┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━┓ |
┃ ┃ ┃ |
![]()
硬派的題目 ―――――――――――――― by OJIN
![]()
| ☆ どの国から開放する為に日本軍は戦ったの? ―― 2007/08/22
┌──────────「nanka さん」
当メルマガを読んでいろいろと勉強させて頂いております。が、ひとつ不明な
ところがありまして、是非教えて頂きたい。
当メルマガの流れで、第二次世界大戦の日本は、大東亜戦争として参加したと
の事で、アジア諸地域を開放する為であったと訴えているようです。たしかに
インドネシアではオランダから開放する為に日本軍が戦った、インドでは英国
から開放する為に日本軍が戦った。
中国では、中国をどの国から開放する為に日本軍は戦ったのでしょうか?朝鮮
ではどの国から開放する為に戦ったのでしょうか?勉強不足で申し訳ありませ
んが、教えていただけないのでしょうか?よろしくお願いします。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
先ず、朝鮮とは一度も戦争はしていないと思うんですけど?ーーー古代の話で
はなくて近現代のことをおっしゃってるんですよね? だとすると、
仰っている意味が「日韓併合」のことで、朝鮮を日本領土にしたということを
指しておられるのなら、あれは両国が望んで「合邦」した、即ちひとつの国に
なったのであって、侵略して支配したわけではございませんでしょう。
それは勿論、国家の一大事ですから反対意見もあったでしょう。日本の世論で
も、貧しい朝鮮と合邦したら、日本がお金を注ぎ込まなきゃならなくなるから
反対!という声もあったようです。
で、ところで「合邦」ですが、これは会社で例えるならば「対等合併」であっ
て、台湾のように「割譲」された植民地、会社ならば「子会社化」とは全然違
います。よその国の例では、エジプトとシリアが合邦してアラブ連合共和国と
なったことがあります。(その後分かれて、現在は2つの国に戻っています)
「清朝は中国に非ず」という論はちょっと措いといて、中国を巡る当時の状況
を、一つ一つの細かい事象はともかく大まかに俯瞰してみますと「清朝末期か
ら日中戦争に至るまでの時代背景」は、
イギリスがインドからヒマラヤを越えてチベットを勢力下に収め、アヘン戦争
で獲得した香港から広東省を、上海から揚子江を遡りながらジワジワと侵蝕、
フランスは仏領インドシナから広東省・広西省へと勢力を浸透させつつあり、
ロシアは、義和団事件のドサクサに乗じて満州へ兵を送り込み、事件解決後も
居座って撤兵せず実質的に支配し、次いでモンゴル・新疆も勢力下に収め、さ
らに南侵のチャンスを虎視眈々と窺う。そして中国と合わせて朝鮮にも触手を
伸ばし、遂に日本と衝突して「日露戦争」。
それで負けて満州からは撤退しましたが、その段階では日本が満州を支配した
わけではなく権力の空白地帯となり、少し経ってから張作霖軍閥が満州の独立
を宣言する――――。
ーーーこうした状況を、日本が何もせず放っておいたとしたら、その後の推移
はどうなっていたでしょうか?
例えば日露戦争を戦わなければ、満州は完全にロシアのものになってしまった
でしょうし、朝鮮は、よくて保護領、推移によってはロシア領。ロシアは当然
モンゴルや新疆からさらに南侵政策を進めたでしょうから、当時の清朝に抗う
力などなく、華北・山東あたりまでが多分ロシアのものとなった・・・・。
イギリスやフランスも、もし日本が手を出していなければ、広東・広西、及び
揚子江沿いの諸省を支配するようになっていたことでしょう。
こうして引き算してみると、中国などという国がどこに存在し得たでしょう?
そんな弱体の清朝に抗って勃発した辛亥革命!ーーーでもあれだって、最初の
武漢蜂起はおっかなびっくりのオットリ刀。欧米列強が思うがままに勢力を伸
ばして各地域の分捕り合戦を盛大に繰り広げている状態であったならば、成功
することなど可能だったでしょうか?
わたしは無理だったと思います。ーーーかくして中国は列強の分割植民地。
そして、そうなってしまえば、四つの島と、日清戦争で得た台湾しかない丸裸
の日本も、やがては何れかの国の膝下に組み敷かれることになる――――。
現在だってもしアメリカの後ろ盾がなければ、現代の覇権国家中国によって、
尖閣諸島や沖縄県なんてたちまちフィリピン沖の南沙諸島やチベット化の運命
が待ち受けているんじゃないのでしょか?
当時の列強による中国植民地化計画(?)は、インドや東南アジア地域のように
完整はしておりませんでしたから、現在からみるならば恰[あたか]も独立国で
あったかのように錯覚してしまいますが、しかしその実態は、まさに呑み込ま
れてしまう直前の、分割されて完全植民地にされる一歩手前の状態、だったの
です。
中国が植民地にされてしまったら次は日本の番、、誰でも容易に推察できるこ
とではないでしょうか。――――それを防ぐための、自立を護るための、自存
自衛の行動をとっているうちに、列強の罠に引っかけられてズルズルと深みに
嵌まっていってしまった――――ということではないのでしょうか?
ごく大づかみに俯瞰してみました。細かい点についてでも、もしさらなる疑問
がございますようでしたら、討論させていただきたいと存じます。ご意見をお
待ちいたしております。
└──────────
┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
┃ ┃ コメントを頂きました。
┗━┛
┌──────────「筑豊のオッサンさん」
Nanka さんへの OJIN さんのご説明「そうなったであろう中国」に、まったく
同感です。中国人も、朝鮮半島の人、そして日本人も、よく読んで理解すべき
ことだろうと思います。
いつも楽しく勉強させていただいています。文を寄せられている皆様に感謝し
ています。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
自分としては確信があるんですけど、しかし反応がなく、暖簾に腕押し状態で
すと、あれ?他の人はこういう考えじゃないのかな?ーーーと、心配になって
くるものでございます。
ですから、反論でもご賛同でもこうしてコメントを頂けますと大変有り難く、
ましてご賛同のコメントとなりますと、有り難さもひとしおでございます。
特に偏りもなく、客観的に冷静に俯瞰してみればそういうことじゃないのか?
ということで書かせて頂きましたが、特に反論も頂けませんでしたから、やっ
ぱり大多数の方々もそう思っているのかな?と少し安心いたしましたーーー。
└──────────
┌──────────「Nanka さん」
ご回答ありがとうございます。ご丁寧な回答で勉強になりました。
OJIN さんの回答で、また若干疑問が残ったので質問させてください。
1)「朝鮮とは一度も戦争したことがない。会社で例えるなら合併と同じ」と
のことについてですが、
「日韓併合」で「朝鮮を日本領土にした」との(要約が間違っていたらごめん
なさい)回答でしたが「アジア諸国を欧州列強から開放する」という意味から
理解すると、どこの侵略からも開放していなくて、逆に侵略したのではと思い
ますがいかがでしょうか?
黒舟などから目が醒めて、自国を守る為、先制攻撃したといえば分かり易いと
思いますが「アジア諸国の開放の為」という大儀は付け難いかなと思います。
日本の立場から考えれば自国守衛の為、先制攻撃したことは自然な流れと思い
ますが、侵略された国の立場から考えたらたまったものではないと思います。
自分が日本を攻撃した訳ではないから!関係のない第三者ですからね。
2)「清国は中国に非ず」との論点はよくわかりませんので措いておきます。
どのような切口から上記の論点にいたるか分かりませんが「イスラエルは国な
らず」「北海道は日本ならず」との観点と同じような感じがします。単なる自
分の愚痴なので流しておいてください。
日中戦争になるまでの背景を詳しくご回答いただきありがとうございます。背
景の分析についてですが、全く同感です。但し、分析なのでしようがないので
すが90%は憶測の領域だったので割愛させていただきます。
当時の中国は、仰る通り列強に分割されていた時代でした。
そこで「アジア諸国を開放」の登場です。もし「アジア諸国を開放」との観点
から考えれば、ロシアだけではなく欧州列強とも戦ったはずだと思いますがど
うでしょうか?日本の既得利益を守る為、列強と小規模な戦いはあったと思い
ますが、中国を列強から開放する為に戦ったということは聞いた事がないので
すが、単なる私の勉強不足でしょうか?
だとしたら少なくとも中国では「アジア諸国の開放」という論点(大儀?)は成
り立たなくなると思います。逆に、欧州列強と一緒になって中国を植民地にし
たかったのが本音ではないでしょうか?
色々言って何が言いたいのか?と思われるかもしれません。要約しますと、
1)第二回世界戦争時の日本の目的――「アジアを列強から開放する」という
大儀は、日本の関わった全ての戦争に当てはまるものではない。少なくとも朝
鮮、中国ではそうではなかったと思います。
2)開放する為に行った人が、現地で8年も戦争しますか?戦争が終わってか
ら60年も言われ(恨まれ?)続けますか?
3)日本がその戦争に加わっていようがいなかろうが、中国が欧州に植民地に
された事実は変わらない。 OJIN さんの仰る通り、日本が加わることによって
欧州列強の植民地面積は拡張できなかったかもしれませんが、日本の占領した
植民地を考えれば、全体的な量は変わらないかもしれません。(あくまでも憶
測です)即ち中国側から見れば、中国を食い物にする列強がひとつ増えたに過
ぎないと思います。
余談:「犬と中国人進入禁止」----原文はどうだったか分かりませんが、確か
このような意味だったと思います----との警告が当時の上海に張られていたと
のことは OJIN さんもご存知だと思います。これが欧州列強の当時の中国人に
対する見方だったと思います。それに日本も加わったということになります。
当時の世界情勢から考えて、欧州列強がアジア諸国を植民地化していたのは事
実です。始めは日本も植民地化する対象であったと思います。それにいち早く
目覚めた日本は、富国強兵を図り、欧州列強は日本の植民地化を諦めた。
(中国の当時の様子が、日本にはよい薬になったのではないでしょうか)
そのとき日本が欧州列強の一員になり、植民地化(少なくとも朝鮮、中国で)を
進めたというのは当時の流れではなかったのでしょうか。「アジア諸国の開放
の為」というのは聞こえのよい口実にしか思えません。
大変長くなって申し訳ありません。ご指導お願いします。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
ご指導なんておこがましいですけれどもーーー、
まず「1」の要約は間違えております。『「日韓併合」で「朝鮮を日本領土に
した」』ーーーということではなくて、両国共に望んで「合邦」したのです。
「朝鮮を日本領土にした」ともいえますが、逆の言い方をすれば「日本を朝鮮
領土にした」ということです。----少し言い方が足りませんでした。
ただ、合邦後の国名が大韓帝国ではなく、大日本帝国としたので誤解を招いて
いるのでしょうが、現在の会社の対等合併のように「三菱東京UFJ銀行」の
ようにすればよかったのかもしれませんが、合邦直前の両国の国力の差から、
現実は半ば吸収合併のような状態だったので大日本帝国になったのでしょう。
しかし実態はあくまでも「対等合邦」なのです。
「どこの侵略からも開放していなくて」についても、合邦に至るまでの流れを
みてみると、日清戦争以前の数千年間、朝鮮の宗主国は歴代中国王朝でした。
宗主国という意味はお分かりでしょうか?――――アジアやアフリカの植民地
の話にはよく「旧宗主国」という言葉が出てまいりますけれど、要するに同じ
ものです。ただ、欧米列強と中国とでは支配の仕方が異なっていただけです。
日清戦争の勝利によって、日本は清朝に朝鮮の宗主権を放棄させた。即ち独立
させたわけです。それ以後は、国名を大韓帝国と改め、君主は国王から皇帝と
称することができるようになりました。 ▼ 長くなり過ぎますので詳しくは。
http://chinachips.fc2web.com/repo1/015080.html
「自分が日本を攻撃した訳ではないから関係のない第三者」という暢気なこと
がいえるのは現在だから‥‥いや、現在だってそんな気持でいたら、植民地に
はともかくとして、必ず何等かの不利な状況に追い込まれると思います。まし
てや当時は、自国を守る力が弱ければ平気な顔で蹂躙され、たちまち植民地に
されたのです。
それから“アジア諸国を開放”ではございません。ーーー植民地にされていた
ということは、国になっていないわけですから“アジア諸地域を開放”です。
それと、「ロシアだけではなく欧州列強とも戦う」‥‥時間的な順番がござい
ますけれど、欧州列強‥欧米列強ですね‥とは戦ったではないですか?―――
大東亜戦争は、当時中国に触手を伸ばし関わっていた、フランス・イギリス・
アメリカ・ロシアのうち、
フランスは既にドイツに占領されて、交戦国の態を為していませんでしたから
除いて、ロシアは不可侵条約がありましたし、お互いの利害思惑からも当初は
交戦せず、残ったイギリスとアメリカ(東南アジアも含めるならオランダも)と
盛大にドンパチを繰り広げましたでしょう。
中国内での戦闘は蒋介石国民政府とでしたが(別に和平路線の汪兆銘国民政府
があったので区別)要するに中国権益を守ろうとするイギリスや、得ようとす
るアメリカが後援する代理戦争、という性格を併せもつ、半ば以上は米英との
戦争だったのです。
「日本の関わった全ての戦争に当てはまるものではない」は、勿論そのとおり
です。結果として列強の植民地の独立に繋がったにせよ、大東亜共栄圏という
大儀を掲げたにせよ、どこの国であろうが、本当の目的は自国の国益です。
当然日本は日本の国益を優先課題として戦ったのであり、主たる目的が植民地
の解放にあったわけでないのは当然です。ただ、国際連盟の規約作成時におい
ても、日本は、人種差別の解消を規約の中に盛り込もうと努力したりしたのは
事実ですし、
大東亜戦争時においても、占領地を日本の植民地にするのではなく、欧米列強
の支配を覆して、日本が主導するブロック経済圏を創りあげることが主目的で
あったと思います。
ーーーさてでは、中国(中華民国)に対してはどうだったのか。
満州国の独立は、満州地方は原来満族(=清朝)の故地であり、その成立に際し
て日本軍の深い関わりがあったにせよ、清朝の正当な後裔を立てて国を樹立さ
せたこと自体には非難される謂れはないはずです。
天津や北京、上海に日本の部隊が駐屯していたのは、それ以前の様々な条約に
よって清朝政府と取り決めした上でのことであって、現在の日本に米軍が駐留
しているのと何等変わるものではありません。
ーーーでは、どうして戦争になってしまったのか?
中国国民・軍部の反日侮日気分の昂揚、日中両国を戦わせて漁夫の利を得んと
するコミンテルンの謀略、日本の力を削ごうと蒋介石政権を経済・軍事両面で
支援するアメリカ、さらに他の要因なども絡み合った縺[よじ]れの果てに、
蒋介石軍が上海で軍事行動を起こし、応戦した日本軍は上海から南京、北では
天津から北京へとズルズルと拡大泥沼化に陥り、引くこともできず、仰るよう
に8年も戦わざるを得なくなっていったのです。
「戦争が終わってから60年も言われ(恨まれ?)続けますか?」については、
江沢民以後の中国政府の政治的な思惑、即ち、国内的には国内諸懸案の隠蔽、
対外的には駆け引き、と、捏造した偏向教育を自国民に教え、さらにODAな
ど日本の協力事実は一切教えない、に由来するもので、歴史的な事実の結果と
は何の関係もありません。
では、もし重慶まで陥落させて日中戦争に勝利していたら、日本は中国権益を
独占できていたでしょうか?ーーーおそらくできなかったでしょう。
例え米英との直接交戦を巧みな外交交渉でノラリクラリと引き延ばし、その間
に重慶を陥落させ蒋介石を外国に亡命..させたとしても、中国権益の日本独占
を列強各国が黙って見過ごしてくれる..筈もなく、日清戦争後の三国干渉より
遥かに強烈な恫喝で脅されて、、さ〜て、その後はどうなったでしょうか?
中国に対しては、植民地にするためにというのは論外としても、では「侵略」
だったのかという見方についても、そんな簡単に断定できるような単純な図式
でなかったのは確かです。
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさん」男性@五十代@会社員@神奈川
OJIN さん、Nankaさんのような質問は有難いですね。
このメルマガの記事にも、疑問や質問があったらどんどん寄せて下されば良い
と思います。うやむやにせず、とにかく聞いてみるという態度は立派だと思い
ます。――――これからも質問等があったら、みんなで手分けしてお答えでき
るようにしたら良いと思います。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
ホントにそうですね〜、日本人の美風(?)なんでしょうけれど、批判的な意見
や反論、疑問などを表明するのは相手に対して失礼、、そんな気分があるよう
に感じます。青少年時代も大人になってからも、マアマアで決める場面ばかり
で、ディベート(討論・討議)する機会が殆んどないからなんでしょうね〜〜
その点中国人は----良し悪しはともかく----屁理屈だろうがコジツケだろうが
バンバン発言してきます。(^^; なので、Nanka さんの疑問に応えた OJIN ぐ
らいのことが直ぐに言えなければ、答えに詰まって「過去の悪行(?)を陳謝」
させられる結果になってしまいます。
もうひとつ日本人の欠点(?)を論うならば、日本人は何かというと直ぐ「真実
(事実)はどうだった」とか「正義はどうか」みたいな論点に軸足を置く傾向が
強いようですけど、――――それは勿論大事なことですけれど、日本人同士で
ならばそれでも構わないでしょうが、外国人が相手の場合ならばそれでは負か
されてしまうでしょう。
外国人の場合は、事実や正義になんか関係なく、如何にして自分の主張を相手
に認めさせるか、というポジションですから、事実や正義も忘れてはなりませ
んけれど、加えて「如何にして自分の主張を相手に認めさせるか」という心構
えが絶対に必要だと思います。そして、情緒的でなく論理的に押しまくる。
そうですよね〜、hideおじさん!
└──────────
▼
┌──────────「hideおじさん」
OJIN さん、私の拙い寄稿へのみなさんからのコメントは、非常に有難いもの
ですし、大いに勇気付けられるものです。一方で、感情的ではなく、真面目な
反対意見というのも聞いてみたい、というのが正直な気持ちです。
お互いに意見を交換し合って、初めて相手のことが理解できると思いますし、
また自分にとっても勉強になると思います。「気まずい思いは..」というの
は、日本人の美徳のひとつかもしれませんが、 OJIN さんの仰る通り外国では
まったく通用しません。
間違ってもあやまらない。旗色が悪くなると論点をずらす。自分の責任(過ち)
は認めない。他人の意見を聞かない、自分の意見だけを主張する。これが世界
の常識かもしれません。これを見ると朝○新聞など本当に「国際的な新聞」と
言えるかもしれませんね。----ほとんど嫌味ですけど。
振り返って日本では、間違ったらすぐあやまる。旗色が悪くなると妥協する。
自分の責任は素直に認める、他人の意見をよく聞く、相手の意見も尊重する。
なんと、平和的な民族なんでしょう。そんな日本が大好きですけど、中国だけ
でなく、他国でもこんな調子で仕事をしたら「赤字」だらけになってしまいま
す。
特に世界では「沈黙はイエス」です。アメリカでの日本批判や、中韓の言い分
に対して「沈黙」では認めたことになってしまいます。このメルマガだけでも
どんどん質問や反対意見を頂戴して、みんなで考えていきたいものですね。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
OJIN が構想しておりますのは、ある程度似た傾向をもつメルマガが提携して
ネットワークを組み、各誌の発行者がこの記事はというものは、ネットワーク
各誌に依頼して同時に配信してもらう。――――賛同して頂けるメルマガの数
にもよりますけれど、これが可能になれば、5〜10万の読者にお届けするこ
とができるようになります。
今でも「国際派日本人養成講座」の伊勢雅臣先生からは、「国際派日本人養成
講座」に掲載された記事は、弊誌が自由に転載して事後報告だけ入れてくれれ
ばいいという了承を頂いているのですが、それをさらに一歩進めて、いうなら
ば「記事相互配信組合(?)」とでもいうんでしょうか、そういうものに進化さ
せられないものかと思案中でございます。
「国際派日本人養成講座」さんは読者数3万5千、仲良くさせて頂いておりま
す「ロシア政治経済ジャーナル」さんは1万3千、弊誌が1万と少々 (^^; =
この3誌だけでも5万8千の読者になります。
例え時間がかかっても10万以上の読者の組織にしたいな〜と考えています。
└──────────
▼
┌──────────「kz−87さん」自己主張しないのは悪いこと?
8/29(水)に、「外国人の場合は…“いかにして自分の主張を相手に認めさ
せるか”という心構えが絶対に必要だと思います。そして情緒的でなく、論理
的に押しまくる」ーーーと書いておられます。
これを読んで私は---- OJIN さんてそういう気持ちでいるんだ!----と、合点
できました。(遠慮することなくケンカすりゃいいんだ!)と思いました。
「自分の主張を相手に認めさせようという心構えが、絶対に必要」
これは、「絶対に」ということはないでしょう?大澄さんの話し方が淡々とさ
れているのは、過酷な体験をされた故ではないかと思いました。----と、今頃
やっと分かったのでアリマス。
「日本人は討論しない。マアマアで決める。(それは悪い)」と言われています
が、戦争中はもちろんものを言うことはできなかった。戦後も、日本はずっと
アメリカにがんじがらめにされていたのです。
日本人が自分の言い分を表現し自己決定権を持つと…いや、何でもいいや----
とにかく、日本を強くさせまいとアメリカは必死だった。そのために7年もか
けて(太平洋戦争は3年8ヶ月)日本人をガッシリと洗脳し、その後も支配し続
けたのです。今だに自己表現できてない人をどうして責めることができるので
すか?----この頃そう思うようになりました。
自己表現できないでいる人が、自己表現できるようになるのは、もの凄く大変
なことなんです。(自己表現してもいいんだ)と、自然に思えるようになるまで
に何年もかかります。ここが大変なんです。(私がドバカだったのか?)
パンドラの箱をあけ、傷付いている箇所を一つずつ癒していくことは=「傷」
と向き合うことは、ものすごく大変なことなのです!
OJIN さんは、指導される側であった時に「辛い」と感じたことはありません
か?自分も傷つけられたんだ、と思い当たることはありませんか?
「中国では、答えに詰まったら(何も言わなかったら)、過去の悪行を陳謝させ
られる」というのは、文革時代の名残ですかね? ならば、中国人は中国人で
まだ洗脳されている、ということですよね?
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
いや、別に責めているわけでもないですし、「自己主張しないのは悪いこと」
といってるわけでもありませんけれど、日本国内でならそれでもたいした実害
はないでしょうからほとんど問題はないでしょう。
でも外国でもそんな態度では、海外のあちこちの国の企業を相手にビジネスし
てきた経験が豊富なhideおじさんも書かれているように「そんな調子で仕事を
したら赤字だらけになってしまいます」ですよ。
たしかに、日本国内だけで暮らしていると、自己主張しなければならない場面
は少ないですから、気付いてもそういうふうに実行するのは大変だと思います
けれど、日本以外ではそうなんですから、海外へ出るときはそういう心構えで
いたほうがいいですよ、ーーーと警鐘を鳴らしたかったのです。
それから、最後の「文革時代の名残ですかね?」は見当違いです。文革なんか
関係ないです。何千年間ずーーっとそういうことなんでございますよ〜〜。
└──────────
┌──────────「kz−87さん」
「日本はアジアを開放」についての OJIN さんとNanka とのヤリトリは、何か
ちょっと食い違っているような… と思いましたーーー。
OJIN さんは「日本はアジアを列強から開放した」と言われていて、
Nanka さんは、「日本はアジアを列強から開放したのではない(むしろ日本も
侵略者側の一員になったのだ)」と言われていると思います。
まず OJIN さんの8/22、及び8/27の解説を読ませて頂いて私は感動し
ています。よくぞこれだけにまとめることができたものだ、と感動させられま
した。ありがとうございます。
OJIN さんは、
┌--------
大東亜戦争時においても、占領地を日本の植民地にするのでは無く、欧米列強
の支配を覆して、日本が主導するブロック経済圏を作り上げることが主目的で
あったと思います。
└--------
だから解放したのだ、と主張されているんですよね?
Nannka さんは、
┌--------
中国をどの国から開放するために、朝鮮をどの国から開放するために戦ったの
でしょうか?
└--------
と問われていて、それに対して OJIN さんは、
┌--------
日本が何もせず放っておいたら、朝鮮はロシアに、中国は英仏に支配されてい
ただろう。
└--------
という回答ですよね?
8/27のNanka さんの主張は、「視点」を朝鮮、或いは中国におけば、----
目的がどうであれされた側の朝鮮、或いは中国にとっては、日本の採ったやり
方は「侵略」に当たるのではないか?ということではないですか?
OJIN さんの仰る、「大東亜戦争時においても、占領地を日本の植民地にする
のでは無く、欧米列強の支配を覆して、日本が主導するブロック経済圏を作り
上げることが主目的であったと思います」ーーーだから解放したのだと主張さ
れているのは、「視点」が、日本にありますよね?
OJIN さんのほうを読むと、「戦争というのは(酷い事をしたりされたりで)お
互いさまじゃ!」という言葉が思い出されました。----体験者の方が言われて
いました。
Nanka さんの文章は、戦争を知らない世代の「何が真実なの?」と単純に割り
切ろうとする(ごめんなさい!)傾向があるように思われましたーーー。という
より、私もNanka さんとピタリぐらい同じ大賛成!なのです。Nanka さんが私
のい言たい事を代弁してくださった、と思っています。
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
「よくぞこれだけにまとめることができたものだ」というご評価は有り難いん
ですけれども、、「何かちょっと食い違っているような」ーーーいませんよ!
あまりにも短く纏め過ぎて OJIN の言い方が足らなかったのかもしれません。
「日本はアジアを列強から開放した」のは結果としてそういう流れには繋がっ
ていったけれども、それが決して日本の主たる目的ではなく、日本はあくまで
も日本の国益に沿って行動したんだということを言っているのでございます。
そりゃ現在の民間会社で考えてみたって当たり前に理解できることで、自社の
隣のビルに、隣町のライバル会社から過酷に搾り取られている子会社が幾つも
あるからといって、――――自社と何の関わりもなければ、そうした子会社を
救ってやるために買収話を持ちかける?ーーーただそれだけの理由でそんなこ
とをしていたら、自分の会社まで左前になってしまう結果になるでしょう。
そうした子会社群の中には、他では真似のできない特殊技術を持っているとこ
ろとか、特別の販売ルートがあるとか、自社に益する何かがあるし、さらに、
その子会社をこちらに取り込むことができればライバル会社の力を殺ぐことも
できる、、、普通はそんなふうに考えて行動を起こしますでしょう?
んなもの国だって同じでしょ、、と言いたかったのでございますよ〜〜〜♪♪
└──────────
▼
┌──────────「kz−87さん」
OJIN さんは、私と食い違っている!!
私が問題にしているのは「視点」ですよ「視点」! OJIN さんの言い分は分か
りました。 OJIN さんは、される側の視点は無視してんですよ。朝鮮には朝鮮
の世界、日本とは別の世界があったってことですよ。そのことは OJIN さんも
うすうす気付いていたんですよ。だけどあえて書かなかった。なぜか?
―→私の事を、バカだと思っていたから。
当たりです。誰からも OJIN さんのような反応が返ってくるから、当たってん
の。これが、腹が立つ!(相手が、バカだろうが、まぬけだろうが、あんた、
自分のするべき事をちゃんとやれよ!)と思うの。
私の言っていること分かりますか?正しく伝わっていますか?
これは私の一生のテーマなので、また食い違ったらまたケンカしましょうね。
女はヒツコイですよ!
└──────────
▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
「される側の視点」ですか‥‥、kz−87さん、ではその視点に拠った場合
日本はどうするべきだったんですか? わたしとHideおじさんとのやりとりの
中の以下の部分、
┌--------
日本人は何かというと直ぐ「真実(事実)はどうだった」とか「正義はどうか」
みたいな論点に軸足を置く傾向が強いようですけど、
└--------
視点≒軸足、上のような考え方と同じ脚点になるのではありませんか?
ーーーまあ、日本人同士の論争ですからいいんですけれども、、ただ、
というか、Nanka さんが主張されていた「される側の考え方」の土俵に上がっ
たればこそ、その認識を「客観的にみればこういう事ではないんですか?」と
お応えしたのがわたしの答になるのではないのでしょうか?
「される側の視点」といっても、それだって結局、あなたの仰る「した側」の
視点で考えた「される側の視点」、にしか過ぎないんじゃないんでしょうか?
――――当時の中国・朝鮮が、実際にどういう状況で、対日本だけではなく、
世界情勢を俯瞰した場合、「される側」が本当はどんな状態だったのか、わた
しの要約した短い説明だけではご理解頂けなかったのでしたら、様々な文献な
りをジックリとご研究為されて頂けますように希望いたします。
「私の事をバカだと思って」ーーー以下の文につきましては、その意を正しく
理解できているかどうか自信がありませんので、応答は控えさせて頂きます。
└──────────
┌──────────「hideおじさん」
8月22日及び27日、のnanka さんの疑問の「どの国から開放する為に日本
軍は戦ったの?」に関し、横レスですが私なりの意見を述べさせて頂きます。
詳細については既に OJIN さんがご説明されておりますので、簡単に結論を言
えば、「大東亜戦争」だけをとると朝鮮や中国を列強から開放する為の戦争と
はいえない、ーーーと、思います。
nanka さんがおっしゃりたいのは「アジア諸地域の欧米からの開放とはいって
も、日本も彼らと同じ穴の狢[むじな]じゃないのか」ということかな?と思っ
ておりますが、それに対する私の意見は「その通り!でも、そのどこが悪いの
でしょうか?」です。
ーーー極端で乱暴な言い方で申し訳ないですが、表面だけを捉えるとこのよう
に答えるしかありません。
明治維新から大東亜戦争終了までの流れは非常に複雑ですから『中国・朝鮮』
だけをとりあげて『侵略』とか『アジアの開放』というようなものだけで全体
を眺めてしまうと、分りづらくなるのではないかと思います。
『大東亜戦争の大義「アジアの開放」は、朝鮮と中国には当てはまらない』=
『日本の侵略』と理解することは、いかにも短絡的ではないでしょうか??
第一に、
当時は「侵略」という言葉の定義すら明確になっておらず、「弱肉強食」いわ
ゆる「帝国主義」時代であったことを忘れてはなりません。日本も、のんびり
していたらどのようになっていたか分らない時代であったわけですから、なん
と言われようと「日本の国益を優先」するのが当たり前です。
それを、侵略だから良いとか悪いといえるのは今の時代だからです。
当時は、どんなことをしても国益を守り、広げていくことが「正義」であった
時代です。――――日本も、植民地にならないように明治維新を成し遂げ、富
国強兵・殖産興業を国是として近代国家に変えなければならなかったのです。
ですから、「同じ穴の狢」と言われても、「そうしなければ生き残れなかった
時代」であった。だから「そのどこが悪いのですか?」と答えるしかありませ
ん。
さて、「侵略」の定義は1974年の国連において定められましたが、現在で
も、何をもって侵略とするのかには異論があります。例えば、旧ソ連の「アフ
ガン侵攻」、現在進行形である中国の「チベット及び新疆ウイグル自治区解放
という強弁の侵略」ーーーこれらについて、ソ連も中国も「侵略ではない」と
強弁しています。
第三者から見て「侵略でしょう」と言っても、現在においても、当事者にその
感覚がないのですから、戦前の侵略をどのように定義すればよいかは大変難し
い設問です。ーーー参考までに現在の「併合」と「侵略」の定義を添えます。
併合:国際法上、ひとつの国家が他の国家、またはその領土の一部を自国のも
のにすること。
侵略:ある国、が自衛ではなく一方的に他国の主権・領土・政治的独立を侵す
こと。
ーーーこの二つの違いは、国際法に則っるか武力によるかといえます。
朝鮮の場合は、抵抗勢力はあったとはいえ、あくまで国際的なルールに則り、
且つ、国を代表する者同士がサイン・捺印した訳ですから、現在の定義からも
「侵略」ということはいえませんよね。
朝鮮からすれば、今まで侮蔑していた日本が自国を吸収する、というのは屈辱
であったでしょうし、それまでの日本との不平等条約から「嫌々ながらハンコ
を押させられた」ーーーということで「侵略された」と思うのでしょう。
ーーーしかし、それはあくまで彼らの言い分であって、国際的にはそうした言
い分は通用しません。
反対に日韓併合は、国際的に、東アジアの安定に寄与するもの、として特に欧
米列強から受け入れられ、ーーー当然クレームもありませんでした。なにより
も、日韓併合=1910年)に大東亜戦争時=1941年)の大義を当てはめ
るのは無理があるように思います。
朝鮮の場合は、大韓帝国として独立できたはいいけれど、国として成り立って
いけなくなり、彼ら自身も日本と合邦する道が最善だと選んだわけですから、
「日本の侵略」という言葉は適当ではないでしょう。
勿論、日本としても、そうせざるを得ないように画策したのは確かでしょうけ
れど、それだけをもって「侵略」というにはやはり無理があると思います。
OJIN さんの説明にもありましたように、既にお互いが了解した上で合邦し、
国際的にも認められた形で「日本」になった訳ですから、「列強からの開放」
にはあたりません。ですから、日本国であった朝鮮を日本が列強から開放する
というのは話として成り立ちません、、、よね。
中国の場合は非常に複雑ですが、端折っていうと、日清・日露戦争等により、
正当に支那・満州に利権を持っていた日本は、米・英から援助されていた重慶
政府と戦っていた訳で、主たる目的はこの利権を守る為の戦いであり、その延
長線上に大東亜戦争があったといえます。
この点については OJIN さんが詳しく述べられておりますので省略させて頂き
ます。ただ言えるのは、べつに「欧米列強の植民地域であったところを、中国
(支那)に返そうとして戦った」訳ではないということです。
ですから、nanka さんの「日本は朝鮮と中国をどの国から開放したのか」とい
う疑問に対しての回答は、「どの国からも開放したわけではない」と答えるし
かありません。----この答えはあくまで、「どの国から開放したのか」という
質問に対する答であって、大東亜戦争全体としての答ではありません。
私は、大東亜戦争の意義は、あくまで既得権益の確保と安定が主目的であった
と思います。その確保と安定を脅かすのが欧米列強であり、これら列強の影響
をアジアから払拭しなければ、その目的も達成できないとして「欧米列強によ
る植民地支配に代わって、共存共栄の新秩序を東亜(東アジア)に樹立する」と
いう「大義」になったのだと考えます。
これは、昭和13年の近衛内閣時代に、「大東亜共栄圏」という経済構想、そ
して昭和15年に発表される「東亜新秩序」を踏まえてのものですが、何故こ
のような「構想」生まれてきたのかも考えなければならないでしょう。
ーーーその詳細を解説すると長くなりますのでまた簡単に言わせて頂くと、欧
米が進めていた、非常に保守的な「ブロック経済」に対する、東洋における日
本の「新たなブロック経済圏構想」の衝突が、大東亜戦争の原因であったろう
と思っています。
ご承知のとおり、
今も昔も、日本の経済はアメリカ依存体質に変わりありません。アメリカのブ
ロック経済の枠組みの中には日本は入っておらず、必然的に日本は自立の為に
米英と同じようなブロックを作る必要性に迫られたわけです。それを阻害し続
けたのが米英であるため、自存自衛の必要に迫られて立ち上がざるを得なかっ
たのです。
日本の大義は、支那が安定してもらわなければ、その構想自体成り立たないわ
けです。そしてその構想は、日・満・支を中心として、アジア全体をひとつの
経済圏として確立させることでしたから、その中心のひとつである支那が、い
つまでも不安定では困るわけです。
しかし米英にとっては、逆に日本主導での支那安定では自分たちの権益が失わ
れる可能性があり、容認できるものではありません。ですから、蒋介石が簡単
に日本との戦いに負けてもらっては困るのです。ーーー結果、日本はズルズル
と蒋介石軍との戦いに引き込まれ、
米英の蒋介石サポートルートを遮断する意味で仏印に進駐したところが、今度
はアメリカから、石油輸出禁止に始まるABCD包囲網という名の経済封鎖に
あったのです。これは、貿易立国であった日本としては「死活」を意味するわ
けで、日本の取るべき残る手段というと、自ずと限られてくるのはお分かりに
なると思います。
よく、「日本は支那を、欧米に代わって植民地にしようとした」といわれるの
を耳にしますが、私の知る限りにおいて、どの文献にも、支那全体を収めよう
などと書かれておりません。
どだいこの小国「日本」が、どう頑張っても支那全体を纏めるなど物理的にも
経済的にも無理です。私のような素人でさえ分る道理が、当時の政治家や軍人
に分らないはずがありません。逆に、どうして日中戦争を終結させるかに腐心
した動きはたくさんあったのです。
満州を取り上げて「侵略」と言われる方もいらっしゃいますけれど、もともと
正当に得た権益、さえも否定されては、当時の全ての国際条約は成り立ちませ
ん。満州国成立の過程を見ると、あそこまで露骨ではなく、もっと上手い方法
はなかったのかとは思いますが、日本の国益を考えた場合、満州国を作ること
が最善、と当時の人は考えたのだろうと思います。
最初の問題に戻りますが、「同じ狢」と言われても、大東亜戦争の大義は「美
辞麗句に過ぎない」と言われても、欧米列強の植民地政策、アジアへのさらな
る介入を阻止する為の戦い、であったことは間違いないでしょう。
自国の都合ではあるでしょうが、結果的にはアジア諸国から欧米が手を引くこ
とになり植民地からの脱却に繋がったことは、やはり成果のひとつと考えられ
るのではないでしょうか。
もう1つの「恨み」については、
中国に関しては OJIN さんが仰っておられるのでここでは述べませんが、「万
人坑」「百人斬り」「南京大虐殺」等々、共産党の「嘘」にまともに付き合う
と金だけせびられるだけです。――――その「金」目当ての政治家や日本企業
がたくさんいることのほうが問題だと思います。
朝鮮の場合は、感情論が先になり、冷静に歴史的事象を組み立てて考えるとい
うことをしていない部分が多いので、大部分は「逆恨み」といえます。とにか
く、「チョッパリ」と蔑んでいた日本に合邦されたことがプライドが許さない
のでしょう。
38年間の朝鮮経営で、客観的に眺めれば、内地日本が得したことは何もあり
ません。――――教育然り、インフラ然り、お金は全て内地からの持ち出しで
した。
言われるような「従軍慰安婦」など存在しなかったのは、韓国自身が良く知っ
ていることです。日本大嫌いの反日大統領李承晩でさえ口にしなかったこと、
締結まで非常に長い時間が掛かった日韓基本条約の交渉の際にも、従軍慰安婦
など一度も出てこなかった事実を考えてもおかしな話です。
それを今更、賠償金が少ないだとか、謝り方が悪いとか、教科書を書き換えろ
とか、、、どちらが理不尽でしょうか?
ただ、韓国人は本音では日本が好きなんです。ですから好きの裏返しで、恨み
となっているのかもしれません。
nanka さんへのお応えになっているか、少々不安でもありますが、少なくとも
私が読み漁ったり、見聞きした中では、中国に対しても朝鮮に対しても、後ろ
指さされる筋合いは毫も無い!――――と、思っています。
└──────────
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘
└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
|