業対象の一般所
得者だけでもかなりの格差が見られる。
更にこの上には独立企業家のリッチ族、下は地方農民の極低所得層まで、今や
「等しからざるを憂う」社会主義の基本は崩れたのが判る。
以前のレポートで上海の購買層を述べた際、上海の日本資本百貨店の責任者が
店の購買対象として「月収2000元以上と考えているが、それは未だ上海人
口の5%に過ぎない」との談を紹介したが、外企服務公司の女性達は正にその
購買対象者となる訳で、事実極めて優雅な生活をしている事は、北京や上海の
外資系会社の多く入るビルに足を入れると、東京と全く遜色無い素敵な服装の
女性ばかりに驚き入る状況だ。
正に外企服務公司の女性達は、現在中国のファッションリーダーで有ると言え
る。
男性の場合職場で得た経験とコネを活かし、更に恵まれた給料を蓄え、それを
資本に独立していく者も多い。
もしその様な男女が結婚して持った所帯などは、日本人も及ばないゆとり有る
生活をエンジョイしている。
私の知人の妹夫婦も同様な立場で、未だ30歳代で郊外のマンションに住み、
お手伝いを使い家事一切をさせる優雅な生活だ。
さて今日の本題に戻りたい。
外企服務公司は外国企業から派遣者の給与として、がっぽりと支払わせ、当人
にはせいぜいその20〜30%しか渡さない。
何とえげつない国だろう。
一種の紛れない人身売買を国家がやっている。
当初は全くその印象が深かった。
派遣された中国人も、外企服務公司に対し外国企業が自分らに給与として支払
っている額と、実際自分が受け取る額の余りの差異に絶えず不満をもらしてい
た。
しかし中国の国家サイドにすれば、基本的に全国民の死ぬ迄の責任をずっと国
家が持っているのが社会主義であり、その様な老後年金も含む社会補償費は、
本来国営企業である単位が受け持っている訳だ。
それに「等しからざるを憂える」のが建前の国家だから、他の国家企業との給
与バランスも考えねばならない必然がある。
派遣服務員の社会補償費の徴収と給与調整の役割を外企服務公司が果たしてい
る事は考えられる。
それにしても本来外国企業や外国人からは「取れるものは取れるだけ取れ」と
いう考え方の中国だから、派遣社員の人件費も外国企業から取れるだけ取る訳
で、如何にその中間搾取の正当性は理解できても、我々からすれば阿漕な中間
搾取の様な思いが拭い去れないものがあった。
しかし最近はその搾取率は著しく低下し、健全化しつつある。
これも、中国が経済的にも順調な発展を続けている現れと解釈しても良いと思
う。
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<<あとがき>>
今回は「中国の人権」と言う厳しい問題を20年中国を見てきた目で書きまし
た。
基本的に国家が管理統制し、国家がリーダーシップをもって社会を運営すると
き、そこにはその統制を乱すものには、敢えてスケープゴートで有ろうが、時
には断固たる処置を執らなければ物事はスムーズに全てが進まないものです。
その処置を執る事により、全体がその統制下で一糸乱れずとは行かない迄も前
進します。
そういう面では建国以後、文革が終わるまでの過去の中国は、毛沢東の強固な
革命思想で、ストイックで有りすぎた社会主義国の印象を受けます。
それは私が始めて80年代の終わり頃、ベトナムを訪問した際受けた同じ社会
主義国でありながら、こうも違うのかという比較から持った印象です。
ホーチミン市は私にとって、社会主義国でこんな事許されるの?と言う経験の
連続でした。
国民性の相違でしょうか。
ベトナムの話が出た序でに、これも今日の本編で述べた大学卒についての興味
有る意見を述べた、私の友人である台湾の企業経営者の談を書きます。
彼は中国、ベトナム双方で工場経営をしているのですが、彼の意見として「中
国は大卒エリートの殆どを政府機関が吸収する。
従って産業人の管理層に人材が乏しい。
ベトナムは職業選択の幅があり、産業界にも大卒が多く優秀な経済人が多い」
卓見と思います。
又話がそれました。
変な言い方ですが中国の社会主義は、まじめな社会主義であっただけに管理統
制も厳しく、その結果管理統制される側は無気力になり、社会主義のぬるま湯
に使っている感じでした。
80年代の中国はトップは解放路線の大転換を号令しながら、下は何をやった
らよいか判らないまま、流れていった時期でした。
90年代に入り、ようやくそれが一つの流れとなり国全体が動き出したと言え
そうです。
新しい世紀に入り、経済は更に発展し国際化の進む中、しかしこの人権問題だ
けは、常に国際的しこりとなって、中国側も欧米に対し色好く同調できないの
は、社会主義という看板を掲げている以上、簡単に譲れない中国の事情も判る
様な気がします。
「中国の特色ある」と言う肩書き付きの社会主義が、今後どう進むのか判りま
せんが、私は看板はそのままに中身はどんどん自由化を進め、国全体が富める
或る時期、突如看板を「民主自由中国」に書き換える様な気がするのですが、
如何でしょうか。
遊 庵 散 人
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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