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硬派的題目 ―――――――――――――― by OJIN
☆ 呑兵衛と酒翁の四方山話(3) ―――――――――― 2002/07/31 ┌-------- │呑兵衛はいわずとしれた日本の酔っ払いのことでございます。酒翁は中国の │酔っ払い....正確には中国語ではないようですが、まあ、なんとなく中国の │の酔っ払いという雰囲気がしますので、そういうことにさせて頂きました。 │ │この不特定多数のふたり(?)が、酒を酌み交わしながらウダウダとお国自慢 │をしたり、罵りっこをしたり、時には真面目な(?)討論に及んだり..ともか │く、グチャグチャ言い合っております。ーーちょっと聞いてみましょうか。 │―――― │−呑兵衛さん −酒翁さん └--------  そ、そりゃおかしい!  なにがおかしいんだ?  清朝は中国だ!だから清朝が支配していたところは中国の領土だ!  分らんヤツだなぁ〜〜もう。 じゃあ清朝じゃなく、もし日本が支配していたなら日本は中国で、だから日本 が支配していた場所は中国なのかい?ーーいちばん分り易いのはどこかな〜、 〜〜うん、そうそう、例えば大英帝国だな、、今のイギリスじゃないぞ。 大英帝国というのは、欧州のグレートブリテン北アイルランド連合王国(英国) と、エジプト・インド・オーストラリア・カナダ・アフリカのあちこち、など で構成されていた大帝国だ。〜〜〜〜ちょうど清朝と同じような形なんだ。 各地域によって政体は異なるけれど、インドなんかの場合は、ありゃああれで ひとつの帝国だ。だからインド帝国の首長も英国王が兼ねる、という形で支配 したわけだけれど、まあ、エジプトの首長も英国王が兼ねる、オーストラリア も英国王が兼ねる、カナダも英国王が兼ねる、と、各国・地域で似たような事 をやって世界に完たる大英帝国、という国になっていたわけだ。 ーーーー清朝もこれとほとんど同じだ。 大英帝国 ← ほぼ同じ形態 → 清朝中国 (清)中国・チベット・モンゴル・新疆・北ベトナム・中央アジア ────┐                           (イコール)→ = (英)エジプト・インド・オーストラリア・カナダ・アフリカのあちこち ─┘ ーーーーという図式だな。 ┌────────── │まだよく理解できないという方の為に、もうひとつ例えで「旧ソ連」を: │ │現在のロシア、1991年に崩壊したソビエト社会主義共和国連邦は、19 │17年のロシア革命によってロマノフ王朝を倒して成立した政権です。 │ │ーー旧ソ連以前の帝政ロシア=スラブ人の国家)が歴史に登場する黎明期は │糢糊としていて諸説ありますが、現在一般に知られているのは、9世紀の末 │にキエフ公国=スラブ族の国:現在のウクライナの首都)が建国されてから │です。ーーけれど、キエフ公国は13世紀に侵入してきたチンギス・ハーン │のモンゴル帝国軍に敗北します。 │ │15世紀になるとモスクワ大公国によりロシア平原のスラブ族国家の併合が │進められ、その後の混乱期を経て1613年ロマノフ朝ロシア帝国が成立し │ました。 │17世紀、ロシアは領土拡張に力を注ぎ、ウラル山脈を越えてシベリアへと │向かい、19世紀にはカフカスから中央アジア、シベリアをもその領土とし │ました。「領土にしました」ということは、即ちそこに独立して暮らしてい │た先住民族の側からすれば、征服・支配されたということに他なりません。 │ │ーーそして時は流れ、ロシアからソ連へと時代が替わり、更にソ連が倒れ、 │ │征服されていたカフカスや中央アジア、ヨーロッパロシアなどの各国が独立 │することができました。さてそこで、 │ソ連の場合は元々のロシアが残ったのでそういうことにはなりませんでした │が、もしもロシアが更に混沌として国家の体を為さなくなったと仮定して、 │ │独立したウクライナが、スラブ民族の元祖はキエフ公国であるからロシア、 │及びソ連が支配していた地域は全てウクライナのもの・・・・。 │ーーと、言い得るものでしょうか? │ │清朝とは、元来、中華世界=漢族の地)の外側であった満州の地より興って │中華世界までをも支配した王朝です。従って独立した漢族の国=中華民国) │は、ロシアの支配から独立したウクライナに相当するような立場です。 │ │ーーよしんば中華民国が、辛亥革命の際に清朝帝国を継承したとする論を恃 │[たの]まれる場合はここをクリックして「歴史再考」→108「中華民国は │清朝の後継国家ではない」をご覧になられて下さい。 └──────────  だけど、だけど、清朝を実際に動かしていたのは中国人(=漢族)じゃない のかい‥‥  それは大英帝国だって同じさ。 英国なんて元々、そんなにたいした人口があったわけじゃない。そうでなくて も少ない人口のところへもってきて、やれ南アフリカだカナダだオーストラリ アだとかに移民で出ていってしまったんだから、征服したってそこの管理に回 せる人間なんてホンの僅かしかいない。ーー仕方ないから地元の人間を使って 管理させる。 清朝だって、満族なんて漢族の中に混じったら、どこにいるの?ってえぐらい の数しかおりゃあせん。ヤッパリ(一部の)漢族を使って(大部分の)漢族や別の 民族などを管理させる。ーーこれしかないわけだ。 だけど、いくら漢族を使ったからといっても漢族はタダの使用人、せいぜいが 部長どまりの管理職だ。社長(皇帝)や取締役は満族が占有する完全な満族株式 会社だ。逆立ちしても使用人(漢族)の会社じゃない。分ったかな?  ・・・・・・・・。  第2次世界大戦のあと、エジプトもインドもオーストラリアもカナダも、 大英帝国から独立した。中国も同じだ。だけど、大英帝国から独立したあとで 例えばインドが、――オーストラリアは大英帝国の領土だったんだからインド のものだ!カナダもエジプトもインドのものだ!なんて主張したか? ーーするわけがない。 そんな主張のできる根拠もないし、だいいちそんなことを言っても誰も耳を貸 さないし、世界中の物笑いになるだけだ。でも中国は、同じように道理がない にも関わらず、チベットや内モンゴル、新疆などに対してやっている。 幸運な事には、ちょうどその頃は干渉してくる外国がどこもなかったからだ。 ーーさっき言ってた台湾だってな、 あれだって、漢の時代から中国の一部だったという説もあるが、あの説は後代 になって作られた話で、知られている限りでは八世紀にスリビザヤ・ビサヤン 帝国という、いまのインドネシアとフィリピンのあたりを版図にしていた海洋 帝国の北限の領土だったという記録から始まるんだ。 宋代の趙汝適は、「諸蕃志」という著作では「毘舎耶」という漢字を当てた。 スリビザヤ・ビサヤン帝国は、その後ジャワ島からスマトラ島に首都を移して マドジャパヒット帝国と改称して十二世紀まで続いた。ーー台湾は、その時ま でその一部だったんだ。その後、スペイン、オランダ、清国、  ほら!清国が出てきた!  まてまて!ーー清国、大日本帝国、連合国管轄、中華民国と続く。  清国、そして現在の中華民国だろう、中国の一部じゃないか!  まあ清国問題はおいといても、うーーん、これがまた問題なんだな。 国共内戦の結果はみんなが知ってるように、1949年に毛沢東が中華人民共 和国の成立を宣言した。蒋介石はスタコラサッサと台湾に“亡命”した。 ーーーーこれがなぜ亡命なのかというと、 当時の台湾は国際法的な地位の未定な島、つまり中国の領土というわけではな く、その時点ではまだ連合国軍の管理下にあったんだ。時の連合国軍最高司令 官マッカーサー元帥は、その時台湾にいた孫立人将軍に、蒋介石が台湾に上陸 する事を拒否し、強引に入ってきたら逮捕すべし、というアメリカ(政府)の意 向を伝えた。 けれど、この孫立人将軍は優柔不断でグズグズしていたのと、蒋介石が予め巧 みに台湾に布石してあった子飼いの軍隊に助けられたりなどで、結局彼は亡命 ‥‥というか上陸を果たしてしまった。 その後は、軍隊と特務機関を両輪にして、完全に台湾を占拠してしまった。 これは「乞食廟公」と謗[そし]られている。 (日本語―→居直り強盗) 誰に?‥‥まあそれは、、まあな‥‥。 毛沢東は「台湾が国際法的な地位の未定な島」という事実を知っていた。だか ら強引に台湾まで乗り込んできてドンパチやるわけにはいかなかったんだ。 そんなことをしたら連合国軍≒アメリカ)を敵に回して戦争しなけりゃならな くなっちまう。 ・・まあ実際は台湾まで追いかけてくるだけの力もなかったんだけれども..。 どうして連合国軍が黙って追認したか?ーーー蒋介石は運がよかったのさ。 国際政治には正義とか不正義なんてものはありゃあせん。エゴイズムを、権謀 術策を駆使して押し通そうとする化かし合いの場なんだから、その頃、うまい 具合に東西冷戦が始まってくれたおかげで、アメリカの反共政策の傘の中にも ぐりこむ事ができた。 まあ、政争に敗れたほうが別の地方にはしって、新しい国を興しちまうなんて え例は歴史上何度もあったことだから、実効支配できる実力があるんなら曲直 を論ずるまでもない。                         = この稿おわり = ┏━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃┃ この記事にご意見を頂きました。 ┗━┛ ┌─────────「NOGUさん」男性@二十代@その他海外 2003/10/17 貴殿= OJIN )は中国に住んでいるにもかかわらず、近年の日本極右の史観の 影響を受けていると思います。貴殿の清朝に関する認識は明確に誤りです。 ーーーー大英帝国のインド支配と比較されていますが、まったく違います。 英国とインドはもともと別の国で、英国がインドを支配したのです。それに対 して、満州族と漢族が別々の国だったことはありません。満州族と漢族は一つ の国を形成し、その中で漢族が支配的地位に立ったのが明朝であり、満州族が 支配的地位にあったのが清朝です。決して大英帝国のような複数の帝国連合体 ではなく、古来より一つの国だった二つの民族なのです。 また、清朝崩壊後も、満州族と漢族は一つの国を形成したではありませんか。 もしも清朝崩壊後に、満州族と漢族が別々の国になったのなら、清朝に支配さ れていた地域は満州族の国に属するのか漢族の国に属するのかが問題になった でしょうが、そのような事態は起こらなかったのです。 であるから、清朝は間違いなく中国であり、中華民国は清朝を継承したもので す。ーーこのことは国際法上からも明らかであり、清朝から割譲された香港が 中国の現政権に返還されたではありませんか。 ーーまた、台湾の法的地位が未定だったというのは、はなはだしい誤りです。 1945年に、中華民国は台湾の回復を宣言していますし、その事は各国政府 により確認されています。日本政府も、1951年に結んだ日華条約で、台湾 が中華民国の領土であることを承認しています。 └────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」2003/10/17 中国に住んでいるとかどこにいるとかは関係ないと思いますが、このご意見の 中には、歴史事実に対する数々の誤認が含まれています。 その誤謬に対して正確に反論するには、裏づけを調べたりなどのかなりの時間 を必要としますが、 OJIN は現在、仕掛かり中の事柄が多く時間を割くことが 出来ません。読者の中で、部分部分の誤謬について指摘できる知識をお持ちの 方がおられましたら、ご意見をお寄せ頂きたく希望します。 この投稿者に対してというより、こうした、事実を知らずにいる他のたくさん の読者に対する啓蒙という意味合いで是非ともよろしくお願い申し上げます。 └────────── ┌──────────「gosakuさんから」2003/10/17 アメリカ人ジャーナリスト、ジョージ・ブロンソンの「満州国出現の合理性」 はこう述べている。 ┌────────── 多くの国家は、母国から離脱して独立したものであるけれども、シナ及び満州 国には、この原則すら適用されていないのである。蓋しチャイナは嘗[かつ]て 母国であったことがないからである。 ーーーー満州国は、チャイナの子供ではないのである。かえって満州国こそ、 三百年間チャイナの父母であったのである。而[しか]してその結婚が、双方の 同意の下に解消された離婚契約(後述)が成立しているにも拘[かか]わらず、親 は騙され、而も武力によってその財産の悉[ことごと]くを奪われたのである。 故に父母を承認することは、母親にとって立場のない事柄でもなければ、また 母親に対する侮辱でもないのである。両者はともに主権国体であって、如何な る法律観念、及び解釈に依るも、両者は分離し且つ独立の存在を保ち、而して 独立国として、ともに国際団体に加入する権限を有するものである。 └────────── 清朝時代の漢民族は、少なくともタテマエとしては満州人の臣下であった。 満州(族)が本家本店ならば、中国(漢族)が分家支店として三百年近く続いてい たのです。 ーーーー20世紀に入ってから、分家支店の番頭が本店を乗っ取った。だが、 支店の番頭が独立して本店以上に大きくなったからといって、本店までが自分 の"絶対不可分の所有物"であるとは言い得ない。 こんにち、中国人は満州国を"中国という国家から分断し建国した傀儡国家"と いう意味で「偽満州国」と称し非難している。更に、満州は中国の絶対不可分 の固有領土であるとも主張している。だがこれは、インドがイギリスから独立 した後、イギリスはインドの絶対不可分の固有領土である、とインド人が主張 することと同じであろう。 更にモンゴルもチベットも中国の固有領土だと主張することは、恰もイギリス から独立した南アフリカもオーストラリアも、インドの絶対不可分な固有領土 であると主張しているのとなんら変わらない。 中華民国は、清国という母体を離れたわけだから中華民国の独立を意味するこ とにはなる。だがそうであれば清国の国家再建=満州国としての再建)に、な ぜ中華民国の承認を得る必要があるのであろうか。 ―――― 台湾の問題はまた機会を見て話しましょう! └────────── ┌─────────「気分は情報無限さん」男性@三十代@大阪2003/10/17 私自身は極右的な思想(?)を有する者です。 だからこの様な考え方をするのかも知れませんが、国際法上の当否や歴史上の 経緯を加味しても中国が日本の様な単邦ではなく連邦国家であるのは確かなの ですから、独立したがっている地方や他民族を武力で鎮圧したら国際的非難を 浴びるのは止むを得ないのでは。 それに日本人としては、地域格差から派生した貧富の差に苦しんで独立願望を 強める少数民族に同情するのは自然な感情です。勿論、下手をすれば明日は我 が身かと云う恐怖心も在ります。 もっとも中国の中央政府にしてみれば、一箇所でも地方の独立を認めれば今の 中国は解体しかねないでしょうし、そうなれば内戦が発生する可能性も否定は 出来ないので武力を行使してでも徹底的に潰さざるを得ないのでしょうね。 その事を考えると、未だイラクのフセイン政権のクルド人弾圧みたいに毒ガス を使用していないだけ北京政府は人道的なのでしょうか? └────────── ┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」2003/10/31 1.このサイト は、この問題に対して参考とするに足るたくさんの傍証を 具備していると思います。「帝國電網省」→「歴史再考」 2."国際法"......法というものは、それを強制貫徹できるチカラがあって、 はじめて成立、、、というか影響を肯んじられるものではないのでしょうか? 国際間に"強制貫徹できるチカラ"など存在していますか?国連がそうだ!など という"実際世界知らずの蛙"的ご意見はこの際無用としましょう。ーーー強制 貫徹できるチカラの存在しない国際間に、"法"が存在するわけがありません。 先に走り出したものが、後を追ってくるもののスピードを少しでも妨害して、 自分の優位を少しでも長く保たせようと仕掛けた"罠"、、"国際法"なんて呼称 なので、温柔従順な日本人は誤解させられていますが、あれは本来"法"などと 称せられるべきものではありません。 ーー日本語で正確に表現するならば、"条約"..でもないなぁ..持てる者が劣者 を規制するために設けた"欺瞞のための手段"にしか過ぎないような代物です。 若いとか、年齢がいっているとかは関係ありません。そんなことも分からない ほど勝者から"思想洗脳"されていることにも気付"け"ない....の、ですか?! └────────── ┌──────────「NOGUさん」2003/10/31 上記のサイトは「トンデモ電波」系です。 このサイトは南京大虐殺やホロコーストを否定する歴史修正主義であり、著者 は、電韻出版というナチス系の出版社から著書を出している人物です。ドイツ などでは、このような主張をすると刑事罰に処せられます。ーーーこのような サイトからは、まともな情報を得ることはできません。 ネットは玉石混交ですから、このようなものを見分けることが必要です。 また、国際法についてのご返答は何がいいたいのかよく分かりません。確かに 国際法には「持てる者が劣者を規制する為に設けた欺瞞」という側面もありま す。日本政府が主張する「日韓併合は合法だった」というのがその典型です。 しかし、国際法には別の側面もあって、強者がやりたい放題の世界を、秩序あ るものにしよう、として形成されてきたものでもあるのです。 国際法に基づいて、中華民国が清朝を継承したと主張することが、どのように 「持てる者が劣者を規制するために設けた欺瞞」なのかはまったく不明です。 いずれにしろ「満州は中国ではない」論は、日本という強者が中国という弱者 をレイプし、領土を切り取って、偽「満州国」を作り出す為に捏造した理屈で あって、まさに「強者の欺瞞」です。 └────────── ┌──────────「ミカの赤い服さん」2003/11/03 NOGU さん、初めまして。東アジア地域の歴史認識については、日本の書店で 販売されている下記の本を読まれることをお勧めします。   書名:「戦争論1」「同 2」「同 3」   著者:小林よしのり氏 小林氏は漫画家ですが、非常に冷静にいろんな文献を客観的に吟味され、分か りやすくまとめておられます。 ーーーこの本は、日本や台湾ではベストセラーになっています。特に20代か ら30代の方がよく読まれているようです。マスコミにはいろいろ批判されま したが、読むと納得できる話ばかりですよ。ーーーこの戦争論を読まれた後で もう一度 OJIN さんの書かれていることを吟味してみて下さい。 └────────── ┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘ └→ 感想や激励をよろしくお願いいたします。
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