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硬派的題目 ―――――――――――――― by OJIN
| ☆ 呑兵衛と酒鬼の四方山話(5) ―――――――――― 2009/09/14
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│呑兵衛はいわずとしれた日本の酔っ払いのことでございます。酒鬼は中国の
│酔っ払い――――。
│
│この不特定多数のふたり(?)が、酒を酌み交わしながらウダウダとお国自慢
│をしたり、罵りっこをしたり、時には真面目な(?)討論に及んだり..ともか
│く、グチャグチャ言い合っております。ーーーちょっと聞いてみて下さい。
│――――
│●−呑兵衛さん ★−酒鬼さん
└--------
★ 俺はまだ生まれてなかったけど、俺の母親が娘時代に、このへんにも日本
軍が進駐してきたんだとよ。その前に居たのは国民党軍だったけど、国民党軍
のやつらは、食べ物はカッパラウし、若い娘なんか危なくて表を歩けなかった
んだってよ。
ーーーあいつらは、俺たち(中国人)の軍隊なんだけど、、、。
だけど日本の兵隊はそんなことはなくて、子供を見たら手招きして、ガキども
は無邪気だから寄ってったら、日本の飴玉を配ってくれたんだってよ。
そんな飴玉みたいなもの、その頃このへんでは食べたことも見たこともなかっ
たそうだ。ガキどもが群がって騒いで安全そうだから、娘たちもコワゴワ覗い
てたら、
それを見つけた日本の兵隊が「好姑娘、来!来!」って呼ぶもんで、ひとりが
おっかなびっくり近付いて行ったら、やっぱり飴玉をくれて、あと、何だか分
からん菓子もくれたんだとよ。
中国人だけじゃないだろうと思うよ、、普通の人民は、安心して生活すること
ができるんなら、誰が支配者でもそれが一番なんだと思うよ。
今は、なんだかんだいっても、共産党政府は俺たちの腹が空かない政治をやっ
てくれている。このへんじゃあべつにおかしなこともないみたいだし、生活は
少しずつだけど良くなってきてるし・・・・
ところで、お前の親父さんも中国に来てたんじゃないのかい?
● 俺の親父も来てたけど、親父はこっちのほうじゃなくて、旧満州の黒河省
黒河市って、黒龍江沿いのソ連に対峙する満ソ国境守備隊だったんだってよ。
★ 国境守備隊っていったら、シベリアへ連れてかれたのか?
● いやそれが幸か不幸か、終戦の数ヶ月前に病気になって内地療養命令で帰
国したんだよ――――。親父はよく「戦友たちにはすまないことをしてしまっ
た」って、目をしょぼしょぼさせながらぶつぶつ呟いてたけどな。
★ 戦友にすまないことをしたって、、病気で帰国できてシベリアへ行かされ
なくてよかったんだから、幸運じゃないか?
● いやまあ、そういう意味ではたしかに幸運かもしらんけど、残った戦友は
シベリアよりなにより、最前線だから、ソ連軍侵攻のときの戦闘でほとんどが
戦死したんじゃないかな?
だから、自分だけ戦いもせず生き残ってしまったのが「すまない」なんだよ。
★ ふぇーーー、日本人は生き残ったら幸運だって思わないのかい!?
● いやまあ..どうなんだろうな〜、今の日本人ならそう思うかもしらんけど
昔の日本人、、少なくとも俺の親父は、そうは思ってなかったみたいだな。
★ ふ〜〜〜ん、それじゃ〜国民党軍が負けるのは当たり前だな〜、、だけど
共産党軍は違うぞ! 日本軍と戦って連戦連勝、特に百団大戦なんか壊滅的な
打撃を与えてるんだ!
● 百団大戦? ああ、あれか〜
★ 総司令官朱徳、副総司令官彭徳懐指揮の下、共産党軍が大勝利した戦いで
中国人ならみんな知ってる!共産党軍は強かったんだぜい!
● いやまあ、お前には悪いけどな..そりゃちょっと違うと思うよ。
★ どこが、なにが違うんだよ!
● 百団大戦って〜のはたしかに、日本軍に対して八路軍が初めて本格的な戦
いを仕掛けた作戦ではあるけども、
┌──────────「百団大戦、ウィキペディアの記述」
百団大戦は、日中戦争期に八路軍と大日本帝国陸軍の間で戦われた会戦の中国
側呼称。約百の八路軍の団=日本陸軍の連隊に相当)が参加したとされること
でこの名称がある。ゲリラ戦を得意とした八路軍が、初めて行った大規模な攻
勢である。
日中戦争で日本陸軍は華北一帯を占領下に置いたが、中国軍=国民政府軍)が
撤退した後の権力の空白に乗じて勢力を伸ばしたのが中国共産党だった。
戦争が始まる前に山西省で軍閥閻錫山と提携していた中国共産党は、日本陸軍
の進攻によって閻錫山が陝西省に退避すると、共同軍の赤化工作とともに根拠
地建設と民兵の組織を積極的に進めていった。
日本陸軍も徐々に八路軍の覆滅を狙った根拠地への攻撃を増やしていった。こ
のような中で八路軍は日本陸軍の戦線維持のために必要不可欠な鉄道と道路、
さらに炭坑等の重要施設の破壊を企図した。
八路軍総司令官朱徳、副総司令官彭徳懐が1940年7月に「戦役予備命令=
作戦準備指令」を発した。この中で、最低22個団が参加し、正太鉄道=山西
省太原―河北省石家荘間、同蒲鉄道=大同―風陵渡間、平漢鉄道=北京―漢口
間、津浦鉄道=天津―浦口間、北寧鉄道=北京―瀋陽間がそれぞれ攻撃目標と
された。最重要目標は延安と華北を結ぶ回廊、正太鉄道である。
また、山西省の井徑炭坑などの重要施設も攻撃目標とされた。これを受けて、
八路軍晋察冀軍区の第120軍と129軍が1940年8月20日に行動を開
始した。これがその後5ヶ月にわたる百団大戦の発端である。
参加兵力:
5ヶ月にわたる戦役のため、以下に示すのは最大参加兵力である。資料によっ
ては日中双方二十万人づつの投入兵力というものもある。
中国側:八路軍第120師団46個団、第129師団20個団、合計40万人
日本側:北支那方面軍(中心は山西省の第1軍)、駐蒙軍、満州国軍:15万人
経緯:(以下は中国の公式見解である)
第一段階(8月20日〜9月10日)
正太鉄道を寸断した。
第二段階(9月22日〜10月初旬)
日本軍の根拠地に攻撃を仕掛けるも十分な打撃を与えることはできなかった。
一部戦線では有力な日本軍の反撃に遭い、少なからず兵力を損耗した。
第三段階(10月6日〜1941年1月22日)
日本軍の反撃を粉砕し、山西省から日本軍を駆逐、作戦終了。※実際には日本
軍の反撃によって、八路軍は根拠地(陝西省・山西省東南部の山岳地帯)に退避
した。
戦果:(以下は中国の公式見解である)
戦死者:日本軍戦死者二万余、満州国軍五千余、八路軍戦死者は一万七千余で
あった。
交通網:鉄道474キロメートル、道路1502キロメートル、橋梁213座
トンネル11、駅37をそれぞれ破壊した。
日本側の記録:
中国共産党の見解では、日本軍に多大な損害を与えたとしているが事実ではな
い。鉄道・道路・経済施設が多大な被害を受けたが、それらを警備する守備隊
との間で戦闘が起きたのであって、「会戦」と呼ぶにはふさわしくない。
この百団大戦をゲリラ戦とするか重要施設に対する大規模同時テロと解するか
は争いがある。日本人の民間人の死傷者も多数発生した。
日本陸軍(華北)の八路軍に対する認識は、百団大戦で一変したという。それま
で匪賊程度にしか考えていなかった八路軍が、思いもよらないほど浸透してい
たからである。百団大戦以降、日本陸軍は八路軍に対する攻撃を強化していっ
た。
└──────────「ウィキペディアの記述ここまで」
● 正規軍同士の決戦じゃなく、今の言葉で言うならば「ゲリラ戦か大規模同
時多発テロ」みたいなもんで、で、結局それも掃討されているわけだ。大勝利
だって言うんなら、作戦地域を占領したんじゃないのか? 撤退したんだろ?
★ そんなことはない!
● なにがそんなことはないだよ。中国側の公式見解でも、最後は「八路軍は
根拠地に退避した」となってるじゃないかよ。
★ それは戦略的後退だ!
● お、敗勢著しい頃の大本営発表みたいなことを言いだしたな〜。まあ、そ
りゃ戦略的後退かもしらんけど、それじゃ大勝利とは言わないんではないか?
★ ・・・大勝利ではなかったかもしらんけど、戦果はあっただろ〜
● そりゃそうだ、八路軍に対する日本軍の評価を変えさせたんだからな。
よし! 百団大戦の戦果にカンパイしようじゃないか! カンパ〜〜〜イ!♪
= この稿つづく =
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┃ ┃ お寄せいただきましたご意見や感想
┗━┛ ┌──────────「onestoさん」
私は昭和11年、東京の麻布で生まれました。私の家の隣はお寺さんでした。
戦時中、そのお寺さんに沢山の兵隊さんがおりました。多分、召集令状を受け
取った農家の若者が、そこで軍隊の規律、銃の扱い等の訓練を受けていたので
しょう。
数ヶ月の訓練を受けると、また新しい兵隊さんが来ておりました。
毎朝、銃を担ぎ、隊列を組んで、軍靴の音を揃えて何処かへ行きました。そし
て夕方帰ってくると、ひと時の休憩時間がありました。
私は六人兄弟の末っ子ですが、姉達の後にくっついて兵隊さんたちをよく見に
行きました。姉達は、兵隊さんたちと仲良く話をしたりしておりましたが、彼
らは本当に素朴で、善良な、心優しい農家の青年達という印象が今でも残って
います。
今日の「四方山話」で、日本兵が飴をあげる話は理解できます。
ところで、来月は中国では何かの記念日だとかで、反日ドラマ等で愛(共産)国
心を煽っているようですが、そのドラマに出てくる日本軍の残酷、非道な行為
(実際に私は見たことはありません)と、私が知っている兵隊さんとは結びつか
ない。
「赤信号 皆で渡れば 怖くない」などと言いますが、個人では善であるが、
集団になると悪になる傾向は否定しません。
しかし、例え、殺すか、殺されるかの場面であろうと、日本人は残虐、非道な
事をする民族ではない、と信じたい。
ーーー少なくとも国際法を守っていた、と信じたい。
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┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」
現在の中国で、庶民が国民党を悪く言うのはまあ当たり前として、共産党教育
に染まった嘴の黄色い大学生は別として、普通の中国庶民から、特に、実際に
旧日本軍に遭遇した年代の子供の年代の方から悪口を聞くことはありません。
来月の記念日とは、10月1日の国慶節=建国記念日、の60周年です。
過去に中国で制作された反日ドラマは、史実もヘッタクレも関係ないプロパガ
ンダドラマですから、あんなものに出てくる「日本軍の残酷、非道な行為」は
それこそ全くのフィクションで、信憑性ゼロの代物です。
それが何より証拠には、戦っているのは共産党軍で国民党軍ではありません。
ここいらへんからして事実と違っているわけですから、要するに共産党宣伝の
ためのドラマであって、史実を元にしたノンフィクションではありません。
ーーー今では、ちょっと賢い(中国の)中学生でもバカにしておりますよ。(^^)
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└→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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