硬派的題目 ―――――――――― by 老玩童 OJIN
☆ 自決があったのは沖縄だけではない! ―――――― 2008/02/27
また沖縄で米兵による婦女暴行事件が発生して、毎度変わらぬステレオタイプ
の反応が報道されています――――。

夜中のあんな時間に、水商売でもない高校生の女が繁華街をウロウロしている
というのもどうかと思われる行動ですが、買物に出るという場合もあるでしょ
うから、それはさて措いても、

外人であろうが日本人であろうが、夜中に見も知らぬ“男”の誘いにノコノコ
と随いていく・・・そんなバカ女が、起るべくして起した事件を、待ってまし
た!と政治的に利用する反日日本人ども!

頭カラッポのバカ女と、反日日本人どものことを書いても胸クソが悪くなるば
かりですが、ーーーところでその、沖縄だけが何故?と

ーーー感じているのは OJIN だけではなかったようです。

┌──────────「加瀬英明氏」―― 杜撰な沖縄集団自決論 ――

昭和20年4月にアメリカ軍が沖縄に上陸して、日米両軍が激戦を展開した時
に、日本軍が沖縄住民に集団自決を「強要」したということが教科書に記載さ
れていたのが、その証拠がないことになると、文科省が介入して、集団自決に
「関与」したという表現に改められた。その是非をめぐって論争がたたかわさ
れている。

なんとも奇怪なことだ。このような政府と文科省に、教育という国家の大事を
委ねてよいものだろうか。

それよりも、どうして住民の集団自決の議論を沖縄に限定するのか、私には理
解できない。

アメリカ軍は、沖縄に上陸する10ヶ月前の昭和19年6月に、サイパン島に
来攻した。サイパン島には2万人の邦人住民が居住していた。アメリカ軍が来
攻する前に、老幼婦女子の内地送還が実施された。

しかし、第1船のアメリカ丸、第2、第3船の千代丸、白山丸がアメリカ潜水
艦によって撃沈されたので中止された。3回の疎開船とも生存者がなかった。

サイパン島の面積は、東京23区の4分の1弱に相当する185平方キロであ
る。わが軍は、アメリカ軍が上陸してから31日間に渡って、他のアメリカ軍
を迎え撃った島嶼と同じように敢闘したが、武運つたなく島を敵手に委ねた。

南雲忠一長官以下、高級将官が自決した後に、残存していた将兵と在郷軍人、
警防団員、青年団員などの邦人合わせて3千人あまりが最後の突撃を行った。

多くの邦人女性が、迫るアメリカ軍を前にして、最北端のマッピ岬の断崖から
母は乳児を抱いて、あるいは親族や友と手をつないで、南の海へ身を投げた。
集団自決だった。

アメリカ軍が海上から望遠レンズを用いて撮影した、痛ましい動画の映像がの
こっている。悲劇のマッピ岬は今日「バンザイ・クリフ(クリフは断崖)」と呼
ばれ知られている。サイパン島を訪れる日本人観光客が必ず訪れる、不謹慎な
ことだが、観光スポットの1つとなっている。

だが、沖縄住民の集団自決については、「日本軍による強制」とか「関与」を
問題にしてきたのに、いったい同じ集団自決であったのに、どうしてサイパン
における邦人住民の集団自決が取りあげられることがないのだろうか。

年末にイギリス人の畏友が、新年の休暇のためにマックス・ヘイスティングス
著『ネメシス 日本との戦い 1944―45年』ハーパースプレス社、ロンドン)
と題する本を送ってくれた。

「ネメシス」はギリシア神話の復讐、あるいは天罰を降す女神である。対日戦
争を1944年から克明に記録した674ページにわたる大著である。著者は
イギリスでよく知られた歴史作家である。

沖縄本島には、1200隻の艦艇に分乗する17万のアメリカ軍が来攻した。
我が軍と陸海空において凄惨な血戦が繰りひろげられた。先の本から引用しよ
う。
┌--------
一般住民がさまよう戦場では、身の毛がよだつようなことが起こった。特に沖
縄戦がそうだった。(アメリカ軍兵士の)クリス・ドナーはこう記録している。

「地面に、15歳か16歳と思われる少女の、美しい死体が横たわっていた。
全裸でうつ伏せになって、両腕を大きく拡げていたが、やはり両脚を開いて、
膝から曲げてあがっていた。
仰向けにすると、少女の左乳房を銃弾が貫いていたが、何回にもわたって強姦
されていた。日本兵の仕業であるはずがなかった」

しばらく後に、ドナーの分隊の何人かが丘の上から敵によって狙撃されて倒れ
た。その直後だった。赤児を抱きしめている日本女性に遭遇した。

兵たちが口々に「あのビッチ(女)を撃て!ジャップ・ウーマン(女)を殺せ!」
と叫んだ。兵がいっせいに射撃した。女は倒れたが、渾身の力を振りしぼって
立ち上がると、手離した赤児のほうへよろめきながら進んだ。

兵たちはさらに銃弾を浴びせた。女が動かなくなった。
└--------

アメリカ軍は戦闘中に、しばしばこのような残虐行為を働いた。こうした戦慄
すべき事実は、目撃した住民によって我が軍戦線の背後にいた住民に伝わった
はずである。

ヘイスティングスは本書のなかで、アメリカ兵が日本人を人間だと思わなかっ
たので、故国への土産(スブニール)として日本人の頭蓋骨を蒐集したが、ヨー
ロッパ戦線において、ドイツ兵については、頭蓋骨をそのように扱うことはな
かったと述べている。日本人の頭蓋骨を飾り物として珍重したのだった。

私はこれまで、アメリカ人による太平洋戦線の記録のなかで、アメリカ兵が残
虐行為を働いたという、多くの記述を読んでいる。

教科書の沖縄戦中の住民の集団自決についての記述から、アメリカ軍の存在が
なぜなのかすっぽりと抜けている。沖縄戦はいうまでもなく、アメリカ軍が沖
縄に侵攻したことによってもたらされた。なぜアメリカ軍が不在なのか。当然
アメリカ軍が「関与」していたはずである。

教科書の執筆者や文科省の担当官は、沖縄住民がアメリカ軍を恐れていたこと
に頭が回らなかったのだろう。どうしてアメリカ側の記録を調べる熱意が欠け
ていたのだろうか。杜撰[ずさん]なことだ。教科書は正確な記述を期さねばな
らない。

サイパン島が失陥した12日後に、アメリカ軍はテニアン島に来攻した。

テニアン島には、15000人あまりの邦人住民が居住していた。ここでも、
一般邦人は国軍によく協力して勇戦した。沖縄と同じように、男子住民も祖国
の弥栄を祈念して最後の突撃に加わった。そして、多くの婦女子が自決した。

└──────────「メルマガ頂門の一針」より引用

沖縄ばかりでなく、民間人の住む地域で戦場となったのは、サイパン島もテニ
アン島もそうですし、満州・樺太・千島、ウカウカしてたら北海道や東北地方
の北部も、蹂躙される危機一髪の瀬戸際にありました。
樺太や千島なんか、日本が降伏した3日後に襲われ、抗戦することもできずに 殺されていったのですから、潔く自決することができた人々よりもさらに悲惨 ともいえるでしょう。 樺太で、列車を利用して突撃してくるソ連軍・・・その列車の機関車の前部に 日本軍の弾避けにと全裸で括りつけられていた日本婦人は..生きていたのか既 に死んでいたのか・・・・‥‥‥ 沖縄の人々よ! そのとき前線で敵軍と対峙していた人々も、銃後にあって支えていた人々も、 同じだったのではないのですか? 数の問題ではありませんが、あなた方は、 ーーー軍の命令で自決させられた!と吠えているようですが、 内地の空襲で..広島長崎の原爆投下で..何十万の人々が..自決よりもっと不本 意な状況で死んでいかなければならなかったか、に、、思いを致したことがあ るのですか?ーーー自分たちだけが軍の命令で自決しなければならなかった哀 れな犠牲者・・・それでは、 覚悟を定めて自決された方々をも冒涜している、ことになるのではないのか? 満州の曠野で、 ┌────────── ーーーソ連軍が急追してくる。さらに現地人たちが匪賊のように襲ってくる。 軍の根こそぎ動員によって屈強の者がいないと分かると、それまで親しんでき た満人の友さえも加わり、暴徒となって日本人難民に波状攻撃をかけてくる。 屈強の男無く武器も無い開拓団は、それでも、レンガや鍋、釜を割っては投げ つけ応戦する。十五、六歳の少年達までが斬り込み隊となって戦い、最後には 全員が自決した。 この老人のグループは、祖国日本は降伏したに違いないとの考えに至る。その ことがいっそう絶望的な気分を蔓延させ、誰もが無慈悲になり、疲労困憊した 者や負傷者を置き去りにするようになっていく。 取り残された場合には、やがてソ連軍の攻撃や現地の暴民によって皆殺しにさ れることを知って、逃れようと皆は必死の思いで歩き続ける。 何度も何度も暴民や武装匪賊の襲撃に遭遇し、すべてを奪われ乞食以下となっ た日本人の行列に、中国人が「子供を売ってくれ、女の子は500円、男の子 は300円でどうだ」と声をかけてくる。それは執拗そのものだったという。 そして、最も悲惨だったのは子供たちだ。多くの子供が力尽きて野垂れ死して いった。こうして疲れ果て、絶望した開拓団の集団自決が、8月20日を過ぎ た頃から始まる。 守ってくれるべき軍隊もなく、包囲されて脱出の望みを絶たれた人々にとって は、最後に残された選択肢は死だけとなる。人は忍耐の限度を越えると、生き ていることも苦痛になるのでしょう。 8月25日午前4時過ぎ、満州東部のある開拓団では、夜明けの空を震わせて 自決の銃声が響き渡る。一足お先に‥‥‥‥と、子を両手に抱え、または胸に 抱きして、涙で顔をグシャグシャにしながら引き金が引かれていく‥‥‥‥。 妻を‥子を‥親を‥知人を‥ 火葬場と決められた馬小屋は、絶え間なく銃声が続き屍が折り重なってゆく。 読経が低く流れるなか、泣き叫ぶ子を抱き抱えた母親も、目を血走らせて銃声 の中へと消えていく。 └──────────「満州回顧録:満州開拓団の惨」より そのときは沖縄だけではなかったのだ! どうして、沖縄だけが声高に叫ぶんだ? 沖縄は恥を忘れた自虐想妄の民なのか!                            = おわり =
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┌──────────「lonsome carboyさん」 東京在住の沖縄の友人(40代)が、東京空襲ほか米軍による本土無差別爆撃の 事実を最近まで知らなかったことに驚いた。 戦艦大和が、沖縄へ向かう途上で撃沈された事や、満州や樺太での悲劇も知ら ないで育ったという。 そんな教育を受けてきた上で、新聞は左系しかない土地柄なら、被害者は自分 達だけだと思い込むでしょうね。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
OJIN なんてですよ、小学4、5年生ぐらいから本の虫になり、小学校の図書 室の蔵書を2周も3周も読み漁り、6年のときに左傾の社会科の先生が毛沢東 の話をしたのをこれ幸いと、 先生が持っているそういう関係の本を借りて読みまくり、疑問が解けずにその 先生に食い下がって質問の雨あられ・・・けれどその先生は、田舎の小学生が 納得できるような回答を与えてはくれませんでした。 もしあのとき、あの先生が納得できる答えを示してくれていたら、 OJIN なん かバリバリのサヨクになっていたんじゃないだろうか・・・そんな本の虫じゃ なかった同時代の人なんかは、わりかし簡単に刷り込まれてしまったんでしょ うか――――。 終戦後、天皇陛下は、日本の復興には100年かかるだろうと仰られたそうで すが、もう既に60数年、、あと30数年、石に齧り付いてでも頑張るしかな いですね。 └────────── ┌──────────「御座候さん」 マスコミを通じて本土に入ってくる情報だけ聞いていると、全ての沖縄県民が 反本土・反米軍であるかのように錯覚しがちですが、実際に沖縄の人たちの話 を聞いてみると、決してそんなことはありません。 著しく左傾化している沖縄のマスコミや市民団体は、必ずしも県民の総意を代 表していません。いたずらに沖縄をバッシングしては、本土と沖縄の分断を図 る左翼の思うつぼです。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
フレンドリーメルマガ「縄文塾通信」に時々寄稿されている沖縄の高校教師の トラネコさんの記事を見ておりますと、たしかに沖縄県民の大多数はノンポリ というか普通の考えをもっているようです。 結局沖縄も内地と同じで、偏向マスゴミがガンなんだということなんでしょう けれどーーー、しかし所詮は商業マスコミなんですから、みんなで不買運動や 広告を発注しない運動を起せば、ヘタヘタと直ぐに転向するんじゃないでしょ うか? 直接ああじゃこうじゃと攻撃してもラチがあきませんけれど、どうです?そう いう方法に作戦を変えたら効果的だと思われませんか? 「偏向マスゴミに広告を出す企業の製品は買わない運動!」 └────────── ┌──────────「竹下義朗さん」 正にそのとおり!戦争は一国だけでできるものではない。相手があってはじめ て成立するものであり、交戦相手の米国という存在がすっぽりと抜け落ちてい るなかで自決云々を論じるのは、全く以て当を得ない論議であり、 沖縄集団自決に関する「日本軍関与」とは、歴史を追求しての真実というより も寧ろ「神話」「伝説」といった類であるものと私は思っています。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
竹下先生のように真っ正面からの堂々攻撃も勿論大事でございます。しかし、 ただそれだけでは敵もなかなか手を上げませんから、それに加えて兵糧攻め、 「偏向マスゴミに広告を出す企業の製品は買わない運動!」これは効くと思う んでございますよ〜〜 我々はミニコミですけれども、共同してやったらかなりのウエーブを起せるの ではないでしょうか。 └────────── ┌──────────「vida.consagradaさん」 「アジアの街角から」を購読している者(女)です。今回「無言‥‥‥」に投票 しました。‥‥‥記事の内容があまりにも強烈過ぎて、どうのこうのと判断す ることができなかったためです。 私事ですが書かせていただきます。 大学時代、韓国人留学生の友人(女)がいました。よく日本の韓国への侵略のこ とを話し、日本人は軍国主義時代をよく反省すべきだ、と主張していました。 あまりにも主張するので辟易し、以下のことを話したのを記憶しております。 「戦争で取り残された家族の悲劇を知っていますか?私のおじいちゃんは職業 軍人でした。蘭印に行っていました。戦後、オランダ軍の捕虜となり、7年後 かろうじて、屍に近い状態で帰国しました。おじいちゃんの属していた師団の 生還者は少なかったと聞いています。戦争は、どちらの当事者にとっても悲劇 なのです」 自分でもびっくりしましたが、この話をしている最中に、自分の目から大粒の 涙が大量にあふれ出てきたのです。 その後、(少なくとも私に対しては)友人の口から日帝時代の批判を聞くことは なくなりました。おそらく軽い気持ちで日本を批判していたのだろうと思いま す。軽々しく日帝批判ができなくなった友人は、誠実なほうだと思います。 沖縄の集団自決問題を利用する人たちは卑怯だと思います。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
どうも、、女性からのお便りは苦手な OJIN でございますーーー。(^^; 女性にはかなり衝撃的な内容でしたが、しかしあれは紛れもなく現実に起こっ たことでございます。それをキチンと認識して、戦争にならないようにするに はどうしなければならないのかを考えていく。 また、ヘラヘラと阿諛迎合するのではなく、自分の言い分をキチンと相手に主 張するということは、大袈裟に言うならば、戦争抑止行動の一部と言えるもの だと思います。阿諛迎合ばかりしているとナメられてミクビられる。 こういう態度は戦争誘発の一番危険なやり方だと思います。そういう意味では 今の日本の首相なんてホントに女子供以下!(女子供の皆様、スミマセン) まあ、反面教師が出れば、その後揺り戻しがかかるでしょうから、もう少しの 辛抱かもしれませんですね。 └────────── ┌──────────「爺さん」 何事につけて政府もマスコミも、何故こんなに自虐的なのか?何故もっと強く 自己主張しないのか? 常々腹が立っている。 戦後の60年間、日本人は日本が悪いと叩き込まれ、日本が正しいと言っても せせら笑っている。 次から次へと日本の悪い一部分を穿[ほじく]り出し、こういう人たちの賛同を 得たいと願っている識者たち。 それでも、我々戦中派がもっと強く主張しなかったから責任の半分はお前らに ある!ーーーといわれてシュンとなったのも事実。 勿論、同調してくれる人も居たが、殆どの人たちは今生きるのが精一杯で真剣 に聞いてくれる余裕はなかったーーーーと、思いたい。 サイパンで飛び降りた婦人たちの中には沖縄の人達も多かった――――。 戦後、沖縄の知人で、サイパンで奥さんを亡くされた人が、よくサイパンでの 話をしてくれたが、つれあいをなくした悲しい顔はしても、一度だって日本軍 を恨む愚痴は無かった。 “戦後”のロシヤ兵やアメリカ兵の、日本人に対するあくどい行為を追及もし ないで、“戦中”の、やれ従軍慰安婦だのと問題にされて黙っているに如かず と決め込んでいる国もさりながら、同調する戦後生まれの“識者たち”め。 内閣は目先の出来事の後始末に追われ、野党のここぞとばかりの追及を甘んじ て受け容れている。ーーーもっと前向きの大きなテーマを持ち出して、野党を マイペースに引きずりこむぐらいできないものか。 沖縄の少女問題も今に始まったことではない。何故もっと強く鉄槌を振り下ろ せなかったのか。ーーー沖縄県民の怒りは、これを咎めているのではないか。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
「我々戦中派がもっと強く主張しなかったから」 OJIN の父親はもともと口数の少ないほうでしたが、搾乳を手伝いながらラジ オで「帝国海軍かく戦えリ」みたいなノンフィクション放送を聞いていると、 ーーー昭和30年代でもそういう番組があったんです。 「兵隊の戦争はこんな格好のいいもんじゃないんだぞ。うまく頭でも撃ち抜か れればイッパツで死ねるから楽だけど、そんなのはまず無くて、大概はどこか やられて、死ぬより痛い思いをしなけりゃならないんだ。戦争なんて無いほう がいいんだぞ」 ーーーというような類いのことをよく聞かせられました。 一兵卒にそんなものはないでしょうが敗戦の責任?自信喪失?そして占領軍に よる洗脳教育を受けた若い者は、ただ観念的で闇雲な戦争否定の風潮。仕方が なかったんでしょうけれど、もう少し実体験した人々が声を出してくれていれ ばと、残念に思うときもあります――――。 けれどまだまだッ! 間もなく江藤一市さんの「シベリア抑留記」の連載を開始します。「悲惨な暮 らしの中にもあった、明るさ、楽しさ、笑い、喜びなどを、一コマ一コマを拾 い上げて綴ってみようと思い立った」という、暗さだけではない抑留記です。 1年近くの連載になると思いますが、ご愛読いただけますよう! また、爺さんも、美瑛町での開拓苦闘記とか、海軍航空隊での話とか、思い出 した都度で結構ですからご寄稿いただけますよう、お待ちいたしております。 └────────── ┌──────────「トラネコさん」男性@沖縄 私は沖縄の県立高校の臨時教員をやっています。なにかと最近沖縄のことが話 題になっていますが、マスコミが報道する沖縄の意見や感情と、実際の庶民感 覚の沖縄とはかなりの乖離がございます。 一番話題に上る基地問題でも、恐らく本土には次のような県民の声が届いてい るのではないでしょうか。いわく「基地の重圧に我慢も限界だ」「米軍兵士の 横暴や犯罪が後をたたず、県民は恐怖の中で生活している」「沖縄県の発展を 阻害しているのは米軍基地のせいだ」・・・・などなど。 これらは、すべてといわないまでも9割以上はウソです。 私は米軍基地の殆ど真横に住んでおり、近所の公園などはアメリカ人の家族連 れなどが普通に散歩や買い物に行き交いますが、なんら問題ありません。人に よっては向こうから挨拶する人もいます。確かに場所によっては米軍航空機の 爆音がけたたましい地域もあることは事実ですが、沖縄全域がそうではありま せん。 これらの沖縄イメージは、ほとんどが左翼団体と県内2大偏向マスゴミと売国 公共放送によって作られたものです。これが本土の真っ赤っか新聞・朝日や毎 日などに歓迎され、報道が増幅されます。 今回の989号で OJIN さんが、こんな偏向新聞は不買運動だ!とおっしゃっ ておられましたが、まったくその通りです。私はもう10年以上地元紙は取っ ていません。30代ぐらいの人たちはインターネットで情報を得る人が増えて おり、新聞を取らない人も少しずつ増えているようです。 しかし、年配者などはインターネットなどは苦手な方も多く、地域の話題や葬 儀欄(沖縄の新聞はこれが重要)を読むために購読する人も多いのです。まあ付 き合いや地元のつながりのための回覧板新聞みたいなものでしょうか。 またご指摘の通り、沖縄の一般人は政治的関心が低いだけで、特に左翼的とい うわけではありません。ただ、意識が低い分マスゴミに洗脳されやすい面はあ り、マスゴミの報道を額面どおり受け取ってしまうのです。 やはり政治意識が向上し、左翼的デマゴーグを見破れる見識が欲しいですね。
└────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
トラネコさん、コメントをありがとうございます! それにしても、沖縄でも本土でも、左翼団体や偏向マスゴミは、いったい何を 目的にしているんでしょうか?? ーーーこれが分かりませんーーー どんなものなのか分かりませんが、仮に、自分達の望む政治体制が樹立できた として、それで本当に日本丸の舵をとっていけると思っているんでしょうか? まさか本気でどこかの国の属領になればいいと考えてる?!〜〜〜いくらなん でもそれはないと思うんです。もしそうなら、こりゃもう本物のキチガイです よ・・・それともオマンマのためなのか?? もしオマンマのためならば、国民の意識が変わっていけばコロッと転向する? 皆さん声が無さ過ぎ!サイレントマジョリティーの方々!声をあげましょう! └──────────
本当にそうだこのとおり!‥‥と思われた方!「誰でもできる!1人1日1回の愛国活 動」は、ここをクリックして頂くことからはじまります!ーーークリックして頂くと票数がアップして、この問題を多くの 人々に知らせる事ができます!
    
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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