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┃ 瞎子摸象(群盲象を評す) ―――――――――― by OJIN
☆ 中国人が見た北朝鮮(前編) ――――――――――― 2004/01/26

 OJIN の友人の、さる中国青年が朝鮮人民民主主義共和国を訪問しました。
(彼は朝鮮族中国人で、中国語・朝鮮語・日本語が話せます)
帰ってきたら話を聞かせてね〜〜....と約束して出かけていき....そして帰っ
てきました。

取材場所は、いつも利用している、OJIN の隠れ家..喜洋洋大酒店の奥まった
個室。――大庁の喧騒も全く届かない、取材にはうってつけの好環境。(^^)

待ち合わせ時間の少し前に行きまして、1階入口脇のソファに掛けて待ってい
ました。程もなく、彼はひとりの――うら若き..を、ちょっと過ぎたぐらいの
――美しい女性を伴ってやってまいりました。

個室に案内されて席に着いくなり、彼は自分の持ってきたバックをゴソゴソ、
何か探しもの?忘れ物でもしたのかな?
間もなく取り出したのは、大型のクリスマスカード....みたいなもの....??

これはお土産です、と渡してくれたのは、(北)朝鮮記念切手の冊子。
金日成と金正日、そのおじいさんおばあさん、弟まで!
ーーー金日成一族を記念切手シリーズにしたものでした。

そして、件の美しい女性を紹介してくれました。なんと!?彼のお姉さん?!
お姉さんといったって、中国では年上の従姉妹をお姉さんと言ったり、イトコ
を兄弟のように言いますから、そうなんじゃないのと質してみましたら、ホン
モノのお姉さんでした。

―――― さて、では食事をしながら聞かせて頂きましょうか。

いつも通りに OJIN が“采訪器”=小型録音器)を取り出して彼の胸ポケット
へ。小型マイクを襟に差し込みます。
あいやーー、これは何ですか?!こんな本格的な取材では、緊張してしまって
話せるかしら....。
ーーーと、アセリまくる彼をナダメすかして采訪=インタビュー)開始。

―――― 今回の日程は、3泊4日。

訪問先はピョンヤンと平安南道の中心都市平城市(ピョンヤンから20分ぐら
い)・新義州特別行政区、の3ヶ所だったそうです。
まず、北京から高麗航空(北朝鮮のナショナルキャリア)でピョンヤン(平壌)へ
2時間ちょっとの空の旅。
┌──────────
│高麗航空(旧朝鮮民航)
│▽ 搭乗記(スチュワーデスの写真あり) ▽
│http://www.asahi-net.or.jp/~HC7Y-SNU/sanoo/Travel55/Travel55h.html
└──────────
飛行機はロシアの旅客機で、なんと、座席の上の荷物棚には蓋がない!
早い話が、空飛ぶバス!?

ーーーそういえば、何年か前に OJIN も、中国北方航空でハルピンから北京へ
飛んだときロシアの旅客機だったことがありましたが、やはりそんな感じだっ
たように覚えています。

この機には外国人(朝鮮人・中国人以外の国の人)もたくさん乗っていました。
現在、大抵の国は北朝鮮と国交がないため、普通は北京の北朝鮮大使館でビザ
を取得してから行くことになる関係で、これは頷けることです。

けれど、彼は(北朝鮮の)ビザを必要としなかった。中国人だから?ーーー違い
ます。中国の公務員であり、尚且つ、今回は中国の因公パスポートだったから
です。中国の公務員で、因公パスポートならビザは必要ないんだそうです。
┌──────────
│編集部注:中国のパスポートは2種類あります。
│
│ここで出てきた「因公パスポート」そしてもうひとつが「因私パスポート」
│「因公パスポート」=公務パスポート(濃緑色)。
│「因私パスポート」=私用パスポート(濃紅色)。
└──────────
然し因公パスポートでも、韓国訪問のスタンプが押されているものではダメ!

彼はそれまで、様々なミッションに随行して、韓国や日本を何度も訪れていま
したから、それまで使っていた因公パスポートには韓国のビザがベタベタ。
今回は新しく作り直して真新しいサラのものにしたそうです。他の国は知らな
いけれども、中国の因公パスポートでは、韓国訪問スタンプがあるとダメ、と
いうことでした――――。

ただ、韓国訪問スタンプがあっても、例えば今回同行した、黒龍江出身で北京
在住の女性などは「因公」ではなく「因私」のパスポートで、更には韓国訪問
のスタンプもベタベタ押されたものだったけれど何の問題もなく入国できた。

ただ、この彼女の場合は、旦那さんがもう20年ぐらい北朝鮮と大きな取引を
していて、金日成から勲章まで貰っているぐらいの人だから、まあ、そんな事
は関係ないんでしょうね。場合によっては、米とか麦とかを援助で贈ったりも
しているようでした――――。

―――― 到着してみたら、ピョンヤン空港はもの凄く小さかった!

南通の空港ぐらい? いーーや、もっと!もっと小さい!
如皋の空港ぐらい? うーーん、もう少し小さかったな?

‥‥如皋の空港というのは、軍民共用の空港で、日本ならば..どこだ?
奄美大島の..いや〜もっと小さいかな?・・
‥‥遼寧省丹東市の飛行場..とても小さいそのぐらいだったので驚きました。
┌──────────
│関連資料:ピョンヤン(平壌)空港
│
│▽ 空から見た平壌空港の全景写真もあります ▽
│朝鮮漫遊記「1992/07/30 〜 1992/08/05」
│▽ 21世紀の太陽・写真編(1) ▽
│ http://www.norihuto.com/2000-kita1.htm
└──────────

空港には、外国の航空会社の飛行機は一機も見当たらず、高麗航空の飛行機だ
けしかありませんでした。
中国からの航空路線は、北京からと、中国北方航空が瀋陽から週に2便か3便
乗り入れているだけです。
その他の往来手段としては、北京から丹東を通ってピョンヤンへ行く国際列車
と、延辺朝鮮族自治州との国境を歩いて越える....あはは、これはまあ冗談!

でも、この北京―ピョンヤンの国際列車は、北朝鮮領に入ってから、(たぶん)
電力問題で、途中で何時間も停車したままになったりしますから安心できませ
ん。
今回も、同じホテルに泊まっていた我々の(北朝鮮の)接待員が、夜中の1時頃
私の部屋のドアをノックした?!ーー何事ならんと出てみると、
今から、国際列車で到着するお客さんを迎えに駅まで行くので、一緒に行って
くれないかと頼んできた?

あなたのお客さんを迎えに行くのに、どうして私が同行しなくちゃならないの
か?疲れているので行きたくない、と断ったところワケを話してくれました。

その国際列車は、本当は夕方の7時頃到着の予定だったけれど、途中で遅れた
ために、夜中に到着するようになってしまった。けれど北朝鮮国民は、夜中は
自由に外出することが出来ません。あなたは外国人なので、あなたと一緒なら
外出が可能なんです。ーーというワケなので申し訳ないが同行して頂きたい。

しかし時刻は既に真夜中の1時、ホントに疲れてもいたので再度断ったところ
では、あなたのパスポートを貸してください、と懇願されて仕方なく貸してや
りました。ーーーそんな感じなんですよ。

電力事情は、本当に逼迫しているようで、こんなこともありました。

今回の訪問の目的である取引について、これから推進していこうという意向書
を作成して、さてこれのコピーを取っておこうと、宿泊していたホテルのビジ
ネスセンターへ行ったんです。ーーーそしたら、

電圧が足りなくてコピー機が動かないからダメだと断られてしまいました。
この後でも説明しますが、北朝鮮政府とマカオの投資家が合弁で建てた、外国
人を泊める最高級のホテルでですよ〜。
結局?
北朝鮮と接する(中国)遼寧省の丹東までコピーをしにいく羽目になりました。
‥‥とほほ。

―――― 空港を後にしてピョンヤン市内に入り、

最初に連れて行かれた処は、とてつもなく大きな、金日成の、金色に光り輝く
像のところ。!!そこで、その巨大な金日成像に献花!をさせられました。
┌──────────
│参考資料:▽ 金日成像 ▽
│ http://guide.travel.goo.ne.jp/e/goo/traveler/harabo/pict/10108808/
└──────────

我々に随いていた接待員が指示するんですよ!あの像を指差してはいけない。
?!けれど私達は外国人じゃないか〜?!それはあなたの国の儀礼でしょ!!
ーーーどう説明すればいいでしょうか....中国文化大革命のときと同じ....、

いや〜、それ以上ですね〜〜。

その儀式が終わってからようやく予定していたスケジュールの行動がスタート
しました。
そして、先ほど話のでた、コピー機が動かなかったホテルに到着しました。
ホテルは大同江の中洲に建てられた北朝鮮政府ととマカオのある会社が4、5
年前に合弁で作ったものです。
シングルルームが1泊70米ドル、スタンダードで90米ドル、高い!!
┌──────────
│参考資料:大同江の中洲の羊角島ホテル(羊角島は中洲の名)
│ http://www.d4.dion.ne.jp/~ji2txu/dpr/page02.htm
└──────────

中にはカジノもありました。ーーーカジノの中にはパチンコも!あったよ。
カジノの服務員は全員中国人、東北地方出身の漢族中国人でした。

なんで服務員が中国人なのか?と訝しく思ってよく観察してみると..あはは、
そこで遊んでるお客さんは全部中国人でした〜〜♪♪
だから中国語が話せる服務員が必要なんですね。
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│参考資料:4.平壌初のカジノ誕生
│ http://www2.ocn.ne.jp/~imaizumi/kita2.html
└──────────

ホテルの部屋のテレビは10チャンネルぐらい。(だったかな〜?)
中国の番組が多かった。黒龍江・北京・上海・四川などなど。
日本のチャンネルはありません。英語のもありませんでした。

(北)朝鮮のチャンネルは2つだけ。1つはニュース専門。
もう1つが娯楽番組用?=テレビドラマ、アメリカと戦うとかそんなヤツ。

☆ 中国人が見た北朝鮮(後編) ――――――――――― 2004/02/02

―――― 平壌市内の様子。

街の中は、ホントに車が少ないですね。ところが!車は少ないんですけれど、
そんな中で特別目立ったのがなんと!!ベンツ!!

!!なにしろベンツが多い!!

ある高級レストランの前なんか、20台ぐらいのベンツがズラーーッと並んで
いた!!!!・・・そんなこと今の中国でだって考えられますか?

あんなのどうせ全部高級官僚のもんだと思いますよ。高級官僚にいい生活をさ
せておかないと反乱が起こるからじゃないのかなあ、、実際この前クーデター
が起こったと聞きましたよ。

そんなだから、金正日の、親衛隊というか身辺警護をしている人間が3千人だ
そうですよ!!3千人!!ーー毛沢東だってそんなにいなかったですよ!

ベンツ以外で目についたのはトヨタ・三菱・日産などの日本車の中古かなぁ。

平壌市内の道路に信号はありましたけれど、ほとんど灯いていませんでした。
交差点では警官が交通整理をしていました、交通警官の中にキレイな婦人警官
がいたんで、一緒に写真を撮らせて下さいとお願いしてみたら..断られちゃい
ました....あはは。

トロリーバスとか路面電車なんかも走っていました。
ーーーあれは日本時代のものなんでしょうね。

自転車はそんなに多くはなかったですね。日本製の中古品が多いように感じま
した。中国製?は、ほとんど見かけませんでした。
ーーーだから、普通の市民の移動手段は“歩く”じゃないのかなー?

そしてともかく、夜の街は“真っ暗”ホントに真っ暗でした――――。

―― 建物は80年代までに建てられたものばかり?のように感じました。

新しい建物はまったく見かけません。奇異に感じたのは、いろいろな建物の外
に看板がいっさい無かったこと。まあ、小さな食堂なんかにはありましたけれ
ど、学校官庁公共施設、、どこにも看板は掲げられていませんでした―――。
例えば"**区役所"とか"**小学校"とか"**工場"とか"**会社"とか。

なんでも、外国の人工衛星からの偵察で、どこに何があると分かってしまった
ら攻撃目標にされやすいので警戒して、という理由だと聞かされました。

―― デパートなんかは商品がホントに少なかったですね。

黒龍江省の、"田舎のデパート"よりもまだ少なかったですよ。北朝鮮の首都の
デパートなのにですよ。そして、並んでいるのは中国からの輸入品が多かった
ですね。なんと!南通市の長江対岸、常熟市製の衣類があったのにはビックリ
しました!

電化製品は中国製が圧倒的に多かったですね。
日本製?、、化粧品が多かったように感じました。
??北朝鮮の産品は無いのかいな??

―――― 市民の様子。

衣服は中山服ばかり、分かりますか? 女性の衣服は全員殆ど同じ色でした。
男は痩せこけていましたけど、女はまあまあ....かな?

普通の市民と、政治的な話ができないもんかとチョット話しかけてみましたが
ーーーまったくムリでした。
全員金正日・金日成バッチ或はそれが一緒のバッチを胸に着けていました。

そして“21世紀の太陽!金正日同志万歳!”というスローガンがいたる処に
掲げられてありました。4月15日は太陽節=金日成の誕生日)なんだそうで
す。
なんと!あの有名な長白山の上にも巨大な“21世紀の太陽!金正日同志万歳
!”の看板が建てられているんだそうですよ!

―― 街中の共同浴場の表で、

400人ぐらいが列を作って順番を待っているのも見かけました。
みんな"浴票"を持っていました。昔の中国のようだなーと思いました。

80年代の中国も、糧票・キノコ票・布票・冷蔵庫票・自転車票・・・ともか
くなんでもかんでも"**票"がないと手に入れることができませんでしたから
ね。これは日本のやり方を真似たもんだと思いますよ。
ほら、日本軍が来て軍票とか"**票"を使ったでしょう。 ←―?そうかな?

街中の(高級な)レストランの食事価格は、6〜7人で1000元ぐらいしまし
た。ーーー中国とほぼ同じですね。
外貨兌換券、そう、昔の中国と同じで、外国人は外貨兌換券を使うんですよ!
兌換できる外貨は、2001年12月1日から米ドルが禁止になったので、今
はユーロが中心です。または日本円。中国人民元でも大丈夫でした。

1人民元(≒14日本円)=17.5北朝鮮ウォン。

―― アパレル工場を見学に行きました。

2000人ぐらいの規模の工場でしたが働いてるのは殆んどが女の子でした。
技術職は男。入ったばかりという17歳のカワイイ女の子といっしょに、写真
をとっちゃいましたよ。でへへへ、、

日本のアパレルメーカー"BeBe"の委託加工をやっていました。設備は全部日本
製のジューキのミシンを使っていました。製品を日本へ運ぶのは"南浦―日本"
間に不定期船が就航しているようです。

写真をたくさん撮ってきました。今は写真撮影は問題ないみたいです。
数年前まではダメだったようですけれど、今は殆んどの場所が大丈夫みたいで
す。政策が変りつつあるんだと思います。
ーーー変っていかなければ(政権が)倒れてしまうでしょう。

―――― その他の雑感

今回接待してくれた相手は平安南道の副知事でした。

今のあの国と商売するには、できるだけ偉いヤツとでなければムリですね。
権力者と話しをする。会社対会社では問題が起きた時解決できないでしょう。

中国の丹東市と鴨緑江を挟んだ川向こうの新義州市は、中国における深センの
ような経済開放区に指定されていて新義州特別行政区となっています。

その、新義州市までの260キロの道のりを、6時間かけて行ってきました。
道路の状態はよくありませんでした。舗装はされているんですけれど舗装状態
がよくない、、傷んでいるというべきなのかな?

経済開放区とはいってもまだ始まったばかりですから、インフラはまだまだで
まあ、その様子を見てからじゃないとウッカリ進出なんかできないという感じ
でした。

―― 北朝鮮のことではありませんけれど

中国国内の朝鮮族の分布は、国境を折り目にして地図を折り返したように分布
しています。すなわち国境に近い延辺朝鮮族自治州の辺りには北朝鮮系が多く
ハルピンや瀋陽など、国境から遠い地方には南朝鮮系が分布しています。

そうした同族を頼って、北朝鮮からは30万人ぐらい逃げてきてるでしょう。
逃げてきたら先ず女を売るんですよ。貧乏で中国の娘と普通の結婚ができない
ような朝鮮族の男に、3千元≒4万5千円)とか5千元で娘を売るんです。

捕まって北朝鮮に戻されると、シベリヤの鉱山に労働者として送られるそうな
ので、、彼らも必死なんでしょう――――。

逃げるんじゃなくてまた戻る人たちは、ほとんどがバッテリーを買って帰るそ
うです。電気が来たりこなかったりするので、来た時に充電しておいてイザと
いう時に備えるのに使うんだそうですよ――――。

                        = この稿おわり =
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┃┃ 読後感アンケート結果。
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◇ 面白かった〜 (^○^) -------------------------------- 24人  (83%)
◇ まあまあかな(゜.゜) --------------------------------  5人  (17%)
◇ ツマンナかった(-_-) --------------------------------  0人  ( 0%)

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┃┃ コメントボードに頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「気分は情報無限さん」

全然「面白かった〜」わけでは無いんですが、取り合えず非常に興味深い内容
でした。
結局のところ、韓国政府もキム・ヨンサム政権の頃は北朝鮮の吸収合併を考慮
する余裕もあったようですが、通貨危機で経済が駄目になってからは「太陽政
策」と称して飢餓に苦しむ北の人々を見殺しにするしかないみたいです。

確かに今の韓国の国力では仕方がない事なのでしょう。下手をすれば共倒れに
なってしまいますからね。

└──────────
┌──────────「塩野俊治さん」

まあまあだった。階層別で見たら、表情・身なり・履物・本心の隠し具合など
もう一歩突っ込んで見てほしい。

└──────────
┌──────────「ミカの赤い服さん」

昨年ぐらいから、日本のテレビのワイドーショーでピョウヤンの街の様子をレ
ポートしています。
今回の記事を拝読すると、改めて北朝鮮の抱える問題を窺えた気がします。

└──────────
 
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」

まあ、彼の場合は半分は儀礼的、それにプラス商売になるかな〜?的訪問で、
取材目的ではなかったんで、ホントの"見たまま印象記"になったのもやむを得
ないと思います。

ただ、これを聞いて OJIN が感じたのは、もっと以前の別の人の訪問記と比較
してみると....状況がより悪くなっている....ような気がしました。
50キロの米と娘を交換するとか、3000元5000元で娘を売るとか、、

ーーーかたや、高級レストランの前に並ぶ“20台のベンツ!?”

日本国民も中国人民もホントにシアワセだなーと感じられる隣の芝生・・・。

└──────────
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃┃ お便りで頂きました感想。
┗━┛
┌──────────「気分は情報無限さん」

―― 中国人が見た北朝鮮2004/01/26を読んで

実は土曜日にNHKスペシャル(「ソウルに生きる」脱北者たちの歌舞団▽北
朝鮮・運命の親子涙 美女軍団が)を見たのですが、物凄い内容でしたね。

なんでも五年ほど前までは年間百人足らずだった脱北者が、二年前から毎年千
人以上に激増しているそうです。北朝鮮が食糧危機を脱したといっても、恐ら
く軍隊と主要な都市部だけなんでしょう。

この番組では北の映像は一切ありませんでしたが、政府が実施している就職セ
ミナーで職を求める「脱北者」の、一様に暗い表情を見て思わず「日本の植民
地だった方が百倍マシだったろうに・・・」と考えさせるに十分でした。
無責任な意見を吐くようですが、テレビの録画映像を見て伝わってくる雰囲気
が半端じゃありません。

例えばこの番組に出てきた歌舞団の女座長さんは、六歳から専門教育を受け始
めたそうです。だから向こうの「喜び組」の演技は皆同じ表情で笑っていると
かね。
中国の「女子十二楽坊」ですら英才教育を受け始めたのは九〜十歳なんだそう
です。

そんな座長さんが結成した歌舞団に入った新人は、イジメが怖くて学校に行き
たくない十六歳の少女(祖父母が餓死したのをきっかけに両親と一緒に亡命..)
だったりします。無論、劇団では若い主力団員ほど劇団を通じての将来を悲観
して、どんどん辞めていきます。

一応、韓国に亡命した「脱北者」の人達は医療と教育が無料で、仕事も見付か
らなければ生活保護が下りるそうですが、言葉の訛りがあるやら何やらで仕事
は殆ど見付からないとの事。で、犯罪に手を染める人間が多いそうです。

たった五十分の番組でしたが、朝鮮半島の南北の平和的統一なんて絶対に無理
だと確信しました。こんな事を軽々しく言うべきでは無いのは分かっています
が、恐らく日本も対岸の火事では済まなくなる問題でしょう。

相当に運が良くても大韓民国による朝鮮民主主義人民共和国の強制合併が限界
としか考えられません。

何しろテレビの映像で少し見ただけですが、韓国の人達は物凄く北の人間を嫌
がっているんですよ!!劇団の公演からして、観客は既に目つきが同じ人間を
見る視線じゃなくて、何か珍しい動物が芸をしているのを遠くから眺めている
感じなんです。

たぶんNHKの取材班も、制約が多い中で特殊な取材をしているのだとは思い
ますが・・・・・

└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。 
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